寒田神社(さむたじんじゃ) 延長5年(927)の国で作成した「延喜式神名帳

寒田神社(さむたじんじゃ)
延長5年(927)の国で作成した「延喜式神名帳」
(えんぎしきしんめいちょう)に相模の
国、十三座の内の小十二座の内の一つに「足柄上郡一座小寒田神社」(あしのかみごうりい
ちざしょうさむたのかみのやしろ)と書かれ、式内社(しきないしゃ)といわれる歴史の古
い神社です。江戸時代に神田明神社と言われたことから、かんだ神社と言われたりします。
神社の森は大木が林立していますがその中で「いちい樫の木」は県の名木100選に選ばれ、
樹齢500年とも言われるご神木です。東海道の開発前は箱根超えの旅人は足柄峠を越えた
ことから、旅の安全祈願をされたものと思われます。
建久4年源頼朝の富士のまき狩には年々十石社納の令旨
嘉永三年には徳川家光から百五十石の朱印をもらいましたが、承応三年の洪水により宝蔵
庫、朱印地、朱印状、宝物など流失してしまいました。昭和五十四年に現在の社殿がコンク
リートで新築されました。