個体における部分と全体の統一性 日本学術振興会・理事 東京大学名誉教授 浅島 誠 はじめに 1つの丸い受精卵からどのようにして各々の種 species の固有の形ができてくるのか。そこには まさに複雑なシステムと動的ダイナミックな変化の様々因子の動きと調節がみられる。個体発生 を通して部分と全体の統一性について、いくつかの現象や概念について述べてみたい。 (1)発生にみられる連続と不連続のダイナミックな変化 生殖細胞(とりわけ卵)には受精後におこる卵割などに備えて、1個の卵の中にきちんと物 質を蓄えている。この因子の蓄積と構造形成のプロセスは、厳密かつ正確であり、卵の重要 性を示す。発生が進んで中期胞胚期(MBT)をすぎると遺伝子のスイッチが母性因子から 母性と父性の遺伝子の合体が始まる。そして原腸形成へと進む。この原腸形成こそが形づく りの基本となる。ダイナミックな複雑系でもある。 (2)勾配と軸形成を支えるもの 種 species に特異的な形は勾配(gradient)や極性(polarity)が必要で、結果的には胚軸形 成につながる。頭尾軸、背腹軸、左右軸の 3 軸がある。それではこの 3 軸をつなげるものは 何か。ネットワークのネットワークであり、それは時間と共に変化する、複雑系システムの 解明でもある。 (3)細胞の位置情報に見られる部分と全体 個をバラバラにして部分、更に細胞レベルまで解離した時、各々の細胞はどのように元の位 置を記憶し、行動するであろうか。全体や部分をつくる細胞は位置情報または細胞の特性を もっている。その解離細胞による各々の細胞の情報とはいったい何であろうか。腔(cavity) への対応でもあり、分子とマクロの結びつきでもある。 (4)場(field)の形成とその力とは 発生における“場”や再生における“場”は部分と全体を考える上でも大切である。その発 生の場の力とはどのようなもので、再生の場とは何なのか。これはある意味でニッチに近い ところでもあるが、現在の幹細胞による恒常性とも結びついているところもある。 ここでは動物の発生や個体の維持の中での部分と全体を通して、古くから問題にされている重要 な概念を現代の膨大な情報と複雑系システム科学の中で再検討する一助となればと思っている。 参考文献 1. 発性とその仕組み、浅島・碓井著、出光書店、1983.1―214 2. 分子発生生物学―動物のボディープラン、浅島・駒崎著、裳華房 2000.1―159 3. “Developmental Biology” Seventh edition, S.F.Gilbert, Sinauear Associates, Inc.,2003
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