このページを印刷する 【第 87 回】 2015 年 2 月 3 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員] 安倍総理「財政目標多様化」の裏を読む 安 倍 総 理 は、消 費 税 率 10%引 き上 げ時 の延 期 に際 して、2020 年 プライマリ ーバランス(基 礎 的 財 政 収 支 、以 下 PB)の黒 字 化 については、国 際 公 約 でも あるし、きちんと守 っていく、との意 向 を表 明 した。 一 方 、年 末 の経 済 財 政 諮 問 会 議 では、総 理 の意 向 から財 政 健 全 化 の評 価 について、PB に加 えて債 務 残 高 GDP 比 などストックの指 標 も重 視 することとな った。このことの意 味 するところは何 か、考 えてみた。 新たな財政健全化目標の策定 消 費 再 増 税 延 期 はデフレ経 済 脱 却 のためということだったが、一 方 で 2020 年 PB 黒 字 化 は守 るということになり、今 後 わが国 の経 済 ・財 政 運 営 は、経 済 成 長 と財 政 再 建 の「二 兎 を追 って二 兎 を得 る」こととなった。そして、本 年 年 夏 までに、財 政 健 全 化 に向 けての具 体 的 な計 画 を策 定 することとなった。 安 倍 政 権 の財 政 コミットメントの弱 さを指 摘 する市 場 関 係 者 が相 当 数 いる中 で、新 たな財 政 健 全 化 計 画 の策 定 をすることは、市 場 関 係 者 だけでなく国 際 的 にも大 いに評 価 されることであろう。 しかし、これをめぐる議 論 を見 ると、喜 んでばかりはいられない。 昨 年 暮 れ、 12 月 22 日 の経 済 財 政 諮 問 会 議 からその議 論 は始 まった。 口 火 を切 ったのは伊 藤 元 重 議 員 である。 「財 政 健 全 化 について。日 本 の財 政 健 全 化 の目 標 として PB をずっと使 ってき た。これはもちろん非 常 に重 要 ではあるが、そういうフローの部 分 だけではなく、 財 政 の持 続 可 能 性 を見 るためにはストック面 を前 面 に出 す必 要 がある。…… ネットの債 務 と GDP の比 などをしっかりとチェックすることを、これまで以 上 に検 討 する必 要 があると思 う」と発 言 。 その後 、麻 生 財 務 大 臣 などの発 言 を引 き取 り、最 後 に安 倍 総 理 は次 のよう な発 言 をしている。 「2015 年 度 に対 GDP 比 で PB 赤 字 を半 減 するという目 標 を立 てた。2020 年 度 には PB の黒 字 化 を目 標 としているが、これは政 府 の税 収 と政 策 的 経 費 との 関 係 になっている。勘 案 するものは果 たしてそれだけでいいのか。……累 積 債 務 に対 する GDP 比 、世 界 でも割 とこれを指 標 としているところがあるが、GDP を大 きくすることで累 積 債 務 の比 率 を小 さくすることになる。……もう少 し複 合 的 に見 ていくことも必 要 かなと思 う」 ● http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2014/1222/gijiyoushi. pdf 参 照 これを受 けて、続 く 12 月 27 日 の諮 問 会 議 でも議 論 された。安 倍 総 理 の発 言 は以 下 の通 りである。 「PB を黒 字 にしないと、もちろん債 務 残 高 の絶 対 額 は減 っていかないが、同 時 に対 GDP 比 という観 点 から見 ていくわけだから、PB 黒 字 化 へのスピードをただ 単 に上 げていこうとした結 果 、成 長 が止 まってマイナス成 長 になれば、むしろ債 務 残 高 と GDP との関 係 においては悪 化 していくことになる。……経 済 は生 き物 であるという認 識 は常 に忘 れずに、机 上 の計 算 どおりにはいかない中 において、 調 節 をしながら進 んでいくということが大 切 である」 ● http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2014/1227/gijiyoushi. pdf 参 照 これらの議 論 を踏 まえて、夏 までを期 限 として「経 済 再 生 と両 立 する 2020 年 度 の財 政 健 全 化 の達 成 に向 けた具 体 的 な計 画 」(以 下 、「新 たな計 画 」)の作 業 が始 まる。 財 政 健 全 化 の評 価 については、PB に加 えて、「債 務 残 高 GDP 比 などストック の指 標 」も重 視 することとされた。 「債務残高 GDP 比」を 加えることの意味は この一 連 の議 論 はあまり報 道 されることはなかったが、何 を意 味 しているので あろうか。 経 済 は生 き物 で、PB 黒 字 という単 一 の指 標 では経 済 全 体 が見 えてこないの で、幅 広 く見 ていく必 要 があるということには、十 分 な理 由 がある。財 政 健 全 化 =PB 黒 字 という単 一 の指 標 にこだわるあまり、経 済 成 長 や国 民 生 活 が犠 牲 になるなら、本 末 転 倒 である、ということである。 一 方 、この段 階 、つまり消 費 税 再 増 税 の先 送 りを決 め、新 たに財 政 計 画 を 策 定 するという段 階 で、これまで堅 持 すると言 明 してきた PB 黒 字 化 目 標 に加 えて、債 務 残 高 GDP 比 などの新 たな経 済 指 標 を加 え複 合 的 に見 るという考 え 方 には、大 いに警 戒 すべき点 がある。 それは、「PB 黒 字 達 成 が容 易 ではないので、達 成 可 能 な他 の指 標 も加 えて 予 防 線 を張 っておこう」という考 え方 である。 PB とは何か ここで改 めて PB とは何 かを整 理 しておこう。 PB というのは、単 年 度 の借 金 関 連 以 外 の財 政 収 支 、具 体 的 には、「歳 出 か ら公 債 利 払 費 や償 還 費 を除 いた支 出 」と「歳 入 から公 債 金 収 入 を除 いた収 入 」についてのバランス(財 政 収 支 )のことである。 言 い換 えれば、「本 年 度 の公 共 サービスのために必 要 な支 出 」と、「本 年 度 国 民 から入 ってくる税 収 入 」がバランスをとれていることを意 味 している。これが 赤 字 であるということは、現 在 自 らの負 担 を上 回 る公 共 サービスを受 けている ことを意 味 しており、その差 額 は将 来 世 代 の負 担 としてつけ回 しになっていると いうことである。 したがって、このバランスの回 復 を図 ることにより、今 日 に必 要 な公 共 サービ スの財 源 は今 日 の世 代 で賄 うことが可 能 になる。 しかし図 の PB バランスが均 衡 した状 態 でも、歳 入 の公 債 金 収 入 と歳 出 の国 債 費 (利 払 い費 と債 務 償 還 費 の合 計 )の関 係 がどうなっているのか、留 意 をす る必 要 がある。PB が均 衡 しても、債 務 残 高 に対 する利 払 いは発 生 するので、 そのままでは債 務 残 高 は増 えていく。 一 方 で経 済 成 長 率 が増 えていけば、税 収 も増 えていく。そこで、「成 長 率 を金 利 より高 く維 持 する」必 要 がでてくる。 つまり、財 政 赤 字 が発 散 し破 綻 にいたらないためには、PB の均 衡 に加 えて、 「長 期 金 利 は名 目 成 長 率 と同 じかそれ以 下 」という条 件 が必 要 になる。名 目 金 利 (利 子 率 )が経 済 成 長 率 より高 いと、GDP の成 長 スピード以 上 に国 債 の元 利 合 計 額 が増 えるので、債 務 残 高 の対 GDP 比 は一 定 水 準 にとどまらず拡 大 (発 散 )を続 ける。ある年 の PB がバランスしても、次 の年 には国 債 費 が税 収 を 上 回 りまた赤 字 が生 じることになる。 そこで、追 加 的 なプライマリー黒 字 を出 すことによって債 務 残 高 の GDP 比 を 一 定 に維 持 し、さらには引 き下 げていく必 要 がある。これは、過 去 から積 み上 がった国 債 残 高 を GDP 比 で減 らして(絶 対 額 を減 らすのではない)行 こうとす ると、追 加 的 にプライマリー黒 字 を続 けていかなければならないということでも ある。 拡大画像表示 (注 )PB 均 衡 時 には、債 務 残 高 は利 払 い費 分 (「債 務 残 高 ×金 利 」)だけ増 加 する。したがって、PB 均 衡 時 の債 務 残 高 は、金 利 水 準 に比 例 して増 大 していく。 他 方 、GDP は経 済 成 長 率 に比 例 して増 減 していく。このため、「債 務 残 高 対 GDP 比 」全 体 の変 動 は、「金 利 」と「経 済 成 長 率 」の水 準 による。 つまり、 ・ 金 利 > 成 長 率 ⇒ 債 務 残 高 対 GDP 比 は増 加 ・ 金 利 = 成 長 率 ⇒ 債 務 残 高 対 GDP 比 は一 定 ・ 金 利 < 成 長 率 ⇒ 債 務 残 高 対 GDP 比 は減 少 となる。 わが国の PB の状況 昨 年 7 月 の内 閣 府 試 算 では、2020 年 PB 黒 字 には 11 兆 円 が不 足 するとな っている。 PB 黒 字 を達 成 するには、1)経 済 成 長 による税 収 増 、2)財 政 削 減 (歳 出 改 革 )、 3)増 税 (歳 入 改 革 )、の 3 つ(あるいはその組 み合 わせ)しか手 段 はないわけで、 12 月 27 日 に出 された「経 済 財 政 諮 問 会 議 における今 後 の課 題 について」にも この 3 つが書 かれている。 1)経 済 成 長 による税 収 増 は、すでに内 閣 府 試 算 に織 り込 まれている。税 収 見 積 もりを見 ると、20 年 の税 収 は 69.3 兆 円 となっている。15 年 度 予 算 の税 収 が 54.5 兆 円 なので、今 後 5 年 間 で 27%伸 びるのである。わが国 でこれまで最 も税 収 が多 かったのは、バブル最 後 の平 成 2 年 の 60.1 兆 円 で、これを 9 兆 円 上 回 る想 定 である。消 費 税 率 は 10%となっているので単 純 に比 較 はできない が、大 幅 な税 収 の伸 びはアベノミクスの成 功 (「経 済 再 生 ケース」)としてすでに 織 り込 まれている。 そうなると 11 兆 円 は、2)歳 出 削 減 か、3)増 税 (歳 入 改 革 )で、ということにな る。 しかし、残 り 5 年 で 11 兆 円 もの歳 出 削 減 をすることは不 可 能 に近 いであろう。 日 本 総 研 の試 算 では、年 金 支 給 開 始 年 齢 を 5 年 遅 らせて 70 歳 からにしても その歳 出 削 減 効 果 は 2.5 兆 円 、医 療 費 を高 齢 化 の伸 びだけに限 定 しても削 減 効 果 は 2 兆 円 である。 ● http://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/seminar/141113_435/handout_14111 3_435_02.pdf 平 成 17 年 度 予 算 では、介 護 報 酬 を 2.27%引 き下 げることとした。これにより 国 民 負 担 (保 険 料 ・税 などの合 計 )は 2000 億 円 強 軽 減 されることとなるようだ が、マスコミが介 護 報 酬 の削 減 に対 して、連 日 否 定 的 な記 事 を書 いたことは記 憶 に新 しいであろう。これ 1 つ見 ても、社 会 保 障 改 革 ・歳 出 削 減 は容 易 ではな い。 多 くの論 者 は(おそらく総 理 周 辺 も)1)経 済 成 長 と 2)歳 出 削 減 だけでは PB 黒 字 目 標 が達 成 できなことはわかっている。そうなると、3)増 税 (歳 入 改 革 )の 話 が出 てこざるを得 ない。 しかし 17 年 4 月 からの消 費 税 増 税 はともかく、安 倍 政 権 としてはそれ以 上 の 増 税 は避 けたい。そこで、債 務 残 高 GDP 比 の話 が出 てきたのではないか。こ れが筆 者 の推 測 である。 債務残高の GDP 比 ではストックベースの指 標 である債 務 残 高 の GDP 比 はどのようなものであろ うか。内 閣 府 試 算 で 2010 年 以 降 の債 務 残 高 ・GDP 比 を見 ると、以 下 のように なる。 拡大画像表示 依 然 大 幅 な PB 赤 字 があるにもかかわらず、わが国 の債 務 残 高 の GDP 比 は、 2014 年 をピークにきわめてわずかだが減 少 に転 じ、その後 も PB 自 体 は黒 字 化 しない中 で低 下 していく姿 が描 かれている。 その理 由 は、アベノミクス・異 次 元 の金 融 緩 和 により急 速 な長 期 金 利 の低 下 が生 じ、円 安 ・企 業 業 績 の回 復 を背 景 に名 目 成 長 率 が金 利 以 上 の増 加 をし ていることによる。 拡大画像表示 これは、金 利 と名 目 経 済 成 長 率 の関 係 いかんが財 政 バランスに大 きく影 響 するということでもある。成 長 率 の方 が金 利 より高 ければ、税 収 が増 える一 方 で、国 債 費 はそれほど増 えないので、債 務 残 高 の GDP 比 は減 少 する。つまり、 PB 黒 字 を達 成 しなくても、GDP 比 は当 分 減 少 していくのである。 アベノミクスで異 次 元 の金 融 緩 和 を続 けている限 り、金 利 は人 為 的 に低 く抑 えることができる。一 方 デフレ経 済 から脱 却 していけば、経 済 成 長 率 は徐 々に 上 がっていく。従 って、債 務 残 高 の GDP 比 は、PB には関 係 なく改 善 していく。 しかし、このようなマジックが長 続 きすることはあり得 ない。異 次 元 の緩 和 がい わゆる「出 口 」を迎 えるころには、金 利 は急 騰 する可 能 性 があり、金 利 上 昇 が 経 済 成 長 を上 回 るのである。 現 に内 閣 府 の試 算 は、2019 年 までは名 目 成 長 率 は名 目 長 期 金 利 を上 回 る が、20 年 から逆 転 する姿 となっている。 そうなれば、債 務 残 高 GDP 比 も増 加 してしまうので、ストックの指 標 が重 要 と なる。先 述 のように、PB を回 復 させたとしても、債 務 残 高 に対 する利 払 いが発 生 するので、債 務 残 高 は増 えていく。一 方 で経 済 成 長 率 が増 えていけば、税 収 も増 えていく。そこで、成 長 率 を金 利 より高 く維 持 する必 要 がある。この段 階 では、債 務 残 高 GDP 比 の減 少 は、極 めて重 要 な指 標 となる。 しかしそれは、PB を回 復 させた段 階 の話 で、まずは PB のバランス回 復 が優 先 する。つまり「順 番 が重 要 」ということである。これを間 違 うと、財 政 再 建 は絵 にかいたモチになる。 DIAMOND,Inc. 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