たなか醫院診聞 176 号

たなか醫院診聞 176 号
夏が来ました。
2015.8.1 発行
何から書き始めましょうか。今回は色々なことが、重なり頭の中で渦巻いています。
まず、冒頭のポスター。平和の破壊と戦争参加への道、憲法違反、立憲民主主義の破
壊、こうした独裁政治を行う方々には退陣を迫るしかない。作家の澤地久枝さん達が、
「全国でこのポスターを一斉に掲げましょう」との呼びかけに応じたもの。この診聞
一面に載せることとしました。衆議院でこの安保法案が強行採決された翌日のデイリ
ー東北「天鐘」。
「たった一つお願いごとをしたい。洪水、大地震、暴風雨があっても、
コレラとペストが一緒に流行ってもよろしゅうございます。どうか戦争だけはござい
ませんように。昭和 12 年の正月、作家の野上弥生子さんが某新聞に寄せた随想『一
つの祈り』である。(以下略)」
この 7 月半ば、尻内鈴木内科の竹一先生がお亡くなりになりました。うちの患者さ
んでも何人か診ていただいたことがあると思います。先生は八戸医師会の検診センタ
ーを立ち上げ、何よりも八戸根城夜間休日診療所の開設にご尽力されました。ここで
は夜間・土曜日・日曜日、救急病院にかかるほど重症でない患者さん、子供も、内科
の患者も、外科の患者さんもそれぞれの専門とする待機した医師が診てくれています。
私にとっては、30 年前から、在宅医療に手を染める「異端な医者」である私のこと
を、先生に何かと気にかけていただきました。「長の名前」のつくものは誰より早く
病棟へ行きなさい、終生学問が大事と、細かな文字の手書きの研究書を送ってくれ、
また何事も文字に表すことの大切さを教えてくれました。享年 82 歳。合掌。そのお
通夜の席、お経が終わり、席をこちらに向けた住職よりお話いただいたこと。「鈴木
さんとは亡くなって初めてお会いしました。そのお顔から、この方は、自分に厳しく、
自分の仕事の限界に苦しみながら患者さんを診てきた方だと推察しました。人はみな
死んで行くものですが、どんなに努力しても満足ということはないのかもしれません。
死はいつ訪れるかわからない。人の命の長さを計ることは出来ない。どんな人達も死
ぬ時、後悔の残らない死は無いのかもしれません。しかし、亡くなって法名(戒名)
をいただき、仏様の弟子になり、また新しい生を受ける、と考えると、いつ訪れるか
わからない死を恐れることなく、死を受け入れることができるのではないか」。お話
を傾聴し、心洗われました。その帰途、大恩師である吉田豊先生と相沢先生を新幹線
の駅までお送りし、入局以来初めて、長く先生とお話する機会も得ることができまし
た。教授の前で固くなっている、30 数年前の医者の卵そのままに。
「田中君、いつも
診聞読んでいるよ」。この一言に励まされました。
を、私は『悪の凡庸さ』と名づけました」「人間であることを拒否したアイヒマンは、人間の大切
な質を放棄しました。それは思考する能力です。その結果、モラルまで判断不能となりました。
思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです。……“思考の嵐”がもたらすの
は、知識ではありません。善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力です。私が望むの
は、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至
らぬよう」(シナリオ採録より)
映画の話。
その他の話。
日沢先生と二人でこの診療所を運営することになって 4 カ月が過ぎようとしてい
ます。何か変わったかって?一つは、「抜け殻症候群」に陥っていると自覚し始めた
第二世界大戦ヒトラーによるユダヤ人強制収容と大量虐殺にかかわったアイヒマ
こと。全速力で走り続け急に立ち止まり、体の中にエネルギーがほとんど枯渇してい
ンの裁判を傍聴したドイツ哲学者『ハンナ・アーレント』の物語。監督:マルガレー
る、というような空虚感。それでも、ようやく人間らしい?とでも言っていいような、
主演バルバラ・スコヴァ ドイツ映画。アーレントがアイヒ
物事への微妙な感覚が湧いてくるのを感じます。一言でいえば、涙もろくなった。恩
マン裁判を傍聴し、「エルサレムのアイヒマン」を発表し、ユダヤ人の友人やコミュ
師の松川先生に勧められ、一冊の本を購入。原田マハ『奇跡の人』双葉社。津軽を舞
ニティから非難されても、思考を止めずに主張を続ける彼女の姿を通じて、思考する
台に、盲目で、目も見えず、言葉も喋ることができない少女と、自らも弱視を抱えな
ことの重要さを訴えます。終盤、そうした非難の中で、自分の大学で学生に向け講義
がらこの少女の教育に当たる女性との壮絶な戦い。本を読み進み、紙の上に涙が落ち
をします。この映画のハイライト。「彼のようなナチの犯罪者は、人間というものを否定し
ました。そして高倉健の映画、『ミスター・ベースボール』を観て笑い転げ、サザン
たのです。そこに罰するという選択肢も、許す選択肢もない。彼は検察に反論しました。……
オールスターズ福岡ドームでの『葡萄』公演、3 時間身じろぎもせず見入っている。
“自発的に行ったことは何もない。善悪を問わず、自分の意志は介在しない。命令に従った
桑田が最後、政治的なメッセージ(安保法制反対)を込めて「死ぬなよー」と叫び、
だけなのだ”と」「世界最大の悪は、平凡な人間が行う悪なのです。そんな人には動機もなく、
一人拍手喝采。こんな風です。
テ・フォン・トロッタ
信念も邪心も悪魔的な意図もない。人間であることを拒絶した者なのです。そしてこの現象