「小河内沢の魅力とその価値」

初めて知る!地元シリーズ①
写真:雨乞いの滝
「小河内沢の魅力とその価値」
文・写真
前島
久美
石灰岩を断ち切って流れる小河内沢は、
手つかずの原始的景観を残す村内有数の渓
谷だ。また複数の枝沢があり、その上部に
それぞれ立派な滝を配する。
この夏、リニア工事によって環境変化が
懸念される小河内沢を遡行し、雨乞いの滝
を訪ねた。
写真:小河内沢の石灰岩渓谷
リニア中央新幹線は赤石山地の主稜線を
小河内岳の南側(標高 2590m)で 1410m地
下を通過し、ほぼ小河内沢に並走するとい
う。環境影響評価では小河内沢下流の水量
が平均水量で 52%減少、渇水期には 86%も
減少する川枯れ状態が予測されている。小
河内沢は標高 850~2800mまで約 2000mの
高低差があり、石灰岩地を好む希少種も含
大鹿村最遠の集落、釜沢御所平からトラ
め赤石山地に特徴的な植生がみられる。ま
バース道を通って小河内沢に降り立ち遡行
たニホンシカの食害が深刻化する昨今だが
がはじまる。両側が切り立った岸壁のなか
谷の懐の深さも助けてか食害から免れた一
の川床をいくと広い明るい河原にでる。下
角も確認している。花園のような所だった。
流は堆積土砂の生産量が多く、上流に進む
全長 50kmの赤石山地横断トンネルは、
ほど大きなレキが目につく印象。ここ数十
地表の工事区域が国定公園の外に位置して
年における降水量の増加によって浸食力が
いるため法的には制限されないが、専門家
増した事が考えられる。上部には落差約 40
によると、生態系として見たときにひとつ
mの雨乞いの滝がある。滝壷はない。周辺
の川の枯渇が与える影響は絶大だという。
は雨が降ったようにしぶきがあがり、湿性
特に小河内沢の豊かな湿性の植物相は最も
の植物も多様だ。
打撃を受けるだろう。また浸食によって形
成される石灰岩渓谷独特の景観も長い目で
見たらその影響は否定できない。
大鹿の 100 年先を育む会が行う植生調査
は 2014 年で 3 年目を迎える活動で、リニア
大鹿村は小河内沢の水源の減少予測を受
工事による環境変化を地元住民の手で記録
け、JR東海に防水・減水対策を要望して
しようと南信州植物調査会に所属。春から
いるが「石灰岩地の景観」や「植物相」の
秋にかけて定期的に村内の植生調査を行っ
喪失については無関心のようだ。地元住民
ている。大鹿村は標高 700mから赤石岳の
を含め多くのひとがこの小河内谷の「価値」
3000m級まで標高差があり、多様な植物相
を認識することなく、リニア工事は始まろ
が見られる。また地質的に石灰岩や蛇紋岩
うとしている。
などの岩脈が散在するため特殊な植物が残
存することが分かった。
広大な赤石山地において、基礎自然情報
そのものが不足しており当事業によって村
未確認の長野県RDB記載種が数点確認さ
れている他、植物分布の南限確認など実績
をあげている。
写真:キタダケトラノウ(県絶滅危惧種ⅠA類)
写真:大鹿村で初記録クサタチバナ
県内では 1930 年代以来 2 例目の記録
私たちはどれほど身の回りの自然につい
て知っているだろうか。
生物としての起源で見れば、当たり前の
ように目の前に広がる「緑」は私たちの大
先輩なのだ。私たちが村の長老に多くを学
ぶように、長い間そこにあったものに対し
敬意を表するべきではないだろうか。
聴取:松島 信幸さん(理学博士)
写真:ヒメバラモミ(絶滅危惧種)
蛭間 啓さん(学術博士・学芸員)