「そう…疲れ果ててらっしゃるんですね。 ああ、でもどこから話していいんだか…」 昼は公務員。 夜は時々ボランティア。 その醍醐味とは? ある夜更けの1シーン どうぞ、ゆっくりお話ください」 て人 々が寝 静まる頃。 とある団 地の一角に 往 来にはひと気がなく、 窓の電 気も消え えてきたものを、 順 不 同に語る声に耳を傾 めらい混乱しつつも、今までその方が心に抱 うことですか?」 「 それは、もう死んでしまいたい、とい 思いを、聴く。 そのうち、 相 談 者からこんな言 葉が出て は、そんな風に始まる。 私がボランティアをしている夜の電話相談 死にたいほどつらい人の思いを聴く ボランティアとは? ける。 話の合 間に相づちを打ったり、 時 々 急いでペンを走らせ、またすぐに次の電話を 「あ…やっと電話が繋がった。ずっとか 「はい、東京自殺防止センターです」 いいかな、って思うんです。もう何もかも しまって、ずっと頑張ってきたけど、もう 「…最近は、悩むのにもつくづく疲れて い孤独、愛する者の喪失…。 食い詰めた暮らし、 先の見えない絶 望、 深 き詰まった仕 事、 陰 湿ないじめ、 職もなく 家 族との確 執、治らぬ病 気への嘆き、行 眠れぬ夜、話される内容は様々だ。 けていたんです。 あの … 私、 色 々あり過 …いいや、って…」 くる。 ぎて、もうほとほと疲れ果ててしまって… とる。 手早く問題解決を図ることもない。とにかく、 ひっそり佇む東 京 自 殺 防 止センターの一室 時 間 余の悩み話を聴き終えたばかりの 短い問い返しをしたりするが、初めから余り して、あえてこんな風に尋ねる。 そこで私は、自 殺 防 止センター 相 談 員と そして沈黙。 そう呟くと、ふと口をつぐむ。深い嘆息。 東京都特別区職員 だけは、 今 夜も電 気が消えることも、 電 話 そんな風に話しかけた私は、 相 談 者がた 2008年10月から、 「NPO法人国際ビフレンダーズ 東京自殺防止センター」 にて訓練を受ける。研修・ 実習を経て、翌秋ボランティアに認定される。特 別区に勤務するかたわら、当センターでボランティ ア活動に従事。現在に至る。 口は差し挟まないようにする。仕事のように 午前 時。 吉本 有紗(仮名) が鳴り止むこともない。 3 私は、 鳴り続く電 話のベルを聞きながら、 1 28 時に電 話の向こうは沈 黙のまま、一言も 言わずに切れることもある。あるいはリスト 時から朝の 時まで受けている。全国津々 浦 々からかかってくる電 話の相 談 件 数は、 年に制定された「自殺対策基本法」の 特別区職員の私が配 属された部 署では、平 成 施行に伴い、自殺予防の事業を模索し始め 年でおよそ 万3000件。 カットの傷口から血が滲み出るままに話す少 長 年、 全く畑 違いの現 場で働いていた私 たところだった。 し鳴るものの、 相 談 員が足りないゆえに繋 は知 識が乏しく、 自 殺の何たるかをすぐに 冒 頭の言 葉にあったように、 電 話は夜 通 誰かの声を聞いただけで安 心して、 すぐ がらない電 話も多 々あり、 実 際にはその何 学ぶ必要があったことが一つ。 女。 に終わる電 話もあれば、 死の誘 惑からよう 倍か知れない。 人 時 場の限 界を感じたのも大きな要 因だった。 それから「 自 治 体の取り組み 」 という立 やく引き返す明け方まで、延々と受 話 器 越 人当たり月に 回。 一方相談員は一晩基本的に 人体制。当 番は原則、 予 算も人 員 配 置も特 段の措 置のない中で出 くに現 実を知らないまま、 啓 発や対 策を考 来ることの限 界。 縦 割り行 政の難しさ。ろ くると、 いかに深 刻な身の上 話を聴いてい えるおこがましさ。手ごたえの見えない虚し 時ともなって ても、 昼の仕 事の疲れも出て、 ふっと眠 気 さ。それに何と言っても、お役 所 仕 事は面 そんな中で「現場の最 先端で草の根 運動 に襲われる。そんな時、私は受 話 器を持っ それでも時に意 識が遠のく。 相 手はこんな をしている人たちに触れ、 自 殺を考える人 の生の思いを知りたい」という気持ちがふつ ふつと湧きあがっていた。 忘れられない衝撃のロールプレイ そんな思いで受けた研修の一つで、私はこ の「国際ビフレンダーズ 東京自殺防止セン に現 実 的で、 今まで受けたものとは一線を ター」に出 会ったのだ。その研 修 内 容は実 て、何でやろうと思ったの?」 てきたコーラー( 相 談 者 ) でも、 なかな 「死にたいほど辛い気持ちで電話をかけ ン。講師がこのような内容を話した。 今でも覚えている一番 衝 撃を受けたシー 画していた。 た。 のような活 動をするとは思いもよらなかっ ずそう尋ねる。 無 理もない。 私も自 分がこ このボランティアのことを知った人は、ま 「 死にたい人のためのボランティアなん 公務員しながら真夜中の ボランティアをするわけとは? るのだろう? 何を好き好んで自分はこんなことをしてい らもツライ。 に苦しいというのに眠いなんて。でも、こち 白みに欠けた。 時、 4 たまま立ち上がり、 足踏みしながら話を聴く。 夜中零時を回り、 間のシフト制で、夜の 時間を繋ぐ。 1 しの繋がりが続く相手もいる。 東京自殺防止センター(以下、「センター」 4 3 3 とする ) は、 そんな「 苦しむ人の心の叫び に耳を傾ける電話相談」を365日、夜の 2 10 1 きっかけは本 職の公 務 員の仕 事。 当 時、 Vo l . 12 0 29 6 1 18 8 1 か本 心を明かすことはできないものです。 「自分でやってみたい」という欲望 それが余りに心を揺さぶる内 容だったため、 ばれる。語源は『 』 。 「友達に 1953年に世 界 初の電 話による悩み相 ートをするのか? では、 なぜわざわざ素 人が感 情 面のサポ く悩める人の感情面のサポート」をする。 のような存在として、問題解決とは違う「深 してや自治体職員でもなく!) 、隣人や友達 という姿勢を意味する。専門家ではなく(ま なる 」 =「 寄り添い・ 支える存 在になる 」 g n i d n e i r f + e B あなた方の多くは相 談 者に、自 殺の意 思 「もっとこれを掘り下げたい」と思った私 を問うことをためらうでしょう。下手に尋 ねると危 険なのでは? と。 でもそれは違 は、その後 ちを否 定せずに率 直に尋ねることで、 そ 更に本 格 的な研 修を受けさせて欲しいとそ 日間のワークショップに参加。 います。 あなたが、 相 手の死にたい気 持 の方は話を遠回りさせずに、あなたともっ の場で頼み込んだ。 受 講の条 件は満たしていなかったが、 願 たチャド・ヴァラー氏は、カウンセラーとし 談を受ける団 体「 サマリタンズ 」 を設 立し それを修 了すると、 今 度はどうしても相 て面接をしているうち、 来談者にお茶を出し、 いは届いた。勇気は出してみるものだ。 談員をしてみたくなった。いよいよ現実に電 待ち時 間にただ静かに隣に座 って話を聴い 師が、相談員役の研修生の一人に、例えば 話をとりながら学ぶというのに、これで「ハ こんな一言を言う。 「僕は誰からも必要とされていない人間 たりしていたボランティアの、意図せぬ役割 の大きさに驚いたという。中には心満たされ イ終わり」ではいかにも残念ではないか。 …いっそ消えてしまいたいんです」 てチャド氏に会わずに帰る客もいたそうだ。 考えた挙 句、 家 族とよく話し合い、セン のホームページが詳しいのでご覧いただきた た。よく言えば探究心。自己実現。 なのに、講師は迫 真の演 技だ。口上は毎回 ターの方 々にも相 談して、 仕 事と家 事とボ い。 / t u o b a / g r o . n p j s r e d n e i r f e b . w w w / / : p t t h 「普通の人」が相談員になるための 研修がすごかった る。 にこそ、出来ることがあったということであ く、相談者と同じ目線に立てる「普通の人」 アドバイスや励ましを行う専 門 家ではな l m t h . d n e i r f e b さて、NPO法人であるこのセンターの相 ここからの話は、 「東京自殺防止センター」 違ったが、 私たち研 修 生が言うべき内 容は ランティアをなんとか両立できる状況を整え 年が経ち、 今に至 ったというわ させてもらった。 そして けだ。 み事。自殺はしてはならない。それが常識。 談 員だが、これは基 本 的に資 格も経 験も問 素人であることの意味とは? 死を願う気持ちには誰しも触れたくないもの われない。サラリーマンもいれば、主婦もい 代までの老若男 ロールプレイのくだりを読んだ方は、 「 “死 代後半から 女。 全 員が手 弁 当の無 償ボランティアだ。 にたいのか”なんて、とても訊けないし、知 る。年代も が訓 練してでも出 来ることが大 事なのだと、 ここでは相 談 員は「 ビフレンダー」 と呼 80 後につくづく思い知ることになる。 だからこそ、 この「 死の問い 」 を私たち だ。 それが自然な感情なのだろう。 「死」は忌 怖い」という思いに囚われる。 が見事に言えない。 「そこには触れたくない。 このような、たったこの一言の問い。これ か?」 「 あなたは死にたいと思っているのです 決まっていた。相手の意思を問うこと。 細かい設 定は一切なし。 ごく短いセリフ それは使 命 感などではなく欲 望に近かっ です。 もう、 これ以 上 苦しむのをやめて ロールプレイが始まった。 相 談 者 役の講 とができるでしょう」 と深く、 心の中にあるものを話し合うこ 2 5 20 30 識もない自分にそんなボランティアは到底で きない」と感じられる向きも多いだろう。実 際何年も逡巡して、やっとボランティアに応 募してくる人も少なくないと聞く。 でも心 配はいらない。 研 修は驚くほど充 実している。国際ビフレンダーズの定める各 国共通のテキストをもとに、研修スタッフが 週間のグループ研修をみっちり行う。 体 験 学 習が主なので甘くはないが、 それ だけに学びは深い。 自 分の死 生 観と向き合 う時間にもなる。 様 々な人との出 会いと心の限 界 状 態を想 定して、 自 他と対 峙する「 人 間 学 習 」 。滅 多にできない貴重な体験である。 とを妨げたのが、 私の場 合はこの仕 事のク セ=解決志向だったわけだ。 なぜ解決志向ではダメなのか? その前に、 「 なぜ夜の電 話 相 談なのか?」 に触れておこう。 昼 間は役 所も開いているし、民 間の機 関 も対 応してくれる。 町は賑やかで、 行く場 所もあり気が紛れる。でも公 共 機 関は大 抵 ティアに、いきなり満足のゆく相談ができる さて、 研 修を終えたばかりの新 人ボラン いく。 を聴いてくれた友人も度重なると遠ざかって えがたく、 話す相 手もいない。 最 初は悩み 困りものだった「公務員のクセ」 時で店じまい。 夜一人になると孤 独は耐 はずもない。 でもその分、 電 話 実 習に入っ 導して力量不足を底上げしてくれる。でも、 ると、いっそこのまま闇に消えてしまいたく ると、 眼が冴えて眠れなくなる。 憂いが募 答えの出ない難題をぐるぐる考え込んでい ここからが本 当の意 味での学び。 自 分の思 なる。ましてや世間が浮き立つクリスマスや てからもしばらくの間、スタッフが個別に指 い込みやコミュニケーションのクセが出る。 正月はなおさら侘しい…。 なく、365日開いているというわけだ。 だからセンターは夜の回 線を、 盆 暮れも 性格も出る。 私の場合、気持ちをじっくり聴くよりも、 すぐに助 言や提 案をしたくなる自 分が出て してくれる。周りの人に話せば「死んじゃだ 助言や解決案ならば、昼間の相談相手が で少しは役 立つかと期 待したが、 反 対に一 めだ!」と叱咤激励したり、 「生きたくても きて困 った。 仕 事で相 談 業 務もしていたの 番直されたのは、なんとその仕事のクセだっ り、あーしたらこーしたらと意見もしてくれ 生きられない人もいるのに」などと説教した 役 所で住 民に相 談された時は、手 早く状 るだろう。 自 殺 願 望など、身 内には済まな た。 況を把握し、必要な情報を提供して、問題 くて口にできないという人もいる。 味があるのだ。 般的なスタンスをとらないことに、特別な意 だからこそ、この夜の電話が、そうした一 解 決を図るか、相 談 先を紹 介して終わるの が基本だ。でも、ここは違う。 「苦しむ人の 心の叫びに耳を傾ける電話相談」の場だ。 この「 心の叫び 」 に無 心に耳を傾けるこ Vo l . 12 0 31 5 10 物事よりも「心」を見るということ そ、 悲しんだり、 怒ったり、 自 分や周りの どんなにあがいても願いが叶わないからこ なかった。そして家 族や友 人、職 場の理 解 形を一緒に考えてくれる。そうでないと続か そして積極的な理由としては、 「闇に希望 や協力が本当に有難かった。 れを果たさずに死ぬのは怖いし、口惜しい。 人を傷つける。強い望みがあるからこそ、そ 「何をどうすべきか」ではなく、 「どうしよ の光を見 出す 」ことが私 自 身を救ってきた からだと思う。 絶望して力尽きそうになる。 それは弱いことなのだろうか? うもなく辛い今の気持ち」 の傍らに寄り添う。 たとえ顔が見えなくても、死にたい気持ちさ 認められなくても、 あなたはあなたとして、 「情けなくても、愚かに思えても、他人に 願いを抱きながらも、苦難を経てここまで歩 唯一無二の人生を生きてきた意味がある」 私 はそうした方の言 葉 を 聴いていると、 相 手の今の感 情を「 ここにある、 あなたに んできた人の物語に、 経験に裏打ちされた 「生 えもタブーにしないで、真 剣に耳を澄ます。 とって大事なもの」として、共に味わいなが おかしくて、愛おしい。 生きているって、哀しくて、 てくれた。 自 己 肯 定 感の低かった私 自 身を少し強くし そのことを繰り返し確 認していくことが、 きる芯」のようなものを感じるのだ。 そういう目で見た時、 「 なぜそんなことを ら解きほぐしていこうとするあり方。 大きく言えば、 「存在の肯定」 。 するのか?」と不 可 解だったエピソードも、 「そうか! この人自身の物語のテーマの一 つだったのか」と霧が晴れるようにわかる瞬 それは親の満 足な愛を得られなかったり、 や不遇を重ねて、自分の存在価値を肯定で 間がある。 また時には、 相 手から「 自 分な いじめや差 別を体 験したり、 幾つもの挫 折 きずにきた多くの相 談 者の、一抹の救いに りによく生きてきた。この命は無駄ではなか かかる、その人自 身の希 望の「 光 」を、共 なくても、ただ傍に居て気持ちをわかろうと 同じ悩める人 間として、 解 決 法はわから あなたもやってみませんか? に見出そうとする作業だったのではないだろ の心境のまま生きていくのがこれ以上耐えら れたのは、一つにはボランティア仲間の温か それでも今まで半ば嬉々として続けてこら ランティアをやってみませんか? 要としています。あなたもこの味わい深いボ 自 殺 防 止センターは、そんな相 談 員を必 たい。 ひとつの命の物 語 」 に耳を澄ます夜を続け 時でも、そんな繋がりを感じつつ、 「 たった 私はこれからも、 仕 事を離れてほんの片 心の繋がり。 してくれる人。それは多分誰もが求めている い。何といっても夜は眠い。他にやりたいこ このボランティアは確かに楽なものではな 夜のボランティアを続けたいわけ うか? それは、 真っ暗 闇に見えた心の奥に差し った」という感慨が語られることもある。 なるのではないだろうか? 私は、 センターのいう「感情面のサポート」 を、今はそのように理解している。 聴くことの「闇と光」 自 死を苦 悩からの唯一の解 放の道だと思 いつめ、絶望の淵を覗きこむような語りに耳 を傾けていると、 暗い底なし沼に一 緒に落 ちてしまいそうで、最初の頃はよく怖くなっ た。 れないほどに、 「本当は、自分はこう生きた い支えがあったから。 活 動の仕 方も、 各 人 ともあるし、家族に負担や心配もかける。 いんだ!」 という、 決して屈しない意 志が の健 康や個 人の事 情を考 慮して無 理のない でも今は違う。表 面的な言 葉の奥に、今 あると感じるからだ。 32
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