健 康 格 差 社 会 大 山 康 彦

コラム
No.161
健康格差社会
二〇一五年九月三十日
大山 康彦
今春、標記テーマについて近藤克則氏(千葉
大医学部教授)の講演を聞く機会を得ました。
氏は、社会格差が健康の格差を生むという主張
の 日 本に お ける 代表 的 研究 者で も あり ます 。
元々臨床医(リハビリテーション医)としてス
タートし、その後、公衆衛生に転じたそうです
が、臨床を経験してきたことが、氏の主張を説
得力のあるものとしている印象を強く受けまし
た。
我が国において社会格差が拡大していること
はさまざまに論じられていますが、社会経済的
因子による「健康における不平等」ということ
に つ いて は 、こ れま で ほと んど 指 摘す る実 証
データがなかったため見えにくかっただけで、
実際にはあるのではないかということで近藤氏
は実証研究を始めたそうです。氏は新学術領域
研究で社会科学と健康科学の他分野の研究者と
協力し、日本国内の健康格差社会の実態とメカ
ニズムを五年にわたり調査し、分析作業から格
差が比較的小さいといわれた我が国でも、近年
「健康の社会格差」があることを明確に実証し
たのです。全国規模の膨大な統計学的資料から
断片的ではありますが、そのいくつかを紹介し
たいと思います。
以下、画期的研究の興味ある知見を列挙して
みます。
・ 教育年数が短い人は、教育年数が長い人よ
り死亡リスクが約一・五倍高く、所得が少
ない人は、所得が多い人より死亡リスクが
二倍近く高い。
・ うつに関するデータでは、最低所得者層と
最高所得者層の間では、女性で四・一倍、
男性で六・九倍、貧しいものにうつ傾向が
多くみられ、要介護高齢者のうつの割合は、
最低所得者層は最高所得者層の約5倍であ
る。
私は専門柄次の事例に注目いたしました。同
時に近藤氏は発育期の運動の重要性・必要性に
ついて言及されていました。
・ 六十五歳過ぎてからのうつ発症については、
幼児期から児童期における「運動遊び」の
経験の有無が大きく影響している。すなわ
ち経験が少ないほどうつ発症の確率が高い。
・ 経済的豊かさと幸福感の間にはほとんど相
関がなく、むしろ失業やインフレ、経済状
態などの方が影響が大きい。
・ 職業階層による健康格差については、事務
職の人は管理職の人よりも、主観的健康度
が約二・六倍悪い。
・ 雇用形態や企業規模とストレスとの関連か
らは、男性ではパートタイマー、女性では
派遣・契約社員が最も高い割合で心理的ス
トレスを感じている。
・ 仕事のストレスと脳卒中発症リスクについ
ては、ストレスが小さい男性に比べ、スト
レスが大きい男性は、脳卒中リスクが約三
倍高く、仕事のストレスが大きい女性管理
職は、脳卒中のリスクが約五倍高い。
・ 家計支出が多いほど、総エネルギー、脂質、
タンパク質、炭水化物、カルシウム、ビタ
ミン、食物繊維などを多くとっており、栄
養摂取が良好である。一方、女性では、家
計支出が少なくなるほど、心臓病や脳卒中
などの循環器疾患のリスク要因を持つ人の
割合が高い。
・ 人間関係に関しては、友達との交流が少な
い人は死亡リスクが高い。
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http://www.icc.ac.jp/doee/
教員コラム
文学部児童教育学科HP
茨城キリスト教大学
IC-DoEE
・ 社会階層が高い人ほど、健康に良い行動を
んだ研究成果を提示しています。
メージからどのようにして自分や大切な人の健
とる。
・ 所得格差の大きい都道府県ほど、健康観、
康を守れるのか、という疑問と不安を正直抱き
これらの知見からは、健康格差社会によるダ
幸福感が低い。これは格差が大きいほど、
ました。
て、不公平を受け入れています。しかし、健康
がありますが、私たちはやむを得ないこととし
す。社会には恵まれている人・いない人の格差
外の要因が、学歴や職業、所得に影響を与えま
私たちは経験から知っています。本人の努力以
庭や地域などの環境で人生が左右されることを、
人生は公平ではありません。生まれ育った家
責任で片付けないこと。
・ 「健康を損なったのは自分が悪い」と自己
にする」
・ 「地域や職場のコミュニティーの絆を大切
・ 「健康に悪い習慣を改める』
・ 「人間関係を豊かにする」
・ 「ストレスと上手に付き合う」
てみました。
て発せられているのでは、と自分なりに推考し
講演内容からは次のキーワードが対応策とし
ではどうしたらいいのでしょうか?
他人との間に感じる差も大きくなり、スト
レスが強くなることが一因になっている。
・ 劣等感(相対的剥奪感)や地域の絆(ソー
シャル・キャピタル)、胎児期、子供時代の
環境なども、新たな健康格差の要因と考え
られる。
他人と比べて自分は豊かでないという劣等感
(相対的剥奪感)は現実に健康をむしばむ可能
性がある。
・ ソーシャル・キャピタル 社(会関係資本 、)す
なわちコミュニティーの信頼感や結束力、
協調性などが豊かな地域では、主観的健康
観が良好で、死亡率や精神病の有病率、犯
罪率が低い。反対に格差の大きい社会では、
相対的剥奪感にさいなまされ、信頼感が低
下しソーシャル・キャピタルが損なわれ、
社会階層に関わらず高階層の人々の健康も
危機にさらされることになる。
・ 特に、信頼感が薄い地域では、女性の高齢
者は要介護になりやすい。
等々枚挙にいとまがないほど多くの示唆に富
にも格差が生じていることが明らかになってい
ます。生まれた家庭や就いた職業によって、病
気のリスクや寿命にも格差が生じているのです。
※ 引用資料
平成26年度全国大学体育連合総会
特別講演「健康格差社会の現状と是正
に向けた大学体育への期待」近藤克則
(千葉大医学部教授 }平成27年3月
26日(慶應義塾大学日吉校舎)講演
配布資料
(おおやま・やすひこ)
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