『チャイナ・リスク〈日本の安全保障 第5巻〉』

目 次
目 次
シリーズの刊行にあたって
はじめに
本書の課題と概要
東アジアの国際環境変容
台湾の重要性と中国の語るアジア
中国自身の脆弱性と日本という存在
おわりに
Ⅰ 中国から見る安全保障
20
章 東アジアの安全保障環境 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮益尾知佐子
vii
序論 中国という問題群 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮川 島 真
第
はじめに
東アジアの冷戦と中国 一(九四五 一九八九 )
19
1
1
19
8
2
1
13
11
5
1
2
3
4
1
冷戦後の東アジアと中国 一(九八九 二棚一四 )
おわりに
34
外からの脅威を強調した江沢民政権
調和を目指した胡錦濤政権
おわりに
Ⅱ 中国の軍事・安全保障政策
歴 史
はじめに
一 建国前の解放軍 ⒡⒢紅軍、八路軍、解放軍
二 建国後の人民解放軍 ⒡⒢五棚年代∼文化大革命
90
三 鄧小平時代の人民解放軍 ⒡⒢鄧小平改革∼天安門事件
一 軍事ドクトリンの変遷
二 軍事戦略の変遷
101
96
山口信治
一九九棚年代から現在に至る軍事ドクトリン・戦略・装備・組織
94
86
章 ⅵ革命の軍隊﹂の近代化 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮杉浦康之
岩谷 將
章 党の安全保障と人間の安全保障 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮阿南友亮
二つの安全保障の困難な関係
はじめに
2
3
第
第
72
62
58
53
78
83
86
53
83
50
95
viii
2
1
2
3
1
2
目 次
三 装備の近代化
四 組 織
党軍関係と軍の影響力
はじめに
核ミサイルをめぐる中朝の思惑
北朝鮮の核ミサイル能力向上
169
金正恩政権のスタートと中国
おわりに ⒡⒢戦争できない米国と中朝関係
161 156
148
章 核ミサイル問題と中朝関係 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮平岩俊司
おわりに
三 人民解放軍と準軍事機関
二 人民解放軍の非軍事任務
一 安全保障概念の拡大
役割の多様化
三 軍における政治
二 政治における軍
一 革命軍としての人民解放軍
106
132 124
121
140 139
121
114
138
章 中国の海洋進出 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮飯田将史
175
第
第
はじめに
ix
138
3
4
1
2
3
147
175
142
147
4
5
おわりに
Ⅲ 多元化する中国とどう向き合うか
章 統治の弛緩/強化 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮富 坂 聰
無差別テロに怯える中国社会
奪われる官僚の権力
ネット社会に起きた民意の台頭
法律を超越する大衆パワー
官僚を叩いて支持を繫ぎ止める指導部
はじめに
山西省平遥県の環境汚染の事例
南通王子製紙デモの衝撃
環境問題に関する大規模抗議活動
243
203
x
海洋進出の現状
海洋進出の背景
高まる米国の警戒感
秩序をめぐる米中の角逐
183 176
章 高まる社会的緊張 ⒡⒢環境問題をめぐる﹁政治﹂ ⋮⋮⋮⋮阿古智子
227
211
203
217
6
7
第
第
194
222
236
233
231
231
196
189
1
2
3
4
1
2
3
4
5
1
2
3
目 次
日本はどうすればよいか
章 経済リスクのゆくえ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮梶 谷 懐
はじめに
経済的相互依存関係と経済摩擦
中国経済に内在するリスクとチャンス
不透明な政策決定と日本企業の対応
章 メディア・歴史認識・国民感情 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮川 島 真
はじめに
言論・ⅵ歴史﹂と日中関係
296
第
第
253
287
285
303
習近平政権下の歴史への関心と対日﹁歴史﹂政策
おわりに
xi
267
276
262
261
8
9
261
285
4
1
2
3
1
2
序論 中国という問題群
序論 中国という問題群
はじめに
川島 真
二一世紀の日本の安全保障にとり、中国がリスクとなるのか否か、リスクとなるならばそれはどのよ
、) さまざ
うなリスクか、ということを考察するのが本書の課題である。本シリーズ第一巻の﹁問題としての中
ま
国﹂で述べたように、中国は日本の安全保障にとり、まさに﹁問題の束﹂で 川( 島二棚一四
まな面で二一世紀の日本の安全保障のリスクとなりえる。これは言を俟たないであろう。もちろん、こ
れは中国から見た場合に、中国の安全保障にとって日本が問題の束として認識されることを否定するも
のではないし、日本で感じられる中国のリスクが、中国国内でも同様にリスクとして認識されることも
ありえる。
ここで考えるべきは、そうした一連のチャイナ・リスクがどのようなリスクであり、それがいかなる
認識や経緯のもとに形成されてきたもので、どのような場合に増幅、軽減されるのかということであろ
う。その際に、﹁日本の安全保障﹂という部分についても、日本という国家の視点のみならず、日本に
1
a
暮らす個々人の視点、言わば﹁人間の安全保障﹂の観点が重要となる。そのためにも、本書では伝統的
安全保障のみならず、非伝統的な安全保障にも多くのスペースを割いた。また、中国という国家が軍事
れ出て日本に
力を増強しているといった面にのみ注目するのではなく、中国の国内政治、国家と社会の関係も見極め、
中国に暮らす人々がどのようなリスクに直面しているのか、それがどのようにして外に
及んでいるのか、という点にも考察の重点をおいた。
チャイナ・リスクの測定は難しい。中国は軍事力の情報公開を充分におこなってはいないし、またし
ばしば政府によっておこなわれる非伝統的安全保障領域に関わる諸問題についての説明も、実態を反映
したものとは言いがたい面がある。だが、だからといって、伝統的、非伝統的安全保障領域におけるチ
ャイナ・リスクを測定不能として、そのリスクを無限大なものとして想定するだけでは問題が残るだろ
う。確かに可能性として、無限大なものとして想定することも時には必要だが、同時に多様な可能性を
想定した上で可能な範囲で分析をおこない、中国にとって蓋然性の高いオプションを予測し、日本とし
てもそれに備えていくことが肝要と考える。本書の各論考は、そうした課題に挑戦しようとするもので
ある。
1 本書の課題と概要
そこで本書では、第一に中国にとって、その安全保障がいかに構想され、認識されてきたのか、そこ
での日本の位置づけはどのようになってきたのかということを考察する。周知の通り、中国は東アジア、
2
序論 中国という問題群
東南アジア、中央アジア、北アジアの一部でもあり、それぞれに面してもいる大陸国家としての自己認
識をもち、昨今は海洋国家としての色彩も強めている。また、社会主義国でありながらも、一九五棚年
代末には中ソ対立へと向かい、ソ連からの脅威を強く受けてきた。さらに、冷戦終結後も存続した数少
ない社会主義国であり、自らの存在に常に不安を抱えてきた。目下、世界第二の経済大国に躍進してい
るが、その世界観や秩序観、安全保障観は、旧ソ連と同一でもないし、日本やアメリカのそれとも必ず
しも一致しない 高(原二棚棚四、高木二棚棚三 。)そのため、同じ情報をシェアしても、その認識、判断が
正反対になることもありえる。まずは、中国側から見た場合に物事がどのように見えているのか、とい
うことを確認する必要があろう。それにとり組んだのが、第Ⅰ部﹁中国から見る安全保障﹂所収の二論
文﹁東アジアの安全保障環境﹂と﹁党の安全保障と人間の安全保障﹂である。
第二の課題として、伝統的な安全保障の領域について、人民解放軍が果たしていかなる軍隊であり、
その装備、組織、制度はどのようになっているのか、という問題について歴史的な経緯も含めて検討す
る。これがリスクとしての中国を、まず客観的に、等身大に捉える上での基礎作業となる。人民解放軍
は、通常の国家の国軍とは異なり、党の軍隊であり、また革命軍であったため、当初は陸軍中心であっ
た上、政軍関係が未分離であるなどの特質を有していたはずである。それが近代的軍隊へといかに変容
したのかという点や、中国社会における人民解放軍の位置づけ、役割や認識とその変遷についても、重
要な考察課題となる。こうした論点が第三章﹁ⅷ革命の軍隊ⅸの近代化﹂で検討される。これらの考察
を経ることによって、日本の軍事力、あるいは日米安保、ひいてはアメリカと西太平洋の同盟国で形成
される安全保障枠組みと中国の軍事能力の対比が蓋然性の高いかたちでおこなわれることであろう。そ
3
や鳥インフルエンザなどの衛生
が依存を深めている以上、中国経済そのものにまつわる困難、あるいは中国との経済貿易関係が円滑に
おこなわれる上でさまざまな障害があること、また日系企業に対する中国の当局の司法的、行政的な扱
いに恣意性があることなどがいずれもリスクとなり得る。そして、日中関係が中国ナショナリズムと深
く関わっていることを考慮すれば、中国共産党の統治が脆弱になればなるほど、党の正統性維持のため
に歴史認識問題が重視されて対日政策が強硬になることも考えられる。より根源的には中国社会が安定
し、国家・社会関係が円滑に育まれることが日本にとっても望ましいと考えられるが、それは逆に日本
への厳しい批判を含む共産党イデオロギーの固定化を伴う可能性もあり、日本にとっては諸刃の剣とな
る。確かに中国国内での諸方面にわたるガバナンスが確固として提供されることが望ましい面もあるが、
そのガバナンスが日本にとって常に有利とは限らないのである 鈴( 木二棚一四 。) また、日中双方で国民
4
の上で、そのような軍事力をもつ中国がとる軍事行動、あるいは周辺国との関係や地域安全保障との関
わり方についての検討が可能となる。第Ⅱ部﹁中国の軍事・安全保障政策﹂は、人民解放軍についての
理解を前提に 、中国が秩序志向型で動い ているようにも見える朝鮮半島問題 ﹁(核ミサイル 問題と中朝関
係﹂と
)、また積極性を強めている海洋での動き ﹁(中国の海洋進出﹂と
) いう二つの例を取り上げながら、地
域の安全保障に関わる中国の動きを考察する。本来なら、ここに台湾、中台関係に関する論考も入るは
ずだったが、執筆予定者の執筆計画と刊行時期との関係で採録に至らなかった。
2・5や黄砂などの環境問題、
第三に、中国から日本に与えられる脅威がきわめて多元化していることに注目しなければならない
増
( 田二棚棚九 。
) それは、
S
A
R
S
管理問題、さらには﹁毒ギョーザ﹂に見られる食品管理問題などにあらわれる。また、中国経済に日本
P
M
序論 中国という問題群
世論が政策決定過程の上で一定の役割を果たしていることを考慮すれば、メディアを通じた刺激によっ
て国民感情が激化することは、日中双方にとって政策の選択肢を著しく狭める可能性もある。こうした
多元的な領域、言わば非伝統的安全保障の領域が、第Ⅲ部﹁多元化する中国とどう向き合うか﹂の四論
文﹁統治の弛緩/強化﹂﹁高まる社会的緊張﹂﹁経済リスクのゆくえ﹂﹁メディア・歴史認識・国民感情﹂
の分析対象となる。それぞれの論考では、中国の国家と社会、また中国社会と日本社会、日本の国家と
社会との関係などに留意しながら考察を加えている。
以上のように、本書では日本の安全保障にとってのチャイナ・リスクについて、その伝統的、非伝統
的安全保障の諸領域の内容から検討する。その際に、それと深く関わるであろう中国国内でのコンテキ
ストを、国家・社会関係も含めて検討し、さらに日中間の相互関係にも着目する。なお、本シリーズの
他の巻においても意識されているように 遠(藤・遠藤二棚一四 、)それらのリスクが誰にとってどのような
かたちでリスクとなるのかということに注意が払われることになろう。
2 東アジアの国際環境変容
本書で取り上げるのは、チャイナ・リスクの具体的な問題であるが、安全保障面におけるチャイナ・
リスクが日本にとって最終的にどのような問題となるのかという点については、地政学的な観点からの
考察が不可欠である。本書は、チャイナ・リスクとその背後にあるコンテキストを理解することや、そ
れらの持つ意味を考察することに重点を置いたため、いわゆる﹁中国の拡大﹂が東アジアの国際環境に
5
いかなる変容をもたらす可能性があるのか、という点についての検討が十分ではない。
現在の東アジアの国際政治の枠組みは、基本的に第二次世界大戦の終結から朝鮮戦争の過程、すなわ
ち東アジアの冷戦の形成過程にできあがったものである。アメリカ、ソ連、中国それぞれによって日本
の占領地、植民地が接収され、本土もアメリカを中心とする連合国の占領下に置かれ、日本は国家主権
を喪失した。中国ではソ連に接収された満洲をめぐって国共内戦が始まり、戦時下に中国を四大国の一
員にまでした中華民国政府は、一九四九年一棚月一日に中華人民共和国が成立した後、一二月に台湾に
逃れた。この段階では、欧州での﹁封じ込め﹂ではじまった﹁冷戦﹂はまだ東アジアには完全には到来
していなかった。一九五棚年六月に朝鮮戦争が勃発すると、東アジアにも﹁冷戦﹂が到来したが、それ
は﹁熱い戦争﹂を伴なっていた。朝鮮戦争により、アメリカが台湾海峡の防衛を決断し、また西側諸国
を中心にサンフランシスコ講和会議を開いて日本を国際社会に復帰させ、日本の米軍基地を継続使用す
ることなどを考慮して日米安全保障条約 旧(安保 を)締結した。そして日本に対して中華人民共和国では
なく、中華民国 台(湾 を)相手に講和と政府承認をおこなうように迫り、一九五二年四月末に日本は中華
民国と日華平和条約を締結したのだった。アメリカは一九五三年の朝鮮戦争終結前後に、韓国、中華民
国、フィリピンと安全保障条約を締結し、朝鮮戦争の休戦ラインと台湾海峡で社会主義圏の国々と対峙
する体制を整えた。いわゆる、ハブ・アンド・スポークスと呼ばれる体制である。
この体制は、北朝鮮/韓国、中華人民共和国/中華民国という分断国家を、ある意味で固定化する役
割を果たした。確かにベトナム戦争も﹁熱い戦争﹂であったし、また朝鮮半島や台湾海峡の軍事境界線
ではしばしば戦闘が発生してはいたが、米ソはそれぞれこの分断線を維持しようとした。文化大革命に
6
序論 中国という問題群
際して大陸反攻を検討した蔣介石に対して、その実行を阻止しようと働きかけたのはむしろアメリカで
あった。日米安保 新(安保 や)沖縄の米軍基地は、西側の安全保障体制において重要な位置 沖(縄にとって
(
は基地 負担 を
) 与え られ、それは 一九七棚年の 安保改定や 一九七二年の 沖縄返還でも 変わらなかっ た。ま
)
た、一九七棚年代に日中国交正常化/日華断交、米中国交正常化/米華断交があっても、また一九八棚
年代末から九棚年代初頭の東西冷戦の終結やソ連の解体を経ても、基本的に大きな変更は加えられなか
ったのである。一九九棚年代後半、日米安保の見直しなどによって、ソ連に対する脅威に代わって台湾
海峡と朝鮮半島がこの体制にとって重要なアリーナとなった。日本は基本的に、現在も日米安保を重視
し、アメリカの財政難にともなう体制の調整に対応して、新たな役割を担う方向にある。
中国は昨今、この東アジア、あるいは西太平洋におけるアメリカを中心とする安全保障体制に挑戦し
つつある。南シナ海で活動を活発化させているのも、沖縄からオーストラリアのダーウィンまで米軍基
地がなく、グアムの米軍とも一定の距離があることがひとつの背景である。また、韓国、日本、台湾、
フィリピン、タイ、オーストラリアなどといった、アメリカの同盟国間の関係を分断させる意図で韓国
に接近し、南沙諸島をめぐっては、ベトナムとフィリピンとの分断をはかっている。これらの行為は最
終的に台湾海峡や朝鮮半島における﹁現状﹂の変更にも結びつく。無論、六者協議の場や中台関係は決
して単純ではなく、中国の経済力の増大にともなって中国の韓国や台湾に対する影響力が増していたり、
軍事力についても中国が圧倒的に優勢であったりしても、中国が﹁力による現状変更﹂を簡単におこな
い得るわけではない。
しかし、中国が依然として台湾との統一を重要な国家目標として設定し、他方で海洋進出を強化して
7
1
いるのは、第二次世界大戦終結から朝鮮戦争の時期にかけて形成された枠組みに挑戦しようとしている
とも受けとめられよう。日本の安全保障にとり、朝鮮半島の軍事境界線や台湾海峡がどのようになるの
が望ましいのか。もし、そのひとつの答えが﹁現状維持﹂であり、かつ日本の安全保障政策がその現状
を維持することをひとつの目標としているのならば、中国とは目標が異なるのであるから、構造的に日
中関係には安全保障上の矛盾が存在するということになろう。本書の第Ⅰ部﹁中国から見る安全保障﹂、
第Ⅱ部﹁中国の軍事・安全保障政策﹂は、こうした東アジアの国際環境の形成と変容、それに対する中
国の認識、さらにそれらに伴う中国の軍事力、安全保障政策の変容と現状を考察する上で多くの知見を
提供するであろう。
3 台湾の重要性と中国の語るアジア
このような安全保障面での日中間の矛盾は、目下のところ、東シナ海に集約的に現れている 川(島二棚
一棚 。
) 尖閣諸島問題や人民解放軍の動向、さらに防空識別圏の設置などにそれが現れているが、焦点
は台湾問題である。これは台湾が中華人民共和国の一部になった場合に、日本の安全保障、日米安保に
、現在は中華人民共和国とて尖閣諸島が台湾
(Kawashima 2013)
とり、重大な転換点となるということだけを意味しない。たとえば、尖閣諸島問題にしても、そもそも
日本と台湾との間で生じた問題である上
の一部であると主張しているように、その中国の東シナ海をめぐる諸政策は、台湾と深く関わっている
のである。そうした意味で、アメリカを中心とする安全保障枠組みの中に台湾を位置づけ、台湾の現状
8
序論 中国という問題群
をいかに維持するのかが、日本の安全保障にとっても重要だということになるであろう。
台湾海峡では、かつて一棚万の中華民国国軍が配置されていた金門島でも駐兵数が一万を割るなど、
中国沿岸部に配置されたミサイルやそのほかの装備によって、軍事バランスは既に崩れ、中国優位にな
っている。また、台湾の経済面での対中依存度は増し、中台間の人的、物的な交流はいっそう増してい
る。
無論、二棚一四年の﹁ヒマワリ学生運動﹂に見られるように、台湾の対中政策は依然として台湾住民
にとってデリケートな問題である。台湾住民は基本的に現状維持を望んでおり、統一を望む住民の比率
は極めて低い。またたとえば香港での学生運動に対する中国の対応などを見る台湾の視線は厳しい。安
全保障面でも、アメリカの台湾関係法によって一定の武器が台湾に売却されるし、昨今米台、日台間の
安全保障協力も従来よりもおこなわれるようになっている。
こうした状況の中で、中国が台湾に対して採っている政策は総合的、かつ長期的である。経済的な関
係の強化のみならず、留学生の派遣、観光客の往来など人的関係を活発化させている。中国が大国化す
る中で安全保障バランスだけでなく、経済バランスも大きく変化した。これは同じく中国語を話す台湾
人にはビジネスチャンスでもあり、単なる﹁反中﹂だけでは、台湾経済を維持することはできない。こ
れは台湾独立を志向する人々にとっても同じであり、台湾経済が中国経済に依存し、台湾と中国各地と
の間で毎日直行便が多数飛行している現在、民主進歩党とて﹁九二年コンセンサス﹂について考慮し、
対中関係を重視しなければならない時代になっているのである。
本書では、﹁大国化が変える中台関係﹂という論考を採録し、中国の大国化にともなって中台関係が
9
とえば、中国経済の順調な発展それじたいについては、本書の第八章の議論にあるように、必ずしもリ
スクとしてのみ見られるものではない。肝要なのは、日本にとってのリスクとチャンスの境界を、時と
場合に応じて見極めていくことだろう。
他方、中国はアジア新安全保障観などにおいて、アジア人のアジア、アジアで主導性をもつ中国、と
。) 中国に対するヘッジ/エンゲージメン
いう像を提示しており、そのような﹁中国の語るアジア﹂が日本や日米安保にとって共存可能なものか、
いかに関与すべきか吟味しなければならない 川( 島二棚一四
b
10
いかに変容してきたのか、またそれが日本の安全保障にとっていかなる意味をもってきたのかというこ
とを考察する予定であったが、採録には至らなかった。当該分野については、松田 二(棚一一、二棚一二 )
などの関連文献がある。合わせて参照いただければ幸甚である。
日中間の矛盾は東シナ海、あるいは台湾問題に現れているが、前記の台湾海峡や朝鮮半島という安全
保障上の分断線の変容のみならず、東アジア全体のパワーバランスの変容が、これまで東アジアの経済
やガバナンス形成にも現れている。とりわけ、この領域で一定のイニシアティブを発揮してきた日本に
の設立が、日本が深く関与するア
の)設立などに見られるように、東アジアにおけ
な)ど、東アジア大の地域経済体で大きな影響力をもつようになったことだけでなく、その周
とっては問題として認識されることもある。そこで注目すべきは、中国が東アジア地域包括的経済連携
(
辺外交と関連して、アジアインフラ投資銀行
(
の)立ち位置に影響するように、今後中国により形成される地域秩序に対して日本
るガバナンス形成に積極的になっているということである。
(
A
D
B
がいかに関わるのかということ、また何がリスクで何がチャンスなのかという見極めも必要になる。た
ジア開発銀行
A
I
I
B
A
I
I
B
R
C
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