Vol.120掲載 昼は公務員。夜は時々ボランティア。

「そう…疲れ果ててらっしゃるんですね。
ああ、でもどこから話していいんだか…」
昼は公務員。
夜は時々ボランティア。
その醍醐味とは?
ある夜更けの1シーン
どうぞ、ゆっくりお話ください」
て人 々が寝 静まる頃。 とある団 地の一角に
往 来にはひと気がなく、 窓の電 気も消え
えてきたものを、 順 不 同に語る声に耳を傾
めらい混乱しつつも、今までその方が心に抱
うことですか?」
「 それは、もう死んでしまいたい、とい
思いを、聴く。
そのうち、 相 談 者からこんな言 葉が出て
は、そんな風に始まる。
私がボランティアをしている夜の電話相談
死にたいほどつらい人の思いを聴く
ボランティアとは?
ける。 話の合 間に相づちを打ったり、 時 々
急いでペンを走らせ、またすぐに次の電話を
「あ…やっと電話が繋がった。ずっとか
「はい、東京自殺防止センターです」
いいかな、って思うんです。もう何もかも
しまって、ずっと頑張ってきたけど、もう
「…最近は、悩むのにもつくづく疲れて
い孤独、愛する者の喪失…。
食い詰めた暮らし、 先の見えない絶 望、 深
き詰まった仕 事、 陰 湿ないじめ、 職もなく
家 族との確 執、治らぬ病 気への嘆き、行
眠れぬ夜、話される内容は様々だ。
けていたんです。 あの … 私、 色 々あり過
…いいや、って…」
くる。
ぎて、もうほとほと疲れ果ててしまって…
とる。
手早く問題解決を図ることもない。とにかく、
ひっそり佇む東 京 自 殺 防 止センターの一室
時 間 余の悩み話を聴き終えたばかりの
短い問い返しをしたりするが、初めから余り
して、あえてこんな風に尋ねる。
そこで私は、自 殺 防 止センター 相 談 員と
そして沈黙。
そう呟くと、ふと口をつぐむ。深い嘆息。
東京都特別区職員
だけは、 今 夜も電 気が消えることも、 電 話
そんな風に話しかけた私は、 相 談 者がた
2008年10月から、
「NPO法人国際ビフレンダーズ
東京自殺防止センター」
にて訓練を受ける。研修・
実習を経て、翌秋ボランティアに認定される。特
別区に勤務するかたわら、当センターでボランティ
ア活動に従事。現在に至る。
口は差し挟まないようにする。仕事のように
午前 時。
吉本 有紗(仮名)
が鳴り止むこともない。
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私は、 鳴り続く電 話のベルを聞きながら、
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時に電 話の向こうは沈 黙のまま、一言も
言わずに切れることもある。あるいはリスト
時から朝の 時まで受けている。全国津々
浦 々からかかってくる電 話の相 談 件 数は、
年に制定された「自殺対策基本法」の
特別区職員の私が配 属された部 署では、平
成
施行に伴い、自殺予防の事業を模索し始め
年でおよそ 万3000件。
カットの傷口から血が滲み出るままに話す少
長 年、 全く畑 違いの現 場で働いていた私
たところだった。
し鳴るものの、 相 談 員が足りないゆえに繋
は知 識が乏しく、 自 殺の何たるかをすぐに
冒 頭の言 葉にあったように、 電 話は夜 通
誰かの声を聞いただけで安 心して、 すぐ
がらない電 話も多 々あり、 実 際にはその何
学ぶ必要があったことが一つ。
女。
に終わる電 話もあれば、 死の誘 惑からよう
倍か知れない。
人
時
場の限 界を感じたのも大きな要 因だった。
それから「 自 治 体の取り組み 」 という立
やく引き返す明け方まで、延々と受 話 器 越
人当たり月に 回。
一方相談員は一晩基本的に 人体制。当
番は原則、
予 算も人 員 配 置も特 段の措 置のない中で出
くに現 実を知らないまま、 啓 発や対 策を考
来ることの限 界。 縦 割り行 政の難しさ。ろ
くると、 いかに深 刻な身の上 話を聴いてい
えるおこがましさ。手ごたえの見えない虚し
時ともなって
ても、 昼の仕 事の疲れも出て、 ふっと眠 気
さ。それに何と言っても、お役 所 仕 事は面
そんな中で「現場の最 先端で草の根 運動
に襲われる。そんな時、私は受 話 器を持っ
それでも時に意 識が遠のく。 相 手はこんな
をしている人たちに触れ、 自 殺を考える人
の生の思いを知りたい」という気持ちがふつ
ふつと湧きあがっていた。
忘れられない衝撃のロールプレイ
そんな思いで受けた研修の一つで、私はこ
の「国際ビフレンダーズ 東京自殺防止セン
に現 実 的で、 今まで受けたものとは一線を
ター」に出 会ったのだ。その研 修 内 容は実
て、何でやろうと思ったの?」
てきたコーラー( 相 談 者 ) でも、 なかな
「死にたいほど辛い気持ちで電話をかけ
ン。講師がこのような内容を話した。
今でも覚えている一番 衝 撃を受けたシー
画していた。
た。
のような活 動をするとは思いもよらなかっ
ずそう尋ねる。 無 理もない。 私も自 分がこ
このボランティアのことを知った人は、ま
「 死にたい人のためのボランティアなん
公務員しながら真夜中の
ボランティアをするわけとは?
るのだろう?
何を好き好んで自分はこんなことをしてい
らもツライ。
に苦しいというのに眠いなんて。でも、こち
白みに欠けた。
時、
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たまま立ち上がり、
足踏みしながら話を聴く。
夜中零時を回り、
間のシフト制で、夜の 時間を繋ぐ。
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しの繋がりが続く相手もいる。
東京自殺防止センター(以下、「センター」
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とする ) は、 そんな「 苦しむ人の心の叫び
に耳を傾ける電話相談」を365日、夜の
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きっかけは本 職の公 務 員の仕 事。 当 時、
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か本 心を明かすことはできないものです。
「自分でやってみたい」という欲望
それが余りに心を揺さぶる内 容だったため、
ばれる。語源は『
』
。
「友達に
1953年に世 界 初の電 話による悩み相
ートをするのか?
では、 なぜわざわざ素 人が感 情 面のサポ
く悩める人の感情面のサポート」をする。
のような存在として、問題解決とは違う「深
してや自治体職員でもなく!)
、隣人や友達
という姿勢を意味する。専門家ではなく(ま
なる 」 =「 寄り添い・ 支える存 在になる 」
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あなた方の多くは相 談 者に、自 殺の意 思
「もっとこれを掘り下げたい」と思った私
を問うことをためらうでしょう。下手に尋
ねると危 険なのでは? と。 でもそれは違
は、その後
ちを否 定せずに率 直に尋ねることで、 そ
更に本 格 的な研 修を受けさせて欲しいとそ
日間のワークショップに参加。
います。 あなたが、 相 手の死にたい気 持
の方は話を遠回りさせずに、あなたともっ
の場で頼み込んだ。
受 講の条 件は満たしていなかったが、 願
たチャド・ヴァラー氏は、カウンセラーとし
談を受ける団 体「 サマリタンズ 」 を設 立し
それを修 了すると、 今 度はどうしても相
て面接をしているうち、
来談者にお茶を出し、
いは届いた。勇気は出してみるものだ。
談員をしてみたくなった。いよいよ現実に電
待ち時 間にただ静かに隣に座 って話を聴い
師が、相談員役の研修生の一人に、例えば
話をとりながら学ぶというのに、これで「ハ
こんな一言を言う。
「僕は誰からも必要とされていない人間
たりしていたボランティアの、意図せぬ役割
の大きさに驚いたという。中には心満たされ
イ終わり」ではいかにも残念ではないか。
…いっそ消えてしまいたいんです」
てチャド氏に会わずに帰る客もいたそうだ。
考えた挙 句、 家 族とよく話し合い、セン
のホームページが詳しいのでご覧いただきた
た。よく言えば探究心。自己実現。
なのに、講師は迫 真の演 技だ。口上は毎回
ターの方 々にも相 談して、 仕 事と家 事とボ
い。
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「普通の人」が相談員になるための
研修がすごかった
る。
にこそ、出来ることがあったということであ
く、相談者と同じ目線に立てる「普通の人」
アドバイスや励ましを行う専 門 家ではな
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さて、NPO法人であるこのセンターの相
ここからの話は、
「東京自殺防止センター」
違ったが、 私たち研 修 生が言うべき内 容は
ランティアをなんとか両立できる状況を整え
年が経ち、 今に至 ったというわ
させてもらった。
そして
けだ。
み事。自殺はしてはならない。それが常識。
談 員だが、これは基 本 的に資 格も経 験も問
素人であることの意味とは?
死を願う気持ちには誰しも触れたくないもの
われない。サラリーマンもいれば、主婦もい
代までの老若男
ロールプレイのくだりを読んだ方は、
「
“死
代後半から
女。 全 員が手 弁 当の無 償ボランティアだ。
にたいのか”なんて、とても訊けないし、知
る。年代も
が訓 練してでも出 来ることが大 事なのだと、
ここでは相 談 員は「 ビフレンダー」 と呼
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後につくづく思い知ることになる。
だからこそ、 この「 死の問い 」 を私たち
だ。
それが自然な感情なのだろう。
「死」は忌
怖い」という思いに囚われる。
が見事に言えない。
「そこには触れたくない。
このような、たったこの一言の問い。これ
か?」
「 あなたは死にたいと思っているのです
決まっていた。相手の意思を問うこと。
細かい設 定は一切なし。 ごく短いセリフ
それは使 命 感などではなく欲 望に近かっ
です。 もう、 これ以 上 苦しむのをやめて
ロールプレイが始まった。 相 談 者 役の講
とができるでしょう」
と深く、 心の中にあるものを話し合うこ
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識もない自分にそんなボランティアは到底で
きない」と感じられる向きも多いだろう。実
際何年も逡巡して、やっとボランティアに応
募してくる人も少なくないと聞く。
でも心 配はいらない。 研 修は驚くほど充
実している。国際ビフレンダーズの定める各
国共通のテキストをもとに、研修スタッフが
週間のグループ研修をみっちり行う。
体 験 学 習が主なので甘くはないが、 それ
だけに学びは深い。 自 分の死 生 観と向き合
う時間にもなる。
様 々な人との出 会いと心の限 界 状 態を想
定して、 自 他と対 峙する「 人 間 学 習 」
。滅
多にできない貴重な体験である。
とを妨げたのが、 私の場 合はこの仕 事のク
セ=解決志向だったわけだ。
なぜ解決志向ではダメなのか?
その前に、
「 なぜ夜の電 話 相 談なのか?」
に触れておこう。
昼 間は役 所も開いているし、民 間の機 関
も対 応してくれる。 町は賑やかで、 行く場
所もあり気が紛れる。でも公 共 機 関は大 抵
ティアに、いきなり満足のゆく相談ができる
さて、 研 修を終えたばかりの新 人ボラン
いく。
を聴いてくれた友人も度重なると遠ざかって
えがたく、 話す相 手もいない。 最 初は悩み
困りものだった「公務員のクセ」
時で店じまい。 夜一人になると孤 独は耐
はずもない。 でもその分、 電 話 実 習に入っ
導して力量不足を底上げしてくれる。でも、
ると、いっそこのまま闇に消えてしまいたく
ると、 眼が冴えて眠れなくなる。 憂いが募
答えの出ない難題をぐるぐる考え込んでい
ここからが本 当の意 味での学び。 自 分の思
なる。ましてや世間が浮き立つクリスマスや
てからもしばらくの間、スタッフが個別に指
い込みやコミュニケーションのクセが出る。
正月はなおさら侘しい…。
なく、365日開いているというわけだ。
だからセンターは夜の回 線を、 盆 暮れも
性格も出る。
私の場合、気持ちをじっくり聴くよりも、
すぐに助 言や提 案をしたくなる自 分が出て
してくれる。周りの人に話せば「死んじゃだ
助言や解決案ならば、昼間の相談相手が
で少しは役 立つかと期 待したが、 反 対に一
めだ!」と叱咤激励したり、
「生きたくても
きて困 った。 仕 事で相 談 業 務もしていたの
番直されたのは、なんとその仕事のクセだっ
り、あーしたらこーしたらと意見もしてくれ
生きられない人もいるのに」などと説教した
役 所で住 民に相 談された時は、手 早く状
るだろう。 自 殺 願 望など、身 内には済まな
た。
況を把握し、必要な情報を提供して、問題
くて口にできないという人もいる。
味があるのだ。
般的なスタンスをとらないことに、特別な意
だからこそ、この夜の電話が、そうした一
解 決を図るか、相 談 先を紹 介して終わるの
が基本だ。でも、ここは違う。
「苦しむ人の
心の叫びに耳を傾ける電話相談」の場だ。
この「 心の叫び 」 に無 心に耳を傾けるこ
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物事よりも「心」を見るということ
そ、 悲しんだり、 怒ったり、 自 分や周りの
どんなにあがいても願いが叶わないからこ
なかった。そして家 族や友 人、職 場の理 解
形を一緒に考えてくれる。そうでないと続か
そして積極的な理由としては、
「闇に希望
や協力が本当に有難かった。
れを果たさずに死ぬのは怖いし、口惜しい。
人を傷つける。強い望みがあるからこそ、そ
「何をどうすべきか」ではなく、
「どうしよ
の光を見 出す 」ことが私 自 身を救ってきた
からだと思う。
絶望して力尽きそうになる。
それは弱いことなのだろうか?
うもなく辛い今の気持ち」
の傍らに寄り添う。
たとえ顔が見えなくても、死にたい気持ちさ
認められなくても、 あなたはあなたとして、
「情けなくても、愚かに思えても、他人に
願いを抱きながらも、苦難を経てここまで歩
唯一無二の人生を生きてきた意味がある」
私 はそうした方の言 葉 を 聴いていると、
相 手の今の感 情を「 ここにある、 あなたに
んできた人の物語に、
経験に裏打ちされた
「生
えもタブーにしないで、真 剣に耳を澄ます。
とって大事なもの」として、共に味わいなが
おかしくて、愛おしい。
生きているって、哀しくて、
てくれた。
自 己 肯 定 感の低かった私 自 身を少し強くし
そのことを繰り返し確 認していくことが、
きる芯」のようなものを感じるのだ。
そういう目で見た時、
「 なぜそんなことを
ら解きほぐしていこうとするあり方。
大きく言えば、
「存在の肯定」
。
するのか?」と不 可 解だったエピソードも、
「そうか! この人自身の物語のテーマの一
つだったのか」と霧が晴れるようにわかる瞬
それは親の満 足な愛を得られなかったり、
や不遇を重ねて、自分の存在価値を肯定で
間がある。 また時には、 相 手から「 自 分な
いじめや差 別を体 験したり、 幾つもの挫 折
きずにきた多くの相 談 者の、一抹の救いに
りによく生きてきた。この命は無駄ではなか
かかる、その人自 身の希 望の「 光 」を、共
なくても、ただ傍に居て気持ちをわかろうと
同じ悩める人 間として、 解 決 法はわから
あなたもやってみませんか?
に見出そうとする作業だったのではないだろ
の心境のまま生きていくのがこれ以上耐えら
れたのは、一つにはボランティア仲間の温か
それでも今まで半ば嬉々として続けてこら
ランティアをやってみませんか?
要としています。あなたもこの味わい深いボ
自 殺 防 止センターは、そんな相 談 員を必
たい。
ひとつの命の物 語 」 に耳を澄ます夜を続け
時でも、そんな繋がりを感じつつ、
「 たった
私はこれからも、 仕 事を離れてほんの片
心の繋がり。
してくれる人。それは多分誰もが求めている
い。何といっても夜は眠い。他にやりたいこ
このボランティアは確かに楽なものではな
夜のボランティアを続けたいわけ
うか?
それは、 真っ暗 闇に見えた心の奥に差し
った」という感慨が語られることもある。
なるのではないだろうか?
私は、
センターのいう「感情面のサポート」
を、今はそのように理解している。
聴くことの「闇と光」
自 死を苦 悩からの唯一の解 放の道だと思
いつめ、絶望の淵を覗きこむような語りに耳
を傾けていると、 暗い底なし沼に一 緒に落
ちてしまいそうで、最初の頃はよく怖くなっ
た。
れないほどに、
「本当は、自分はこう生きた
い支えがあったから。 活 動の仕 方も、 各 人
ともあるし、家族に負担や心配もかける。
いんだ!」 という、 決して屈しない意 志が
の健 康や個 人の事 情を考 慮して無 理のない
でも今は違う。表 面的な言 葉の奥に、今
あると感じるからだ。
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