平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅱ 論文題目 シクロデキストリンを用いた芳香族化合物との包接化合物の 形成 Formation of inclusion complexs between cyclodextrins and aromatic compounds 薬剤学研究室 6 年 07P173 神田 啓資 (指導教員:飯村 菜穂子) 要 旨 今日までに様々な薬剤が開発され、薬剤の中には溶解性の悪いもの、分解されやすく不 安定なものなどがある。卒論Ⅰでは薬剤の有用性を高めるためや安定化を図るために用い る乳化剤について調査してきた。 製剤開発では薬剤の安定化に対する研究に時間が注がれている。例えば、カプセルで 包むなどの剤形の工夫、薬剤に修飾基を施すプロドラッグ化、新たな成分を加えて複合体 を形成させるなどの方法があげられる。これらの技術のうち、複合体形成に関する研究は最 近の製薬において注目度も高くその実用化も非常に進んでいる。そしてこの複合体形成に は酵素反応のような“鍵(ゲスト分子)と鍵穴(ホスト分子)”の概念が関与している。複合体を 形成するホスト分子の代表的なものにシクロデキストリンのような有機系単環状構造分子が ある。 卒論Ⅱでは有機系単環状構造分子と比較的酸化されやすい薬物との分子複合体形成 について詳細に検討した。その結果、有機系単環状構造分子と芳香族化合物の複合体を 得ることができた。X 線結晶構造解析に適当な良質な結晶を得るまでには至らなかったが、 シクロデキストリンと薬物の複合体形成に成功したことでわずかながら製剤開発に貢献でき たと考えている。 キーワード 1. ホスト化合物 2. ゲスト化合物 3. ホスト・ゲストケミストリー 4. 包接化合物 5. 有機系単環状構造分子 6. シクロデキストリン 7. 芳香族化合物 8. hydroquinone 9. resorcinol 10. 紫外可視吸光光度計 11. 分子複合体 12. イオン結合 13. 水素結合 14. van der Waals 力 15. 製剤化技術 目 次 1.はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 2.目的 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 3.実験 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 3–1.試料 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3–2.実験方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 4.実験結果 5.考察 6.おわりに 謝辞 2 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 引用文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7 論 文 1.はじめに これまでにシクロデキストリン、クラウンエーテル、カリックスアレーンに代表される有機 系単環状構造の分子(本論文ではホスト分子と呼ぶ)が有機化合物、金属カチオンなど の様々な分子(本論文ではゲスト分子と呼ぶ)を包接することでゲスト分子の安定化、溶 解性の向上等新しい性質の付加、発現を可能とすることが見出され、それらの結晶構造 解析も進んでいる。これらのホスト分子がゲスト分子を取り込んだ形の包接化合物の形成 にはホスト化合物の空孔の大きさ、形、立体配置、会合サイトの種類、数、配列等の構造 因子とホスト・ゲスト間に生じる相互作用が重要である。その相互作用としては、イオン結 合、イオン双極子、n 電子相互作用、配位結合、電荷移動相互作用、水素結合、疎水性 相互作用、vander waals 力などが考えられるが、いずれも共有結合のような強い結合で はなく比較的弱いとされている力でお互いを認識し合う。有機系単環状構造分子が様々 な分子と相互作用し認識し合うことはよく知られている 1)。 医薬品開発において、シクロデキストリンとの包接化合物形成が有用であることは広く 知られており、例えば医薬品の溶解性、吸収性、刺激性改善や医薬品の投与コントロー ル、持続性の向上等々で利用されている 2,3,4,5)。代表的医薬品には、プロスタグランジン E 類がある。プロスタグランジン E 類は末梢血管の拡張、血圧降下、気管支弛緩、血小 板凝集抑制、利尿作用等の多種多様な生理活性を示すが、薬物の不安定性が高い。し かし、α、β‐シクロデキストリンとの包接化合物化がそれらの問題を回避し、現在医薬品と して高い評価を得ている 4)。 医薬品の性質改善に包接化合物の利用はよく知られているが、近年開発されている 医薬品は複雑な構造が多く、またシクロデキストリンでは分子認識に適当でないケースに 対応させるため、新規の製剤化技術の提案は必要と思われる。1999 年に発表された非 環状構造を有するホスト分子との複合体形成においても、シクロデキストリンとの包接化 合物に見られた化学的不安定な薬物の安定性、溶解性の改善等の同様の特性を発揮 することが確認されており、それに加えて薬物の除放性効果も見られ、今後医薬品、化粧 品製造の領域において利用、応用されることが期待される 6、7)。 1 2.目的 近年、ホスト・ゲストの複合体の形成のメカニズムについて徐々に解明されてきており、 シクロデキストリンをはじめとする有機系単環状化合物の複合体の形成による種々の利 点は薬学の分野での応用の貢献にも目覚ましいものがある 2,3,4,5)。当研究室では以前か ら分子複合体に関する研究を行っており、ホスト・ゲストケミストリーを基盤とした薬学的応 用、利用、今後の展開についての調査も行われている。その中で α-シクロデキストリンと hydroquinone、γ-シクロデキストリンと p-hydoroxybenzoic acid の複合体の形成が確認 されているが、得られた複合体は結晶ではなく粉体であった 7)。本実験では有機系単環 状化合物のシクロデキストリンと hydroquinone の良質な結晶の育成、また、 hydroquinone 類似化合物をゲストとした複合体の生成を試みた。 3.実験 3-1.試料 ホスト分子には有機系環状化合物の α-cyclodextrin(以下 α-CD)(和光純薬)、 γ- cyclodextrin(以下 γ-CD)(和光純薬)を用いた。 ゲスト分子には芳香族化合物の hydroquinone(以下 HQ)(和光純薬)、resorcinol (以下 Res)(和光純薬)、1,2,4-benzenetriol(以下 124-Bt)(和光純薬)、 1,3,5-benzenetriol(以下 135-Bt)(和光純薬)を用いた。実験に使用した物質の化学構 造を図 1 に示す。 3-2.実験方法 ホスト分子である α-CD、γ-CD 各々とゲスト分子である HQ、Res、124-Bt、135-Bt と の複合体の形成を試みた。溶媒に水とメタノール又はエタノールの比が 2:1,3:2,1:1,2:3,1:2 となるように調整した水-メタノール混液又は水-エタノール混液を用い て α-CD、γ-CD 溶液を作製し、添加物として HQ、Res、124-Bt、135-Bt を選択し、均一 溶液を得た。その後、均一溶液を室温または冷蔵放置し、複合体を沈殿物として得た。 得られた沈殿物は紫外可視吸光光度計(UV-160A,SHIMADZU)を用いてモル生成 比の確認を行った。 2 α-CD γ-CD HQ 124-Bt Res 135-Bt 図 1. 本実験で使用した試料 3 4.実験結果 表 1 に得られた複合体の一覧を示す。得られた複合体は 2 種類であり、いずれの物質 も均一溶液の溶媒には水‐メタノール混液を用いており、形成された複合体は良質な結 晶体として得ることはできなかった。 表 1. 本研究で得られた複合体と思われる物質 シクロデキストリン/芳香族化合物 モル組成率 ホスト分子:ゲスト分子 α‐CD/HQ 2:1 α‐CD/Res 2:1 5.考察 本研究において、有機系単環状構造を有する α-シクロデキストリン(ホスト分子)と芳香 族化合物である hydroquinone、resorcinol(ゲスト分子)を用いた複合体を得ることがで きた。いずれの複合体も良質な結晶体として得るまでには至らなかったが、整数比で両 者の複合体が形成されることがわかった。当研究室では以前、複合体生成溶媒として水 を用いて試みたことがあり、その時に得られた α-シクロデキストリンと hydroquinone の複 合体とは異なるモル組成比の複合体を得ることができた 7)。このような異なった結果にな ったのは、溶媒に水ではなく水‐メタノール混液を用いたため、複合体形成に溶媒分子の 関与が考えられる。そのことを詳細に知るためにも今後結晶育成に努め、結晶構造解析 を実施したいと考えている。また複合体を得ることのできなかった 1,2,4-benzenetriol と 1,3,5-benzenetriol は hydroquinone と resorcinol に比べ、ヒドロキシ基(-OH)が一つ 多く、それがシクロデキストリンの空洞内にゲスト分子を取り込む 2,7,8,9)時の障害になって いる可能性が考えられる。また、1,2,4-benzenetriol と 1,3,5-benzenetriol は分子間に おける水素結合ネットワークが強固になることが考えられ、シクロデキストリンとの複合体 化にそれもまた大きな障害になっていると思われる。ゲスト分子の性質、わずかな大きさ の違いが複合体形成に関わると考えられる。 4 6.おわりに 本研究では、環状構造のホスト分子と芳香族化合物のゲスト分子を用いた複合体の形 成を行った。その結果、2 種類の複合体を得ることができた。いずれも結晶ではなく粉体 として得たが、今後結晶化、構造解析を行い、その性質を調べることで製剤設計や新規 製剤開発に貢献することが予測される。 γ-シクロデキストリンは α-シクロデキストリンよりもコアが大きいため、さらに複合体形成 条件を探索すれば 1,2,4-benzenetriol と 1,3,5-benzenetriol との複合体を得ることが可 能と思われる。また、シクロデキストリンには α、γ の他に β-シクロデキストリンもあり、さらに 検討する必要があると考える。 機能性の高い医薬品の提供には、主薬開発も重要であるがその剤形、溶出、崩壊、 輸送に関する設計が重要である。今回の研究では複合体の形成にとどまり、その複合体 の物性の解明には至らなかった。しかしながら今回の実験において複合体を確認したこ とから機能性の高い医薬品の提供に、わずかながら近づけたと考えている。 5 謝辞 実験、論文についてご指導を頂きました物理薬剤学の飯村菜穂子准教授、物理学研究 室の大野智教授に感謝致します。 6 7 引 用 文 献 1. 小原正明, 古賀憲司, 平岡道夫, 柳田博明, ホスト・ゲストケミストリー, 1 版, 株式 会社講談社, 1-127 (1984) 2. 原田一明, シクロデキストリン超分子構造化学,株式会社 アイピーシー, 2-134 (2000) 3. Kaneto Uekama, ”Pharmaceutical Application of Cyclodextrins as Multi-functional Drug Carriers”, Yakugaku Zasshi, 124, 909-935 (2004) 4. 山本尚三, 室田誠逸, 講座 プロスタグランジン 7 医薬品, 1 版, 株式会社 東京 化学同人 (1988) 5. 宇田良明, 小川泰明, 武田薬品工業株式会社分析代謝研究所, DDS 研究所, ” アスコルビン酸誘導体, Disodum 2-O-Octadecyl-5,6-di-O-Sulfoascorbate (CV-11464)の水溶液中でのマルトシル-β-シクロデキストリンによる安定化”, 薬剤 学, 58,83-88 (1998) 6. Nahoko Iimura, Keiju Sawada, Yuji Ohashi, and Hirotaka Hirata, “Complex Formation between Cationic Surfactants and Insolube Drugs”, Bull. Chem. Soc. Jpn., 72, 2417-2422 (1999). 7. 小須田和紀, 両親媒性物質と芳香族化合物との複合体形成とその物性について の研究, 平成 23 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅱ(2011) 8. Kazuaki Harata, Kenji Kwano, “Crystal structure of the cyclomaltohexaose(α-cyclodextrin) complex with isosorbide dinitrate. Guest-modulated channel-type structure”, Carbohydrate Research, 337, 537-547 (2002). 9. Shigehiro Kamitori, Yoshichi Toyama, Osamu Matsuzaka, “Crystal structures of Cyclomaltohexaose(α-cyclodextrin) complexes with p-bromophenol and m-bromophenol”, Carbohydrate Research, 332, 235-240 (2001) . 8 10. Kazuaki Harata, “The Structure of the Cyclodextrin Complex.IX. the Crystal Structure of α-Cyclodextrin-m-Nitroaniline (1:1) Hexahydrate Complex”, Bull. Chem. Soc. Jpn., 53, 2782-2786 (1980). 9
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