<グローカルの眼(49)> 非同盟運動の再生:ハバナ第14回非同盟諸国首脳会議 小倉英敬 9月11~16日、キューバのハバナで第14回非同盟諸国首脳会議が開催された。今 次首脳会議は、非同盟運動の「再生」と評されるものとなった。非同盟運動は東西冷戦構 造の終結に伴って、運動の方向性を失いかけた時期もあったが、 「9・11」を契機に、前 回マレーシアのクアラルンプールで開催された第13回首脳会議における運動の「再活性 化」の問題意識を経て、今回の会議では「単独行動主義」を批判し、国連憲章と国際法を 重視した「平和と公正の同盟者」を模索する途上国の運動として再生したと評価される。 本稿では、今次第14回首脳会議において顕著となった非同盟運動の「再生」の意味を整 理しておきたい。 一.ポスト冷戦期における非同盟運動 非同盟運動は、1955年のバンドン会議を起点として、反植民地主義と非同盟「中立」 の理念を基に、1961年9月に旧ユーゴスラビアのベオグラードで開催された第1回首 脳会議から国際緊張緩和・反植民地主義を掲げる発展途上にある諸国家の運動として開始 された。非同盟運動の原則は、①民族自決権の確立、②民族解放運動の無条件支持、③反 帝国主義・反新旧植民地主義・反人種差別・反覇権主義、④諸国家の対等・平等、大国の 干渉・介入・武力行使・威嚇反対、⑤大国主導の軍事ブロック反対、軍事同盟に基づく外 国軍撤退・軍事基地撤去、⑥平和共存・国際緊張緩和・全面軍縮、⑦国連の強化、⑧新国際 秩序の確立、である。 冷戦終結にともなって、 「非同盟運動の存在意義はなくなった」との一部における誤解や 認識不足もあって、運動の方向性が見失われかけた時期があったことは確かである。19 98年9月に南アフリカのダーバンで第12回首脳会議が開催されてから、首脳会議は3 年毎に開催されることになっていたにも拘わらず、議長国として予定された国が次々に辞 退したために第13回首脳会議が延期され、クアラルンプールで開催されたのは2003 年2月であった。この時期は非同盟運動に混迷が見られた時期であった。 しかし、1999年8月にシアトルで開催された WTO 閣僚会議が決裂するに際して、途 上国55カ国が声明を発して閣僚会議決裂に向けて力を発揮したこと、2000年4月に ハバナで G77が初めての首脳会議を開催して133カ国の首脳たちが出席したこと、同 年9月の国連総会で145カ国の賛成で核兵器廃絶決議が採択されたことが、途上国再結 集の底流を作り出してきた。 そして、前回の第13回首脳会議において採択された「クアラルンプール宣言」は、非 同盟運動の再活性化を目指して、 「非同盟運動は、非植民地化、アパルトヘイト、パレスチ ナと中東の状況、軍縮、貧困解消、社会経済開発などの重要な問題に多き役割を果たした。 非同盟運動をさらに強化するために、世界の変化に応じて見直す。現代のグローバル化は、 豊かな強い国が国際関係を律し、発展途上国を犠牲にしている。グローバル化は、発展途 上国も豊かにしなかればならない」との問題意識を鮮明にして、 「9・11」後に顕在化し たアメリカの単独行動主義が突出する国際社会ではなく、「多極世界の促進にあらゆる努 力を用いる」ことを宣言していた。 本年5月29、30日、前回の議長国であったマレーシアのプトラジャヤにおいて非同 盟運動調整ビューロー閣僚会議が開催され、ハバナ首脳会議に向けた最終文書作成のため の協議が行なわれた。 二、第14回非同盟諸国首脳会議 首脳会合に先立って、9月11、12日に政府高官会議が、続いて13、14日に外相 会合が開催された。会議全体には56カ国の首脳と90カ国の外相が参加し、加盟国はハ イチとセント・クリストファー・ネビスのカリブ2カ国を新たに加えて118カ国に増加 した。中国、ブラジル、メキシコ等の15カ国は「オブザーバー国」として参加し、19 91年に脱退したアルゼンチンは「ゲスト国」の資格で復帰した。このように、加盟国・ 準加盟国数においても非同盟運動は拡大傾向を示した。 首脳会合では、先記の調整ビューローで事前に作成された最終文書案に基づいて、16 日に「ハバナ宣言(現在の国際情勢における非同盟運動の目的、原則、役割に関する宣言)」 が採択された。同宣言は国際法や国連憲章の原則に基づく「多極的な世界の構築の促進」 を強調し、 「単独行動主義と成功裏に立ち向かうために団結し、行動を強めることが、かつ てなく求められている」との認識を示し、他方「現在進行中のグローバル化の過程の結果 として低開発、貧困、飢餓、阻害が重大化している」と指摘し、 「すべての国々が平等な条 件と機会のもとに、責任の違いはありながら、国際的な経済関係に全面的に参加すること」 を求めた。また、使用できる核兵器の開発を進めるアメリカが核廃絶に向けた動きを妨害 するなかで、期限を付した核兵器廃絶を改めて主張し、さらに今回初めて「新たな非核地 帯の創設」を非同盟運動の目的として掲げた。なお10月13日、非同盟運動調整ビュー ローは、同9日に北朝鮮が核実験を行ったと発表したことに対し、 「核実験によって生じた 複雑な事態を認識するとともに、懸念を表明する」との声明を発し、核廃絶に向けた姿勢 を鮮明にしている。 政府高官会議、外相会合、及び首脳会合において強調されたのは、非同盟運動が新しい 段階に入ったという点である。まず10日、会議開催に先立って行なわれた記者会見にお いて議長国であるキューバのペレス外相は、冷戦終結が「決して非同盟運動消滅の根拠に なるものではない」と語り、現在の国際秩序が途上国に依然として障害をもたらしている 点を強調した。また、11日に同外相は政府高官会議の開会演説において、 「われわれは非 同盟運動の擁護、再活性化、強化に責任を負っている」と述べ、非同盟運動の再活性化が 必要であると主張した。 また、外相会合において発言したベネズエラのマドゥーロ外相は、非同盟運動を三つの 時期に段階区分し、現在は第三の時期に入ったとして、 「貧困の克服や新経済モデルなどを めざす大きなテーマで国民が真の主人公としての役割を果たす準備をしなければならない 新しい時代」にあると述べ、非同盟運動が文書の採択にとどまらずにこのような任務を担 うべきだと主張した。そして、首脳会議閉会後の記者会見において、キューバのペレス外 相は、 「非同盟運動が事実上、再生した。新しい段階の始まりである」と評した。 このように、今回の非同盟諸国首脳会議は非同盟運動の「新しい段階」の始まりである と評価されたのである。では、何が「新しい段階」を画することになったのか。ペレス外 相が示した評価の基準は、 「すべての文書が外相会議段階で合意をみたことや、政治的一致 にとどまらず行動を重視した内容になった」ことである。第一に、採択された「ハバナ宣 言」が、非同盟運動の目的の第一に“多国間主義の促進と強化”を掲げ、 「国際関係におい て単独行動主義や覇権主義的支配の行使する狙いのあらゆる現われを非難する」と明記さ れ、 「一方的かつ不当な基準に基づいて諸国を善か悪かで分類することに反対し非難する」 との文言が盛り込まれたこと。第二に、採択された「非同盟運動の運営に関する文書」は、 運営方法の改善は非同盟運動を再活性化する課程の重要な要素をなすとの位置づけに基づ いて、経済問題で途上国の立場をまとめる G77との合同調整委員会開催の具体化や、人 道援助の窓口となるグループの設置が規定されるなど運動の具体的進展に向けた決定がな されたことである。これらは明らかに、アメリカ主導の政治・経済的なグローバル秩序に 対抗する中心軸を形成し、グローバル秩序がもたらす障害を克服してゆく上での具体的な 方法論を示すものである。 さらに、もう一点重要な点は、イランや北朝鮮の参加を踏まえ、核の平和的利用の権利 を認める一方で、核兵器の完全廃絶に向けた意志を非同盟運動の「目的」として明記した 点であろう。イランからはアフマディネジャド大統領が、北朝鮮からは金泳南最高人民会 議常任委員長が参加するなど、国際社会から核開発の放棄を迫られている両国が非同盟運 動との連携を強調したことは、現在の非同盟運動の「反米的」な傾向を示すものとして注 目された。 しかし、今次首脳会議は決してこれらの「反米」諸国の存在だけが際立った会議ではな かった。出席したアナン国連事務総長をはじめ、議長国キューバのラウル・カストロ暫定 国家評議会議長、「G77+中国」議長のムベキ南アフリカ大統領、前議長国であるマレー シアのアブドラ外相など、演説を行なったすべての者が強調したことは、公正な国際シス テムの構築であった。アナン事務局長は、「不平等を縮小し、途上国が貧困から抜け出すの を助けるような新しい国際当地形態」が必要であると訴え、ムベキ南アフリカ大統領は「弱 い諸国の主権を考慮しない大国の一方的な行動がすべての国に影響を及ぼしており、(中 略)南南協力の強化は多国間の討論の場で途上国の発言権を強めるのに役立つ」と述べ、 アブドラ・マレーシア外相は、 「非同盟運動はグローバル化の急速な過程での変化に適応し なかればならない」と主張した。 他方、手術後静養中のフィデル・カストロ国家評議会議長に代わって首脳会合の開会演 説を行なったラウル・カストロ暫定国家評議会議長は、 「今日の国際情勢を特徴づけている のは、ある超大国が同盟諸国に助けられて世界をコントロールしようという非合理な試み をしていることだ。だから、われわれはいっそう団結して、非同盟運動発足の基盤である 原則と目的を擁護すべきだ。 (中略)テロとの戦い、民主主義促進、ならず者国家の存在を 口実とした、先制攻撃ドクトリンの表明、その即時適用や他国への押し付けがある。これ らによって、攻撃や帝国主義的征服のための連続戦争の危険がかつてなく深刻になり、広 がっている」と指摘した上で、 「非同盟運動に求められているのは、バンドン会議の諸原則 に基づく国際法の擁護、すべての国の主権及び主権平等の無制限の行使と尊重、平和擁護 と戦争への積極的反対、国際機関とりわけ国連と安保理の本質的民主化、われわれの価値 観と、この多様な世界に必要な複数性の擁護である」と述べ、さらに「非同盟運動は、現 行の世界経済秩序を変革するためにたたかう」と強調した。 三.非同盟運動再活性化への道 多くの非同盟運動の代表者たちは、現在の国際的な政治・経済秩序のあり方について、 公正さを欠いたものであることを強調し、その変革のために非同盟運動を再活性化して非 同盟運動の諸原則に基づいて、公正な世界を構築する希望を改めて表明したのである。「新 自由主義」的な「経済のグローバル化」と「9・11」以後に顕著になったアメリカの単 独行動主義に対する批判が、非同盟運動を再生させたと言えよう。 このような今回の第14回非同盟諸国首脳会議に見られた非同盟運動の再活性化に関し て日本のマスコミは、イランのアフマディネジャド大統領、ベネズエラのチャベス大統領、 北朝鮮の金泳南最高人民会議常任委員長など「反米」的な姿勢を有する指導者の出席と発 言を紹介して、非同盟運動が「反米」勢力に乗っ取られたかのような報道の仕方を行なっ た。確かに議長国がキューバであることによって、非同盟運動の中心軸が「反米」に振れ た見えることは事実である。しかし、本質的なことは、アメリカ主導のグローバル秩序に 対する反発や疑問視が途上国の多くの共通意識になりつつあり、非同盟運動がその表現の 場の一つとなることによって再生活性化しつつあるという点である。その意味で、非同盟 運動が新しい段階に至ったことは確かであろう。 今回の首脳会議では、 「G77+中国」との間での合同調整委員会の年一回開催、G15 (1989年の第9回非同盟首脳会議で南南間の貿易・協力の促進のために結成されたグ ループで19カ国が参加)の再活性化、非同盟ニュース・ネットワークの再組織化など具 体的な方向性が打ち出されたことも大きな成果だろう。次回首脳会議はエジプトで開催さ れるが、次々回の議長国にイランとカタールが立候補するなど、議長国として予定されて いた国が次々と辞退したため、前回首脳会議の開催が延期を余儀なくされた1990年代 末に見られた混迷期から非同盟運動は完全に脱したと見られる。 非同盟運動は、今次会合で打ち出された種々の具体的なイニシアチブ、これまで非同盟 運動に積極的であったキューバが今後3年間議長国となること、ハイチとセント・クリス トファー・ネビスの加盟やアルゼンチンのゲスト国としての復帰に見られるような凝集力 の復活もあり、再生に向けて大きな一歩を踏み出したと評価できるのではないだろうか。 (10月9日記)
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