1 第 4 章 最適課税の経済理論:最適間接税と最適所得税 1.はじめに

第4章
最適課税の経済理論:最適間接税と最適所得税
1.はじめに
本節では、最適間接税と最適所得税の理論を紹介し、Mirrlees レビューから最適課税に関
する最近の議論を説明する。最適間接税については、逆弾力性ルール、ラムゼー・ルール
という基本的な理論を紹介した後、消費税における分配の問題を取り扱うために複数消費
者の存在するラムゼー・ルールを説明する。さらに、最適間接税の重要な結果である、生
産効率性定理について説明し、最後に Mirrlees レビューから理論と実践を中心に最近の理
論を紹介する。また、最適所得税については、最初にマーリースの一般モデルを説明した
後、疑似線形の効用関数のケース、タイプが 2 つの一般的な効用関数モデルを紹介する。
その後、Mirrlees レビューより、税制の変更と最適所得税、intensive margin と extensive
margin、家庭内生産があるときの最適所得税を紹介する。最後に、最適所得税と最適間接
税が存在する場合の税制のあり方について説明する。
本節では、最適課税の理論を整理し、本書で後述する実証分析の理論的背景を確認する。
また、近年の議論を紹介することで、理論分析と現実における適用の関係について考察し、
最適課税の問題点と応用についてまとめる。
2.最適間接税の理論1
2.1 逆弾力性ルール
まず、交差価格効果(課税対象財)が 0 となるように、財はそれぞれ独立に需要される。
二つの課税された財を購入し、労働を供給する消費者を考える。このとき、消費者の効用
,
,
で、その予算制約は
である。ここで労働供給 の賃金は
1 とする。効用最大化の一階の条件から
1,2 、ただし は財 の限界効用であり、
関数はU
αは所得の限界効用である。労働供給は一階の条件
府の収入制約は、R
を満たすように決定される。政
である。消費者価格 は
、ただし は生産者価
格で、 は税率である。このとき、政府の収入制約は次のように表される。
.
収入制約を満たしながら消費者の効用を最大にするように、最適な消費量を決定すること
によって、最適な税率が決まる。
1.1 節と 1.2 節は Hendrix and Myles(2006)に基づいており、1.3 節と 1.4 節は Salanie(2003)に基
づいている。1.5 節は Crawford et al(2010?)に基づいている。
1
1
政府の最大化問題は次のように表される。
max
,
,
. 1
,
ここで消費者の予算制約式および逆需要関数
を(1)に代入し、財 の数量に関する
一階の条件は次のように表される。
0.
と
2
の条件を用いると(2)は次のように表される。
0,
ここで、
。ただし
は財 の需要の価格弾力性である。さらに、一階の条件は次の
ように書き表される。
1
.
3
式(3)は逆弾力性ルールである。
は消費者の所得の追加的 1 単位による限界効用であり、 は追加的な政府収入 1 単位の効
用コストである。ここで、税は歪みをもたらすので、 は よりも大きい。
は負なので、
したがって税率は正となる。逆弾力性命題によれば、財 に対する比例税率は、その需要の
価格弾力性と逆相関する。つまり、死荷重が低いような財に対して、より大きな税負担を
課すべきであるということがわかる。このことは、需要の弾力性が比較的小さい必需品に
対して、高い税率を課すべきであるということを意味している。ただし、必需品に相対的
に高い税率を課すことは、高所得者よりも低所得者に、相対的に重い所得税負担を課すこ
ととなるであろう。
2.2 ラムゼールール
逆弾力性ルールは、それぞれの財の需要がその財の価格にしか依存しない、つまり全ての
交差需要における交差価格効果が除外されているという事実に制約されている。より一般
的な結果はラムゼールールと呼ばれるものである。
ラムゼールールを導出するために、最適な数量 を選ぶという問題から、税率を選ぶ問題に
変更する。財 に対する需要関数は
だが、ただし
,
で表されるものとする。
ここでは二財を考えるが、そのすべての価格が需要関数に入っているということは、需要
と価格の全ての交差が考慮されているということを表している。このとき、消費者の間接
2
効用関数は、次のように表される。
,
,
.
最適な消費税は、政府の予算制約を満たしながら、消費者の効用を最も大きくするように
決定される。この時のラグランジュアンは次の式である。
max
,
,
,
,
4
(4)を財 の税 で微分すると一階の条件は次のようになる。
≡
0.
5
ここで消費者の予算制約は次のように表される。
.
ただし、
,
6
である。財 の価格変化は、この制約を満たすような需要となる。
.
また、消費者の最適化行動の条件
と
7
を用いると、一階の条件(5)は(7)を用い
て次のように表される。
α
.
λ
8
(8)を計算すると次のようになる。
.
9
次に、需要の変化を所得効果と代替効果に分解するスルツキー方程式を用いる。財 の価格
の変化の財 の需要に対する影響はスルツキー方程式によって次のように表される。
,
ただし
当する。
10
は、財 の価格の変化による財 の補償需要への影響であり、これは代替効果に相
/
は、財 の価格変化による所得効果である。
(10)を(9)に代入すると、次のようになる。
.
11
さらに(11)は簡単な計算により、次のように表される。
1
.
12
ここで、補償需要の交差価格効果が等しくなる、つまり対称となることを用いると、(12)
は次のように表される。
3
,
ただしθ
1
∑
13
であり、これは正で一定である。式(13)は、最適な消費課税シ
ステムを記述するラムゼールールとなる。
(13)のルールは次のように用いることができる。まず、
は、税 の導入による財 に対す
は、税の導入によ
る補償需要の変化の一時近似となる。この議論を拡張すると、∑
る(当初、税は 0 である)、財 の補償需要におけるトータルの変化に対する近似となる。
このとき、ラムゼールールによれば、最適な税体系はそれぞれの財に対する補償需要が、
課税前の水準に対して同じ割合で減少するというようなものであると解釈することができ
る。また、ラムゼールールは、価格ではなく、最小化されるべきなのは数量の点から見た
歪みであるということも示唆している。先ほどの解釈によれば、補償需要における比例的
な減少が全ての財において同じであるなら、価格の変化に対して需要が反応しない財には、
同等の減少幅を得るために高い税を課すべきであるということも意味している。
一般的なケースに戻ると、価格に対する反応が小さいのは、食料品や住居のような必需品
であり、ラムゼールールを用いると必需品に高い税を課すような体系が望ましいというこ
とになる。つまり、所得の低い消費者(より大きな割合の所得を税に支払うことになる)
に対して、高所得者よりも多くの税負担を課すこととなる。この結果は、一人の消費者し
か存在しないという仮定から生じており、つまり効率性の基準しか考えていないためであ
る。この一人消費者の分析は、現実を記述するにはあまりにも不正確であり、公平性の基
準からすれば受け入れることはできないものであろう。
2.3 複数消費者のケース
そこで、次に複数の消費者がいる場合の単純な生産経済の一般均衡を考えよう。効用関数
,
を持つような 人の消費者からなる経済を考える。ただし
は n 個の財の消費を表
しており、 は労働供給である。単純化のために、収穫一定性より各財は労働だけから生産
されるものと仮定する。また、一単位の財 を生産するのに、 の労働が必要であるとした
とき、均衡では
となる。ここで
定することから、全ての生産者価格は
1と標準化し、またそれぞれの が全て 1 と仮
1を満たすようになる。
簡単化のために、政府は 単位の労働を購入すると仮定する。つまり、
ら、政府の総収入は となる。ここで、消費への線形課税(1
(1
)と賃金への線形課税
τ)を考える。このとき、消費者 の予算制約式は、次の通りである。
4
1であることか
1
1
14
この状況下では、賃金への課税が全ての財への一律の課税と等しくなることを簡単に確認
できる。ここで次のように定義する。
15
1
1
このとき、1
/ 1
となることから、消費者の予算制約式(14)は次のように
書くことができる。
16
1
,
つまり、
, 0 からなる体系は全く同じになる。さらに、古い
からなる税体系と、
のように表される。ここで、
税体系のもとでは、消費者 からの政府の税収は∑
消費者の予算制約式(16)を用いることによって、税収は、次のように書き直すことができる。
1
このことは、賃金への課税は完全に財への一律の課税と等しいことを意味している。また、
の定義で、
0と仮定する。このとき、消費者の間接効用関数は、次のように描かれる。
max
,
,
ただし
1
、
・
は間接効用関数である。政府の再分配をモデル化するために、政府
はベルグソン=サミュエルソン型の社会的厚生関数を最大にすると考える。
,…,
W
政府は予算制約
1
のもとで、
1
を最大にするように
選択する。ただし、
は消費者 の財 に
対する需要である。
が政府の予算制約のラグランジュ乗数を表すと仮定しよう。
を得る。ここでロイの恒等式から
表すとする。また
/
/
で微分することによって、
であり、さらに は の所得の限界効用を
と定義をする。このパラメータは、消費者 の所得の限界
5
効用を社会的厚生関数のウェイトで重み付けするものであり、 は個人 の所得の社会的限
界効用であるといわれる。というのも、 は所得一単位の増加に対する、社会的厚生の増加
を表しているからである。これらの定義を代入することによって、次式を得られる。
スルツキー方程式
を用いると、次式のようになる。
∑
ただし、
は消費者 の補償需要弾力性である。また、ここで新しいパラメータ
が定義される。 の第一項は、 で除された所得の社会的限界効用であり、これは政府の予
算制約式ではコストである。第二項は、納税者 について、所得が一単位増加したときの納
税される税収の増加分を表している。したがって、パラメータ は消費者 の所得に関する
純社会的限界効用と呼ばれる。ここで は と同様、内生である。
財 に対する総需要をX
∑
と表すことにしよう。スルツキー方程式の対称性を用い
て計算しなおすと、次式を得ることができる。
1
/
ただし、ここでは定義により∑
17
1である。 を の平均、また消費者間の経験的
共分散(empirical covariance)を次のように定義する。
,
この時(17)式は、次式のように書き直すことができる。
∑
∑
1
18
これは複数消費者が存在する場合のラムゼーの公式である。この式の左辺は財 の失望指標
(discouragement index)と呼ばれる。左辺は、税の導入による、消費者で合計された財 へ
の消費の減少による税収の減少分を割合で表記し、マイナス掛け合わせたものである。こ
6
れは税の導入による、財 の補償需要の相対的な減少と解釈される。右辺は、所得の純社会
限界効用と財 の総消費における消費者へのシェアの共分散であり、 という形で式に含ま
れている。
を持つ、つまり所得の純社会的限界効用が高い、消費者
ラムゼーの公式は、政府は正の
によって多く消費される財の消費を小さくさせないようにすべきである、ということを示
している。
/
が高い消費者は も大きく、したがって税体系は低所得者がより多くを
購入するような財の消費を小さくしないようにすべきである、ということを意味している。
なぜなら、これらの財は が正だからである。この公式は、どのような一定の収益をもたら
す技術に対しても妥当であることが容易に示される。利潤がレントとなる場合にはその利
潤が 100 パーセントの税率で課税されれば、ラムゼーの公式は当てはまる。
次に、全ての がある に等しいケースを考える。これは代表的個人からなる経済を表すこ
ととなる。このケースでは
は 0 となることから、(18)式は次のように表される。
∑
1
19
簡単な計算により、この式は次のように表すことができる。
1
,
この式は
を右辺に移項し、 の重みを付けて合計したものである。
ここで
2となるような二財のケースを考える。このとき、二つ消費財に対するスルツキ
は 0 より大きい。 を用いて (19)式を書き直すと、
ー部分行列の行列式、
次のようになる。
1
20
1
ここで支出関数は価格に関して一次同次であり、スルツキー方程式はその 2 階微分である
ことから、オイラーの定理により、次のようになる。
0
for
1,2
ただし、財 0 は余暇を表している。この式は次のように変形される。
7
補償需要の弾力性は
/ と定義されることから、(20)式より次式を得る。
1
21
1
さらに(21)式の二つの式の計算から、次式を得ることができる。
1
=1
であることから、左辺は
と表すことができ、この式から
つまり財 1 がより財 2 よりも余暇と補完的であることが同値となる。
log
と
、
log
/
であることから、賃金の上昇が、効用を固定した上で財1の消費よりも財 2 の消
費を増やすのであれば、
となる。
Corlett and Hague(1953)で得られているように、選好が財と余暇の間で分離できない場
合には、政府は余暇と補完的な財に、労働と補完的な財よりも高い税金を課すことにより、
一律の課税から乖離すべきであるということになる。なお、代表的個人のラムゼールール
において、Deaton(1981)は、効用関数が疑似分離可能、つまり財の限界代替率が余暇の
消費から独立であることが、一律の課税を実現させる必要十分条件であることを示してい
る。
2.4 生産効率性
複数の投入物から、複数の生産物を生み出すような生産経済を考える。もし生産性が一定
でなければ、利潤は 100%の税率で課税されるものと仮定する。このとき、Diamond and
Mirrlees(1971)は、最適な税体系は経済を常に生産可能性フロンティア上に位置させる
という生産効率性の性質(productive efficiency property)と呼ばれるものを示した。この
ことは、全ての財の生産量を増加させるような投入物の再配分は存在しないことを意味し
ている。つまり、二つの投入物に対する技術的限界代替率が、全ての生産される財におい
て等しいということである。
この結果は例えば、税による消費の歪みを生産における歪みで補正するといったことは、
最適な税体系の性質ではないことを示している。また、生産効率性から、全ての企業間で
一律でないような生産要素への課税は排除すべきであることも示される。同様に、中間財
への課税も認められない。生産効率性は全ての生産体と関連しているので、この理論から
は政府はシャドープライスとして民間部門の生産価格を使うべき、とも考えられる。
8
2.5 近年の消費税に関する議論:Mirrlees レビューより
2.5.1 直接税と間接税の同等性とバランス
次に、Mirrlees レビューを参考に、最近の間接税に関する議論を紹介しよう。適切な直接
税と間接税のミックスは、財政における古い問題の一つである。重要な点は、所得税がう
まく機能していないことである。重要なことは、特に両制度の個人の予算制約への影響の
点から消費の均一課税と賃金と利潤所得に対する均一課税は非常に似ているが、少なくと
も原理的にはそのバランスはある程度恣意的になるということである。この点は、一期だ
け存在する消費者、一期だけ存在し、これらから所得を得る消費者に対しては自明である。
何期も生きる消費者は、生涯の消費は初期の貯蓄、賃金所得、利潤と移転所得の給付で賄
われるが、このとき、同等性はいくらか微妙なものとなる。同じ率を課された均一消費税
は、賃金所得移転、利潤所得、それから初期資産への課税および遺産への補助金と同じ比
例税であれば、同等である。
この等価性は、消費課税に対して賃金課税よりも信頼を置くことが雇用に良いという議論
のように、潜在的に誤った結論となる可能性がある2。なお、こうした同等性の議論は、タ
ックス・ミックスの選択については行政と法令順守の観点により進めることができるとい
うことを意味している。例えば、売上税と源泉所得税の双方を課すことは、執行リスクの
多様化という点で、最適かもしれない。
2.5.2 その他の問題
はじめに、生産効率性について述べよう。議論の出発点は、ダイヤモンド・マーリースの
生産効率性定理(production efficiency theorem)である。つまり、外部性と非競争的環境
がなく、歪みを生じさせる税や純粋な利潤への企業別の課税能力への制約がない場合には、
最適な税体系に必要な特徴は
生産の意思決定に歪みを生じさせないものである。企業活
動には課税すべきでないということになる。生産の意思決定の歪みは総産出量を減少させ
るため、その生産物が有用であれば、望ましくない。だが、厳密にはこの条件は現実的で
はないだろう。外部性は失敗の最も明白なものである。外部効果を生み出す商品は、この
理論によればこの点では中間財あるいは最終消費財、いずれの場合にも同じ率で課税され
るべきである。
次に、消費課税率に対してどのような構造が望ましいのかという問題がある。理論的には、
いくつかの財あるいはサービスに、より重い税を課すのが望ましいかどうかというもので
ある。最適な税構造には、Ramsey(1927)以来、多くの関心が注がれてきたが、一つの結
論は、差別税率(differential tax rate)は他の方法(例えば所得への課税など)によって
2他の収入等がなければ、そのようなシフトは労働供給に実際の効果はない。
9
政府が所得分配を追求する能力が大きくなればなるほど、弱くなるというものである。
重要な点は、差別的消費課税、古典的な例としてはイギリスにおける食品と子供服へのゼ
ロ税率であるが、は公平性の目的の追及に対して非常に荒い手法であるということである。
食品を例にとると、生活水準の低い個人は食品に所得の多くの割合を費やすが、それは軽
減税率の対象にするための良い理由とは限らない。第 1 に、どの時点においても一時点の
人口構成における支出と所得パターンだけを見ることは、生涯に渡る所得の変動からすれ
ば間違ったものとなるかもしれない。低所得者は若者かもしれないし、その若者あるいは
年長者は他の時点では高所得グループに属するかもしれない。
第 2 に、生活水準の高い個人は生活水準の低い個人よりも、食料のような品目に現在の所
得の小さな割合を費やすかもしれないが、その絶対量は小さくならないであろう。所得に
関連した課税が確保できるとして、差別的消費税は主に効率性の観点から考えることとな
る。これは、逆弾力性命題と同じ論理である。もちろん、この考えには、一つの商品の税
率を引き上げることは他の税の需要に影響を及ぼすかもしれないということを無視してい
るという欠点がある。つまり全ての交差価格弾力性がゼロであれば問題ないが、そうでな
い場合には逆弾力性ルールは間違った解釈となる。
また一般的な原則として、消費税率は余暇と補完的な財に対して高くなるべきである。し
たがって、フットボール・ゲームを観るためのシーズン・チケットは、通勤手段のシーズ
ン・チケットよりも高くなるべきということになる。ただ、Atkinson and Stiglitz(1976)
によれば、全ての商品が余暇と同じように補完的であれば、全ての財は同じ税率で課税さ
れるべきとなる。近年、標準的な最適課税体系において、余暇と見なされるもの、つまり
賃金労働に費やされない時間は、家庭内生産において生産的に使われるかもしれないとい
うことを強調した研究成果がある。その場合には、労働に対する不効用を小さくするため
の手段として、家庭内生産と代替的な財に対して、相対的に低い税を課すということにな
る(Kleven, Richter, and Sorensen, 2000; Piggott and Whalley, 2000)。例えば、庭師を雇
うのが安ければ、芝刈りをする代わりに人々はより多く働くようになるであろう。
なお、人々の選好が弱分離可能かどうかに関する研究もあるが、Browning and Meghir
(1991)は弱分離可能性を否定しているし、Crawford, Keen, and Smith(2008)も同様
の結果を得ている。ただ、結果の解釈には注意が必要で、選好の性質ではなく、推定にモ
デル化されなかった異時点間の行動を反映したために、消費に対する需要が労働時間と相
関して関係している可能性がある。
10
3.最適所得税の理論3
3.1 マーリース・モデル
ここではマーリースによって導入されたモデルについて、議論を行う。政府の問題は
を最大にするように、所得税体系
. を決定することである。ただし
,
であり、ここで
,
は に関して最大化されている。また効用関数は
であ
る。なお政府の予算制約式は
である。この一般化したモデルでは問題は非常に難しく、最適課税は特定化されるものの、
その結果の式はよく分からないものとなる。
まず、納税者の消費と課税前所得(
)の関係は
である。したがって、
効用関数は次のように書き換えられる。
, ,
,
は と に関して増加関数だが、 に関して減少関数である。表面原理(revelation principle)
によれば、各納税者が自分の生産性を正直に表明すること、つまり
∀ ,
が最適となるような関数
,
,
,
,
′ ,
′ ,
のペアからなる、直接表明メカニズムを選択すること
によって、政府はそれより良い状態になることができない、というのが表面原理の意味す
るところである。
また、消費と課税前所得の限界代替率が生産性の高い個人にとって小さいという仮定も置
く。
decreasesin .
この条件はエージェント単調性(agent monotonicity)と呼ばれるが、契約理論ではスペン
ス・マーリース条件(single crossing property)と言われるものである。全ての実証結果
は、この条件で得られる値よりも大きい弾力性を得ており、スペンス・マーリース条件は
かなり弱い制約であるといえる。スペンス・マーリース条件のもとでは、 の無差別曲線は
のそれよりも両者が交差するところで、より傾きが急になる。ただし は
図1は
3
,
平面に課税体系と と
よりも小さい。
に対応する無差別曲線を描いたものである。
2.1-2.3 節の議論は、Salanie(2003)に基づいている。
11
図1
この図から、
よりも
の方が大きい、そして
よりも
の方が大きいという
ことがわかる。つまり、より生産的な個人がより高い消費と課税後所得を享受することが
できる。納税者 が
という生産性を持っていると表明した場合の、効用関数を次のように
定義する。
,
′ ,
′ ,
正直に表明するメカニズムのもとでは、 はw =wにおいて最大とならなければならない。
ここで、全ての関数は微分可能で所得は正であると仮定する。このとき、一階の必要条件
は、
,
′
0
21
0
22
となる。そして、二階の必要条件は
,
である。(21)を微分すると
′
′
0
が得られることから、(22)は
′
0
23
のように書き直すことができる。さらに効用関数の定義から
12
,
′
"
′
"
′
′
となる。したがって条件(21)は
,
24
条件(22)は(23)式から
"
"
′
0
のように描くことができる。ここで限界代替率を について微分すると、スペンス・マーリ
ース条件は
"
"
0
のように表されることから、 は 0 以上であることがわかる。したがってスペンス・マー
リース条件によれば、生産性の増加とともに所得が増加する。また、(24)式より生産性の増
加とともに消費も増加する。
スペンス・マーリース条件によって、インセンティブ制約はより扱いやすいものとなる。
ここで、
′
′ ,
,
′ ,
′
,
,
′
25
のように書くと、(25)式が均衡では 0 となることから、
,
′
,
′
,
∆
26
を得ることができる。ただし
∆
である。(27)式は w
′ ,
′ ,
,
,
27
と同じ符号を持つことが、スペンス・マーリース条件からわかる。
そのため、(26)式及び と
が正であることから、
′
である。つまり、間接効用関数 は
,
hasthesignof
′
= において最大となる。なお、このような変形を行
っても問題が複雑であるため、以降の分析では、主に疑似線形の効用関数を仮定するアプ
ローチについて説明する。
3.2 分離可能性と最適最高税率
13
次に、近年新しい最適所得税の議論で用いられている擬似線形の効用関数による最適非線
形所得税を紹介する。効用関数は擬似線形の効用関数とする:
,
ただし、Cは消費、Lは労働で、v L は厳密に凸とする。この効用関数は、労働に対する所得
効果をゼロとし、所得の限界効用を一定と仮定することになる。個人は税引き後の効用を
最大にするように労働供給を決定する:
arg max
ただし、
は賃金(能力)が の個人の労働水準で、T(
お、主要な所得
は個人 からの税収である。な
に課税する4。したがって、賃金が の個人の効用関数は
であり、一方政府の予算制約は
wL w
T wL w
v L w
となる。租税関数が連続微分可能であると仮定する。このとき、
0とすると、効用最大
化の一階の条件と包絡線定理より
1
である5。
このとき、政府は、予算制約
wL w
T wL w
v L w
と、制約
のもとで、ベルグソン=サムエルソン型社会的厚生関数
Ψ
を最大にするように とLを選択する。
w f w
w を状態変数、L w をコントロール変数として、
この問題に対するハミルトニアンは、
Ψ
f
λ wL
U
v L
μ
Lv L
w
と記述できる。ただし、λとμ w は乗数である。最大値原理より、
4
分析では所得税を考慮しているが、一般的に、社会保障のような主要な所得に対する負担も税に含まれ
る。
5 一階の条件は、十分であると仮定する。
14
0
28 0 0
f 29 0
lim
0 30
→
となる。ただし、最後の 2 つの制約式は横断性条件であり、また以降の分析ではL w
0と
なるようなwを考える。(29)式を積分すると
であり、横断性条件を用いると
となる。関数 を
w
で定義すると、λ
1
1
F w
t f t
Ψ
0 と
1
31
0
を得る。また、納税者の純賃金をw
w 1
T と定義すると、v′
w 1
T なので、労
働供給の弾力性は
1
′′
となる。最後に、(28)、(31)、(32)と条件式v′
1
1
1
32
′′
1
w 1
T より
1
0
33
を得る6。
功利主義的社会厚生関数の場合には、限界税率は一様にゼロとなり、一括固定税でファー
スト・ベストを達成できる。また、L
0である限り限界税率は 0 以上 1 未満であり、特に
最も生産性の低い納税者の限界税率はゼロとなる。さらに、最大の生産性が有限であると
すると、(33)の第 2 項はゼロとなることから、最適税体系は一様に累進的ではない。しかし、
シミュレーションでは高所得者ほど最適限界税率が高くなっており、また有限な生産性の
仮定は適切ではないと考えられることから、この性質に焦点を当てるべきではないと思わ
れる。
ここで、ある生産性w を超えると生産性の分布がパレート分布(パラメータはa)でよく近
6
2 階の条件が満たされない可能性があるが、その時は最適な限界税率がYについて非連続になる。
15
似できるとする7。このとき(33)の第 2 項は、
1
1
forw
w
となる。また、最高所得者の社会的ウェイトを
′ ∞
′
で定義すると、g
D ∞ /
0 となることが分かる。これらの結果を用いると、(33)式より、
高所得者の限界税率が
T ∞
1
aϵ
ϵ 1 g
1 ϵ 1 g
となる。
ϵ は労働供給の弾力性だが、Lには租税回避努力が含まれることがあることがある。Saez
(2001)は高所得者の最適税率が
∞
1
1
1
34
となることを示している。ただし、 ′は所得分布のパレートパラメータ、ϵは申告所得の税
引き後率弾力性である。したがって、所得分布のパレートパラメータ ′、最高所得者の社会
的ウェイトg、申告所得の税引き後率弾力性ϵが分かれば、(8)より高額所得者の最適所得
税率を求めることができる。ロールズ的社会厚生関数(政府が税収最大化を目的とするケ
ース)を想定するとg
0となることから、T ∞
1/1
′ である。
3.3 モデルの一般化
疑似線形のマーリース・モデルはいくつかの重要な点を見落としている。例えば納税者は
働くことを選択するとしているが、働かないことが望ましいような生産性 を持つ納税者も
存在するであろう。また個人の生産性は時間に関して一定ではない。こうした動的な側面
を見落とすことによって、技術水準の低い者に高い限界税率を課すことの負の効果を過小
推定しているかもしれない。また、最低賃金の導入は税とともに失業を生み出している可
能性もある。さらに高い税率は生産的な労働者を海外に追いやってしまう、つまり人的資
本の流出が生じている可能性があり、分析でその影響を除くには、個人の参加制約を考慮
する必要がある。また、地下経済に潜航することも同様である。こうした点を考慮するこ
とによって、平均税率の分布を下方にシフトさせることになるかもしれない。また、選好
が疑似線形となるケースに焦点が当てられているが、この分析では労働供給に対する所得
Saez(2001)は、アメリカの納税データを用いて、賃金所得が 150,000 ドル以上の高所得者のパレート
パラメータは 2 で一定となることを示した。
7
16
効果が除かれており、非現実的である。賃金の外生性も、モデルの制約となっている。
次に、賃金 w が外生とならないケースを考察する。簡単化のために疑似線形の効用関数を
仮定する。タイプ の個人は、賃金
を支払われ、税t を支払うとしたとき、効用関数は
となる。政府の目的は
35
を最大にすることである。ただし、1 は生産性の低い個人、2 は生産性の高い個人を表して
いる。0 よりも大きく 1 よりも小さい は、賃金が高い個人の効用に対するウェイトを弱め
ることによって、再分配の目的を説明するものである。また政府は、直接表面原理を使用
して租税体系
、お
を選択するものとする。まず政府は自身の予算制約
よびインセンティブ制約
36
を最大化の制約とする。インセンティブ制約では、それぞれのタイプの個人は各自に割り
当てられた変数
,
を選択するようになっている。またインセンティブ制約は 2 つのタイ
プのうち、生産性の高いタイプの制約のみ等号で成立することが知られている。また、限
界生産性と賃金の等式は
′
のとおりである。ここで、各個人 i の労働供給を
/
と定義する。ここで政府の予算
制約式とインセンティブ制約式(36)から
を得る。また、この二つの式を用いることで、(35)式を
1
37
のように書き直すことができる。賃金は、それぞれ固定されているものと仮定する。(37)
式を と について最大化すると
′
1
1
1
1
′
′
を得ることができる。インセンティブ制約より、
′
となる。したがって、
Y であることから、v′
/
である。ここで、個人 の直面する限界税率を
17
とすると、その労働供給は次のように表される。このことから
0
0
を得ることができる。つまりトップにおける限界税率は 0 であり、最適な課税は最も生産
性の高い個人の労働供給に影響を与えるべきではない、ということになる。一方、より生
産性が低い個人に対する限界税率は正となる。このことは、分配の目的 や課税前の平等(賃
金の比率)、生産性の分布(
と
を通じて)にも依存する。
まとめると、政府はより生産的な個人の限界税率を小さくすべきであるということになる。
つまり、生産性が高い個人の労働が生産に使われるよう増加させることで、インセンティ
ブ制約を緩めることができる。
3.4 近年の最適所得税に関する議論:マーリース・レビューより8
3.4.1 最適所得税率
次に、最適課税のマーリース・モデルにおける、最適な限界税率に関する最近の議論を紹
介する。最適な最高限界実効税率(marginal effective tax rate: METR)を決定するために、
トップの限界実効税率が少し上昇したときの社会的厚生に与える影響について別の方法を
考える。ここで限界実効税率とは、総所得の微小な増加によって失われる税支払い、ある
いは給付の減少の大きさを表している。
この影響は、社会的厚生への 3 つの効果から成る。行動的反応がない場合に、最高所得の
限界実効税率の増加は政府の収入を増加させる。これは、税収における機械的効果
(mechanical effect)と呼ばれるものである。一方、最高限界実効税率の増加は最高所得
ブラケットの納税者に対し、所得を減らすインセンティブを与える。これは代替効果
(substitution effect)と呼ばれるものであり、税収への行動的反応として知られている。
最後に、最高所得の限界実効税率の増加は最高所得ブラケットの納税者らの厚生を減少さ
せる。これは社会にとっての損失であり、厚生効果(welfare effect)と呼ばれている。こ
の損失がどれくらいの大きさなのかは、政府の再分配に対する選好に依存する。
最適な最高限界実効税率は、税率を増加させることによる限界的な費用と便益がバランス
されたところで決定される。もし、厚生効果がほとんど関係ないのであれば、税収の技術
的な増加が行動反応による税収の減少に等しくなるところまで限界実効税率を増加させる
べきである。ここで所得税の最高税率は次のように定義できる。
8
本節の議論は、Browing et al(2010)に基づいている。
18
∗
=
1
1
∙
̅ / である。 は最高所得ブラケットの納税者によって報告された平均所
ただし、
得を表し、 ̅は最高所得ブラケットの閾値である。この ̅よりも大きい所得は、最高所得ブ
ラケットに含まれることになる。したがって、 は最高所得層の所得分布の割合の指標とな
る。この最適な限界税率 ∗ では、機械的効果と行動効果がバランスしている。また
は弾力
性であり、次のように定義される。
1
38 1
ここで限界実効税率 に対して、税引き後率が1
で表されており、(38)は所得 の税引き後
率に対する弾力性と定義される。 が大きいほど所得が税引き後率に大きく反応する。
次に、最適な限界税率体系について論ずる。最適な最高限界税率の議論と同様の方法を用
い、各所得分布における最適な限界税率を算出することができる。最適な最高限界税率の
ときと同様、微小な所得の増加は、政府の税収と厚生に次の三つの効果をもたらす。すな
わち技術効果、代替効果、厚生コストである。最適な限界税率では、これらの効果は正確
に相殺され税を変更しないことが社会的厚生上望ましいということになる。ここで最適な
限界実効税率は、正確には次のように表される。
1
1
ただし、
・
1
・ 1
は所得 に依存する税体系であり、その傾きは
39 で与えられる。また、
は よりも小さい所得を持つ納税者の割合である。つまりこれは、個人の累積分布を表して
おり、
は納税者の密度を表す。また、政府の再分配に対する選好は
で与えられ、 よ
りも大きい所得を持つ個人の消費の社会的な限界価値を表す。政府が再分配に価値を置く
のであれば、
は の減少関数となる。最適な限界税率
は、③式で与えられる。
最適な税率は弾力性 に関して減少であるほか、 についても減少である。一方、最適税率
は所得分布の割合 1
/
おり、(39)から、納税者の密度
に関して増加である。この値は所得分布の形状を表して
がそれよりも大きい所得を持つ納税者の数1
と比
べて低い所得層において、より高い限界税率を課すべきであることを示している。
この分析と、最適最高税率の分析との違いは次の点である。まず第 1 に、どの点において
も限界税率を変更することは、その限界税率に直面する個人だけではなく、それよりも高
い所得を持つ全ての個人に影響を与える。第 2 に、更なる課税の厚生費用は無視できない。
また、式③の分析から税引き後率に対する反応が少ない個人には高い限界税率を課すべき
であること、また再分配に高い価値を置く場合、あるいはその額を超える所得を持つ納税
19
者の数に対して、少ない割合の所得分布において、限界実行税率はより高くなるべきであ
ることがわかる。またこの分析からは、負の限界実行税率は決して最適とはならない。
一方、Saez(2001)は所得効果が導入された場合に分析がどのように変化するかを示して
いる。課税は可処分所得を減少させるため、中間と上位所得階層において、所得意欲、労
働意欲を高める。しかし、所得移転は課税所得を増やすため、低所得雇用者の労働意欲を
弱めることが示されている。したがって、所得効果は課税コストを減少させるが、一方で
給付のコストを増加させることになり、他の条件が一定であれば、所得効果は高所得階層
において限界税率を高め、所得再分配を大きくすることにつながると考えられる。
3.4.2
Intensive margin と extensive margin
前節のモデルは、個人が自己の直面する税引き後率に対して、所得を変化させることでの
み対応すると仮定していた。これは、intensive margin と呼ばれるものである。しかし、
人々が労働市場に参加するかどうかの変化は、そのフレームワークではうまく捉えられな
い。これは extensive margin と呼ばれるものである。実際、労働による稼得の微小な増加
によって 1、2 時間ではなく、20 或いは 40 時間のような労働時間で人々が雇用される傾向
にある。このような外延的な労働供給反応は、所得分布の下層において重要である(Heim
and Meyer(2004))。
これは参加効果(participation effect)と呼ばれるが、この効果によって低所得者層の最適
税率の構造の修正が必要になってくることから、非常に重要な効果である。まず個人が労
働を行うかどうかの選択だけに直面し、その意思決定は雇用と働かないことの相対的な報
酬の差に依存すると仮定する。金銭的な報酬に対するこの意思決定の反応は、参加後の労
働からの純利益に対する弾力性に依存する。この弾力性は、次のように定義される。
0
∙
.
40
ただしここでは、働くことを選択したスキル を持つ個人が、
の可処分所得を得る
と仮定する。また、働かないことを選択するのであれば、可処分所得は
個人の効用は単純に
0 となる。また
であり、ここで は可処分所得、 は労働のコストを表してい
0 が労働コスト を上回る場合に労働する
る。そのため、個人は労働の純利得z
ことを選択する。ここで労働コスト は のスキルを持つ個人について、
| の累積分布を
持つと仮定する。したがって、スキル を持ち、なおかつ働くことを選択する個人の数は単
純に
0 | となる。このとき、労働市場への参加による労働からの純利得に
関する弾力性は(40)のように定義される。
ここで参加税率(participation tax rate:PTR)は次のように定義される。それは税と給付
20
0 / である。また、
システムが労働からの報酬を小さくする程度であり、
1
は、個人が労働を選択したときの可処分所得の増加を表す。ここで税収を増やした
時の追加的な税収の増加分、および追加的な税収による厚生コスト、また追加的な税の増
加による労働の減少の効果を考慮し、最適な税率の式は次のように定義される。
1
1
∙ 1
.
この公式は労働に関する平均税率の単純な逆弾力性課税ルールとなっている。平均税率は
弾力性の増加とともに減少し、また 、つまり所得 の個人に対する限界的な消費の社会的
価値の増加も減少する。
ここで参加税率の微小な増加の効果を検討する。この改革は3つの効果を政府の税収およ
び厚生にもたらす。第 1 に、参加税率の増加は税収を増やす。また一方、追加的な課税は、
追加的な税を支払っている労働者の厚生を減少させる。一方、税の増加は、この所得水準
における何人かの労働者に労働市場からの脱落をもたらし、これはコストとなる。この分
析から、まず政府が再分配に価値を置く、つまり1
が負である場合には、参加税率は
低所得者にとって負になるべきであることを意味している。つまり、低所得労働者は、稼
得補助金を得ることとなる。intensive モデルと対照的に extensive モデルでは、所得補助
金、或いは労働に関連した控除が最適な税制の一部となるべきことを示している。
一方、intensive と extensive margin 双方の効果を考慮した、
現実的なモデルは Saez
(2002)
によって提示されている。そのモデルによれば、政府は低能力労働者に対する税を低くす
るという結果が得られている。ただしこのモデルでは、減税は何人かのより高い能力を持
った労働者の労働供給を減少させる誘因があることも示されており、減税の効果は労働供
給に対して不明である。これは減税が非雇用労働者の労働を促すためである。
3.4.3 集合的労働供給モデル
これまで考えてきたモデルでは、個人を基礎とし家族の問題は取捨されていた。この節で
は家族がどのように課税されるべきかや、子供の存在が課税や給付に与える影響が分析さ
れる。純粋な個人に基づいた課税では、税負担はそれぞれの家族のメンバーに対して別々
に計算され、同じ家族や家計にいる他の世帯員の所得やその存在から独立である。一方、
完全に課税を合算したシステムでは、税負担は家族レベルあるいは総世帯所得に依存する
こととなる。過去 30 年の間、合算から個人の課税へのトレンドがあり、多くの OECD 諸
国は個人を課税の基礎単位としている。ただし、税額控除や低所得世帯に対する給付は、
多くの OECD 諸国において家計の総収入に基づいている。
集合的労働供給モデル(collective labor supply model)では、課税所得が家族内の世帯員
21
の間でどのように配分されるかに関心が置かれている。同じ家族の全ての大人が同じよう
に行動する、つまり単一モデル(unitary model)と呼ばれるものであれば、このような問
題は生じないが現実的にはそうでないことも多い(Lundberg et al(1997))。例えば
Chiappori(1988,1990)は、消費が家族メンバー内で効率的に配分されるが、家族のメン
バーが持つ意思決定における力が相対的な所得に依存する、あるいは政府からの給付の権
利を有する個人に依存するようなモデルを開発している。例えば、夫が夫婦間で多くの力
を持ち、どのように所得が使われるのかをコントロールする力を持っているが、一方政府
は、家族内の消費の配分を公平にしたいという意思を持っている場合を仮定しよう。もし
政府が子供への支出を増加させたい場合、妻が子供に対してより高い支払い意思を持って
いるなら、夫から妻への移転を行うことが望ましいということになる。
22
4.タックス・ミックス9
次に、最適な所得税があるときの最適な消費税について考える。結論から述べるといくつ
かのケースでは、間接税は余計なものとなる。
最初に負の所得税を導入する場合を考えよう。賃金に対する税を支払う代わりに、消費者 は
τ
を支払う。ただし は最適に決定される単一の所得移転である。ここで正規化のた
めに、
0とする。これは間接税の税率が となることを意味する。この時、政府の予算
制約は
,
のようになる。ここで、政府は社会的構成 を最大にするように を決定すると考えると、
最適値において
41
が成立する。ただし、
∂W/
⋅
/
であり、これは政府支出の限界的社会厚生
であり、また は、政府の予算制約の乗数である。(41)式は、次式のように書き直される。
42
ここで、所得の純社会的限界効用を とすれば、この式は の平均が 1 になる、
1、
ことを示している。ラムゼーの公式を用いると(42)は
∑
のように表すことができる。ただし、
∑
は財 の分配要素、つまり と財 の消費の間の共
分散を表している。したがって、この最適な失望インデックスは贅沢財に対して正、必需
品に対して負である。また、間接税は貧乏な個人の消費を促進させ、金持ちの消費を減退
させるべきであることがわかる。この結果で面白いのは、消費者が代表的個人に集計され
る、つまり
がそれぞれの財 に対して 0 である場合、全ての財への課税が 0 でなければな
らないという点である。 が 0 と仮定したので、政府はマイナス に等しい一括税のみで支
出を賄うことになる。
次に最適非線形所得税(マーリーズのモデル)に間接税を導入する場合を考えよう。この
節では、導出の詳しい方法の説明を行わず、主にインプリケーションを中心に解説する。
9
本節での議論は、Salanie(2003)に基づいている。
23
まず、最大限一般性を確保するため、効用関数は
, ,
とする。ただし、個人の選好 に
と労働には、全ての所得効果と交差弾力性が存在すると仮定する。
は異質性があり、財
生産者の価格を 1 と正規化する。このとき、直接税
. と間接税 のもとで、個人 の予算
制約は
1
になる。この式を書き直すと、この消費者からの総税収は
となる。政府の予算制約はこのとき、
のように書くことができる。政府の問題は、間接効用関数
w とコントロール変数を、社
会目的関数
を最大にするように選択することである。このとき、ハミルトニアンを解いて簡単な計算
をすると、最適化の条件は
1
1
1
/
/
のように表すことができる。ただし、 は政府の予算制約の乗数であり、
は微分方程式
の乗数である。また、 は累積分布関数 の密度関数である。
もし財の税率が最適値で微分可能であれば、財の間の限界代替率が を通じて個人によって
異なる、あるいは の微分により、労働供給の関数によって異なるということを表している。
政府の予算制約の乗数 は明らかに正で、乗数 は負と仮定できるので、限界代替率
/
は、
財 の代わりに財 1 を欲する傾向として解釈できる。もし、財 の代わりに多くの財 1 が必
要であるという傾向が、 に対して減少、あるいは に対して増加なら、財 は高い税率を課
すべきであるというのがわかる。つまり、余暇と補完的である、あるいはより生産的な個
人の好む財に、多くの税金をかけるべきであるということがわかる。
この 2 つの点は最適所得税でも生じていたが、その直感は若干異なる。つまり、個人の生
産性は観察不可能なので、高い生産性を持つ者が消費するような財に、より重い税金を課
すべきである。また、余暇と補完的な財に高い税率を課すべきである理由は、労働をより
魅力的にし、より生産性の高い個人の誘因両立制約を緩めることにつながるからである。
24
5.おわりに
本節では、最適間接税と最適所得税の理論分析を紹介した。最適間接税においては、交差
価格効果がない効用関数のケースでは、弾力性の低い財に高率の間接税を課すこと、交差
価格効果のある場合には、余暇と補完的な財の間接税を高率にすべきであることなどが示
された。一方、消費者の選好や能力が異なる場合には、低所得者の好む財の間接税を定率
にするなど、政府は分配に配慮した間接税を志向する。また、実証分析では効用関数の分
離可能性が仮定されることが多いが、近年の研究では分離可能性は否定される結果が得ら
れている。最適所得税では、マーリースの一般的なモデルでは分析が困難なことから、疑
似線形の効用関数が仮定されるが、最適税率は政府の分配への選好、所得分布などを考量
して決定されることが示された。さらに、2 タイプの個人が存在するときには能力の高いも
のの限界税率をゼロにすべきであることが明らかにされた。また、近年は個人が労働時間
だけはなく、労働市場への参加をコントロールするケースや、家庭内の分配の問題なども
紹介した。タックス・ミックスでは、最適な所得税が存在するときには間接税は全くの無
駄になることも示された。これらの分析結果は強い仮定のもとに成立していることも多く、
最適課税の理論分析を直接現実に応用するのは難しいものの、現実の税制のあるべき姿を
議論する上では有益だろう。また、理論分析と現実の乖離を理解するために、より多くの
実証分析の蓄積が待たれるところである。
25
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