「利潤計算原理」を読む⑴

香 川 大 学 経 済 論 叢
第
巻 第
号
年
月
−
研究ノート
「利潤計算原理」を読む⑴
井 上
善
弘
Ⅰ はじめに
本稿は,岩田巖教授の主著『利潤計算原理』の第一編「利潤計算原理」を精読する
試みである。
『利潤計算原理』は
(昭和
)年に刊行されて以来長年に亘り読み
!
「利潤計算原理」の
継がれてきた,いわば会計学の古典とでも言うべき書物である。
具体的な内容の検討に入る前に,本テキストを精読するうえでの,筆者の基本的なス
"
タンスあるいは心構えについて述べる。
まず,
「利潤計算原理」の読解に取組むに当たって,
「できるだけ先入見を排除して
虚心坦懐に臨む」ことを旨としたい。岩田教授が「利潤計算原理」において展開して
いる主張に対しては,これまで会計学研究者が様々な観点から検討を加えてきた。そ
の中には,教授の考えに対して好意的な解釈をする論者もいれば,批判的な姿勢を鮮
明にしている論者もいる。それら論者の解釈や姿勢は,
「利潤計算原理」あるいは岩
田教授そのものに対するある種のイメージをつくりだしている可能性がある。本稿に
おいては,そういったイメージに内在する予断を排除するために,
「利潤計算原理」に
対してこれまでなされてきた様々な解釈等を,一旦,横に置いて,虚心坦懐にテキス
#
トに臨みたいと考えている。
( )『利潤計算原理』
は
年の初版刊行以来, (平成 )
年までで
版を重ねている。
( ) ここにおける筆者のスタンスは,丸山(
)の「序 古典からどう学ぶか」を参考
にしている。
( )「利潤計算原理」に関する先行研究を全く顧みないということではけっしてない。あ
くまでも,
「一旦」横に置くという意味である。
−170−
香川大学経済論叢
もうひとつ,
「利潤計算原理」の読解に取組むに当たって心掛けたいことは,
「利潤
計算原理」で展開されている岩田教授の個々の主張なり命題なりを,常に全体の文脈
において捉えるということである。確かに,
「利潤計算原理」における岩田教授の語
り口は明快であり,読者の心を惹きつけずにはおかないものがある。しかしながら,
そこには,財産法や損益法に関する考え方を中心に,通説にはとらわれない教授独自
の理論が展開されており,必ずしも理解が容易であるというわけではない。各章で展
開されている岩田教授の主張を「利潤計算原理」全体の文脈において捉えなければ,
教授の本来の意図について思わぬ誤解をしてしまうことになりかねない。本稿は,数
回に分けて「利潤計算原理」を精読する試みであるが,このことに常に留意しつつ稿
をすすめていくこととしたい。
Ⅱ 「利潤計算原理」の構成
著書としての『利潤計算原理』は,
「第一編 利潤計算原理」
,
「第二編 貸借対諸
表論の基本問題」及び「第三編 ドイツ会計学説」の三つの編で構成されている。本
稿が精読の対象とするのは,そのうちの第一編である「利潤計算原理」であり,著書
のタイトルにもなっていることからわかるように,同書の中核をなす部分と言える。
「第一編 利潤計算原理」は次の九つの章で構成されている。
序 章 利潤計算におけるひとつの問題点
第一章 簿記・会計における照合の計理
第二章 企業会計における利潤の照合
第三章 利潤計算手続の顚倒
第四章 利潤計算における二元性の歪曲
第五章 貸借対照表論の混乱
第六章 財産法の構造
第七章 損益法の構造
第八章 企業会計における会計士監査の意味
「利潤計算原理」を読む⑴
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「利潤計算原理」の来歴について簡単に述べたい。
「利潤計算原理」を第一編とする
著書としての『利潤計算原理』は,岩田教授の死後,師である太田哲三教授をはじめ
とする岩田教授にゆかりのある方々によって昭和
!
年に刊行されたものである。そ
のうちの第一編である「利潤計算原理」の中で,序章から第七章までは,学術雑誌『産
業経理』に全部で 回にわたって分載されたものであり,第八章については別の書籍
"
から転載されたものである。
第八章は,第七章までで論じられた企業会計におけるあるべき利潤計算に関する岩
田教授の見解を踏まえて,企業会計に対して会計士監査が果たすべき役割を論じたも
のである。それゆえ,他の章とは少し趣を異にするところもあるが,本稿は,序章か
ら第八章までのすべての章を連続する内容をもった一体のものとして取り扱うことに
する。今回は,第 回目として,序章「利潤計算におけるひとつの問題点」を取りあ
げ詳細に検討する。後に述べるように,序章では,岩田教授が「利潤計算原理」にお
いて取り上げる主題が明らかにされる。
Ⅲ 「利潤計算原理」の主題
利潤計算における照合の重要性
「利潤計算原理」は,師である太田哲三教授が雑談の間に岩田教授に語りかけた次
#
の印象的な言葉で幕を開ける。
「計算を照合すること,つまり突合だネ,これがマア会計の一番肝心なところ
かなめ
だ。会計のいわば要だナ。会計の特徴といえば,結局この突合ということにな
(
(
(
)『利潤計算原理』が刊行されるまでの経緯については,太田哲三教授による「序」及
び飯野利夫教授による「あとがき」を参照されたい。
) 序章から第七章までは,雑誌『産業経理』の第
巻第 号から第 号及び第 号,
第 巻の第 号及び第
号,第
巻の第 号に掲載された論稿である。第八章は,
日本会計学会編『財務監査論』(森山書店,
(昭和 )年)に掲載された論稿に一
部修正を加えたうえで転載したものである。詳しくは,
『利潤計算原理』に付けられて
いる岩田教授の著作目録を参照のこと。
) 以下,特にことわりのない限り,
『利潤計算原理』からの引用は頁のみを示す。また,
かなづかいについて新字体に改める場合がある(例えば,
「いつて」を「いって」に改
める等)
。
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香川大学経済論叢
るだろう。早い話が「会計」といって,計を会せると書くのも実はこのためな
ちょうあい
んだ。昔から簿記のことを帳 合というだろう。簿記とは,要するに,帳面を
合せることサ。
」
( 頁。ルビは原文。
)
岩田教授は,太田教授により何気なく言い捨てられたこの片言隻句から会計におけ
る照合の重要さが教授自身の脳裡に深く刻みこまれ,そのことが教授のその後の会計
学の勉強において貴重な示唆となったと回想する。そして,
「
「照合」こそ利潤計算構
造の秘密を解きあかす重要な鍵のひとつであることに思いあたった」
( 頁)という
のである。後に詳述するように,
「利潤計算原理」は,
「照合」という概念ないし考え
方がその理論展開の底を流れる通奏低音となっている。冒頭に太田教授の言葉を掲げ
たのは,自らの理論展開における照合の重要性をまずもって読者に印象付けたいと考
えたからに他ならない。
利潤計算の実質的正確性の保証
ところで,簿記や会計において照合あるいは突合が行われる例は,仕訳帳の借方合
計額と貸方合計額の照合,棚卸資産の帳簿棚卸高と実地棚卸高の照合等,枚挙に暇が
ない。岩田教授は,そのなかでもとりわけ重要なものが,決算の終着点における利潤
の照合であるという。損益計算書における利潤と貸借対照表における利潤との間の照
合である。なぜ重要かといえば,それは,
「前者の利潤が後者の利潤と符合してはじ
めて,利潤計算の正確さが証明されたことになると考える」
( 頁)ためである。
岩田教授によれば,損益計算書における利潤と貸借対照表における利潤が一致する
ことについて,会計学は複式簿記のメカニズムを利用して次のように説明してきたと
いう。
「複式簿記のメカニズムの下では,元帳勘定の整理が終った後,勘定残高はすべ
て残高試算表に集合されるが,この試算表項目の一部分は損益計算書に集計さ
れ,ここで収益と費用との差額として当期の純損益が算出されるが,それと同
時に他の部分は貸借対照表に集められ,ここで正味財産の増減として総括的に
「利潤計算原理」を読む⑴
−173−
当期の純損益が計上されるのである。
」
( 頁)
!
岩田教授は,上述の関係を次頁の図に示す具体的な計算例を挙げて説明する。これ
は,修正後試算表(決算整理後の残高試算表)から貸借対照表と損益計算書が導出さ
れるプロセスを図式化したものである。この図から一見して明らかなことは,次のこ
とである。修正後試算表に表示された項目のうちで,資産の諸項目は貸借対照表の借
方に,負債及び資本の諸項目はその貸方にそれぞれ書き移され,その結果,貸借対照
表における貸借差額(借方残高)として当期純利益が算定表示される。一方,残りの
収益及び費用については,収益の諸項目は損益計算書の貸方に,費用の諸項目はその
借方にそれぞれ書き移され,その結果,損益計算書における貸借差額(貸方残高)と
して当期純利益が算定表示される。そして,貸借対照表における当期純利益(利潤)
の金額と損益計算書におけるそれとは貸借反対で一致している。
岩田教授によれば,従来,会計学はこの図の意味するところを次のように説明して
きたという。
「かように,純益は損益計算書と貸借対照表との両面から平行して計算される
が,両者を照合するとき,その額は完全に一致しなければならない。損益計算
書の純益は貸借対照表における,正味財産の純増加としての純益と符合しては
じめて,その正確性が証明されたことになる。というのは,純益の発生に対し
て現実に財産の増加が伴わなければ,正しい利潤計算とはいえないからであ
る。収益と費用の比較によって計算された結果は,正味財産の増加という実際
の事実によって保証されなければならない。事実による裏づけのない計算は,
いわば画にかいたぼた にすぎない。ここにこの種の照合の重要な意義がある
と,こう会計学は説明するのである。
」
( ∼ 頁)
後で述べるように,岩田教授は上記の説明の信憑性について疑問を投げかけるので
(
)『利潤計算原理』の
頁の図に一部修正を加えたものである。
−174−
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修 正 後 試 算 表
現
金
,
借
預
金
,
未 払 経
費
金
,
資
金
,
前 払 利
息
,
未 収 利
息
貸 付 金 利 息
,
貸
付
入
本
預 金 利
借 入 金 利 息
,
経
費
,
貸 倒 償
却
,
金
,
息
,
,
貸 借 対 照 表
現
金
,
借
預
金
,
未 払 経
費
金
,
資
金
,
,
当 期 純 利 益
,
貸
付
前
払
利 息
未
収
利 息
入
本
金
,
,
,
損 益 計 算 書
借 入 金 利 息
,
貸 付 金 利 息
経
費
,
預 金 利
貸 倒 償
却
,
,
息
,
当 期 純 利 益
,
,
,
「利潤計算原理」を読む⑴
−175−
注入量(300)
注入後の量
注入前の量
(150)
(120)
排水量(270)
あるが,その前に,損益計算書における利潤と貸借対照表における利潤が一致する仕
組みを説明するものとして,水槽の比喩を取りあげ紹介している。この水槽の比喩
は,いわゆる財産法による利益計算と損益法による利益計算が一致することを説明す
!
"
るたとえとして,今日の会計学のテキストにもみられるものである。上の図を利用し
ながら,岩田教授による水槽の比喩について説明する。
はじめに一定量の水を入れた水槽があって,これに一方から水を注入するとともに,
他方から排出するとする。問題は,一定の時間水の注入と排出を行った後,その間に
どれだけ水が増加したか,または減少したかを測定するにはどうすべきか,というこ
とである。これには,二つの方法がある。この辺りの教授の説明は,以下のように,
よどみがなく明快である。まず,第一の方法について,教授は次のように説明する。
(
(
) 例えば,広瀬(
)の ∼ 頁や新井(
)の ∼ 頁に,水槽の例による財
産法と損益法の説明がある。なお,「利潤計算原理」の序章においては,財産法や損益
法という言葉は出てこない。また,後に詳細に検討することになるが,岩田教授は,財
産法と損益法について独自の見解を示している。
) この図は,新井(
)の
頁にある図を一部変更したものである。なお,『利潤計
算原理』には水槽の図は出てこない。
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香川大学経済論叢
「…,まず,注水口と排水口に計量器をつけて,注水量と排水量を測定し,この
差を求めればよい。この差が一定時間における水の増加量である。だがこの方
法で決定されるのは,いわば理論的な増加量である。すなわちこれだけ注入
し,これだけ排出したから,これだけ当然増加したはずだという意味の増加量
にすぎない。だからこの方法では,現実に水がそれだけ増加したかどうかはま
だ判然としない。計量器に狂いがあって,注入,排出量の測定に間違いがあっ
たかもしれないし,あるいは水槽に穴でもあって漏水した場合,これが正しく
計量されていなければ,この方法は実際の増加量を示さないことになろう。
」
( 頁)
!
!
!
!
!
!
!
!
!
この第一の方法が損益計算書における利潤計算に相当することは容易に想像がつ
く。すなわち,ここにいう注水量が収益を,排水量が費用を各々意味し,
「注水量−
排水量」で算定される水の純増加量が当期純利益(利潤)に相当することになる。し
かしながら,岩田教授が言うように,これはあくまでも理論的な増加量(利益額)で
あり,
「計量器に狂いがある」
(当期に属するべき収益あるいは費用を適切に認識また
は測定できていない等)可能性や,
「水槽に穴が空いている」
(棚卸減耗損等)可能性
があり,必ずしも実際の増加量(利益額)を表さないことがある。そこで,第二の方
法が必要となる。
「これは,注入排出後の現在の数量をはかり,これを当初の水量と比較して一定
時間の増加量を決定するものである。この第二の方法は,注入排出を行った時
間の初めと終りにおける現在量を実際に計量して比較するのであるから,現実
に増加した水量が決定される。これは第一の方法による理論上の増加量とは異
なって実際の増加量である。そこで,第一の方法によって増加量を算定するに
しても,その結果は第二の方法による,実際の増加量と照合して符合するかど
うかを確かめてみなければならない。さもなければ,計算の正確さに対して確
信がもてないからである。要するに理論上の増加量というものは,実際上の増
加量との一致が確かめられてはじめて,測定の正確性が実証されることになる
「利潤計算原理」を読む⑴
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のである。
」
( 頁)
! ! ! ! ! ! ! ! !
この第二の方法が貸借対照表における利潤計算を想定していることもまた,想像に
難くない。水槽の例の場合,注入後の実際量から注入前の実際量を差し引くことによ
り決定される増加量は,確かに実際上の増加量を意味する。しかしながら,問題は,
貸借対照表で計算される利潤が正味財産の現実の増加を真に表すものであるかどう
か,という点である。もし,貸借対照表における利潤が事実による裏付けのないもの
であったら,損益計算書における利潤計算と貸借対照表における利潤計算の関係を示
すたとえとして,水槽の比喩はふさわしくないということになる。
岩田教授は,前掲の図(修正後試算表から貸借対照表と損益計算書が導出されるプ
ロセスを示す図)は損益計算書における利潤と貸借対照表における利潤が一致する仕
組みを説明するものとして利用されてきたが,このような説明では利潤の実質的な正
確性を保証することはできないのではないかという疑念を抱くのである。
「…計算例からも明らかなように,損益計算書と貸借対照表は,整理後の残高試
算表を二つに分解して作るものである。試算表の借方勘定の一部(損費項目)
と,貸方勘定の一部(収益項目)とで損益表を作り,後に残ったその他の貸方
借方勘定で対照表をつくるのである。だから両表の上で貸借の差として計算さ
れた二つの純損益は,一致しないはずはない。すでに試算表の貸方と借方の合
計が一致しているとすれば,その借方項目の一部と貸方項目の一部との差は,
残余の貸借項目の差と当然に一致すべきはずだからである。もしこれが 違っ
ても,残高試算表から損益表と対照表への振替集計に誤 があったまでのこと
である。これは単に計算記録手続の間違いにすぎない,だからかりに二つの純
益が合ったからといって,集計手続の形式的な正確性こそ確かめられても,利
潤の実質的な正確性を保証されたことにはなるまい。この貸借対照表は,元帳
残高を集計して作られたものであろう。だとすれば,ここで計算された利潤
は,正味財産の現実の増加を示すものとはいえないのではないか。これに損益
計算書の利潤が一致したとしても,計算の結果が実際の事実によって証明され
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たことにはならないようである。
」
( ∼ 頁)
あえてここで長く引用したのは,この述懐こそが,岩田教授が利潤計算の構造(二
元的構造)を究明しようと考えた契機を示すものであると考えられるからである。ポ
イントは,貸借対照表で計算される利潤のもつ意味内容にある。岩田教授のいう利潤
の「実質的な」正確性を担保するためには,損益計算書で計算される利潤と照合され
る相手方として,貸借対照表で計算される利潤は正味財産の現実の増加を示すもので
なければならない。ところが,貸借対諸表は元帳残高を集計して作られたものであ
り,そこで計算された利潤が真に正味財産の現実の増加を示すものとは言えないので
はないかという疑問が生じるというのである。
そもそも,損益計算書における利潤は,実態のない言わば抽象的計算量としての収
益と費用の比較によって算定された利潤である。したがって,損益計算書における利
潤には,事実による裏付けが必要となる。ここにおける裏付けとなる事実は正味財産
の現実の増加として確認されなければならない。そして,それは貸借対照表における
利潤として算定されたものでなければならない。岩田教授が言う利潤計算の「実質的
な」正確性は,損益計算書における利潤が正味財産の増加(=
「貸借対諸表における
利潤」
)によって裏付けられることにより担保されることになるのである。
かくして,
「利潤計算原理」の主題と,岩田教授がそれを取り上げ究明する理由は,
序章の最後において以下のように明らかにされる。
「 損益計算を主要な目的とする企業会計にとって,利潤の実質的正確性を保証
しようとする欲求は,まさに本能的なものであるといってよい。この種の照合
が企業会計においてどんなに重要な意義をもつかは,あらためていうまでもあ
るまい。こうした大事な照合であるだけに,この関係の究明をなおざりにし,
曖昧なままに放置しておくことは,会計学にとって許されないところであろう。
損益計算書と貸借対照表の照合が利潤の実質的正確性を保証するというなら
ば,それはそもそも如何なる意味においてであるか。この照合の意味を私は得
心がゆくまで見きわめようと腐心した。
」
( 頁)
「利潤計算原理」を読む⑴
Ⅳ 小
−179−
結
ここまで,
「利潤計算原理」の序章「利潤計算におけるひとつの問題点」をテキス
トに沿って詳細に検討してきた。序章では,岩田教授が「利潤計算原理」において取
り上げる主題が明らかにされている。それは,企業会計においては利潤の実質的正確
性の保証がきわめて重要な課題であるとの認識の下で,
「損益計算書と貸借対照表の
照合が利潤の実質的正確性を保証するというならば,それはそもそも如何なる意味に
おいてか」という言に集約される。岩田教授は,前掲の図で示されているところの,
決算整理後の残高試算表から分解されて損益計算書と貸借対諸表が導出されるという
説明では,損益計算書と貸借対照表の照合(両者における利潤の照合)が利潤の実質
的正確性を保証するということを十分に説明できていないのではないのか,という疑
念を抱いているのである。
先述したように,
「利潤計算原理」における教授の理論展開において「照合」とい
う概念はきわめて重要な位置を占めている。企業会計において利潤の実質的な正確性
の保証が重要であることは論を俟たないであろう。しかしながら,教授の理論の独自
性は,それを損益計算書と貸借対照表との照合という観点から議論するところにある
と考えられる。
岩田教授は,この後,損益計算書における利潤計算と貸借対照表における利潤計算
のそれぞれが持つ意義について独自の分析を行っていくことになる。
(続)
参 考 文 献
新井(
):新井清光『新版現代会計学』
(川村義則補訂)中央経済社,
岩田(
):岩田巖『利潤計算原理』同文館,
日本会計学会(
年。
):日本会計学会編『財務監査論』森山書店,
版)
』中央経済社,
年。
広瀬(
):広瀬義州『財務会計(第
年。
丸山(
):丸山真男『
「文明論之概略」を読む(上)
』岩波書店,
年。
年。