3.種間交雑が進む ウミガメ

シリーズ第3回 特別寄稿
3.種間交雑が進む
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ウミガメ
本当のウミガメの保護とは -
北大名誉教授 向井 宏
皆さんは浦島太郎のお伽噺をご存じだ
ろうと思う。
昔は教科書にも載っていた。
実は、浦島伝説は各地で少しずつ異なる
物語になっているのだが、亀が出てくる
ところは、どの話でも共通している。こ
の亀は、浦島太郎が出かけたところが竜
宮だとすると、当然海亀だと思われる。
しかし、歌川国芳の浮世絵に出てくる浦
島太郎の亀は、どうみてもイシガメかク
サガメ。国芳はきっとウミガメを見たこ
とがなかったのだろう。大亀なら池のカ
タイマイ
メを大きくしたようなものだと思ったに
違いない。
最も古い文献は、日本書紀だ。日本書紀にある話
が今まで 20 種ほど化石として知られている。最も古
では、瑞江浦嶋子が船に乗って海に出て、大ガメに
いウミガメは Santanachelys という種だが、最近こ
出会う。亀は女になり、夫婦となって常世(とこよ)
の完全な化石が見つかった。これら化石のウミガメ
の国へ行く。そこまでで、その後の話は出てこない。
と現在のウミガメの進化系統についての研究が最近
その後、万葉集の長歌に浦嶋子が歌われる。「住吉
報告された。それによると、化石のウミガメ類(プ
の浜で水ノ江の浦島の子が海神(わたつみ)の娘に
ロトステガ科)と現生のウミガメ類(ウミガメ科)
出会い、結婚して常世の国で三年暮らす。父母に会
とは明らかに違った系統に属しているが、現生のウ
いに水ノ江に帰りたいと言うと、玉手箱をわたされ、
ミガメ類でもオサガメだけはオサガメ科として、む
開けるなと言われる。水ノ江に帰っても父母は死に
しろ化石のウミガメに比較的近いらしい。つまり、
絶え、絶望して玉手箱を開けると老人となり死ぬ。」
現生のウミガメ類の中でオサガメだけはまったく別
住吉の話になっているが、室町時代の御伽草子では、
の系統として進化したものらしい。いや、古い化石
それが丹後の国に変わり、いじめられているカメを
種に近いのがオサガメだということだ。
助けて竜宮へ行き乙姫に歓迎されるという教科書で
よく知った話になる。もっとも竜宮での乙姫とのみ
だらな生活は、教科書では出てこない。
今回はそのウミガメの話をしよう。ウミガメには、
現在 6 種が知られている。アカウミガメ、アオウミ
ガメ、タイマイ、ヒメウミガメ、ヒラタウミガメ、
オサガメの 6 種である。ウミガメ類が出現したのは、
白亜紀の初め頃で、今から約 1 億 1000 万年~1 億年
前くらいである。意外と新しい。尤も現在海で生活
している四つ足動物の中では、最も古い生物だ。そ
れまでたくさんいた魚竜、イクチノザウルスなどの
アカウミガメとヒメウミガメの
雑種と思われるカメ
恐竜類は入れ替わりのように白亜紀の終わりに絶滅
してしまった。ウミガメ類でも絶滅してしまった種
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ウミガメ類が出現した白亜紀では、ほとんどがプ
分からないものが意外と多い。なんか中途半端な形
ロトステガ科のウミガメだったようだが、これらは
をしている奴が多いという声を良く聞く。ところが、
5500 万年前までにほぼ絶滅した。面白いのはこれら
最近の DNA 解析から、ウミガメ類では意外と種間交
のプロトステガ科のウミガメ類はアンモナイトを食
雑が起こりやすく、雑種が多いと言うことが分かっ
べていたらしい。アンモナイトが恐竜と同じ頃に絶
てきた。アカウミガメとタイマイ、アカとアオ、ヒ
滅してしまったことも、この類の絶滅を早めたのか
メとタイマイなど、オサガメを除くあらゆる組み合
もしれない。オサガメ科のウミガメも一種を除いて
わせの雑種が報告されている。とくにブラジル沖で
すべて絶滅した。その後、ウミガメ科の種が分布を
雑種の報告が多い。アカウミガメの産卵巣からでて
広げ、世界の海に広く分布するようになったのです。
きた小亀の DNA を調べたら、3 種類の DNA が見つか
それはちょっと考えると競争相手がいなくなったか
ったという報告もある。この卵を産んだ雌は、別の
ら分布を広げたと考えがちですが、本当のところは
種とも交尾しまくっていたらしい。
分かりません。そうではなく、実は別の要因で分布
このような現象
を広げた例が知られているからです。
が起こった理由の
アオウミガメは、ジュゴンと同じように海草を食
一つとして、研究
べる草食です。肉食のアカウミガメなどと違うとこ
者は 1970 年代に
ろです。南大西洋の真ん中にアセンション諸島(英
ブラジル周辺で急
名はフォークランド諸島)がありますが、そこの海
激にウミガメが減
岸はアオウミガメの産卵が盛んに行われるところで
少したことが原因
知られています。ここのアオウミガメは卵から孵化
と考えている。減
したあと、長い距離を泳いで、南アメリカの東海岸
少の原因は分かっ
まで回遊します。そして、ブラジルやアルゼンチン
ていませんが、個体数の急激な減少のために、繁殖
の海岸で海草を食べて大きく成長し、成熟したあと、
のための交尾相手が見つからない個体が増え、違っ
再び大西洋を越えて生まれ故郷の浜に戻って産卵す
た種同士でも交尾をしてしまう事が起こったらしい。
るのです。なぜこんな大変な回遊をしているのでし
実際、この海域で潜水していたダイバーの多くが見
ょう。どうやら、これの理由を考えるには、中生代
境なく交尾しようとする雄のウミガメに接近され、
から新生代に渡って徐々に起こった大陸移動を考え
交尾を要求された経験を持っているそうです。
アカウミガメが産卵する大浜海
岸
ねばならないようです。昔、どのウミガメ類も比較
日本では海岸線の開発やコンクリート化で、ウミ
的狭い範囲の海域に分布しており、種も多様だった
ガメの産卵場所が減少し、これがウミガメの減少に
ようですが、白亜紀の終わりに大絶滅が起こり、恐
つながったと思われます。ウミガメの卵を掘り返し
竜やアンモナイトの絶滅と前後して、ウミガメ類も
て、人工的に孵化させ、小亀を海に帰す運動がウミ
多くが絶滅してしまった。そして、残ったウミガメ
ガメの保護という名で行われていますが、本当にこ
は、大陸移動に伴って拡大する海へその活動範囲を
れはウミガメの保護になるのでしょうか?砂浜の開
広げざるを得なくなってしまったのではないだろう
発やコンクリート化を止めて、砂浜を取り戻すこと
か。大西洋のアオウミガメは、かつては大陸縁辺に
こそ、ウミガメの自然な繁殖を保証し、保護するこ
あったアセンション諸島で産卵していたのが、どん
とになるのではないでしょうか。ウミガメの将来は
どん島が大陸から離れていくに従って、長大な海を
暗いのです。
越えて行かなければいけなくなったのではないか。
向井 宏(むかい ひろし)
アセンション諸島では、現在でも餌になる海草類は
海の生き物を守る会代表、北海道大学名誉教授。
東京大学や北海道大学に勤務して、温帯や熱帯のア
マモ場生物群集の研究を続けてきた。近年はジュゴ
ンの生態に取り組んでいる。藻場の研究から、海の
環境を守るためには陸の環境が重要であることを学
び、北大を定年退職後、海の生き物を守る会を創設
し、海の生き物とその環境を守る運動を行い、京都
大学特任教授として森里海連環学の研究と教育に取
り組んできた。 昨年末、京都大学を退職。
生えていないという。
現生のウミガメ類は、6 種だけというので、同定
は比較的簡単だと教えられてきた。オサガメは甲羅
の表面が固くないので一目で分かる。あとは、アカ
ウミガメでなければアオウミガメかタイマイか、ヒ
ラタウミガメ、ヒメウミガメのどれかである。とこ
ろが、いろんなところで見るウミガメで簡単に種が
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