人と環境に優しい可視光酸素酸化反応の実用化への展開

岐阜薬科大学紀要 Vol. 56,
-
(2007)
45
―平成18年度 岐阜薬科大学特別研究費(奨励)―
人と環境に優しい可視光酸素酸化反応の実用化への展開
伊
1.緒
藤
彰
近
溶媒の中では、酢酸エチルを用いた場合にのみ反応が進
言
行し、他の溶媒においては反応が全く進行しないか反応
酸化反応は有機合成における大きな柱である。しかし
ながら、従来の酸化反応は重金属や複雑な有機試薬、或い
してもごく僅かという結果を得た。
以上の最適化の結果を基に、種々の基質についての一般
は高温が必要、さらには後処理が面倒で廃棄物が大量に副
Table 1. Study of Inorganic Bromo Sources
生するなど “グリーンケミストリー”の概念に相反する
問題点を有するものがほとんどであった。1)これに対し
て、近年分子状酸素をターミナルオキシダントとして用い
る酸化反応が幾つか報告されている。2)しかしながら、
その反応系は遷移金属や他の有機化合物等の組み合わせ
10
1 (0.3 mmol)
entry
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
による複雑なものが多く、大量スケールへの移行は必ずし
も容易ではない。そのような背景において、申請者は光酸
化反応について検討を行い、その過程において、酸素雰囲
気中、触媒量のアルカリメタルハライド(LiBr など)存
在下、紫外光(<400 nm)を照射すると、芳香環上メチル基
や一般のアルコール類を相当するカルボン酸へ収率良く
酸化できることを見出し、既に報告している。3)また、
上記反応のさらなる効率化ならびに反応機構の解明を目
OH
O2
fluorescent lamp (VIS)
bromo source (0.2 equiv.)
EtOAc (5 mL), 10 h
bromo source
Br2
aq. HBr
LiBr
NaBr
KBr
MgBr2・OEt2
AlBr3
SrBr2
NiBr2
ZnBr2
LaBr3
SmBr2
CO2H
10
2
yield (%)a
20
0
0
0
0
84
trace
49
68
0
77
65
a
All yields are for pure, isolated products.
指して、各種ブロモソースによる反応条件の精査を行った
化の検討を行った。基質を 0.3 mmol 用い、0.2 当量の
ところ、HBr や Br2 を用いることにより、より効率的に本
MgBr2・OEt2 存在下、酸素雰囲気中、22W 電球型蛍光灯 4
4)
しかしながら、上
個で 10 時間可視光を外部照射し検討を行ったところ、
記反応は人体に悪影響を及ぼす紫外光を必要とする。そこ
Table 2 に示したように、一般に 1-dodecanol(1)のよう
で今回、より簡便かつ安全で経済的に上記酸化反応を行う
な 1 級アルコールは効率良く酸化されるが、2-dodecanol
ために可視光 (400-700 nm) 照射下における一般化及び
(5)のような 2 級アルコールでは反応の低下が観察され、
実用化を目指した大量合成への展開について検討を行っ
10 時間では全く反応せず、36 時間後でも中程度の収率に
た。
とどまった(entries 1 - 3)。また、芳香環上カルビノール
反応を進行させることに成功した。
2.実
験・結
果・考
察
類では芳香環上に存在する官能基が電子供与性、或いは電
子求引性であるのに係わらず、いずれも高収率で対応する
まず、最適な無機ブロモソースの探索を行った。基
カルボン酸を与えることがわかった(entries 4‐8)。さら
質として 1-dodecanol(1, 0.3 mmol)を用い、0.2 当量の
に、3-thiophenemethanol(19)のようなヘテロ環を有する
無機ブロモソース存在下、酸素雰囲気中、22W 電球型蛍
基質を用いても同様に酸化反応が進行し、目的のカルボン
光灯 4 個で 10 時間可視光を外部照射し検討を行ったとこ
酸を高収率で得ることができた(entry 10)。
ろ、各種金属臭化物を触媒量用いることにより目的のカ
また、アルコール以外に芳香環上メチル基も同条件で
ルボン酸に変換できることがわかった (Table 1)。著者が
酸化され対応するカルボン酸を与えることが分かった。一
調査した中では、安価で取り扱いも容易である MgBr2・
般に芳香環上に電子供与基を有する基質に関しては、10
OEt2 が最も収率良く対応する 1-dodecanoic acid (2) を与
時間の可視光照射で目的のカルボン酸を高収率で与える
えることがわかった。さらに、著者が調査した代表的な
のに対し、電子求引基を有する基質に関しては、36 時間
岐阜薬科大学合成薬品製造学教室(〒502-8585 岐阜市三田洞東5丁目6−1)
Laboratory of Phramaceutical Synthetic Chemistry , Gifu Pharmaceutical University
(5-6-1, Mitahora-higashi, Gifu 502-8585, JAPAN)
伊藤彰近:人と環境に優しい可視光酸素酸化反応の実用化への展開
46
反応溶液+酸素
と長時間の可視光照射が必要であるが、この場合も収率良
く対応するカルボン酸を得ることができた(entries 11 -
生成物
バルブ
16)。しかしながら、1-および 2-methylnaphthalene(29, 31)
のようなナフタレン環を有する基質においては長時間可
O2
視光照射をしても、中程度の収率にとどまった(entries 17
セラミック
ポンプ
and 18)。
Table 2. Aerobic Photo-oxidation under irradiation of VIS
with Fluorescent Lamp
substrate
(0.3 mmol)
entry
O2
fluorescent lamp (VIS)
MgBr2・OEt2 (0.2 equiv.)
product
EtOAc (5 mL), 10 h
without stirring
n
OH
2
n=4
1
n = 10
3
CO2H
n
OH
3
84
4
64
6
アップについて検討したところ、1 mol スケールで 84 %と
b
49
R
R = OMe 11
一方、1-dodecanol(1)に関しても、10 mmol スケールに
おいて照射 24 時間で 77 %の収率で、2 を得ることに成功
CO2H
7
OH R = H
R = t-Bu 9
けで大量合成への展開が期待できる。そこで、基質として
4-tret-butyltoluene(21)の可視光酸素酸化反応のスケール
2
9
5
高圧水銀ランプ
高収率で対応する 10 を得ることに成功した(Scheme 1)
。
5
4
6
yield (%)a
O
9
スパイラル状
ガラス管
Fig. 1
操作も容易であるため、反応装置をそのまま大型化するだ
product
substrate
1
試料溶液
R
8
96
10
89
12
93
している。現在、さらなるスケールアップについて検討中
である。
7
R = Cl
13
14
69
以上のように、本反応は安価で安全な酸化剤である分子
8
R = NO2 15
16
89
状酸素を用いている点、汎用の蛍光灯で反応が進行し、操
OH
O
作が安全かつ簡便である点、廃棄物がほとんど排出されな
9
60
17
18
81
10
S
19
11
S
20
CO2H
R = t-Bu 21
12
R = OMe 22
R
R
10
98
12
99
R = Ph
23
24
99
R = Cl
25
14
87
15
R = NO2 26
16
90b
28
b
R = CN
27
t-Bu
21 (1 mol)
14
16
O2
fluorescent lamp (VIS)
MgBr2・OEt2 (0.125 equiv.)
CO2H
OH
13
c
EtOAc (1 L), 208 h
without stirring
CO2H
t-Bu
10 (84 %)
Scheme 1
い点などの特長を有しており、有機合成上有用であると共
に実用化が充分に期待できる新規酸化法と考えられる。
86
3.引用文献
17
18
R
R = 1-Me 29
R = 2-Me 31
CO2H 30
32
45
49
a
All yields are for pure, isolated products. b The reaction was carried out for 36 h.
c
4-Chlorobenzoic anhydride was also obtained in 25 % yield.
以上のように、触媒量の臭化マグネシウムを用いた少量
スケールでの可視光酸素酸化反応について一般化を行う
ことができたので、次に著者は光反応の一般的な課題であ
る大量合成への展開を試みた。著者はこれまでに、光の透
過性や照射面積の改良のため、ガラス細管の中に反応液と
酸素ガスのユニットを細かく連続的に流し、これを紫外光
照射することで光酸素酸化反応を行うシステムの構築を
行っている(Fig. 1)。既にこのシステムにより、目的のカ
ルボン酸を 86 %の良好な収率で得ることができているが、
このシステムでは 70 mmol というスケールでも大量の溶
媒(1.3 L)が必要である点、またセラミックポンプなど
を使用し装置が複雑であるという問題点を有している。こ
れに対し、今回の著者の酸化反応は透過性の良い可視光照
射下で行う点や撹拌の必要性がない点など装置が簡便で
1) R. C. Larock, Comprehensive Organic Transformations: A
Guide to Functional Group Preparations; Wiley-VCH,
New York, 1999.
2) a) A. Bottino, G. Capannelli, F. Cerutti, A. Comite, R. Di
Felice, Chem. Eng. Res. Des. 2004, 82, 229. b) Y. Ishii, S.
Sakaguchi, Catalysis Surveys from Japan 1999, 3, 27. c) R.
Bandyopadhyay, S. Biswas, R. Bhattacharyya, S. Guha, A.
K. Mukherjee, Chem. Commun. (Cambridge) 1999, 1627.
d) V. R. Durvasula, Synlett, 1992, 495. e) W. Bartck, D. D.
Rosenfeld, A. Schriesheim, J. Org. Chem. 1963, 28, 410.
3) a) A. Itoh, S. Hashimoto T. Kodama and Y. Masaki, Synlett
2005, 2107. b) A. Itoh, S. Hashimoto and Y. Masaki, Synlett
2005, 2639.
4) a) S. Hirashima and A. Itoh, Synthesis, 2006, 1757. b) S.
Hirashima, S. Hashimoto, Y. Masaki and A. Itoh,
Tetrahedron, 2006, 62, 7887.