群論と格子振動

群論と格子振動
辻見裕史
平成 年 月 日
目次
点群
回転対称性
群の定義
正八面体回転群 共役元と類
正八面体群 群の表現
正八面体回転群 の行列表現
既約表現
基準振動
基準振動と既約表現
基準振動は既約表現の基底か?
基準振動は既約表現の基底となる
基準振動の決定 分子振動
正八面体分子 分子の基準振動
赤外活性とラマン活性
空間群
空間群の構造
並進群とその既約表現
小群 群
小群の既約表現と射線表現
基準振動の決定 格子振動
立方晶ペロフスカイト型結晶 の基準振動
の構造相転移
ラマン散乱、中性子散乱
自由エネルギー
が射線表現であることの証明
群における !
群における射影演算子
表現の基底を横ベクトルで表記する理由
独立な一次結合の取り方
点群の既約表現の命名規則
"
設問に対する解答
#$%&$%$! '!&( における の対称操作
)*%& '!&(
"
"
"
点群
回転対称性
六フッ化ウラン + 型分子は正八面体構造をもっている。図 のよ
うに中心に 原子が 個、その周辺に 原子が 個配置しており、 原子が
正八面体の頂点になっている。ここで、正八面体分子をそれ自身の上に重ねる
回転操作を考える。回転により分子配置は変わるが、そのうち独立な分子配置
の数を数える。まず、中心の 原子はどのような回転によってもその位置を変
えないので考慮する必要はない。つぎに 原子に注目し、図 のように から
までの番号をつける。まず 番目の 原子が回転の結果どこの位置を占める
かを考えると、 番目の 原子の原子配置には 通りの配置の仕方がある。
番目の 原子の配置を決めれば、 原子を挟んでそれと対向する原子は 番目
の 原子でなければいけないので、 番目の 原子の配置は一義的に決まって
しまう。次に残りの原子たとえば 番目の原子に着目すると、 , 番目の原子
により占められる配置は除くと、 通りの配置の仕方しかとれない。 ,,
番目の原子配置が決まれば、その他の原子配置は一義的に決まってしまう。結
局、独立な分子配置の数は , 通りとなる。すなわち、正八面体分子
をそれ自身の上に重ねる回転操作のうち独立なものは 個となる。このこと
を、-正八面体分子は、 個の回転に対して回転対称性を持つ ”という言い方
をする。具体的な 個の回転操作を表 の から までに与えてある。ま
た表の中には、 では意味がはっきりしないので *.
$/&( の記号も付加して
ある。
3z
Y
3x
3y
4z
5z
7z
Y
5x
7x
1z
5y
Y
X
2z
4y
Y
4x
7y
2x
Y
2y
z
1y
1x
y
6z
6x
Y
6y
x
図 0 正八面対分子 恒等変換 なにもしない回転操作 に対しての と、その他の回転操作に対
$/&( の記号である。こ
しての , と , とが *.
こで , はラジアン角 の回転を、そして , はラジアン角 の回転を表す。 ここで、回転の正の方向について説明し
ておく。たとえば、 軸周りの回転の正の方向は、 軸の正の方向に右ネジが
進むとき、このネジが回転する方向にとる。
ところで、表には示していないが、 なる記号もよく使用される。これは
回転操作を 回連続して行うことを意味している。
問1 の中で、独立なものを列挙せよ。
表 0
群の元 1
Æ
Æ
Æ
Æ
Æ
Æ
Æ
Æ
Æ
Æ
Æ
表 0
群の元 1
Æ
Æ
Æ
Æ
Æ
Æ
Æ
Æ
Æ
Æ
Æ
Æ
表 0
群の元 1
!
!
!
Æ
" Æ
Æ
Æ
Æ
# # # # Æ
Æ
Æ
" " " !
!
!
!
!
!
表 0
!
Æ
Æ
!
!
!
Æ
Æ
Æ
!
Æ
!
群の元 1
"
群の定義
は集合 の元であって、任意の つの元 、
のあいだに積と
名づける演算 が定義されており、次の 公理を満たすとき、集合 は群であ
ると言う。
Æ
は演算に関して閉じている。
任意の2つの元 と の積 Æ が に属する。
結合律が成り立つ。
Æ Æ , Æ Æ 単位元が存在する。
の任意の元 に対し Æ , Æ , となるような元 が の
なかに存在する。以下 を単位元 と呼ぶ。
逆元が存在する。
の任意の元 2 に対し Æ , Æ , となるような元 のなかに存在する。以下 を逆元と呼ぶ。
が
正八面体回転群
正八面体分子をそれ自身の上に重ねる 個の回転操作が群になっているこ
とを示そう。ただし、群の定義にあらわれる演算は、回転を引き続き行うこ
とを意味するものとする。回転操作 に引き続き回転操作 を行うことを、
以下積の記号
を省略して、単に と書く と書くことにする。まず
第 の条件は、単位元を とすれば満たされる。 は何も回転しない操作と
いう意味を持っていることから自明であろう。第 、、 の条件を確かめるの
には、表 が役に立つ。この表には なる演算を行った結果が示されてい
る。一番上の行が に、一番左側の列が に相当し、それらの演算結果は 行と 列が交差したところに与えられている。たとえば、 と は であると読み取れる。このことは と とが互いに逆元であることを示して
いる。さらに、各行、各列に つだけ が存在することが見て取れる。した
がって、第 の条件を満たしていることになる。第 の条件が満たされている
ことは、表中には から までの元以外の元は一切含まれていないことか
ら明らかである。最後に第 の条件はこの表 を繰り返し利用すれば確認でき
るが、ここでは省略する。以上のように正八面体分子をそれ自身の上に重ねる
個の回転操作が群をつくっていることが証明できた。この群は正八面体回
転群 と呼ばれている。 個の回転操作を施しても 分子の 原子の位置
の 点は動かない。このように分子の少なくとも 点が動かないような対称操
作だけからなる群を点群と呼ぶ。
Æ
Æ
さて表 は群表とか積表とか呼ばれるが、この作り方を簡単に説明する。例
として、 と の積を考える。 は 軸回りの Æ 回転であるから、図 に
おける原子 は原子 、原子 は原子 、原子 は原子 、原子 は原子 の位
置へ移動するが、その他の原子は動かない。これを
,
と書くことにする。一方、 は 軸回りの Æ 回転であるから、原子 は原
子 、原子 は原子 、原子 は原子 、原子 は原子 の位置へ移動するが、
その他の原子は動かない。したがって
,
となる。12 式より
, , となる。これは原子 と原子 とが、また原子 と原子 とが入れ替わったこ
と、すなわち 軸回りの Æ 回転 であることを示しており、 , を
意味している。以上のような作業をすべての群元の積で行えば、表 で与えら
れる積表を作ることができる。
#
$
"
#
"
$
#
$
" #
"
$ $
"
"
$
"
$ $
" $ " # # " $ # # # # # " $
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$
$ " # # "
$
#
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"
# # " $ %
"
"
$
$
"
"
$
#
#
#
表 0
%
%
"
#
$
#
"
$
#
$
"
#
群の積表 "
% # ! のとき、
%
$
# $ # " $
# $ " # # " # $ 共役元と類
類とは何か、そのイメージを掴むことが大切である。図1で示した正八面体
分子 を例にとる。いま、 分子を転がしたとする。転がした後で、は
たして何処が 軸、 軸、 軸だったのか分かるであろうか。分子に目印を付
けていなければ、何処が 軸、 軸、 軸だったのか分かる訳がない。別な言
葉で言えば、 軸、 軸、 軸は等価であるということになる。すると、例え
ば、 や や は、、 、 で区別されているけれども、これらは等価
なもの(本質的に同じもの)であると言える。そこで、このように等価な対称
操作の集合を類と言うことにする 。
さて、 と同じ類に含まれる対称操作を「機械的に探す方法」を考えてみよ
う。 と が等価なのは、 軸と 軸が等価であることに起因しているので、
正八面体分子を不変に保つ対称操作の中に 軸を 軸に移す対称操作が含まれて
いるはずである。もし、 軸と 軸が等価でなければ 軸を 軸に移す対称操作
は、そもそも分子を不変にする対称操作
の中には含まれていないはずであるとも
z
言える。 軸を 軸に移す対称操作の例
として、すぐ思いつくのは かも知れ
ない。この で を変換すると、
になるはずである。もう少し丁寧に書く
と、 はオペレータ(演算子)なので、
r'''
なる対称操作を施すと、相似変換を
O
y
r'
受け、その結果 となるはずである。
C4z
r ''
これを証明しておく。
x
図 の様に、 で点 が点 へ移る
r
とする。また、 で点 が点 へ、点
が点 へ移るとする。点 を点 図 0 相似変換と類
へ移す対称操作は、明らかに と等価
である。そこで、この と等価な対称操作を求める。 , 、 , 、
, であるから , , , となる。この
式で、 が による の相似変換であり、 と等価な対称操作
でもある。 ( )の計算は表2の積表を使えばでき、その結
果は予想通り ( )となる。
正八面体分子 を不変に保つ対称操作をすべて考え、例えば、それらを
軸に作用させれば、 軸と等価なすべての軸が出てくるはずである。これに
対応して、 に、分子を不変に保つすべての対称操作を作用すれば(相似変
換すれば)、それと等価な対称操作はすべて「機械的に」出てくるはずである。
例えば、正方晶の結晶を考える。この結晶の 軸と 軸は等価で、 軸は、これらの軸と
等価でない。、 、 座標を、それぞれ 、、 の各軸にとると、 と は同じ類に含ま
れるが、 は、この類に含まれないことは明らかであろう。
以上のことを念頭におけば、なぜ以下で共役元を考え、そして類を定義するの
かが、また類別の仕方の妥当性が容易に理解できると思う。
群 の元 を同じ群の つの元 によって変形した の形の元を に共役な元という。また、元 に共役な元すべての集合を の共役類または
単に類と呼ぶ。類は、その中の 個の元を代表として指定すれば定まる。 つ
の類に属する元は、元系列
を作ることで得られる ただし、この中には同じ元が重複して現れる。同じ類
に属する元は同じ元系列を作り、異なる系列に混じって現れることは決してな
い。このようにして、群全体を異なる類に分けることができる。この操作を類
別と言う。さっそく正八面体回転群 を類別してみよう。 は単位元である
が、これだけで つの類を作る。次に、 からできる共役元をすべて書いてみ
ると、
となるので、 、 、 , 、 、 は つの類を作る。これらは、互
いに等価な対称操作である。
他の元に対して同様な操作を続けることにより、次の表 のように正八面体
回転群 を5個の類に類別することができる。
類
元
表 0 正八面体回転群 の類別:類の前の数字は類に含まれる元の数
問2 表3に示した類 に含まれる つの対称操作が、互いに等価であるこ
とを言葉で説明せよ。例えば、 の場合、、 、 軸は等価であるから、こ
れら各軸周りの °回転は等価なので、 、 、 は同じ類に含まれている
はずだという説明になる。
正八面体群
正八面体分子は 個の回転操作に対して回転対称性を持つが、さらに反転
に対しても対称性 反転対称性 を持つ。反転とは を に
移す操作であり、図 に則して言えば、原子 と原子 、原子 と原子 、原子
と原子 とを入替える操作である。表 の中で反転操作は と書いてある。
正八面体回転群 に反転操作を加えると、以下の式で定義される から までの操作が増え、全体で 個の対称操作を有する正八面体群 となる。
, , ,
これらの対称操作は回転操作と反転操作からなるので回反と呼ばれる。 個
の対称操作に対する演算は、表 から
, ,
のとき、 , , , のように求めることができる。
なお、表 には *.
$/&( の記号を付
加してある。例えば、反転操作 に対
して を、また に対して鏡映 を付加している。これ
は、 が反転 と
回転 とからなる演算であり、演算結
果が回転軸に垂直な面に対する鏡映とな
るからである。すなわち
, "
z
B
A
σz
I
O
C2z
y
x
となるからである。図 で、このことを
A'
確かめる。 の後に反転 を行こなう
と、点 は点 を経由して点 に移る。
図 0 が鏡映 であることを
そして、点 と点 とは、 平面(
示す図
平面)に対して互いに鏡映の関係(鏡に
写したような関係)にあることが分かる。したがって、 , と書ける。
反転 の後に を行こなっても結果は同じである。
さらに
, で定義される回転鏡映と呼ばれる , なる記号も付加している。
,
, , ,
, , ,
, , , , ,
, , , , , , , なる関係式がある。そこで、例えば , , であるから に対
して なる記号を付加している。なお、上記のように反転 は 、また は
回転角が Æ の回転鏡映 , , でもあるので、回反は回転鏡映により記
述できる。したがって、正八面体分子は 個の純粋な回転と 個の回反 あ
るいは回転鏡映 に対して対称性を持つと言うことができる。
さて、ここで正八面体群 を類別することにする。前回と同様に共役元を
求めると、次表のように、正八面体回転群 の つの類のほかに、新しい つ
の類が加わることが示される。
元
類
表 0 正八面体群 の類別
上の表における 類の は、着目している軸に垂直な鏡映面であることを
意味している。そして、着目している軸を上方に描けば、この面は水平面にな
るので、(*3$%!)なる添え字が使われる。この類には、例えば、 , (着目している軸は 軸で、鏡映面はこの軸に垂直)が含まれている。また、類
の名前として が出てくることがある。これは、着目している軸を含む鏡映
面を意味している。そして、着目している軸を上方に描けば、この面は垂直面
になるので、(4&%!)なる添え字が使われる。また、 類の は、鏡映面
が 5 6 面など対角な(7$!)面であることを意味している。さらに、
のダッシュ記号は と区別するために使用されている。
問3 独立な回転鏡映を列挙せよ。
群の表現
正八面体回転群
の行列表現
分子の中心の原子に着目すると、正八面体回転群の 個の回転操作を
作用させても、その位置を変えることがない。この原子の平衡位置からの変位
5
6以下これらを単に 5、 、 6 と書く を考えると 、これらは 個の回転操作により、変位 5、 、 6 は 、 、 の種々の組み合わせで決
まる変位に変換されることになる。例えば ( )を考えると、以下の図の
ように、変位 5
6 は変位 5
6 に変換される。
z
C2x
x
図 0
z
y
z
C2x
y
x
C2x
y
x
による変換:白矢印は変換前の変位で、黒矢印が変換後の変位
したがって、回転操作 は、次のように行列を用いて表すことができる。
5
6 , 5
6 同様にして求めた正八面体回転群の 個すべての回転操作に対応する行列は
表 の 列目と表 の で示される列に示してある。なお表 の 列目には
変換された変位も与えている。ここで、注意したいのは「原子変位の変換」と
「原子の位置ベクトルの変換」とは異なるということである。これについては、
原子変位(表現の基底になる)を横ベクトルで書く理由とともに、88&$79
にて詳しく説明してある。
さて、対称操作の演算を考え、 なる演算の結果 , となったとする。このとき 、 、 に対応する行列をそれぞれ 、 、
としたときに、行列の掛け算 が になることを表 を
用いると確かめることができる。このとき、行列 等を群の表現行列と言
う。また表現行列を作るために選んだ関数 いまの場合変位 5
6 を表現の
基底という。また行列の次元を表現の次元 いまの場合 次元表現 と言う。
分子の中心の原子とは別の原子を考えると、回転操作によって、その位置まで
変わってしまうので、その変化をも含めて議論しなければならなくなる。ここでは、原子変位
が回転操作によって、どのように変換されるか「だけ」を抽出して(分離して)考えたいの
で、 分子の中心の原子だけを考える。ただ、後程、格子振動を扱うが、その時は、回転
操作による原子位置の変化まで含めて議論することになる。
もし
表現の基底は変位 5
6 だけに限るわけではなく、互いに 次独立な関数
の組 5 、 、 、 6 で、対称操作に対して閉じていれば、すなわち
,
であれば 、どのようなものでも良い。というのは、 , のとき、
,
,
,
5 ,
6
であり、一方
,
"
であるから、
( )式と( ")式とを比較すると、 , なる関
係式が得られるからである。
そこで、次に、基底として二次の同次多項式を使うことを考える。二次の同
次多項式は 、 、 、 、、 の一次結合で書ける。表 を見ると、 、
、 の
組は 個の対称操作で、 、 、 の組に変換され、 、、
の 組は 個の対称操作でやはり、 、、 の組に変換されことが確かめ
られる。そこで、まず後者の組を基底として選び、表現行列を求めてみよう。
結果は 次元表現となり表 の で示される列に与えてある。これらの表現
行列は変位 5
6 を基底にして得られたものと比較すると、個々の行列とし
ては同じ物があるが、集合としては互いに異なるので、互いに異値であると言
う。互いに異値であることの確認は後ほど行う。
さて、 、 、 の組であるが、まず : : は 個の対称操作でまっ
たく変換を受けないことが表 を参照すると分かる。つまり表 の で示さ
れる列に与えてあるように、表現行列は 個の という行列 次元行列 の
集合 次元表現 となる。このような表現を特に恒等表現と呼ぶ。 、 、 の一次結合のうち : : を使ったので、独立な一次結合はあと つとな
る。たとえば、 : と とを基底にとる 。これから表 の と
書かれた 次元表現が得られる。
(
)式は、以下の式を簡単に書いたものである。()式の表記に慣れておくこと。
、 、 、 、 、 、 独立な一次結合の取り方については、
行列
で説明している。
以上を振り返ると、最初、基底として 5 6 を採っていた。こ
れに、対称操作 を作用させると に依らず表現行列が
5
6 , 5
6
と書けた。なお、 はゼロでない 行 列の行列を、 はすべての行列要素が
ゼロの 行 列の行列を、 は 行 列の行列を表している。ここで、基底を
5 : : : 6 に変えている。この新しい基底
に対称操作 を作用させると に依らず表現行列が
5
: : : 6
, 5 : : : 6 と書けてしまう。ここで、 は 行 列の行列であり、また、 は 行 列の
行列である。
()式と比べると、 行列が、 行列と 行列に分割(ブロッ
ク対角化)されていることが分かる。また、( )式は
5
: : 6 , 5 : : 6
5
: 6 , 5 : 6
5
6 , 5
6
とも書けるので、 、 、 行列は、それぞれ 5 : : 6、5 : 6、5
6 を基底とする「表現行列」であることも分かる。
さて、基底の一次結合を上手く取り直して、できる限り表現行列をブロック
対角化したとする。この時、各ブロックに対応する表現行列を既約表現の表現
行列と言う。実は、
( )式は、もう、これ以上、ブロック対角化できないこと
が分かっていて(証明は後程行う)、 、 、 行列は既約表現の表現行列と
なっている。そして、 、 、 なる名前は、既約表現の名前となっている。
一方、
()式の表現行列は、
( )式のものへと、まだブロック対角化できる
ので、()式の表現行列は可約表現の表現行列である言う。また、可約表現
を既約表現に分解する操作を簡約と言う。
正八面体回転群 には、もう つ既約表現がある。それを説明するために、
表現論から証明される つの定理を証明なしで使うことにする。詳しくは文献
56 をみると良い。
定理 :与えられた群の異値既約表現の数は、その群の類の数に等しい。
ここで、異値表現とは同値表現でない表現のことなので、同値表現から説明す
"
ることにする。表現の基底を 一般的には多次元 とした時の、群元 の表
現行列を すなわち , とする。いま の要素の適当な一次結合をと
り、新たに なる基底を作った時、 は、ある正則行列 逆行列をもつもの:
7&% , で , のように書けるので、 , , , となる。すなわち基底を とした時の群元 の表現行列 は , と書ける。 , は、横ベクトルの場合の相似変換であるが( 節で
は縦ベクトルの場合の相似変換なので と とが逆になっている)、同値変
換と呼ばれている。この様に同値変換で結ばれる表現 と は互いに同値
であるという。ある基底から、その要素の適当な一次結合をとって来て新たな
基底を作り、それを基に新たな表現を作ったとしても、表現の見かけは異なる
けれども実質は古い表現と同じであるということである。1つのベクトルを2
つの異なった座標から見たら成分は違って見えるが、もともとのベクトルは1
つであることに似ている。ところで、これまでに求めた 、 、 、 表現
は異値既約表現であるが、異値表現であることと既約表現であることは後ほど
証明する。
さて、上に述べた定理から、正八面体回転群は つの類をもつので つの異
値既約表現が存在することが導かれる。これまで つは求めたので、残りはた
だ つである。この残りの表現に関する情報を得るために、次の定理をやはり
証明なしに用いる。
定理 :異値既約表現の次元数の 乗の和は、群の元の数に等しい。
群の元の数は であり、 次元表現が つ、 次元表現が つ、 次元表現が つであるから、求める既約表現の次元を とすると、 : : : : , となり結局 , が得られる。ここでは天下り的になるが、基底は 次式 で与えられる。この基底で作られる既約表現を 既約表現として表 に示す。
これまで行ってきたことをまとめる。表現の基底として、5
6 を採った。この基底を用いて表現行列を作ると、それは可約表
現の表現行列であった。そこで、この基底から、その要素の適当な一次結合を
とり、基底を 5
: : : 6 と変換
したら、
5
: : : 6
, 5
: : : 6
となり、既約表現(既約であることは、後程証明)に簡約できた。
注意0 表現の基底としては、対称操作に対して閉じていれば、どのようなもの
を持ってきても良い。そして、それを基底とした表現は一般に可約である。こ
の基底から、その要素の適当な一次結合をとり、基底をうまく採り直すと、既
約表現に簡約することができる。得られた既約表現は、正八面体回転群 の
場合、 種類しかなく、同じ既約表現が複数回現れることもあるし、ある既約
表現が全く現れないこともあり得る。なお、実は、本節では、正八面体回転群
の 種類の既約表現が全部、それぞれ
回だけ現れるように「意図的」に基
底を 5
6 のように選んでいたのである。なぜ「意
図的」という言葉を使ったかは、 節で分かるはずである。
問4 基底を 5
6 から 5
: :
6 へ変換する正則行列を求めよ。
:
表現
基底 & & & 表 0
群の既約表現 1
表現
基底 & & & 表 0
群の既約表現 1
既約表現
行列の対角要素の和を行列の跡と言うが、既約表現行列の跡を 単純 指標
と呼んでいる。指標の持つ性質のうち つを掲げておく。
性質 : の指標は、既約表現行列の次元に等しい。
性質 : 同じ類に属する対称操作は同じ指標を持つ。
性質 : 同値な表現の指標は等しい 異値な表現の指標は異なる。
性質1は、 に対する既約表現行列が単位行列になるので、明らかであろう。
次に、性質 について。例えば、対称操作 と が共役であり、対称操作 で
,
のように関係づけられているとし、また 、 、 に対応する表
現行列を 、 、 とすると、5 6 , 5 6 ,
5 6 , 5 6 となる。したがって性質 が証明された。
また、群元 に対して つの同値な表現 、 があったとする。このとき、
, を満たす正則行列 がある。したがって、 , ,
, となり性質 が証明された。さて、性質 を使って、表
から、それぞれの既約表現の指標を求め、それらを類別に分類すると次表
*%& %'!& と呼ばれている が得られる。一列目には既約表現の名前(
など)を書いてある。命名規則があり、 次元既約表現には とか が、 次
元既約表現には が、 次元既約表現には (! とすることもある)なる文字
が使用される。詳しい命名規則は 88&$79 を見よ。
表 0
"
;
: " : "
" : " " " " " " " 群の )<=)>= ?>
表 には既約表現の基底の例も載せてある。基底に関して、 は極性ベク
トル(%$(!%$)、 は軸性ベクトル(%%$)、そして " は 階のテンソ
ル(8!3'!%@ を表している。ところで、 を成分で と書いた
とき、対称操作によって変化するのは などの添え字である。また、 階のテ
ンソルについて、対称操作によって変化するのは などの つある添え字の
それぞれ( と )である。したがって、同次多項式を使って、 を 5
6、
" : " : " を 5 : : 6、などと読み替えても良い。これで、表 がすでに存在することを前提とすれば、 節で、5
6 や 5 : : 6 や
5 : 6 や 5
6 を基底に選んだのが「意図的」だったとい
うことが理解できよう。ところで、基底としては、その要素が対称操作によっ
て閉じていれば良いので、いろいろ考えられる。 次と 次の同次多項式に関
連したものだけを表に載せていることに注意すること。
ついでに、正八面体群 の既約表現の *%& %'!& を表 として与えてお
く。類の数が であるから既約表現も の 個となる。反転操作( の列を見よ)に対して符号を変えないもの 偶表
現:&7& 表現 と変えるもの 奇表現: $&7& 表現 とがそれぞれ 個づつ
となる。偶表現と奇表現とを比べると(たとえば、 既約表現と 既約表
現とを比べると)、反転操作を含まない対称操作( や など)では指標が同
じであるが、反転操作を含む対称操作( や など)では指標の符号が互い
に反対になっていることに留意すること。また、反転対称性を持たない点群で
は、 と とは対称操作に対して同じ変換をするので、同じ既約表現の基底
となる。一方、反転対称性を持つ点群では、 と とは反転操作に対して異な
る変換(符号を変える)をするので、同じ既約表現の基底とはならないことに
も留意すること。たとえば、 群(反転対称性を持たない点群)の )*%&
'!& である表 と 群(反転対称性を持つ点群)の )*%& '!& である
表 を比べてみよ。
¼
表 0
Ê
Ì
群の )<=)>= ?>
さて、これまで表現行列を求めて、その行列から *%& %'!& を作ってき
た。ところが、求めてきた表現行列が既約か否かの判定は避けてきた。実は、
表現行列をあらわに書かなくとも、指標に関する幾つかの定理から既約表現の
*%& %'!& を直接求めることができることが分かっている。したがって、
適当な基底を基に表現行列を作ったときに、それが既約であるかどうかは、そ
の指標を求め、それが *%& %'!& に示される既約表現の指標と一致するか
どうかで判断できる。つまり、例えば表 で与えられる *%& %'!& はすで
に求まっているわけで 88&$79 を参照、これを既知のものとして受け入
れるならば、基底を 5
: : : 6
として作った表現(表 の表現)がすべて異値の既約表現であることが、逆に
示されることになる。
ここで、可約表現を既約表現に簡約するための方法を与えておく。ある基底
を基に作った表現行列が、どのような既約表現を含むかを調べるための式があ
る。以下の と呼ばれている式である。
,
#
$
ここで、# は既約表現 A が含まれる数を、$ は群元 の数を、 は既約
表現 A の群元 に対する指標を、Bは複素共役を、 は作った表現行列の
群元 に対する指標である。なお、和は群元 でとる。この式はまた
#
,
$
のように書き直すことができる。ここで、 は類 に属する群元の数を、
は既約表現 A の類 に対する指標を、 は作った表現行列の類
に対する指標である。なお、和は類 でとる。例えば、八面体回転群 群
で 5 6 の組を基底とした表現行列の指標を求めよう。表現行列は表 の
の列(5
6 を基底とする表現であるが、、 、 がそれぞれどのように
変換されるのかが分かるので、 、 、 がそれぞれどのように変換されるの
かが分かる)を参照することにより簡単に求まり、そこから指標が
表 0 5 6 を基底とした可約表現行列の指標
のようになることが分かる。この表現は、表 の既約表現の指標とは異なるの
で、可約表現である。さて、 式を用いると
#
,
#
,
#
,
#
,
#
,
: : : : ,
: : : : , : : : : ,
: : : : , : : : : , となり、5 6 の組を基底とした表現行列が 既約表現 個と 既約表
現 個を含んでいることが分かる。
表 程度の簡単な指標では、目の子でも、5 6 の組を基底とした表現
行列が 表現 個と 表現 個を含んでいることが理解できる。いま、適当
な基底をとり表現行列 を作ったとする。この表現行列は一般に可約である。
ここで、基底を上手く選び直して、以下の様に、可能な限りのブロック対角化
ができたとする。このとき、 、 、 は既約表現の表現行列となる。
(可約) 上式の2つの表現行列は同値であるから、指標はどちらも同じで、それを と
する。上の式の右側の行列の指標に寄与するのは、 、 、 の指標だけ
である。したがって、 、 、 の指標をそれぞれ、 、 、 とすると、
, : : となる。一般化すると
,
となる。ここで、% はブロックを示す。
さて、基底は 5 6 なので、すなわち 次元なので、これを基底とした
可約表現は、 次元の既約表現 つか、 次元の既約表現 つと 次元の既約
表現 つかのどちらかに簡約できるはずである。まず、 次元の既約表現 つ
の場合( や の組み合わせ)、類 の指標の和は になるので、表 の
類 の指標 とは異なる。したがって、 次元の既約表現 つに簡約される
ということはありえない。次に、 次元の既約表現 つと 次元の既約表現
つの場合、たとえば、それらが、 既約表現と 既約表現だとすると、表 の 既約表現の指標と 既約表現の指標を類ごとに足して
合計
を得る。合計が表 の指標と同じになっているので、5 6 の組を基底と
した表現行列が 表現 個と 表現 個を含んでいることになる。文章で書
くと長くなるが、慣れると割合簡単である。
問題5
次の指標を持つ表現を ! を用いて既約表現に簡約せよ。簡約後、
検算のため、()式が成り立っていることを確かめよ。
"
基準振動
! !
基準振動と既約表現
基準振動は既約表現の基底か?
基準振動が既約表現の基底になりそうだということを示す。図 に示したよ
うな 分子(正方形の分子)を考える。 分子の対称操作は 群をなす。
基準振動の個数を計算する。分子 は 個あるので、その自由度は ( )
である。ここから分子全体としての回転の自由度 と分子全体としての並進の
自由度 を除くと、基準振動が 個あることになる。これら 個の基準振動が
図 に示されている。図中、分子に付いている矢印は分子の振動によるある瞬
A1g
B1g
B2u
B2g
Eu (1)
Eu (2)
y
x
z
図 0 分子の基準振動
間での原子変位を表している(実際の原子は、その平行位置を中心に振動して
いる)。変位の絶対値はすべて同じ(矢印の長さは同じ)とする。
ここで、 と書かれた基準振動( モード)に着目する。この基準振動
は分子の対称性を崩さないため(正方形のまま)、全対称モード(分子の持つ
対称操作を全て持つ)と呼ばれたり、また、膨らんだり縮んだりする振動でも
あるので、息づきモード(肺が膨らんだり縮んだりするのに似ている)と呼
ばれたりする。このモードに の対称操作の つである を作用させる。
Æ
を作用させても、すなわち分子を 軸回りに " 回転しても、図 のよう
に原子の変位パターンに変化はない。また、図 は、 モードの原子の変位
パターンを基底とすれば、 の表現行列が であることを意味している。こ
のことを数式で書き表すことにする。 モードでは、 、、、 番目の原子
は、それぞれ、:、: 、 、 方向へ変位している。この原子変位パター
ンを 5 : 6 と書くことにする。 により、 番目の原子の :
C4z
A1g
=
A1g
図 0
1
基準振動
方向の変位は 番目の原子の : 方向の変位へと変換される。つまり、 は
に変換される。同様に、 、 、 は、それぞれ 、 、 へと
変換される。したがって、5 : 6 は 5 : 6 となる。
5 : 6 は 5 : 6 と同じ原子変位パターンを表してい
るので 5 : 6 と書き直し、結局
5
: 6 , 5
: 6
"
を得る。これで、図 を数式で書き表すことができた。この式は、5 : 6 を基底とした の表現行列が であることを意味している。次に、
モードに対称操作 を作用させる。 を作用させて分子を 軸回りに Æ
回転しても、原子変位パターンに変化はない。図 において、図中の を としただけである。このことを数式で書き表わす。 により 5 : 6
は 5 : : 6 となるが、後者は 5 : 6 と同じ原子変位
パターンを表しているので、後者を 5 : 6 と書き直すと
5
: 6 , 5
: 6
を得る。この式は 5 : 6 を基底とした の表現行列が である
ことを意味している。同様な考察から、 の他のすべての対称操作に対して
も表現行列が になることを示せる。 次元の表現行列の )*%& は表現行
列そのものである。88&$79 に載せてある の )*%& '!& を見ると、
すべての対称操作に対して )*%& が となるのは 既約表現であること
が見て取れる。したがって、 モードの原子変位パターンは、 既約表現
の基底になっていると言える。これが、いま扱っているモードが モードと
名付けられた理由である。
こんどは、 と書かれた基準振動( モード)に着目する。このモードに
を作用させると、図 の右上の図のように矢印の方向が逆に、すなわち矢
印に
を掛けたことになるので、同図右下の図のようになる。ところで、
を掛けるということは、&98% を掛けるということであり、位相が逆になった
とも解釈できる。結局、図 は、 モードの原子の変位パターンを基底とすれ
ば、 の表現行列が
であることを意味している。このことを数式で書き表
すことにする。 モードでは、 、、、 番目の原子は、それぞれ、 、: 、
"
C4z
=
B1g
B1g
(−1)
=
B1g
図 0
基準振動
:、 方向へ変位している。この原子変位パターンを 5 : : 6
と書く。 により、5 : : 6 は 5 : : 6 へと変換さ
れる。後者は、5 : : 6 となるので、
5
: 6 , 5
: 6
を得る。これで、図 を数式で書き表すことができた。この式は、5 : 6 を基底とした の表現行列が
であることを意味している。表現
が 次元なので、)*%& は
である。 の他の対称操作に対して表現
行列の )*%& を求めると、それは、 既約表現の )*%& に一致する
ことが分かる。したがって、 モードの原子変位パターンは、 既約表現
の基底になっていると言える。これが、いま扱っているモードが モードと
名付けられた理由である。
最後に、 モードに着目する。図 で示したように、 モードは 重縮退し
ており、同じ振動数の モードと モードがある。 は、 軸方向と
軸方向が等価なので、これら つのモードが縮退するのである( モー
ドを時計回りに "Æ だけ 軸回りに回すと モードになる)。まず、 モードに を作用させる。すると、図 のようになり、 モードの位相
C4z
Eu (1)
=
Eu (2)
図 0 分子の基準振動
(−1)
を逆転した原子変位パターンとなってしまう。このことは、 モードだけ
では表現の基底にならないということを示している。そこで、 モードと
モードの原子変位をベクトル成分のように書いて、それに を作用さ
せると図 " のようになる。
Eu (2)
Eu (1)
C4z
,
=
0 1
Eu (2)
Eu (1)
−1 0
,
図 "0 分子の基準振動
これを数式化すると
5
: : , 5
: : となる。この式は、5
の表現行列が
: 6
: : : 6
: 6 を基底とした であることを意味している。)*%& は である。 の他の対称操作に
対しても表現行列を作り、その )*%& を求めると、それは 既約表現の
)*%& に一致することが分かる。したがって、 モードの原子変位パター
ンは、 既約表現の基底になっていると言える。これが、いま扱っているモー
ドが モードと名付けられた理由である。
以上のように、基準振動は既約表現の基底になりそうだということが分かる。
! !
基準振動は既約表現の基底となる"
ここでは、基準振動が既約表現の基底になることを証明する。原子変位の適
当な一次結合をとれば、調和近似のもと、ある振動数 & で振動するモード、す
なわち基準振動が得られる。いま基準振動を ' としたときに、その運動方程
式は
( ' : & ' , で与えられる。ここで、) は基準振動を区別するための記号で、* は同じ振動
数 & の基準振動を区別するための記号である。いま、' に対称操作 + をほ
どこすと +' が得られるが、+' で表される変位の幾何学的原子配置と、
' で表されるものとは全く同じであるから、当然同じ振動数 & を持つ。式
で書くと
( +' : & +' , となり、時間 ( と対称操作 + とが可換であると言える。+' は群の要素の数
だけ作ることができるが、必ずしも1次独立のものだけとは限らない。
縮退がない場合
& で振動する基準振動 ' が
つしかない場合、すべての +' は 次
従属であり、+' は ' に数係数を掛けたものになる。もし 次従属で
ないものがあれば、同じ & なる振動数を持つ独立な基準振動があるとい
うことになり、縮退がないという仮定に反するからである。そして、対
称操作 + は変位ベクトルの長さを変えないので、その数係数の絶対値は
1に等しい。このように縮退のない基準振動 ' は 次表現の基底とな
る。 次表現をさらに簡約することはできないので、この表現は既約表
現である。
縮退がある場合
& で振動する基準振動が複数 $ 個ある場合、その中の任意の1つの '
に対称操作 + を施して得られる +' は、必ず $ 個ある基準振動の 次
結合で書くことができる。もし書くことができないとすれば、+' は
& で振動していないことになってしまうからである。結局、$ 個ある基
準振動を表現の基底とすることができる。このとき得られる表現(次元
は縮退している基準振動の数と同じで $)は既約表現となる。ただ、次
のような注意が必要である。
注:異なる既約表現に属する基準振動が、原子の質量や原子間に働く力
の大きさによって、たまたま同じ振動数 & で振動している場合があるか
もしれない。これを偶然縮退という。このときは、$ 個ある基準振動の
適当な 次結合をつくると、対称操作 + を施しても互いに混じり合わな
い、いくつかの組に分かれるので、そのときの 次結合を新たな基準振
動とすれば、それらはそれぞれ既約表現の基底となる。
以上、いずれにしても基準振動は既約表現の基底となることが分かる。
基準振動の決定 分子振動
原子の微小変位 5 *
*
* 6* は原子の数 を考え、こ
れを基底に選ぶと対称操作 に対する表現行列 が得られる。ここで、変
位の大きさはすべて同じものとする(簡単のために大きさは としてもよい
が、あくまで微少量)。この表現行列の成分は
, Æ ,
, ¼
で与えられる。ここで Æ は , 番目の原子が対称操作 によって , 番目の原
子に移る場合は となり、その他の原子に移る場合は となることを意味して
いる。また は原子の微小変位 5
6 を基底とした場合の対称操作 に対
する表現行列 の 成分である 表 の 列目を参照。したがって、表現行
列 は、, 行 , 列で指定される場所に 行 列の 行列があるという形を
とっており、全体で * 行 * 列の行列になっている。例えば、 - 分子におい
て、 , の場合、()式を具体的に書くと
¼
5
6 ただし、ここで , となる。この表現行列 の指標 を求めておく。表現行列にお
いて、指標に寄与する箇所は、,, 行列で言うと、, 行 , 列、すなわち対角ブ
ロックだけである。さらに、対角ブロックの中でも、それがゼロ行列であれば
指標に寄与せず、それが 行列であれば指標に寄与する。具体的には、 行
列目、 行 列目、 行 列目の か所だけが指標に寄与する。この か所が
ゼロ行列にならないのは、 、、 番目の つの原子が対称操作 によって
動かないからである。したがって、対角ブロックに含まれる 行列の数は、対
称操作 によって動かない原子の個数 . に等しい。結局、 行列の指標
を とすると、 , . , , となる。
ここで、図 を参照する。
「基準振動」が「原子の微小変位」の 次結合で
あることを、すなわち「基準振動」と「原子の微小変位」は、ある正則行列で
結びついていることを思い起こそう(図中 )。このことは、
「基準振動を基底
[ ,
1
,
2
,
3
,
1
,
2
,
3
,
]
[1x, 1y, 1z,
sx, sy, sz]
A 1g
T1u
T1u
[
,
,
22, Q 23 , Q 31 , Q 32,Q 33 ,
]
A 1g
T1u
T1u
図 0 基準振動と既約表現
として得られる表現行列」と、「微小変位を基底として得られる表現行列」と
は互いに同値であることを意味している(図中 )。つまり、前者の表現行列
(すでに簡約されている)から得られる既約表現と後者の表現行列を簡約して
得られる既約表現(図中 )とを比べると、表現行列は互いに異なるが、指標
は同じなので(図中 )、既約表現の種類と数は全く同じであることが分かる。
したがって、微小変位を基底として得られる表現行列 5()式で与えられる6
を求めて、それを ! で簡約すれば(図中 )、基準振動を基底と
した既約表現の種類と数とが求まる。例えば、 が 個、 が 個、 の
ように簡約されれば、それらは、そのまま基準振動を基底とした既約表現の種
類と数となる。
さらに、微小変位を基底とした表現を簡約したときに、ある既約表現(A 既
約表現とする)が1回しか現れない場合、その既約表現の基底は
基底 , /
基準振動 (両辺A表現)
のように、単なる数定数 / を除いて基準振動そのものとなることが分かる。と
いうのは、もし、その基底が基準振動でないと仮定した場合、A 既約表現に属
する基準振動は1つしかないので、その基底は別の既約表現に属する基準振動
で表されることになるが、それは基底が A 表現に属すという元々の前提に反す
るからである。既約表現の基底は、後に紹介する射影演算子で求まるので、基
準振動を決めることができる。図 を用いて説明すれば次のようになる。簡
約された表現に、 既約表現 個と、 既約表現が 個、その他の既約表
現が含まれていたとする。この時、簡約された表現に含まれる 既約表現の
基底(○)は、 基準振動(' )と数定数を除いて一致する。数定数は基準
振動の振幅に影響するだけだから、 既約表現の基底(○)は、 基準振
動(' )そのものであると言って良い。したがって、 既約表現の基底(○)
を、後に紹介する射影演算子で求めれば、それが基準振動ということになる。
一方、微小変位を基底とした表現を簡約したときに、ある既約表現(A 既約
表現とする)が複数回現れる場合を考える。いま、簡単のために 回現れると
する。上と同様な論理から、 つの A 表現のそれぞれの基底(基底 と基底 )
と、同じ A 既約表現に属する つの基準振動(基準振動 と基準振動 :一般
的に両者の振動数は異なる)とは、数定数を / 、/ 、0 、0 として
, /
基準振動 + /
基準振動 基底 , 0
基準振動 + 0
基準振動 基底
(すべてA表現)
なる関係があることが分かる。微小変位を基底とした表現を簡約したときに、
ある既約表現が複数回現れる場合、その既約表現の基底と基準振動とは 対
には対応しておらず、基底から基準振動を一義的に決定できない(対称性だけ
では数定数を決めることができない)。図 を用いて説明すれば次のようにな
る。前提は同じで、簡約された表現に、 既約表現 個と、 既約表現が 個、その他の既約表現が含まれていたとする。簡約された表現に 既約表現
が 個ある。それらの基底(△ 、△ 、△ )と(□ 、□ 、□ )とが、そ
れぞれ、 基準振動の基底(' 、' 、' )と(' 、' 、' )と一対一
に対応するとは限らない。(")式のように、一般的に(△ 、△ 、△ )と
(□ 、□ 、□ )は(' 、' 、' )と(' 、' 、' )の一次結合にな
る。したがって、逆に、
(△ 、△ 、△ )と(□ 、□ 、□ )のどのような
一次結合を採ったら(' 、' 、' )と(' 、' 、' )になるかは群論
では決められない。
以上のように基準振動を求めるのに群論は万能ではないけれども、それでも
いくつかの基準振動をきっちり決めてしまうことができる。すなわち、運動方
程式を解かなくとも基準振動を決めてしまうことができる点に群論の威力が
ある。
正八面体分子 分子の基準振動
分子を実例にして具体的に基準振動を決めてみよう。 分子を構成
する原子の微小変位 5 6 を基底とした 群の
(3z)
(4x)
X
(5y)
(2y)
(1x)
(6z)
0 正八面体分子 の原子変位 5
図
6
対称操作の表現を考える。この表現は一般的に可約表現であるので既約表現
に簡約することにする。もし目見当で、原子の微小変位を互いに 群の元に
よって決して移りあわないものの組に分けることができるならば、表現行列を
一部分であるが簡約化することができるので、最終的に表現行列を既約表現に
簡約化するための第一歩となる。
! 微小変位 5
6
原子の微小変位の つの成分 5
6 は決して 原子の微小変位の成分
とは混じり合わないことがわかる。5
6 は 節で示したように、 群
での 既約表現の基底になり、また反転に対して奇になるので 群での 既約表現の基底になっている。
! 微小変位 5
6軸方向の変位
図 に示した原子の微小変位は 群の対称操作によって互いに移り合うが、
他の変位とは混じり合わないことがわかる。したがって、5 6
だけで 群の表現の基底となり得る。そこで実際に表現を作る。 , を
例にとると
5
6 , 5
, 5 6 6
"
として求まる。この表現行列の指標は である。この例のように 群の他の
元に対する表現行列を作り、類別に指標を求めれば表 " のようになる。この結
類
指標
表 "0 5
6 を基底にとった時の表現行列の指標
果に ! を用いると、5 6 を基底にとった時の表
現が既約表現 、 、 の つに簡約されることが分かる。それぞれの既約
表現の基底は、5 6 の適当な 次結合となる。ところで、既約
表現行列が分かっているときに、その既約表現の基底を求める演算子がある。
次の式で定義される射影演算子 1 0CD&%$ 8&% がそれである。
1
,
$
+ +
射影演算子は A 既約表現の 番目の基底を得ることができ 証明は略、上式で
は既約表現の次元、$ は群元の数、 + は群元 + に対する既約表現行列
の 成分である。
まず 既約表現の基底を求めるために、射影演算子を微小変位 5 6 にほど
こしてみる。 既約表現の表現行列は 次元でありすべて なる値を持って
いる 表 を参照。したがって、
5
1
6,
: : : : 5
6
となる。ところで、群元による微小変位 5 6 の変換を求めると表 のように
なる。表の 、 列には原子 の座標を としたときの群元による変換結
果 変換により移った先の原子の位置を表す を、また 、 列には原子 の変
位方向の群元による変換結果を 変換により移った先の原子の変位方向を表す
示した。変換により移った先の原子の位置と変換により移った先の原子の変位
方向から、、 列に示した 5 6 の変換結果が得られる。表 と 式から、
5
1
6, : : なる 既約表現の基底が求まる。次に 既約表現の 番目の基底を求める。
表 ( 群の表であって、 群の表ではない)と が偶表現であることを使
うと(例えば、 は と、 は と同じ表現行列になる)、
5
1
6 ,
5 : : : : : : : :
: : : :
: : : : : :
: : : : : 65
6
位置 方向 5
;;
;;
;; ;; ;; ;; ;; ;; ; ;
; ; ; ;
; ; ; ; ; ;
; ; ; ;
;; ;; ;;
;;
;; ;; ;; ;; 元
6 の変換
元
表 0 5
位置 方向 5
;; ;; ;;
;;
;; ;; ;; ;; ; ; ; ;
; ; ; ;
; ;
; ; ; ;
; ; ;;
;;
;; ;; ;; ;; ;; ;; 6 の変換
@
6 の変換
が得られ、この式と表 から
5 : : 6
なる 既約表現の 番目の基底が求まる。 既約表現の 番目の基底は
1
5
5
1
6 ,
5 : : : : : 6 ,
:
: : : : : : : : 5
: : : 65
6
から
5
1
6 ,
: 6
(3y)
(3x)
(5z)
(5x)
(4z)
(4y)
X
(1z)
(2x)
(1y)
(6y)
(6x)
図 0 正八面対分子 の原子変位 5
(2z)
6
のように求まる。
既約表現の基底も同様に求められる。ただし、上の例では変位 5 6 に射
影演算子を掛けて基底を求めているが、変位 5 6 から出発すればいつでも基底
が求まるとは限らない。すなわち、基底として求まった結果が になってしま
うことがある。このときは、他の変位 例えば 5 6 など に変えて試して行く
ことが必要となる。そのようにすると、 既約表現の つの基底が : 、
: 、 : のように求まる。
! 微小変位 5
6軸と垂直な変位
図 に示した原子の微小変位は 群の対称操作によって互いに移り合うが、
他の変位とは混じり合わないことがわかる。したがって、5 6 だけで 群の表現の基底となり得る。これまでと同
様な仕方で、この表現が 、 、 、 既約表現に簡約でき、またそれぞ
れの既約表現の基底を求めると、表 の下から 段目以下の行に示した結果
となる。
これまで求めてきた既約表現とその基底の結果を表 にまとめておく。ま
ず、 回しか現れない既約表現の基底は基準振動を与える。そして基底の係数
の比は変位の振幅の比を与え、符号の正負は変位の位相が逆であることを意
味している。このことから、いくつかの基準振動を図示すると図 のように
なることが分かる。 モードは、振動のあらゆる瞬間において、正八面体の
形が保たれて相似的に大きくなったり小さくなったりしているモードである。
、 、 モードは 番目の原子と 番目の原子は平衡位置に止
まったままのモードである。また モードは 軸回りに分子全体が回転し
ているモードである。次に モードを考える。()式を基底、基準振動が
"
基底 比例係数は除く
既約表現
: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : 0 5
つある場合に拡張して、% 番目(% ,
表
6 の変換
)の基準振動について解くと
: : : : 基準振動 % , " +" : +" : : : : : : : となる。なお、この式の右辺には表 に示した つの 次元表現 の基底
を使っている。いま、" , " , " , とすると、基準振動 は分子全体
の並進運動であることが分かり、これが探している基準振動の つであると結
論できる。しかし、あと残りの つの基準振動 と に関しては、 次結合の
取り方(" 、" 、" 、" 、" 、" の値)が分からないので、群論だけで
は決めることができない。
微小変位 5 6 をまるごと基底とした 群の
対称操作の表現が、どのような既約表現に簡約できるかを知る簡単な方法が
ある。 式により表現行列をつくり、その指標を求め、それをもとに ! でどのような既約表現が含まれているかを調べる方法である。 式
X
X
Eg(1)
A1g
X
T2g(3)
X
T2u(3)
X
Eg(2)
X
T1g(3)
図 0 基準振動の例。 内の数字は基底の番号
により作られる表現行列の指標は
, . となる。ここで . は対称操作 によって動かない原子の個数で、 は微
小変位 5
6 を基底とした場合の対称操作 に対する表現行列 の指標であ
る。この式が理解できなければ、 節を復習すること。さて、ここで、 について考える。
が純粋回転の場合
たとえば
だけの純粋回転の場合、
軸周りの角度 ( ($ , ($ ( となり、 , : ( となる。また、回転軸が 軸でない場合には、
上記の行列に適当な相似変換を行う必要があるが、相似変換により指標
は変わらないので、やはり , : ( となる。
: ( 全体、並進、回転
: ( 全体、並進
, , , , , 表 0
(
回転
が回転鏡映の場合。
たとえば
だけの回転鏡映の場合、
軸周りの角度 ( ($ ,
($ ( となり、 , : ( となる。回転軸が 軸でない場合でも、や
はり , : ( となる。
以上の結果を表 の -全体Eという欄に各対称操作についてまとめて示す。
ところで、分子内振動だけに注目するときには、分子全体の並進と回転を分
離する必要がある。並進は対称操作により変位ベクトル 5
6 と同じ変換を
受けるので、その表現の指標は
が純粋回転の場合
,
: ( が回転鏡映の場合。
, : ( となる。また分子全体の回転は軸性ベクトルで記述される。軸性ベクトルは、
純粋回転に対してはベクトルのように変換するが、反転に対して符号を変えな
い。したがって、表現の指標は
が純粋回転の場合
,
: ( が回転鏡映の場合。
,
( となる。
分子内振動と分子全体の並進(以下簡単のため並進と書く)と分子全体の回
転(以下簡単のため回転と書く)は互いに 次独立である。例えば、分子内振
動の組み合わせで分子全体の並進を表すことはできない。したがって、基底を
適当に採り直すと
分子内振動
並進
回転
のような表現行列が得られるはずである。ここで、分子内振動、並進、回転に
対する表現行列の指標を、それぞれ 分子内振動 、 並進 、 回転 とす
ると、 , 分子内振動 : 並進 : 回転 と書ける。したがって
分子内振動 , 並進 回転
"
となる。この式を用いて、 分子内振動 を求め、 ! で含まれて
いる既約表現を求めるめると、分子内振動だけに限定した既約表現が求まる。
なお、分子全体の並進と回転に関する指標は表 の -並進Eおよび -回転Eとい
う欄に各対称操作についてまとめて書いておいた。
それでは実際に、 型分子を例にとって以上の手続きにより、 分子内
振動 を求めてみよう。結果は表 のようになる。あとは ! で
含まれている既約表現を求めるだけである。結局、分子内振動に限れば、
表現が 個、 、 、 、 表現がそれぞれ 個づつ含まれていることが
分かる。
.
全体
並進
回転
分子内振動
表 0 微小変位をまるごと基底にとった場合の表現行列の指標 と分
子内振動に限った場合の表現行列の指標 分子内振動
問6 群において、射影演算子を 5 6 に作用させることにより、 既約表
現の基底を求めよ。
問7 図 に示した 分子(点群は )において、原子の微小変位 5 6 をまるごと基底としたときに、 の対称操作
に対する表現行列の指標を計算せよ。また、話を分子内振動だけに限って、そ
の表現行列の指標を計算し、どのような既約表現が含まれているかを ! を用いて求めよ。さらに、求めた既約表現の中で、 回しか現れない
もの(同じ既約表現が複数回現れないもの)については、射影演算子を用い
て、その基底(基準振動)を求めよ。
赤外活性とラマン活性
光電場 と物質の相互作用を表す相互作用のハミルトニアン 2 は
2
, 3 :
"
:
: と書ける。ここで 3 は電気双極子モーメント 分子と電子の電気双極子モー
メントの和 の % 成分で、"
は分極率 の % 成分、
は非線形分極率 の
% 成分である。なお、上式にて、同じ下添え字が 回現れる場合は 、 、
で和をとるという約束をしている。
赤外活性
を発生する基準振動 ' を考えよう。この基準振動は 式の右辺の第
項目から分かるように、その振動数と共鳴する電場 と相互作用することが
できる。通常、格子振動の振動数は <3 程度であるから、共鳴相互作用で
きる電場としては赤外領域の光電場ということになる。したがって、 を発生
する基準振動のことを赤外活性モードであると言う。共鳴が起こると、入射赤
外線は基準振動にエネルギーを奪われる。そのため、物質を透過して来る赤外
線の強度が弱くなる。つまり、入射赤外線の角振動数を変えながら、透過して
くる赤外線強度を測定すれば基準振動の周波数が分かる。
さて、どのような基準振動が 3 を発生するのかを(赤外活性モードである
のかを)調べるために、次のように を ' で展開する。
3
, 3 : 43 4'
' : 4 3 4' ' : いま、展開式の ' の最低次の項(右辺第 項目)だけを考える。' が 3 を発
生するためには、43 4'
がゼロでないこと、すなわち結晶の持つ対称操作
により ' が 3 と同じように変換することが必要である 。ところで、3 は極性
ベクトルであるから、*% %'!& で と書かれた既約表現に属する基準
振動が赤外活性モードということになる。 分子の場合、表 を見ると 既約表現に属するモードが赤外活性モードであり、赤外吸収スペクトルとして
観測され得ることが分かる。
もし、結晶の持つある対称操作に対して、 は のように変換され、
は のように変
換されたとする。すると、 は のように変換されることになる。ところ
が、結晶は、今考えている対称操作に対して不変であるから、 でな
ければいけない。この式を満足する解は、 に限られる。したがって、 がゼロでないためには、結晶の持つ対象操作により が と同じように変換することが必要
となる。
ラマン活性
物質に、例えば波長 $ のレーザー光を入射したとする。このレーザー
光の振動数は、おおよそ <3 である。格子振動の振動数は <3 程度であ
るから、格子はレーザー光の電場に追従できず、両者の間に相互作用はない。
「ラマン散乱では光学格子振動を観測できる」とよく言われるが、光学格子振
動を直接見ている訳ではない。レーザー光の振動数に追従できるのは電子系に
限られる。つまり、光は電子系しか見ていない。ただ、格子振動があると電子
系が時間的に揺らぎ、この電子系の揺らぎがレーザー光に影響を与えるので、
物質から散乱される光を見ていると、その中に格子振動の情報が入っていると
いうことである。つまり、ラマン散乱では、電子系を通して、あくまでも間接
的に格子振動を見ている訳である。
電子系を扱うとなると、電子分極率 や非線形電子分極率 が重要となる
が、ラマン散乱の場合は が主役となる 。そして、この と光電場との相
互作用は 式の右辺の第 項目となる。この電子系と光電場との相互作用
のため、物質に角振動数が & で 方向に偏光した光電場 5
& 6 を入射すると、
物質内には電気双極子モーメント 5 , 4 "
4 , "
& が発生
する 。この 5 は振動しているので物質外部に散乱光を放出することになる。
電子系が基準振動など他の励起と相互作用していなければ、5 は入射光と同じ
角振動数で振動し、散乱光は入射光と同じ方向に出てくる。これを前方散乱と
言う。
さて、電子系が基準振動と相互作用する場合を考えよう。電子分極率 を
' で展開すると
"
, "
: 4"
4'
' : 4 "
4' ' : となる。ここで、展開式の ' の最低次の項(右辺第 項目)だけを考えると、
"
の揺らぎ F"
は
F"
"
"
, 4"
4'
'
と書ける。この式が電子系と基準振動との相互作用を表す。そして、4"
4'
は
相互作用の大きさと解釈できる。いま、' が時間を ( として ( & ( の様に振動す
ると、F"
も ( & ( の様に振動する。さらに、入射光が & ( &( の様に
振動すると、F"
に起因する電気双極子モーメント F5 は F5 , F"
& ( & ( ( &( (& : & : (& & の様に振動する。つまり、F5 は角
振動数 & & で振動する。振動する F5 は、同じ角振動数で偏光が % 方向の
非線形電子分極率
が関与する散乱はハイパーラマン散乱と呼ばれている。
Æ
Æ なお、最後の等式では が対称テンソルであることを使用した。
電磁波を輻射し、これが散乱光となる。ラマン散乱では、入射光の角振動数を
原点にとり、そこからのずれとして散乱光の角周波数(F&
& )を測定す
る。そうすると、F& の絶対値が基準振動の角振動数を与えることになる。以
上の議論を振り返ると、光と基準振動の相互作用は全く考えていないことに気
が付く。繰り返すが、光は電子系しか見ていない。
基準振動 ' がラマン散乱を引き起こすための条件は、すなわち ' がラマン
活性モードであるための条件は、 式から分かるように、電子系と基準振動
の相互作用の大きさである 4"
4'
がゼロでないこと、すなわち結晶の対
称操作により ' が " と同じように変換することである。結局、*% %'!&
で "
%
は のいずれか と書かれてある既約表現に属する基準振動が
ラマン活性モードである。 分子の場合、表 を見ると 、 、 既約
表現に属する基準振動がラマン活性であり、ラマン散乱スペクトルとして観測
され得ることが分かる。なお、"
に対応するラマン活性モードを観測したい
場合には、 方向に偏光した光(通常レーザー光)を試料に入射して、試料か
ら散乱されてくる光のうち % 方向に偏光しているものだけを取り出せば良い。
"
, "
(対称テンソル)であるから、% 方向に偏光した光を試料に入射して、
試料から散乱されてくる光のうち 方向に偏光しているものだけを取り出して
も良い。
ここで、反転 対称性を持つ点群の場合を考える。 に対して極性ベクトル
である は符号を変えるので奇表現の基底となる。したがって、赤外活性モー
ドは奇表現(添え字に 6 が付く既約表現)の基底でなければいけない。一方、
に対して 回のテンソルである "
は符号を変えない。したがって、ラマン活
性モードは遇表現(添え字に $ が付く既約表現)の基底でなければいけない。
問8 点群 には、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 既
約表現がある。これらの既約表現に属する基準振動モードのうち、どれが赤
外活性モードで、どれがラマン活性モードであるかを示せ。また、ラマン活性
モードの場合、それを観測するためには、入射光の偏光と、散乱される光のう
ち、どの偏光の光を捉えるとよいか答えよ。
空間群
空間群の構造
結晶を不変に保つ対称操作の集合は群をなし、その群を空間群 と言う。一
般に、結晶は点群に対して不変にはならない。このように書くと、結晶を扱う
ときには、いつも空間群を考える必要があると短絡的に考えてしまうと、不必
要な議論を行ってしまう恐れがある。というのは、空間群を扱わないで点群で
話が済む場合があるからである。それは、結晶の巨視的な物性の対称性を考え
るときである。巨視的な物性とは、結晶を連続体(異方性はある)として見た
ときの物性で、波長())で言えば無限大、波数( )で言えばゼロの物性であ
る。たとえば、誘電率、屈折率、弾性定数などがそれにあたる。これらの巨視
的な物性は、連続体の物性であるから、以下に出てくる並進操作(中途半端な
並進も含む)に対して常に不変となる。したがって、並進操作に対する対称性
は考えなくてよい。空間群において、並進操作を無視した場合、それは点群と
なる(後で数式で証明する)。結局、結晶の巨視的な物性の対称性を考えると
きには点群だけを考えると良い。一方、ゼロでない波数を持つ物性の対称性を
議論する場合(たとえば、有限波数を持つ基準振動の対称性を議論する場合)
には空間群が不可欠となる。
ルチル構造を持つ結晶 を例にとり空間群の構造を説明する。 の
4( 格子は &%$! 格子であり、図 に示すように単位胞には 個の
を含んでおり、その空間群は *.
$/&( の記号 もしくは 1 国
際記号 という記号で表される。対称操作は、一般的に回転 純粋回転と回転
鏡映とをまとめて単に回転とした と並進 とが組み合わさったものとなって
おり、以下これを のように表す。いずれかの 原子の位置を原点にと
ると の構造を不変に保つ対称操作には次のようなものがある。まず
, : : で与えられる G 個の並進、すなわち
, : : がある。
0
0
0
t3
O
t2
1
2
1
2
1
2
t1
0
Ti
Ti
(a)
図 0 ルチル構造 0
O
0
(b)
ただし、ここで 、
、
は &%$! 格子の基本並進ベクトルであり、 、
、 は から .
までの整数である。なお、ここでは G 個の単位胞を考
えており、表面の不都合を取り除くために周期境界条件を課している。また対
称操作として
5 6 5H 6
H がある。さらに
, : : という中途半端な並進 をともなう対称操作として
がある。ここで、、 、 軸は 、
、
方向にとっている。以上、 個の対
称操作と並進操作を合わせると空間群は G 個の群要素から成り立っている
ことが分かる。
の例では中途半端な並進が現れる。この中途半端な並進は原点を移動さ
せても決して消えないことが分かっている。このような空間群を非共型 #
$%& 空間群と呼ぶ。また、原点を適当に移動すれば中途半端な並進
がなくなり並進ベクトルだけを含む群要素だけになる空間群を共型 $%#
& 空間群と呼ぶ。全部で 個ある空間群のうち、 個が共型で、 個
が非共型である。ところで、 の空間群の群要素のなかで、上にあげた 個の対称操作、つまり基本ベクトルで表される並進操作 を除いた対称操作を
空間群の代表元と言う。
ここで証明抜きで、対称操作の演算規則を与えておく。
, この式を使うと
の逆元が
: "
, であることが分かる 。また原点を だけ移動させたとき、対称操作
は相似変換をうけ次のように変換されることも分かる
。
, : 空間群 を以下で説明する並進群 を法として剰余類群 を作ったときの代表元であ
ると言うのが正確
P 4 2 /m n m,
D 144h
No. 136
P 4 /m 2 /n2/m
4/mmm
2
Patterson symmetry P4/m m m
1
−41
+
+
−
−
+
+
−
−
Tetragonal
−41
−
−
−
+
+
−41
−41
−12
−12
+
+
−12
−12
−41
−
−
−
−
−−
+
+
−41
−
−
−
+
+
−41
−41
Origin at centre (mmm) at 2/m 1 2/m
Asymmetric unit
−12
0≤x≤
; 0≤y≤
−12
; 0≤z≤
−12 ;
Symmetry operations
(1) 1
(5) 2(0, −12 ,0) −14 ,y, −14
(9) 1 0,0,0
(13) n (−12 ,0,−12 ) x, −14 ,z
(3) 4+ (0,0, −12 ) 0, −12 ,z
(7) 2 x,x,0
(11) 4+ −12 ,0,z; −12,0, −14
(15) m x,x,z
(2) 2 0,0,z
(6) 2 (−12 ,0,0) x,−14 , −14
(10) m x,y,0
(14) n (0,−12 , −12 ) −14 ,y,z
(4) 4− (0,0, −12 ) −12 ,0,z
(8) 2 x,x,0
(12) 4− 0, −12 ,z; 0, −12 , −14
(16) m x,x,z
図 0 空間群 ところで、対称操作 は 回の螺旋と呼ばれるが、このままでは何故そ
のように呼ばれるのかが理解しづらい。これは螺旋軸が先に選んだ原点を通っ
ていないからである。螺旋軸の位置は #$%&$%$! '!&( I )(%!!8*@
を見ると良い 56。図 は #$%&$%$! '!&( I )(%!!8*@ の の部
分を写したものである。 つ左右に並んでいる図の各々で、左上が原点で、そ
こから下方が 軸、右方向が 軸、そして紙面に垂直手前が 軸である。な
お、対称操作の記号と符号の意味は図 に示した。
図 を見ると 回の螺旋軸 が、たとえば の位置にあることが分かる。
したがって、 式を用いて原点を に移動すると対称操作 は
, : : , ,
となる。なお、最後の等式で基本ベクトルで表せる並進は並進操作に含まれて
いるので除いておいた(代表元は、並進操作 を除いたものとして定義されて
いたことを思い起こそう)。この式から、 が 軸に "Æ 回転したのち、
その軸方向に基本並進ベクトルの半分(
)だけ進ませるという対称操作で
あることが分かる。これが を 回の螺旋と呼ぶ所以である。同様に原
点移動を行えば、 は 回の螺旋、 と は 回の螺旋で
あることが分かる。
"
1
1
2
21
1
0
4
4
0
2
0
0
41
4
42
43
4
c /4
2 c /4
3 c /4
2
(
)
(
)
(
)
(
)
4
4
0
6
6
0
61
6
62
c /6
6
2 c /6
0
63
6
3 c /6
64
6
4 c /6
65
6
5 c /6
6
6
0
c /2
a/2
b/2
3
3
31
3
c /3
32
3
2 c /3
3
0
3
4
m
a, b
a/2; b/2
a, b, c
c
n
c/2;
(a + b + c)/2
(a + b)/2, (b + c)/2, (c + a)/2;
n
(a + b + c)/2
(a ± b)/4, (b ± c)/4, (c ± a)/4;
d
(a ± b ± c)/4
図 0 対称操作の記号と符号
また対称操作 は グライド面 J$! !7& 8!$& と呼ばれている
が、これもこのままでは意味がはっきりしない。 グライド面
は、図 を
見ると のところにあることが分かるので、そこに原点を移動してみると
: ,
, : : となり、 は 面で鏡映をとったのち、この面に平行に対角方向 J$!
方向 に中途半端な並進 : をする対称操作であることが分かる。こ
れが を グライド面と呼ぶ所以である。同じように原点移動により、
も $ グライド面であることが分かる。
さらに対称操作 は単なる 回の回転鏡映であることを示そう。この
対称操作は図 を見ても図記号として描かれていないので、同図の @&%@
8&%$( の所の を見る。すると、回転鏡映の作用点が : で示
される位置にある(@&%@ 8&%$( の意味は、88&$79 の 節に書い
てある)。そこに原点を移すと
: : , : : : , となり、並進が消え、 は単なる 回の回転鏡映であることがわかる。
も同様に 回の回転鏡映であることが証明できる。
並進群とその既約表現
結晶を不変に保つ 式で表される並進操作は群をなす。この群は空間群
の 部分でもあるので部分群となるが、この部分群を並進群 と呼ぶ。並進
操作 , : : は つの並進操作の積、すなわち
と書くことができ、しかも積の順番には依らない。また、ある単位胞を G 個
の単位胞分移動させた時にまた元の単位胞に戻るという周期境界条件を課して
いるため、上記 つの積のいずれもが巡回群となっている。例えば第 周期の
方向では
, のように並進操作がすべて の累乗で書け、しかも
, , .
となる。このような対称操作が群をなすことは証明されており、その群を巡回
群と言う。また巡回群の既約表現はすべて 次元であることも分かっており、
その指標は
5 6 , 5 6 , . , ,
を満たされなければいけない 。なお、この式の 番目の等式には、既約表現
が 次元である場合、群元の積の表現行列の指標が群元の表現行列の指標の積
に等しいということを用いた 。()式は、5 を整数として、第 周期方向
ここでは群元もその表現行列も同じ記号を使用している。本来は、表現を として、
は と書くべきであるが、
は省いても混乱は生じないので省略し
ている。
一次元表現は、行列の言葉で言えば 行 列の行列となり、 行 列成分しか持たない。
つの群元の一次元表現行列を、それぞれ 、 としたときに となる。したがって、群元の積の表現行列の指標が群元の表現行列の指標の積に等
しいことが証明される。
についての並進群の既約表現の指標が
, &98 %5
.
と書けることを要請する。第 周期方向と第 周期方向を含めて一般化すると、
並進群の既約表現は つの整数 5 、5 、5(それぞれ から .
までの整数
値をとる)を指定することによって定まると結論できる。つまり
,
,
: : ,
,
, &985
%5
.
:
%5
.
:
%5
.
6
"
となる。並進群の )*%& '!& を表 に与えておく。
表 0 並進群の )<=)>= ?>
(")式を逆格子空間でのベクトル
, 5 : 5 : 5 .
でまとめよう。ここで、 、 、 は逆格子ベクトル の基本ベクトルで
あり、
,
,
,
で定義される。逆格子ベクトルの基本ベクトルと基本並進ベクトルとの間には
, Æ
という関係がある 。結局、並進群の既約表現の名前は
標( 次元表現なので既約表現そのものでもある)は
, &98%
で指定され、その指
逆格子ベクトルの基本ベクトルと基本並進ベクトルは双対基底となっている。
で与えられる。
ところで、既約表現
の基底 は
, &98%
6
となる。ここで、6 は格子の周期を持った周期関数である。実際
,
,
,
&98 &985 6
&98 %
6
%
6
%
, &985%
, &98%
6 &98 6
%
6
となり、 は表現の基底となっており、しかも表現 &98% が 式で与
えられる既約表現となっている。したがって、 は並進群の既約表現の基底
になっていることが分かる。
小群 群
空間群
分が
の要素のうちで、
を不変に保つような対称操作、すなわち回転部
,
を満たす対称操作 を考える。記号 , は逆格子ベクトルの違いは許すこ
とを意味する。このような対称操作だけを集めた集合はやはり群となる。この
群は空間群の 部分でもあるので部分群となるが、この部分群を小群または #
群 と呼ぶ。例えば、ある波数ベクトル を持つ基準振動があったとする。
波数ベクトルが逆格子ベクトルだけ違う基準振動を別途考えても、それは波数
ベクトル を持つ基準振動と同じものである。「逆格子ベクトルの違いは許す
こと」は、少なくとも基準振動に関しては、正当性を持っていることが分かる
であろう。
ルチル構造を例にとり 群を考えよう。図 は &%$! 格子の !! $
帯を表している。 が対称性が低い !! $ 帯の一般の点ならば、その 群は
並進群 となる。なぜならば、 を不変に保つ回転操作が存在しないからであ
る。逆に対称性が最も高い A、7 、、8 の各点では、 群は空間群そのもの
である。その中間の例えば、F 点では、
に並進群
の他に
を付け加えた G 個の対称操作が
9
を付け加えた G 個の対称操作が
群を作る。また 点では と並進群
群を作る。
kz
U
Z
S
A
W
W
V
D
G
2p/
R
T
S
ky
X
Y
M
kx
2p
/
a
2p/a
図 0 &%$! 格子の !! $ 帯
小群の既約表現と射線表現
群 の要素のうちで、回転部分 だけを集めて得られる集合は #
点群 と呼ばれる点群をなす 点群になることの証明は省略。 点群の A
既約表現行列を としたときに
, &98%
"
が 群の既約表現となるかどうかを調べる。
, &985%
, &985%
: 6
: 6
であり、また
,
: , &985%
, &98% , &985% &985%
: 6 : % 6
: 6
となる。したがって
空間群が共型で、 がブリルアン領域内部にある場合
, が成り立つ。
空間群が共型で、 がブリルアン境界にある場合
: を逆格子ベクトルとして、
, : が成り立ち、そして並進操
作 が単なる並進ベクトルなので は の整数倍となる。
空間群が非共型で、 がブリルアン領域内部にある場合
, が成り立つ。
空間群が非共型で、 がブリルアン境界にある場合
: を逆格子ベクトルとして、
, : が成り立つ。 一般的に は中途半端な並進ベクトルを含むので、 は の整数倍と
はならない。
6 , となるので、
の つの場合のうち ;; の場合には、&985% " 式が 群の規約表現となることがわかる。また、 の場合には、 の代わりに
;
; , &985% 6
;
を満たす既約表現 ; 既約射線表現 を作れば
, &98%
;
が 群の既約表現を与えることが 、 式から簡単に分かる。この既約
表現は既約射線表現 &7 '!& @ &8&(&$%%$ と呼ばれる。もちろんこの
既約射線表現は上記 ;; の場合にも適用できる。その場合 &985% 6 ,
となるので既約射線表現 ; は 点群 の既約表現 と同型
になる。なお、空間群に関する既約射線表現は K4!&4 によって表にまとめら
れている 56。K4!&4 の表を使うときは、()式や()式などに含まれる
&98 の中の を
と読み替える必要がある。また、K4!&4 の表には間違い
があり、%L&( と <%* により訂正されている 56。なお、小群 群 に関し
ては !' )@(%!!8* &4& も参考になる 56。
さて、ここで、A 点( , )の 群の既約表現について考える。A 点はブ
リルアン領域内部にあるから、必ず(")式が成り立つ、この式で , とお
くと
, , となる。この式の右辺は点群の既約表現であるから、 , の場合には、例え
ば巨視的な物性を扱う場合には、点群だけで用が足りることが分かる。
問9 空間群 の 点(波数ベクトル が の点)における小群の代
表元は、 、 、 、 、 、 、 、 であることを確かめよ。ところで、 点における既約射線表現は K4!&4 の表
( ページ)に書かれている。そのうち、;M 既約射線表現は
"
! ! となっている。ところで、K4!&4 の表では、
()式は &98 の中の
して
;
; , &985% 6
;
を
! と
となっている。この式が成り立つことを、 , で , の場合と、 , で , の場合とで確かめよ。
基準振動の決定 格子振動
基準振動が既約表現の基底になることは以前に示した。ここでは つの波動
ベクトル で指定される基準振動だけを考えよう。すべての空間群の対称操作
に対してこの基準振動が既約表現の基底となるわけではなく、空間群の部分群
である 群の対称操作 つまり を不変に保つ対称操作 に対してだけ既約表
現の基底となることは自明であろう。単位胞に * 個の原子があるとすると、結
晶全体で自由度は *. となる。また異なる の数は . だけあるので、ある
で指定される基準振動の自由度は * となり、単位胞に属する原子の自由度 *
と等しい。したがって、自由度の点から、 つの単位胞に属する原子の微小変
位を基底にして 群の表現行列 一般的に可約 を作ることができそうである。
群に属する対称操作 を単位胞内のある つの原子に施すと、その原子
は他の場所に移動する。その結果、原子がその単位胞から外へ出て隣の単位胞
に移動してしまうことがあり得る。したがって、単位胞に属する原子の微小変
位だけで 群の表現行列の基底を作ることが一見無理のようにも見える。し
かし、 は決まっているので、隣の単位胞との位相差は一意的に決まっており、
位相差を考慮に入れれば隣の単位胞に移った原子の微小変位を元の単位胞の相
当する原子の微小変位に引き戻すことができる。すなわち、単位胞に属する原
子の微小変位 5 *
*
* 6 を基底として表現 を作ることができるはずである。
以上のことを図 を参考にして確かめてみよう 詳しくは文献 56 を参照のこ
と。図は単位胞に 個の原子を含んでいる簡単な結晶構造を つの単位胞にわ
たって描いたものである。第 単位胞にある 番目の原子の微小変位 5 6
を簡単に 5 6 内側の添字 は 番目の原子であることを、また外側の添字
は第 単位胞にあることを示す と書くことにする。さて、第 単位胞にある
番目の原子 位置ベクトルを とする を、第 単位胞にある 番目の原
子に移すような対称操作 を考えよう。図 では対称操作として矢印で
示すように 回の螺旋を考えており、 は Æ 回転を、 は基本ベクトルの半
分だけの中途半端な並進を意味している。第 単位胞にある 番目の原子の微
小変位 5 6 に対して対称操作 をほどこすと、第 単位胞にある 番目
の原子の微小変位 5 6 へと変換される 変換された結果である変位に対して
プライム記号を付けておく。後者は 5 6 に回転操作 を行ったものとなるの
は明らかである。したがって
5 6 , 5 6 と書ける。ここで、 は原子の微小変位 5
6 を基底とした場合の回転操作
の表現行列であり、 行 列の行列である 表
の 列目に示してある。微
小変位 5 6 は第 単位胞にある 番目の原子 位置ベクトルを とする の
微小変位 5 6 と波数ベクトル で決まる位相差があるだけである。この位相
差はそれぞれの原子の位置で決まる位相の差で与えられ、一方位相は並進群の
>
r(1)
1
J
r(2)
t0
2
図 0
> r(1)
1
群に属する対称操作 の効果
であるから &98%
の部分
5 6
5 6 &98 5 6 &98 既約表現 の基底が , &98
によってだけ決まるので
%
6
5 6 , 5 6 &98%
,
{> |J }r(1)
2
%
%
となり 、この式を用いれば第 単位胞に移った原子の微小変位を第 単位胞
の相当する原子の微小変位に引き戻すことができる。実際、 式と 式
から
5 6 , 5 6 &98%
5 6 &98%
が得られる。この式には、第 単位胞内の原子の微小変位だけが現れているこ
とに着目すべきである 引き戻しの効果。これまで対称操作として を
考えて来たが、 を並進ベクトル と中途半端な並進 の和として、対称操作
を考えると、 式は
5 6 , 5 6 &98%
5 6 &98%
"
のように一般化できる。
次に同じ対称操作 により、 の位置にある第 単位胞にある 番目
の原子は、第 単位胞の下にある単位胞(図示していない)の 番目の原子に
移るので、同じような考え方で
5 6 , 5 6 &98%
5 6 &98%
"
単位胞にある 番目の原子の位置は なので、この原子が持つ位相因子は である。一方、第 単位胞にある 番目の原子の位置は なので、この原子が
持つ位相因子は となる。したがって、第 単位胞にある 番目の原子
が持つ位相因子に、 を
第
掛けると、第 単位胞にある 番目の原子の持つ位相因子となる。
が得られる。また
を考え、上式を一般化すると
5 6 , 5 6 &98%
5 6 &98%
" が得られる。結局単位胞に つの原子しかない場合には、第 単位胞に含まれ
る つの原子の微小変位 5 6 を基底とした の表現は
5 6 , 5 6
, 5 6
&98%
&98% &98%
5 6
5 6
"
となる。ここで、単位胞を示す添字 は分かりきっているので落とした。 は
行 列の行列なので、この表現は 行 列の行列となる。上式を単位胞に *
個の原子が含まれている場合に拡張すると、単位胞に属する原子の微小変位
5 *
*
* 6 を 5 6 と略記して
5 6 , 5 6
となる。ここで行列 は
"
群の表現であり、その行列要素は
, Æ &98%
,,
5 ,
¼
,6 &98%
"
である。この式で , と , はそれぞれ つの単位胞内の , 番目と , 番目の
原子の位置ベクトルで、Æ は , 番目の原子に対し対称操作 を施した場
合 , 番目の原子に移る場合 並進
は許す となり、その他の原子に移る場合
は となることを表す。また は既約表現行列 の 成分であり、&98 の
項は位相差に起因する項である。
()式と比較せよ。さて、 行列
は、, 行 , 列で指定される場所に位相項 &98 の項 を掛けた 行 列の 行列
があるという形になっており、全体で * 行 * 列の行列になっている。なお、
この行列が表現になっていることの証明は以下にでてくる " 式の証明と類似
しているのでここでは省略する。以上のように、単位胞に属する原子の微小変
位 5 *
*
* 6 を基底として 群の表現行列 を作ることができることが分かった。この表現行列を既約表現に簡約し、そこ
から 群の既約表現の基底を原子の微小変位の 次結合から作ることができ
る。もし、ある つの 群の既約表現に属する原子の微小変位の 次結合 基
底 がただ 個だけであれば、それは基準振動そのものとなる。
群全体を扱うのは大変なので、次のような行列を新たに定義する。
¼
&98%
"
この定義は、
()式を念頭に、 が射線表現(一般に可約)になるであ
ろうことを期待して、作ったものでもある。なお、ここでは既約射線表現であ
"
る()式の記号 ; とは違う記号 を可約射線表現に対して使っ
ている。 行列の要素は(" 式から
, &98%
&98 5 6
,,
,
Ƽ ,,
%
,
"
,
となる。 行列に関係する群元の数は、独立な の数となるので扱いや
すくなる の場合、A、7 、、8 点で 個、 点では 個、F 点では 個だけとなる。この行列の構造は 行列のものと位相 &98 % だけ異なるだけで、やはり * 行 * 列の行列になっている。また行列 は
, &985%
6 "
のような関係を満たしており、射線表現(一般に可約)となっていることが分
かる 証明は 88&$79 を参照のこと。この射線表現の言葉で、 表
現行列に含まれる 群の A 既約表現(表現行列を とする)の数
# を求めるための ! を書き下すと
,
#
$
"
となる(証明は 88&$79 を参照のこと。ここで、$ は独立な の数、また
と は、それぞれ既約射線表現行列 ; &98 % の指標と 行列の指標である。この式は、# が 行列に含まれる A 既約射線表現の数であることをも示している。したがって、
行列を
群の既約表現に簡約するということと、 行列を
既約射線表現に簡約するということは等価であることが分かる。ところで、
は(")式から
,
&98%
5 ,
,6
""
と書ける。 ここで位相項の和は代表元 によって、移動しない原子
, についてだけとる。ただし、単位胞への引き戻しは許す。個々の原子によ
り位相項の値は一般的に異なるので注意する必要がある。一方 は微小変
位 5
6 を基底とした場合の対称操作 に対する表現行列 の指標であり、
表 の -全体Eという欄にまとめてある。
式では、位相差は考えなくて良く、位相項はすべて であったので位相項の和は対称
操作 によって動かない原子の個数 となっていた。
群の群要素 から基本ベクトルで表される並進操作 を除いた対称操作、すなわ
ち並進群 を法として剰余類群 を作ったときの代表元を と書くことにする。
の場合、、 、、 点では 式と(
)式で与えられる 個、 点では(
)式
と(
)式で与えられる 個、 点では(
)式で与えられる 個に相当する。
さらに、 群の A 既約表現に属する原子の微小変位の 次結合 基底 を求
めるためには、射線表現の言葉で書いた射影演算子を用いることになる。この
射影演算子は、それを , 番目の原子の変位に作用させる場合は
1
,
$
;
Æ &98%
¼
5 ,
,6 なる形をとる 証明は 88&$79 を参照のこと。ここで、 は A 既約射線表現
の次元である。位相項の存在に注意すること。
立方晶ペロフスカイト型結晶 の基準振動
立方晶ペロフスカイト型結晶 の一部を取り出すと、図 " のように
立方体の中央に 原子があり、立方体の つの頂点に 原子があり、また つの面心の位置に 原子がある構造をとっている。ただし、単位胞は図 "'
のような 原子と 原子と 、、 と番号をつけた 原子の つだけで構
成されている。空間群は 1 H
であり、中途半端な並進を含まない共型
のものである。実際、この空間群の対称操作は原点を原子 の位置にとれば
とこれに並進操作を加えたものである。
A(- t1 +t3 )
A(- t1 +t2 +t3 )
3(+ t3 )
(+ t3 )
A
4(-t1)
5
t3
A(+ t1 + t3 )
5(+ t2 )
5
B
4
A(- t1 )
4
A
(- t1 +t2 )
3
A(+ t2 )
A
(a)
t1
B
t2
3
A
(b)
図 "0 立方晶ペロフスカイト型結晶 立方晶の !! $ 帯を図 に示す。ここでは F 点における 群の代表元に
よって作られる射線表現 を実際に求め、それを既約射線表現に分け、
そこから基準振動を決めて行く。F 点における 群の代表元は の他に
、 、 、 、 、 、 H の合
計 つの元がある。ただし、対称操作を行うときの原点は原子 ' の位置にとっ
ている。 行列の要素は(" 式であるが、これを再び書くと
, Æ &98%
,,
¼
5 ,
,6
となる。この式で , と , は何番目の原子かを表わすのだが、今の場合 、、
、、 番目の原子の名前が、それぞれ 、、、、 となっている。 , と
, はそれぞれ つの単位胞内の , 番目と , 番目の原子の位置ベクトルで、
Æ は , 番目の原子に対し対称操作 を施した場合 , 番目の原子に移る場
合 となり(単位胞の引き戻しは許す、その他の原子に移る場合は となる
ことを表す。また は原子の微小変位 5
6 を基底とたときの対称操作 の表現行列 の 成分であり、&98 の項(位相項)は位相差に起因する項で
¼
qz
R
L
D
G
S
qx
S
X
T
M
Z
qy
図 0 立方晶の !! $ 帯
ある。 行列は、 行 列のブロックからなり、, 行 , 列で指定されるブ
ロックに位相項を掛けた 行 列の 行列があるという形になっており、全体
では 行 列の行列になっている。 行列の要素をすべて書くと場所
を取るので、行列を書くために必要な情報だけを表 にまとめてある。
Æ の項
表 の第 列に、すなわち と書いてある列に、原子名を記号 、 、
、、 で書いてある。対称操作を施した後、これらの原子が、どの原子位置
に移るかを表 の 列目以降に、やはり 、 、、、 の記号で書いてある。
例えば、 原子は で 原子に移るので(単位胞の引き戻しは許す、表
の 行 列目のブロックに記号 と書いてある。この場合、Æ で言うと、
Æ ,
となり、Æ# , Æ , Æ , Æ , となる。別な例として、 原子は
で、 原子に移るので、表の 行 列目のブロックに記号 と書いてあ
る。この場合、Æ , となり、Æ , Æ# , Æ , Æ , となる。
¼
¼
の項
原子の微小変位 5
6 がどのように変換されるかが分かれば、 は求ま
る。例えば、 の場合、 によって 5
6 は 5
6 へと変換される
ことが表 から読み取れる。表 の 列目にも変換結果である 5
6 が書
かれている。ところで、5
6 , 5
6 であるから、 は
, のように求めることができる。
位相項(&98%
5 ,
,6 の項)
表 0 F 点における の射線表現の簡略表
表 には位相項も書いてある。たとえば、対称操作 に対して 原
子は に移るが、最初の単位胞に引き戻すと元の 原子に移すことがで
きるので、" 式での , の部分は となる。また , は移す前の 原
子の位置であるから となる。結局
&98%
5 6 , &98%
,
5 6
&98 %
なる位相項が必要となる。この結果は表 の 行 列目のブロックの 行目
に書いてある。ついでに、 原子に対称操作 を作用させたときの位相
項を求めておく。対称操作 に対して 原子は に移るが、最初の
単位胞に引き戻すと元の 原子に移すことができるので、" 式での , の
部分は となる。また , は移す前の 原子の位置であるから とな
る。結局、位相項は
&98%
5 6 , &98%
, &98:%
5 : 6
となる。この結果は表 の 行 列目のブロックの 行目に書いてある。 と の場合のように、たとえ同じような対称操作だとしても位相項は、
それぞれの対称操作に対して異なる可能性がある。つまり、すべての対称操作
つづつに対して位相項を計算する必要がある。なお、位相項をすべて計算し
てみれば分かることだが、 と や は垂直なので、結果として、表 に示
した位相項はすべて となる。
ここで、念のため、微小変位 5
6
を基底とた に対する射線表現行列 を書いておくと
となってる。上式で 、 、 は、すべて 行 列の行列であり
, , <
, , である。なお、最後の等式では、 と は垂直なので、 % であること
を使っている。
表 は射線表現を簡略的に表しているのだが、この射線表現を F 点での既
約射線表現で簡約する。K4!&4 の表を探せばこの既約射線表現が載っている
が 、 群は共型であるから、この既約射線表現はある点群と同型になって
いるはずである。代表元を見ればその点群が であることがわかる。表 として、この点群の *%& %'!& を載せておいた。なお、表 では、この
表 にあわせて、すでに代表元の類別を行ってある。
表 0
"
: " ;"
+
"
+ + "
"
" " 点群の )<=)>= ?>
!"#! の表では、まず 群を見つける( ページ)。見つかったら、そこから前の方
に戻り、一番近い $%& '( という表を見つける( ページ)。そこに、 点は (
方向に 点が取られている)と書かれているので、 ページに戻り、 を見ると )* と
なっているので表の *(
ページ)を見ると、それが既約射線表現である。
表 を見ると、原子 、 および はそれ自身の成分で変換しあい、他の原
子に移ることはない。一方、原子 、 は互いに移り変わることが分かる。こ
れらのことを反映して、例えば( )式において、 行 列目、 行 列目、
行 列目の各対角ブロックだけが 行列でなく、 行 列、 行 列の両非対
角ブロックが 行列ではない。射線表現行列を簡約するということは、表現行
列の対角ブロック化を推し進めて行くことである。その観点から言えば、 行
列目、 行 列目、 行 列目、( 行 列、 行 列、 行 列、 行 列の
組)の ブロックが、すでに対角ブロック化されていると判断できる。後は、
これら 対角ブロックをそれぞれ簡約して行けば良いことになる。まずは、
行 列目の対角化ブロックの簡約から始める。そのために、 行 列目の対角
化ブロックの指標を求める。表 から、各類の指標が簡単に分かる。例えば、
の場合、 原子の基底 5
6 は、同原子の 5
6 へ変換されるので、
行 列対角化ブロックは
, となり、指標は となる。また、
( )式の下に書いてあるように
<
の場合、
, 行 列対角化ブロックは
となるので、指標は となる。他の対称操作も同様に指標を計算すると、その
結果は表 のようになる。表 と I !5" 式6 から、表 の指標
を持つ表現行列は、 : なる既約射線表現に簡約できることが分かる。表
現行列の 行 列目、 行 列目の つの対角ブロックも、やはり表 の指標
を持つ表現行列となり、それぞれ : なる既約射線表現に簡約できる。
一方、( 行 列、 行 列、 行 列、 行 列の組)ブロックの基底は
5
6 である。例えば、 の場合、この基底による表現行
列は、表 から
表 0 5
6 を基底とした射線表現の指標
となる。ただし、 と は、ともに 行 列の行列で
, , である。したがって、指標は となる。また、 の場合、( 行 列、
行 列、 行 列、 行 列の組)ブロックは( )式に書いてあるように
,
"
となるので、指標は となる。 の場合は原子 と原子 が移り変わる。
このように、対称操作により原子が移り変わる場合は指標が となる。換言す
れば、指標を求めるためには、関与する原子が動かない(単位胞の引き戻しは
許す)対称操作だけを考えれば良い。他の対称操作も同様に指標を計算する
と、その結果は表 のようになる。表 と I !5" 式6 から、表
の指標を持つ表現行列は、 : : なる既約射線表現に簡約できるこ
とが分かる。
以上の結果を纏めると、 全体では : : : : ,
: : なる既約射線表現に簡約できることが分かる。ここで既約射線
表現 は一度しか出てこないので、その基底は基準振動を与えることになる。
既約射線表現 の基底は 原子と 原子の微小変位であったので、微小変位
を選び、これに射影演算子を作用させると
# 5 6
1
, : : : , となる。これが基準振動である 位相項はすべて になるので簡単に求まる。
この基準振動を図示すると図 のようになり、縦波であることが分かる。一
方、 に属する基準振動は一意的に決まらないが、この表現が恒等表現であ
ることに注意すれば、表 から、この基準振動は : のしかる
べき一次結合となるはずであり、縦波であることが分かる。また残りの に
属する基準振動は のしかるべき一次結合
となるはずであり、横波であることが分かる。
表 0 5
6 を基底とした射線表現の指標
5
q
B
4
3
A
図 0 F 点における 基準振動
微小変位 5
6 をまるごと
基底とした 群の代表元によって作られる射線表現が、どのような既約射線表
現に簡約できるかを知る簡単な方法がある。" 式により表現行列をつくり、
その指標を求め、それをもとに ! でどのような既約表現が含ま
れているかを調べる方法である。"" 式を復習の意味で再び書くと
,
&98%
5 ,
,6
となる。 ここで位相項の和は代表元 によって、移動しない原子 , につ
いてだけとる。ただし、単位胞への引き戻しは許す。個々の原子により位相項
の値は一般的に異なるので注意する必要がある。一方 は微小変位 5
6
を基底とした場合の対称操作 に対する表現行列 の指標であり、表 "
ページ の -全体Eという欄にまとめてある。F 点の基準振動を考える。
式における位相項の和を対称操作 に対する場合に計算してみよう。原
子 と原子 は位置を変えないので位相項はそれぞれ となる。原子 ; は互
いに移り変わるので、位相項の和には寄与しない。また原子 は、隣の単位
胞の に移るので引き戻しを考えなければいけない。しかし、引き戻し
位相項の和
全体
表 "0 微小変位をまるごと基底にとった時の F 点の射線表現行列の指標
式では、位相差は考えなくて良く、位相項はすべて であったので位相項の和は対称
操作 によって動かない原子の個数 となっていた。
の方向が F 点の と垂直になるため、位相項は となる。結局、位相項の和は
となる。他の対称操作にも同様な考え方で、位相項の和を求め、ついで指標
も求めると表 " のようになる。この指標から ! を用いて F 点の
射線表現行列を簡約すると、 : : のようになることが分かる。
"
の構造相転移
は約 , K で高温相の ) ' 相から低温相の &%$! 相へ構
造相転移することが知られている。) ' 相の空間群は 1 H
で &%
$! 相の空間群は 9 である。) ' 相では、前節でとりあげた
型の立方晶ペロフスカイト 8&4(L%& 型構造をとり、&%$! 相で
は図 のような構造をとる。すなわち、 で作られる正八面体が 3 軸回り
に回転しており、上下左右で隣り合う 正八面体の回転方向は互いに逆向
きになっている。見方を変えれば、5
6 方向に垂直な面上では回転の位相が
揃っており、その等位相面の周期は ) ' 相の単位胞の 辺の長さを / とする
と、
軸方向にそれぞれ / となっていることが分かる。そこで、この回
転パターンを波で表現すると、その波数は , /
/
/ となり、結局
の構造相転移は ) ' 相での !! $ 帯の = 点 !! $ 境界 にお
ける基準振動モードがソフト化することで説明できる。図 を参照
歴史的には、+$L と L 7 が >= 実験を行い &%$! 相の空間群が
9 であると結論づけた。56 、この実験事実をもとに、!& @ 等は
= 点の A モードがソフト化することにより &%$! 相への構造相転移が起
こるというモデルを提唱し、このモデルを用いて &%$! 相でのラマン散乱
スペクトルを説明することに成功した。5"6 さらに、*$& と 7 は中性
子散乱実験により = 点の A モードを ) ' 相で直接観測し、このモードがソ
フト化していることを発見し、!& @ のモデルが正しいことを立証した。5 6
ソフトモードが関与する相転移と
は次のようなイメージを持てばよい。
すなわち、高温相におけるある特定の
基準振動モードが温度の低下とともに
その振動数を下げ、ついには振動数が
ゼロとなり、その基準振動モードの振
幅がそのまま凍結してしまうことによ
O
り、低温相が実現されるという変位型
相転移のイメージである。このような
基準振動モードをソフトモードと言
う。振動数が低くなるということは、
Ti
弾性波の場合バネ定数が小さくなる
こと、すなわち物質がやわらかくな
ることを意味するので、ソフト化と
Sr
いう言葉遣いをするわけである。
図 0 の結晶構造
&%$! 相
ラマン散乱、中性子散乱
ここでは !& @ 等の立てたモデルを扱う。 正八面体の 軸回りの回転
が基準振動であるとした時に、= 点のどの既約表現に属する基準振動モードが
ソフト化するのかについて考える。まず、すぐ分かるのは ) ' 相では図 に示した 正八面体の 軸回りの回転の他に、これと全く等価な 軸回り
の回転も 軸回りの回転も考えられる。すなわち関係する基準振動は 重に縮
退しており、その既約表現は 次元表現であるということである。
さて、微小変位 5
6 をま
るごと基底とした 群の代表元によって作られる射線表現の指標を "" 式を利
用して求めよう。+ 点の 群の代表元は 個あり、原点を原子 ' の位置にと
れば である。これらの元を類別し、それぞれの類に
おける射線表現の指標を求めると、表 が得られる 表では K4!&4 の記号の
代わりに *.
$/&( の記号を用い、また並進を表す は省略した。念のため、
位相項の和
全体
"
表 0 微小変位をまるごと基底にとった時の + 点の射線表現行列の指標
位相項の和の求め方を対称操作 についてだけ説明しておく。 に
より原子 、 は互いに移り変わるので、位相項の和には寄与しない。また原子
、 は により全く移動しないので、それぞれ位相項は となる。一方、
原子は に移るので 式で求めたように &98 % なる位相項
が必要となる。今の場合
, /
/
/ /
, であるから、こ
の位相項は
となる。まとめると表 となり、位相項の和は
: : ,
となる。
位相項
表 0 対称操作
による位相項
このようにして得られた射線表現の指標から、射線表現に含まれる既約射線
表現を求める。まず 群は共型であるから、既約射線表現はある点群と同型
になる。代表元からその点群を探すと 群であることがすぐに分かる。 群
の *%& %'!& はすでに表 に示した。この表と I !5" 式6 を
用いることにより、射線表現には : : : : なる既約射線表
現が含まれていると結論できる。
元
位置 方向 位相項 5 6
;;
;;
;;
;; ; ; ; ; ; ;
; ;
元
位置 方向 位相項 5 6
;; ;;
;;
;;
; ;
; ;
; ;
; ; 表 0 5 6 の変換
さて、 次元表現 に属する基準振動モードを求めよう。 式で定義
される射影演算子を用いる。 の表現行列は表 を見ると、軸性ベクトル の変換行列で表すことができる。一方、表 の 列目には単なるベクトルの
変換行列を与えてある。反転操作に対して両者の変換行列の符号は互いに異
なる。そこで、表 の 列目で から までのものは の表現行列とし
てそのまま使えるが、 から までのものは全体の符号を変えて使わねば
ならない。表現 の 番目の基底を 5 6 から作る。表現行列の 行 列目に
注目すると、そこが の対称操作は射影演算子に寄与しないので 5 式で
;
, であるから6、残る対称操作としては表 に示したものだけで
ある。この表には対称操作により 5 6 がどのように変換されるかを、位相項
5 式で Æ &98 % 5 , ,6 の項6 の効果も取り入れて示してあ
る。この表から射影演算子 1 を 5 6 に作用させた結果が
¼
1
5 : : : : : : : 5 6 ,
: : : : : : : : 6
,
: のように求まる。このようにして求めた 基準振動モード : がまさに
図 に示した回転モードと同じであることがわかる。つまり、= 点の 既
約表現に属する 重縮退している基準振動モードの つ いまの場合 番目の
基底となるモード がソフト化すると結論できる。5 6
次に、 基準振動モードの つがソフト化すると、低温相の空間群がどの
ようになるかを考える。低温相では、このモードが凍結して低温相の構造を
決めることになるので、このモードは低温相の空間群に含まれる対称操作に
よって不変でなければいけない。つまり ) ' 相の対称操作のうち 基準
振動モードの つを不変に保つ対称操作だけが低温相の対称操作となるとい
5H 6 5
6 5H 6 5
6 表 0 低温相での対称操作と 基準振動モードを基底とした表現の指標
うことである。 の表現行列の 行 列の値に着目して、以上のことを確
かめてみよう。この値が となるところ あるいは並進を考えたときに とな
り得るところ だけが低温相の対称操作となる。具体的に話を進めよう。たと
である。この行列の 行 列
えば、 に対する表現行列は の値は なので、 は低温相の空間群の対称要素となる。また、
に対する表現行列は である。この行列の 行 列の値は で
ないので、 は低温相の空間群の対称要素とはならない。射線表現だけ
を考えた場合には議論はこれまでであるが、相転移を議論するときには #群
そのものの表現を扱わなければいけない。すなわち、基本並進ベクトルによ
る位相項 5" 式の &98%
6 を念頭におかなければいけない。並進ベクト
ル として基本並進ベクトル 、
、
や : : を考えれば、位相項
として &98 %
,
がかかる。したがって、 は、その 群の
表現行列の 行 列の値が になるので、低温相の空間群の対称要素になる
という結論が得られる。以上のように、) ' 相の対称操作のうち 基準振
動モードの つを不変に保つ対称操作 群の代表元 だけを取り出し、類に
分けると表 のようになる。なお、表 には 基準振動モードを基底と
した表現の指標を書いておいた 位相項 &98 %
,
を忘れないよう
に。次に並進対称性に着目する。
, : 、
, : 、
, : なる並進操作に対して、&98 %
, &98 % , &98 % ,
となるので、低温相は 、
、
なる並進対称性を持っていると言える。こ
れら 、
、
が低温相の新しい単位胞を決めることになる。この並進ベク
トルから結晶格子は体心格子 #$$&$ 3&$%& $ であることが分かる。 と
ころで、表 において中途半端な並進 を伴う対称操作として 、
、
や
: : を考えたが、これらはすべて、
に低温相での(中途半端でな
'+&! でない ,'"!"( 格子をとることが多い。その時、基本並進ベク
相の単位胞
トルとして新たに ¼¼ 、¼¼ 、¼¼ を採用する。すると、-./%
の 辺の長さを として、低温相の ,'"!"( 格子の各辺の長さは相転移点直下で となる。
体心格子の場合は
¼ ¼¼
表 0
!
! ! 0
0 群の )<=)>= ?>
い)並進ベクトルを足し引きしたものになっていることが分かる。たとえば、
, : , となり、並進 は並進群に含めなければならないので、
は で代表されることになる。結局、表 で と書いた所は、すべて とす
べきである。このようにして得られた対称操作に対し、さらに原点を だけ移
動すれば、 、 、 、 、 、 5H 6 、
5
6 、 、 、 、 、 、 5H 6 、
5
6 となる。これらは K4!&4 の の表にのっている代表元と同じ
ものであることが分かり、低温相の空間群が 9 であると結論づけ
られる。
/
Brillouin
Brillouin
/
図 0 !! $ 境界のモードと A 点のモードの関係
さて、 基準振動モードが低温相でどのような既約表現に属する基準振動
になるかを考える。 基準振動モードは高温相では !! $ 境界のモードで
あったが、低温相では !! $ 中心すなわち A 点のモードとなる。図 を見
れば理解できるであろう。したがって、 基準振動モードを基底として作ら
れる表現を簡約するときに、使うべき *%& %'!& は の A 点の 群の
既約表現のものである。 の A 点の 群の既約表現は点群 と同型である
から表 で示した点群 の *%& %'!& を使えばよい。この表と表 と
! から
: なる関係 適合関係 が得られる。つまり、高温相で 重縮退している モー
ドが低温相では縮退の無い モードと 重縮退している モードに分離す
ることが分かる。ここで、!& @ のラマン散乱実験について説明する。単位
胞の 辺の長さをたとえば $ とすれば、!! $ 帯の大きさは、その逆
数 $ となる。一方、光散乱に用いる光の波長は $ 程度であるか
らその波数は、その逆数 $ で与えられる。この波数は、!! $ 帯
の大きさから見れば、ほとんど !! $ 中心 波数が のものと考えても良
いことが分かる。したがって、光散乱で観測されるモードは、ほぼ A 点のモー
ドだけと考えてよい。このことからすぐに分かることは、 の ) ' 相
における !! $ 境界 = 点 の 基準振動モードはラマン散乱実験では測
定できないということである。ところが、&%$! 相ではこの モードが
A 点のモードである モードと モードとに分離する。両モードとも表 によれば両方ともラマン活性モードであるからラマン散乱実験で測定できる。
モードと モードは相転移温度では、&%$! 相での モードとつな
がるので、それらの振動数はやはりゼロとなる。しかし、 モードが凍結し
た位置は低温相での モードと モードの平衡位置となり、温度をさげる
につれ、この平衡位置でまた両モードは振動を始め、その振動数は徐々にゼロ
から回復する。つまり、両モードにハード化が見られるはずである。図 は
!& @ のラマン散乱実験の結果で、まさにこのハード化が観測されている。5"6
さて、中性子散乱実験では !! $ 帯のすべてのモードを観測できるので、当
然 ) ' 相における = 点での 基準振動モードを直接見てみようという気に
なる。図 は *$& と 7 による実験結果で、確かに A モード
が温度の低下とともにソフト化していることが分かる。これにより、!& @ の
モデルが正しいことが立証された。5 6 繰り返すが、!& @ 以来、このモード
は A モード と呼ばれているので十分注意すること。5 6
50
A1g
Phonon Frequency (cm-1)
40
30
20
Eg
10
0
0
20
40 60
80 100 120
Temperature (K)
図 0 &%$! 相における モードと モード
SrTiO3
q [111]
G3
220 K
120 K
5K
30
SrTiO3
8
(1/2,1/2,1/2) G25
Phonon Energy (meV)
Phonon Energy (meV)
1
0.6
20
G 15
(hw)2
6
Calculated Form
4.22
T-108
= 0.0081+
4
10
2
G 25
0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
q (A-1)
1.2
1.4
100
1.6
140
120
160
180
Temperature (K)
200
220
240
図 0 ) ' 相、= 点における モード
自由エネルギー
第2種の相転移を現象論的に扱う際に用いる理論として ?$7 の現象論が
ある。この理論では、まず 7& 8&%& ' を考える。7& 8&%& とは
物質の相転移を特徴づける物理量で、相転移温度 より高温の相ではゼロで、
より低温の相ではゼロでない値を持つものである。ソフトモードが相転移
を引き起こす場合、このモードの振幅の平均値が ' となる。7& 8&%&
が決まったら、次に系の高温相で自由エネルギー ! を考え、それを
!
, !
:
'
:
'
のように ' で展開する。ここで、!
は ' に依らない項である。そして、系の
安定性のため ' の 次の項 を正とし、また ' の 次の項の係数に対して "
を正の定数として
, "
なる温度 依存性を持たせる。この自由エネルギーが最小になるように安定
相が実現するというのが ?$7 の現象論である。実際、 = の場合 ' , で、 > の場合 ' , , となる相が安定になる。
ところで、 式には ' のついて 次と 次の項が含まれていない。この
理由を説明する。7& 8&%& ' が結晶の持つすべての対称操作に対して
不変、つまり ' が恒等表現の基底であると仮定しよう。
すると、' が凍結
しても結晶構造を変えることがないので相転移は起こらないことになってし
まい、' が 7& 8&%& であるということに反してしまう。つまり、7&
8&%& は決して、恒等表現の基底ではないということである。一方、自由
エネルギーは結晶の持つ対称操作に対して不変 恒等表現の基底 であるとい
う要請から、' の 次の項は自由エネルギーに決して含まれないと言える。次
に、自由エネルギーの中に ' の 次の項があると仮定しよう。すると、高温か
ら相転移温度 に近づいたとき、 , となり、高温相であるにもかかわら
ず ' , の相が安定ではなくなってしまう。したがって、' の 次の項は自由
エネルギーに決して含まれてはいけない。これを ( 条件という。
の ) ' 相での自由エネルギーを作ろう。 の場合、ソフトモー
ドは 重に縮退した 既約表現に属するモードである。したがって、その基
底である基準振動モードを N 、N 、N としたとき、これらのうちのどれをも
特別扱いすることはできないので、これらすべてを 7& 8&%& として取
り扱わなければいけない。
先にも述べたが、自由エネルギーは結晶の持つ対称操作に対して不変でな
ければいけない。まず並進対称性から来る制約を考えよう。N 、N 、N のそ
れぞれに、並進操作 を作用させると、 式から分かるように、位相
因子 &98%
が掛かることになる。ただし、ここで は = 点の波数ベクト
ルである。すると、N 、N 、N から作られる奇数次数の積の式 例えば N 、
N 、N N 、N N N など を作って、それに並進操作 を作用させると、
位相因子 &98% の奇数乗が掛かることになる。ところで、 は = 点の波数
ベクトルであり、5&98% 6 , &98% , となるので、位相因子は必ず
&98% という形で残ってしまう。つまり、もし自由エネルギーにこのよう
な奇数次式があれば、並進操作に対して不変ではなくなってしまう。したがっ
て、N 、N 、N から作られる奇数次式は自由エネルギーに含まれない 自動的
に ?$7 条件が満たされていることになる。一方、N 、N 、N から偶数次
数の積の式 例えば N 、N 、N N など を作って、それに並進操作 を作
用させても、位相因子は残らない になる ので、不変である。したがって、
次元表現で、しかも結晶の持つすべての対称操作に対して指標が である
表現のことである。 群の場合 既約表現のことである。
12(3&( 条件も考慮すべきなのだが、ここでは省略している。詳しくは文献 を参照の
こと。
恒等表現とは
並進対称性から来る制約は、N 、N 、N から作られる偶数次式しか自由エネ
ルギーに含まれないということになる。
結晶の持つ対称操作は並進操作ばかりではない、つまり 群の代表元である
対称操作もある。後者に対しても自由エネルギーは不変でなければいけない。
つまり、 群の代表元に対して、 式の ' の 次の項に相当する項は、N 、
N 、N で作られる 次の不変式、' の 次の項に相当する項は、N 、N 、N
で作られる 次の不変式でなければいけない。
まず、 次の不変式を求めよう。N 、N 、N から作られる 次式は N 、N 、
N 、N N 、N N 、N N の つである。これらを基底とした 次元表現(一般
に可約)をつくる。そしてこの表現にどのような既約表現が含まれるかを求め
る。上で示したように、N 、N 、N から作られる偶数次の式は並進対称性に
よって不変であることから、偶数次式から作られる表現は、 点群 群の群
元のうち回転部分だけを集めた、すなわち並進をすべてゼロとした群 の既約
表現で簡約できる。= 点の場合、 点群は 点群である。さて、上で作った
次元表現は 次の対称表現と呼ばれ、その指標 56 $ は
56 $ , 5$ : $ 6
で求まる。5 6 ここで群要素を $ としたときに、$ は $$ の指標であり、また
$ は $ の指標である。既約表現 について 56 $ を求めると、表 のよう
になる。表 と表 と ! を用いると、対称表現が : : のように簡約できる。また射影演算子を用いると、 、 、 の基底をそ
れぞれ / 、< < 、( ( ( とすると
/
, N : N : N
< < , N : N N N N ( ( ( , N N N N N N のようになることが分かる。ここで 既約表現だけが全対称既約表現であ
り、その基底は不変式になる。したがって、 次の不変式は
N : N : N だけとなる。係数 1 は、N 、N 、N のいずれかで微分した時に、係数が
になるように書いているだけで本質的なものではない。以後、自由エネルギー
にでてくる数係数も同じような意味で入れている。
56 $ 表 0 既約表現 から作られる対称表現の指標
対称表現
5 6
5 6
5 6
恒等表現の基底
/ < : < ( : ( : ( 不変式
N : N : N N : N : N N N
N N : N N : N N
N N NN 表 0 N の 次式から作られる恒等表現の基底
次に 次の不変式を求めよう。 次の項は、 次の項と 次の項を掛けたも
のから作られる。したがって、 次の不変式は、上で求めた 、 、 既
約表現の各々において、その基底から作られる対称表現に含まれる恒等表現の
基底として得られる。具体的に求めてみよう。 、 、 既約表現の各々
の既約表現の基底から作られる対称表現 一般に可約 の基底は、 の場合
は / 、 の場合は < 、< < 、< 、 の場合は ( 、( 、( 、
( ( 、( ( 、( ( である。そして、それぞれの基底から射影演算子を
用いて恒等表現 の基底を作ると表 のようになる。この表における / 、
< : < 、( : ( : ( の適当な 次結合が 次の不変式になるが、
、 を定数として、
N : N : N :
N N : N N : N N のようにまとめることができる。結局自由エネルギーは
!
, !
:
N : N : N :
N : N : N :
N N : N N : N N "
となる。この自由エネルギーで が正の時、 > では N 、N 、N のいず
れか つだけが でなくなり、自発変位 N
N , ,
が発生する。つまり、 の相転移を良く説明できていることが分かる。
さて、7& 8&%& と他の物理量との結合を考える必要性に迫られるこ
とがある。たとえば、!! $ 散乱では音響フォノンを観測するのだが、相
転移に伴って音響フォノンに異常が見られることがある。第一に考えるのは、
7& 8&%& と音響フォノンを特徴づける歪 6
が結合しているために異
常が現れているのではないだろうかということである。それを確かめるために
は、7& 8&%& と歪 6
の結合を考慮して自由エネルギーをつくらねばな
らない。ところで、歪 6
は 回のテンソルであるから、対称操作により分極
率 "
と同じ変換を受ける。そして、表 から分極率が 、 、 既約表現
の基底となっていることが分かる。ぞれぞれの既約表現の基底をそれぞれ / 、
< < 、( ( ( とし、"
を 6
と読みかえると
/
,
6
: 6 : 6
"
対称表現 恒等表現の基底
5 6
/ 5 6
< : < 5 6
( : ( : ( 不変式
N : N : N 6 : 6 : 6 N 6 : N 6 : N 6
N N 6 N N 6 N N 6 N N 6 : N N 6 : N N 6
表 0 N の 次式と 6
の 次式から作られる恒等表現の基底
< < , 6 : 6 6 6 6 ( ( ( , 6 6 6 が得られる。ところで、 、 、 既約表現というのは、N 、N 、N から
作られる 次の対称表現に含まれている既約表現と全く同じことに気が付く。
このことから、7& 8&%& の 次の不変式を作ったのと全く同じ要領で、
式と 式を用いて、N の 次式と 6
の 次式から作られる恒等表
現の基底を求めることができる。結果を表 に示す。この表における / 、
< : < 、( : ( : ( の適当な 次結合が 次の不変式になるが、
、 、 を定数として、
:
:
N 6 : N 6 : N 6 N 6 : 6 : N 6 : 6 : N 6 : 6 N N 6 : N N 6 : N N 6 のようにまとめることができる。同様に 6
の 次式を基底として対称表現
に含まれる 既約表現の基底を、 式を用いて求めると表 のようにな
る。この表における / 、< : < 、( : ( : ( の適当な 次結
合が 次の不変式になるが、 、 、 を定数として
:
: 6 : 6 : 6 6 : 6 6 : 6 6 : 6 : 6 6
6
のようにまとめることができる。結局、歪まで考慮した自由エネルギーは 式に、 式と 式を加えたものとなる。5 6
対称表現
5 6
5 6
5 6
恒等表現の基底
不変式
/ 6 : 6 : 6 < : < 6 : 6 : 6
( : ( : ( 6 : 6 : 6
表 0
6
6 6
6 6
の 次式から作られる恒等表現の基底
"
6 6
が射線表現であることの証明
行列 が
, &985% 6
のような関係を満たしており、射線表現となっていることを証明する。このた
めには、
&98%
5 6 &98 5 , &985 6 &98 5 ,
,
%
% ,
%
,
, 6
,6
を証明すれば良い。これは
&98%
,
,
,
,
,
,
,
,
,
5 6 &98 5 6
&985 6 &985 6 &985 6 &985 6
&985 6 &985 6 &985 6 &985 6
&98 5 6 &98 5 6 &985 6
&985 6 &985 &985 6 &985 6
&98 5 6 &98 5 6
&985 : 6 &98 5 6
&98 &98 5 6
&98 &98 5 6
&985 6 &98 5 6
,
,
%
,
%
%
,
%
% %
%
%
,
,
%
%
,
,
%
%
,
,
%
%
,
,
% %
,
%
%
%
,
,
,
,
%
%
%
%
,
,
,
,
,
,
%
,
,
%
,
,
,
%
,
,
,
のようにして証明される。ただし、ここで逆格子ベクトル として ,
を満たすものを、また基本並進ベクトル として , , ,
: を満たすものを取る(図 参照)。また は並進ベクトル と中途半端
な並進 に分けて考えている。
群における ()式に基づき、 !
,
#
行列を
$.
群の A 既約表現に分けるためには
を用いればよい。ここで、# は 行列に含まれる A 既約表現の数、$
は並進群 を法として剰余類群 を作ったときの代表元 の数(
ページの脚注を見よ:$. は群元の数となる)であり、また と
は、それぞれ A 既約表現行列 の指標と 行列の指標である。ところで、対称操作 は、適当な並進ベクトル (独
立なものは . 個ある)を用いると、 と書けるので、
, &98%
,
&98: %
となる。したがって
, . となり、
#
,
$
"
が得られる。これを
#
,
$
&98:%
&98 %
と書き直し、斜線表現行列の定義式
&98%
, &98%
を用いれば、結局
#
,
$
を得る。ここで、 と は、それぞれ既約射線表現行列 ; &98 % の指標と 行列の指標である。なお、代表
元 の数と独立な回転操作 の数は同じなので、$ を独立な回転操作 の
数と読み替えることができる。
群における射影演算子
()式に基づき、 群の A 既約表現に属する原子の微小変位の
既約表現の基底 を求めるための射影演算子を考えると
,
1
$.
次結合
となる。ここで、 は A 既約表現の次元である。前ページでの議論と同じで、
対称操作 は、適当な並進ベクトル (独立なものは . 個ある)を用い
ると、 と書けるので、
, &98%
, &98: %
となる。したがって、
, . となり、
,
1
$
が得られる。これを、前ページと同じような議論のもと
,
1
$
&98:%
&98 %
と書き直し、斜線表現行列の定義式を用いれば、結局
,
1
$
;
&98%
"
を得る。ところで、射影演算子を , 番目の原子の変位に作用させる場合は、
(")
式を用いて変形した
1
,
$
;
Æ &98%
¼
を用いることになる。
5 ,
,6 表現の基底を横ベクトルで表記する理由
原子変位を基底とする対称操作の表現において、原子変位を横ベクトルで表現
した理由を説明する。
密度関数 ? に対して、回転操作を行った場合に、結果として得られる関
数 ? が ? とどの様な関係があるかについて調べる。下図は、回転操作と
して を取った場合を表しており、左側の図が回転操作を行う前、右側の図
が回転操作を行った後の様子を表している。図中の楕円は、回転の様子を示す
もので、その他の意味はない。
z
z
C4x
r
y
y
a
ρ(r)
r
a
ρ(r)
図 0 関数の回転
いま、? 上の一点に着目して、その位置ベクトルを とする。この位置ベ
クトルを で回転させたところ、位置ベクトル となったとする。 におけ
る ? の値と、 における ? の値は同じであるから、
, ?
?
となる。ここで、 に対する回転演算子を として、
, と書くと、 の逆演算子を として
, ?
?
となる。2番目の等式 ?
をとると、
, ? , ? に着目して、両辺の からダッシュ
, ? ?
となる。これが、関数 ? に対して、回転操作を行った場合に、結果として
得られる関数 ? の形である。
ここで、ベクトルを縦ベクトルで、また回転演算子を3行3列の行列で表現
すると、( )式は
, となる。ここで、、 、 は、それぞれ の 、 、 成分を、 、 、 は、そ
れぞれ の 、 、 成分を表しており、また 56 は の表現行列(成分を書
くのを省略している)を表している。回転操作 の場合
, , ? となる。以上の表現を用いると( )式は
? となる。ここで、5 6 は 56 の逆行列である。さて次に、ベクトルを横ベク
トルで表現しよう。縦ベクトルと横ベクトルとは互いに転置の関係
5
6 , にあるので、( )式は
? 5
6
, ? , ?
5
6 , ? 5
6 "
と書ける。最後の等式には、 が直交変換であること、すなわち、5 6 , 5 6
であることを用いた。( )式と( ")式を比べると、座標変換の場合には
縦ベクトルを用い、関数変換の場合には横ベクトルを用いると、両変換で同じ
変換行列 56 を使うことができることが分かる。
さて、原子の平行位置から変位したという状態は、密度関数によって表すこ
とができる。例えば、平行位置を原点として、1つの原子が 軸方向に / だけ
変位している状態(図1の黒丸に着目)を、密度関数で表すと
, Æ Æ /Æ ?
となる。これに回転操作 を行うと、( ")式より
? 5
6
, ? 5
6 ,
5
6
?
となる。したがって、
, Æ Æ /Æ , Æ Æ Æ /
?
となり、確かに 軸方向に / だけ変位した原子状態が、回転 で、 軸方向
に / だけ変位した原子状態に変わったことが読みとれる。したがって、5
6
から 5
6 への変数変換
5
6 , 5
6 を、5
6 なる変位が 5
き、一般的に
6 なる変位に変換されたと読み代えることがで
5
6 なる式で変位に対する回転操作を表現することが出来ることが知れる。留意す
べきことは、変位 5
6 を基底とし、それを横ベクトルで表したときの回転
操作に対する表現行列が、位置ベクトルを縦ベクトルで表したときの、位置ベ
クトルに対する回転操作を表した行列と同じになると言うことである。( )
式と( )式を見ると両者とも 56 となっている。これが、変位 5
6 を基
底とし、それを横ベクトルで表すことの利点である。もちろん、原子変位を縦
ベクトルで表現して表現行列を作っても良いが、そのときは、その表現行列の
逆行列を求めなければ、位置ベクトルに対する回転操作に相当する行列が得ら
れないという欠点がある。
独立な一次結合の取り方
独立な一次結合の取り方には任意性があるが、ここでは、 、 、 が互い
に一次独立であることを考慮して、これらを軸とした直交座標系を考える。直
交座標系を採用するのは、単に簡単だからということである。この直交座標系
のベクトルとして、 、 、 の一次結合を表すことにする。つまり、/
0
9
を実数として、/ : 0 : 9 を /
0
9 成分を持つベクトルと考える。例え
ば、 : : は 成分を持つベクトルと解釈する。 : : とは
独立な つの一次結合は、 ベクトルに独立な つのベクトルから求ま
る。簡単のため、 成分を持つベクトルと直交する第 のベクトルを考
え、これら つのベクトルによって作られる平面に垂直な第 のベクトルを考
える。これら第 と第 のベクトルに相当する 、 、 の一次結合が求め
るものとなる。 成分を持つベクトルに直交するベクトルと言っても任
意性がある。そこで、慣習であるが、第 のベクトルを 、 平面内にある
成分を持つベクトルする。この第 のベクトルが、 成分を持
つベクトルと直交することは内積をとれば分かる。そして、 成分を持
つベクトルと、この第 のベクトルとによって張られる平面に垂直な第 のベ
クトルを考える。この第 のベクトルは、外積を使うと 成分を持つ
ベクトルであることが分かる。結局、 : : に独立な一次結合は、 と : とにとれる。なお、/ : 0 : 9 がベクトル空間を張るこ
との証明は各自で行うこと。
点群の既約表現の命名規則
次元既約表現の名前には とか 、 次元既約表現には 、 次元既約表
現には (! とすることもある)なる英文字が使用される。 次元既約表現の
場合、次のような命名規則がある 。
規則1:
主軸回りの回転 も主軸回りの回転鏡映 もない場合、すべての表現
を「」とする 。
主軸回りの回転 や主軸回りの回転鏡映 がある場合、以下のように
「」と「 」とを決める。
も もない場合:主軸回りの回転( )あるいは主軸回りの回転
鏡映( )で、 が一番大きいものに対して対称ならば「」、反対
称ならば「 」とする 。
'
か がある場合:主軸回りの回転( )で、 が一番大きいもの
に対して対称ならば「」、反対称ならば「 」とする 。
例外:主軸の決め方に任意性が有る場合、すなわち、 、 、立
方晶( 、 、 、 、 )の場合は、 つの互いに垂直な 回軸、
すべてに対して対称なとき「」とし、 つの互いに垂直な 回軸
のうち つに対して反対称なとき「 」とする。
規則 :
主軸に垂直な 回軸がある場合:この対称操作に対して対称なとき添え
字「 」を付け、反対称なとき添え字「」を付ける。
主軸に垂直な 回軸がない場合: があれば、これに対して対称なとき
添え字「 」を付け、反対称なとき添え字「」を付ける。
例外: 、 の場合、主軸の決め方が 通りあるので「 」表現が つ
ある。これらをそれぞれ「 」、「 」、「 」とする。
一意的に命名できる規則が載っている文献が見つからなかった。そこで、独自性を加味
6#"%780 0 8"+(%3 $'#"9(9(##(3"2&0 1790 4'+": $ #5 $; <;1 ;; *
して一意的に命名できる規則を作ってみた。なお、文献検索は 45
5 ** ページを参照)まで遡った。作成した命名規則の中の「例外」と書いた部分は、こ
の文献に従っている。
主軸とは、回転( )で、" が一番大きいものを持つ軸のことを意味する。-3"'"%&'
"/# では、主軸を 軸としている。ただし、単斜晶の場合は主軸を 軸としている。
が選択された場合、回転操作は のように、 から生成されているので、回転操作
の対称性では「」と「 」の区別はできない。
このとき、 があれば、それは( と )か( と )で生成されている。 や の
対称性で「」と「 」の区別をしないので(規則 、 で区別する)、 の対称性での「」
と「 」の区別はしない。
規則 :
対称操作 がある場合、 に対して対称ならば添え字「」を、反対称な
らば添え字「 」を付ける。
規則 :
規則 、、 で区別が付かない表現がある場合、 に対して対称なとき
プライム「 」を、反対称なときダブルプライム「 」を付ける
"
設問に対する解答
問1:可能性があるすべての回転対称操作を列挙すれば、
,
, 、 , , 、 , 、 , , 、 , , 、 , 、 , , 、 , , 、 , , 、 , , 、 , 、 , となる。これらの中から独立なものだけを取り出すと、 、 、 、 、
、 、 、 の8個となる。
6 方向の : Æ 回転である。ところで、 分子において、
問2: は、5
、 、 、 、 、 が等価なので、5
6、5H 6、5 H 6、5 H6、5HH 6、5 HH6、
5H H6、5HHH6 の つの方向が等価となる。したがって、それぞれの方向を軸と
した : Æ 回転は等価になる。そして、類に含まれる元の数は8個となる。注
意すべきことは、例えば、5HHH6 の方向を軸とした : Æ 回転であるが、これ
は5
6 方向の Æ 回転でもあるので と書ける点にある。
問3:回転鏡映はすべて回反で書かれるので、まず、独立な回反を列挙する。
独立な回転は問1で求めたので、それらに反転 を作用させたものが、独立な
回反となる。 、 、 、 、 、 、 、 である。これら
を回転鏡映で書けば、それぞれ、 , 、 , 、 , 、 , 、
, 、 , 、 , 、 , となる。結局、独立な回転
鏡映は、 、 、 、 、 、 、 、 の8個となる。
問4:
5
: : : 6
, 5
6
"
問5: : : : : 合計
"
問6:
1
5
6 ,
,
5 : : : : : 5 6
5 : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : 6
,
: : したがって、 : : が求める基底となる。
問7:
.
全体
並進
回転
分子内振動
ここでは、分子内振動に対する指標から ! を用いて 既約
表現が何個含まれているかを計算する。
##
,
5 : : : : : : : : : 6 ,
既約表現以外の個数も同様に計算することができて、 、 、 、
既約表現も、それぞれ1個づつ含まれていることがわかる。
"
ここで、 既約表現が 個だけなので、5
の基底を求めると
#
5
1
6 ,
,
6 から射影演算子を用いて、そ
5 : : : : : : 5 6 : 5 H6 : : : : : : : : H65 6
:
5
: :
: 6 , 5
: : :
: 6
となる。これは、図 の モードに相当する(位相は逆)。 、 、 、
モードも同様に求めることができる。
問8: の )*%& '!& を見ると、( )が基底となっている モード
が赤外活性モードであり、"
が基底になっている 、 、 、 モード
がラマン活性モードである。 モードをラマン散乱で観測したい場合、(入
射光の偏光、散乱光の偏光)の組で言うと、;、 ; 、 ; とすれば良い。
しかし、 モードは ;、 ; の場合に観測されるので、 モードだけ
を観測したい場合には ; に限る。 モードだけを観測することはできな
い。というのは、。 モードを観測するためには、;、 ; としなければ
いけないが、これらの組では、 モードも同時に観測されてしまうからであ
る。一方、 モードは(; )あるいは( ;)で観測すれば、このモードだけ
が観測できる。また、 モードは、( ; )あるいは( ;)で観測すれば、こ
のモードだけが観測できる。
問9:
()式は
;
; , &985% 6
;
である。
()式の左辺は
1. , で , の場合:
M M
; ,
;
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%
%
%
,
となる。また、 が , に伴う並進なので, となる(
意すると、()式の右辺は
&985% 6M ;
, &985%
, &98% 6
, &985%
,
"
)ことに注
6M , &985% 6
;
となる。
()式の左辺は
2. , で , の場合:
M M
; ,
;
%
%
%
%
,
となる。また、 が , に伴う並進なので, となる(
意すると、()式の右辺は
&985%
6M
;
,
となる。
"
M ;
,
)ことに注
!" ! #"$ における の対称操作
図 で @&%@ 8&%$( と書かれた箇所にある から までの合
計 個が対称操作である。以下、これらの対称操作について説明する。なお、
結晶の 、、 軸方向に、それぞれ 、 、 軸を持つ座標系を考える。、 、
の値は、それぞれ、、、 の長さを単位とした座標値とする。また、、、
軸方向の基本並進ベクトルを、それぞれ、
、
、
とする。
何もしない対称操作であり、 とも書ける。
最初に出てくる でない数字は回転を意味し、数字自体は回転角を表してい
る。「」は 「」, Æ 回転を意味する。また、
のように英数字が つ並んでいる場合は、点(作用点)や直線(回転軸)や平面(鏡映面)を表し
ている。
は、変数 が任意の値をとるので、 軸に平行で , 、 , を通る直線を意味する。この直線で回転軸を表す。
本対称操作は 軸回りの 回の回転操作であり、 とも書ける。図 では、記号 で示されている。
「」は 「」, "Æ 回転を意味し、その添え字「:」は反時計回りを意味
する。括弧で囲まれた つの数字の組 は並進を意味している。つまり、
本対称操作には、 方向の基本並進ベクトルの半分(
)だけの並進が伴う。
最後の は、 での説明で分かるように、 軸に平行で , 、 , を通
る直線を意味し、回転軸を表す。なお、並進の方向は回転軸方向となっている。
本対称操作は 軸反時計回りの 回の螺旋操作であり、 とも書け
る。図 では、記号 で示されている。
「」の添え字「」は時計回りを意味する。それ以外は、 と同じである。
本対称操作は 軸時計回りの 回螺旋操作であり、 とも書ける。
図 では、記号 で示されている。
Æ
軸に平行で ,
、 , を通る直線の回りに、 回転したのち、
だけ並進させる対称操作である。
本対称操作は 軸回りの 回の螺旋操作であり、 とも書ける。図
では、記号 41
等で示されている(矢印の先の は , を意味する)。
"
Æ
軸に平行で ,
、 , を通る直線回りに、 回転したのち、軸方向
に並進ベクトルの半分 だけ並進させる対称操作である。
本対称操作は 軸回りの 回の螺旋操作であり、 とも書ける。図
1
4
では、記号 等で示されている(矢印の先の は ,
を意味する)。
のように括弧で括られた箇所がないので中途半端な並進はない。
は、回転軸の位置であり、変数 は任意の値をとるので、 , の平面上にあ
る対角線 5 6 を表している。
本対称操作は 5 6 周りの 回の回転操作であり、 5 6 とも書ける。
図では、記号
等で示されている。
H
と同じく 回の回転操作である。ただし、回転軸は、 とは異なり、 , の平面上にある対角線 5 H6 である。
本対称操作は 5 H6 周りの 回の回転操作であり、 5 H6 あるいは 5H 6
と書ける。図では、記号
等で示されている。
" H は何もしない対称操作であるが、 の上にバーが付いている。これは、反
転を意味する。;; は点を与え、反転の作用点を意味している。
本対称操作は反転操作であり、 とも書ける。図では、記号 Æ で示され
ている。
は鏡映を意味する。
は、変数 と が任意な値を取るので、 , の高さにある 平面を表わす。この平面が鏡映面となる。
本対称操作は鏡映操作であり、 とも書ける。図では、記号
で示
されている。
H 「」の上のバーは反転を意味するので、H
は反時計回りの 回の回反を意
味する。また、 で区切られた と とは、それぞれ、 軸に平行で
,
、 , を通る直線と点を表している。前者は回反軸で、後者は反転の
作用点である。
本対称操作は回反操作であり、 とも書ける。
"
H で区切られた と とは、それぞれ、「 軸に平行で , 、 , を通る直線」と「点」を表している。前者は回反軸で、後者は反転の作用点で
ある。
本対称操作は回反操作であり、 とも書ける。
は グライド操作を意味している。 は括弧で囲まれているので並
進を表しており、
: の値を持つ。
は、変数 と は任意の値を
とるので、 , にある 平面( 面)を表している。この平面が鏡映面で
ある。
本対称操作は鏡映を取って対角方向へ並進させる操作なので、 グライド操
作と呼ばれる。 : とも書ける。図では、記号 で示されている。
並進 : を伴う グライド操作である。鏡映面は、 , にある 平面( 面)である、
本対称操作は : とも書ける。図では、記号
で示されて
いる。
H
H
は、変数 と は任意の値をとるので、原点を通る H 面を表す。
本対称操作は原点を通る H 面を鏡映面とする鏡映操作で、 H 、
あるいは H とも書ける。図では、記号
で示されている。
本対称操作は原点を通る 面を鏡映面とする鏡映操作で、 も書ける。図では、記号
で示されている。
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Ì
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$
$ $
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$ $ $ $ $ 参考文献
5 6 渡辺宏 格子振動と群論( 回シリーズ 固体物理 ; "
56 犬井鉄郎、田辺行人、小野寺嘉孝 応用群論 裳華房
56 >7%&7 '@ *& <*$
J =&7&! C '!(*$ )8$@; "
56 O K4!&4 27$
$7 &*; &$& C '!(*&(; " K4!&4 の表を使うときには、
このテキストでの を と読み替えること。また、この文献では @
&8&(&$%%$ のことを !7&7 &8&(&$%%$ と呼んでいる。
56 < %L&( $7 J <*
!"! # $% &'(
))$ % !;
P!7 &$%Q " この
文献には、空間群の部分群も載っているので、相転移を扱うときには重宝
する。
56 !' )@(%!!8* &4& *%%8011RRR@(%&* &( 56 . 7 7$ $7 < O(L =&4 7 C*@( ;
"
56 < +$L $7 L 7 S C*@( S8$ ; "
5"6 C !& @; K %% $7 S P!L C*@( =&4 ?&%%&( ; "
5 6 2 *$& $7 7 C*@( =&4 ; ""
5 6 !! $ 境界の基準振動を考える場合、対称操作を作用させるときにど
こを原点に選んだかをきちんと断っておかねばならない。この解説では原
子 のところに原点を選んでいるが、!& @ の論文などでは原子 のと
ころに原点を選んでいる。原点移動に関することは文献 56 の " ページ
を見ると良い。原子 のところに原点を移すと、各表現の添字の と が
入れ替わり、&7& 表現と $&7& 表現が入れ替わることが分かる。し
たがって、!& @ の論文では でなく A モードとか ! モードと
も呼ばれている と書かれている。
5 6 2 ?@ '(L $ C$%$ T % &4&(; "
5 6 C&%(( C*@( %% ! ' ; " " C&