この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles. 第 15 回 臨床血圧脈波研究会 特別講演 動脈硬化病変と心血管疾患リスクを同時に評価しうる唯一の マーカー、ankle brachial index (ABI) The ankle-brachial index: the ubiquitous marker of atherosclerosis and cardiovascular prognosis Victor Aboyans(Department of Cardiology, Dupuytren University Hospital, Limoges, France) 監修:山科 章(東京医科大学循環器内科学主任教授) 足関節上腕血圧比(ankle-brachial index;ABI)は、1 PAD診断指標および心血管リスク 指標としてのABIの有用性 度の測定で末梢動脈疾患(peripheral arterial disease; PAD)の診断と心血管リスク予測を同時に行える唯一の血 管性状評価指標であり、PAD 診断のゴールドスタンダー 後述する標準的な測定法で正しく ABI を測定した場合、 ドとして重用されている。しかし、ABI の測定値には測定 健康な血管の持ち主における ABI 値は 1 .00 〜 1 .40 とな 法や測定機器によって差が出るため、結果の解釈に際し るのが普通であり、0 .90 以下であれば無症状であっても てはいくつかの注意が必要である。ここでは、多くのエ PAD が強く疑われる。また、ABI 0 .91 〜 0 .99 の場合は ビデンスに裏打ちされた ABI の心血管リスクマーカーと 確定診断のために負荷 ABI 等の二次検査を行うことが推 しての有用性を紹介するとともに、2012 年にわれわれが 奨される。ドプラ法によって測定した ABI 値と CT アンギ ま と め た 米 国 心 臓 協 会(American Heart Association; オグラフィ(CTA)上の狭窄度を比較した研究のメタアナ AHA)のステートメントの内容に新たな知見を加味し、目 リシスでは、ABI 0 .90 をカットオフ値とした場合、50% 的に応じた ABI 測定法を選んで正しく測定し、データを 超の狭窄の診断精度は感度 75%、特異度 86%と報告され 正しく読み解くために必要な知識について述べる。 ている 3)。 PAD の存在は、たとえ無症候性であっても患者の生命 ABIの原理と歴史 予後を著明に悪化させることがわかっている(図 1)4)。す 下肢動脈は、冠動脈、脳動脈に次ぐ動脈硬化の好発部 なわち、PAD を見出すことは、将来の心血管イベントや 位であり、70 歳代以上の高齢者における PAD の有病率は 死亡のリスクを見出すことにほかならない。この事実を 10% 近くに及ぶ。しかし、PAD は長い時間をかけて徐々 最初に報告した Criqui らの論文 4)をはじめとする 16 報 に進行する疾患であり、症状のない早期段階で PAD を見 の論文のメタ解析を行った ABI Collaboration の研究 5)に 出すことは難しい。そうしたなかで ABI は、症状の有無 よると、最も死亡リスクの低い ABI 1 .10 〜 1 .40 の層に にかかわらず客観的に下肢の虚血を評価できる優れたモ 比べ、PAD 患者(ABI ≦ 0 .90)が 10 年以内に死亡に至るハ ダリティである。 ザード比(HR)は、男性で 3 .33、女性で 2 .71 にも及んだ。 ABI は、その名が示すとおり足関節血圧と上腕血圧の比 しかも、ABI ≦ 0 .90 であれば、たとえ Framingham を取ったものであり、その概念は 1950 年になされた米国 Risk Score(FRS)による心血管リスク評価が最低リスクカ の Winsor の発見 1)から生まれた。周知のように、収縮期 テゴリーであったとしても、実際のイベント発生率は高 血圧(systolic blood pressure;SBP)は心臓からの距離が リスク〜中等度リスクカテゴリーの患者並みであること 遠くなるほど高くなるため、足関節動脈の SBP と上腕動 が同じ ABI Collaboration の研究によって示されている。 脈の SBP では前者のほうが高くなるのが普通だ。しかし そこで、FRS に ABI を加えてリスクを再評価したところ、 Winsor は、下肢動脈が狭窄した PAD 患者では、病変部よ 男性の 5 人に 1 人、女性の 3 人に 1 人が当初とは異なるカ り末梢側の循環障害のために、通常とは逆に足関節 SBP テゴリーに再分類された。つまり、FRS だけを用いたリ のほうが低値となることを見出したのである。 スク予測には限界があるが、FRS と ABI を組み合わせる Winsor が用いた侵襲的なプレチスモグラフィによる測 ことによって予測精度は格段に向上すると考えられる。 定法は、日常診療で気軽に行いうるものとはいいがたい 一方、1 .40 を超える高い ABI 値が測定された場合、糖 ものであったが、1968 年には英国の Yao ら 2)がドプラ法 尿病や透析患者にみられる高度の石灰化のために下肢動 を用いた非侵襲的な ABI 測定の有用性を報告した。これ 脈が異常に硬化していることが疑われる。前掲の ABI により、ABI 測定は広く浸透し、多くのエビデンスが輩出 Collaboration の研究では、ABI > 1 .40 の患者の総死亡の されることとなった。 HR は、男性で 1 .38、女性で 1 .23 であった。 このように、心血管リスクマーカーとしての ABI の有 2 この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles. 特別講演 図 1 ● 症候性 / 無症候性 PAD 患者と健常者の生命予後の比較(文献 4 より引用) (%) 100 75 生存率 50 健常者 無症候性 PAD 患者 症候性 PAD 患者 重症の症候性 PAD 患者 25 0 0 2 4 6 8 10 12 (年) 表 1 ● 心血管リスクマーカーとして用いられる種々の血 管性状指標の利便性と経済性の比較 用性を示すエビデンスは数多く報告されている。また、 心血管イベント既往者での再発リスクや心臓手術後あ る い は 非 心 臓 手 術[ 腹 部 大 動 脈 瘤(abdominal aortic aneurysm;AAA)、内頸動脈狭窄の手術]後の患者のイ ベントリスクマーカーとしての可能性も検討されており、 こちらにおいても有望な結果が得られている6)。さらには、 PAD の治療経過中に ABI が 0 .15 以上低下した場合、ABI アクセシビリティ 操作性 経済性 cIMT ++ ++ ++ PWV ++ ++ ++ CAC + ++++ ++++ FMD ++ +++ ++ ++++ + + ABI cIMT:頸動脈内膜中膜肥厚、PWV:脈波伝播速度、CAC:冠動 脈石灰化、FMD:血管内皮機能、ABI:足関節 / 上腕血圧比 変化量が 0 .15 未満の患者層に比べて総死亡リスクが 2 .4 倍、心血管死亡リスクは 2 .8 倍に高まることも報告されて おり 7)、ベースライン時のリスク予測だけでなく、治療経 過中のリスクモニタリングにも有用であることが示され thickness;cIMT)や脈波伝播速度(pulse wave velocity; ている。 PWV)、 冠 動 脈 石 灰 化(coronary artery calcification; CAC)、血管内皮機能(flow mediated dilation;FMD)な 測定法の標準化に向けた試み ど、心血管リスクマーカーと目される他の血管性状検査 こうしたエビデンスの充実に加え、近年はオシロメト と比べても、ABI 検査のアクセシビリティと簡便さ、経済 リック法を用いたより簡便な測定機器が登場したことに 性のよさは際立っている(表 1)。 より、多くの医療機関で ABI 測定機器の導入が進んだ。 しかし、ABI 検査の裾野が大きく広がる一方で、検査法 頸 動 脈 内 膜 中 膜 肥 厚(carotid artery intina media や検査手順の「標準化」作業は後手に回っていた。たとえ 3 この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles. 特別講演 ばドプラ法の場合、足関節では後脛骨動脈血圧と足背動 エビデンスの量という点ではドプラ法に遠く及ばない。 脈血圧を両方測って高いほうを採用し、上腕血圧につい また、極端に足首関節 SBP が低い人の場合、オシロメト ても左右両方の値を測って高いほうを採用するといった リック法では正確に ABI を測定できないことがわかって 詳細な手順の周知は徹底しておらず、自己流の測定法が いる。つまり、オシロメトリック法は重症虚血肢(critical 横行していた。 limb ischemia;CLI)の評価には使えないわけである。 2008 年にわれわれは、PAD の啓発と ABI 測定による積 しかし、目的が PAD のスクリーニングであるのなら、 極的なスクリーニングを呼びかける大規模なキャンペー ABI を測るまでもなく虚血の存在が明白な CLI に対する弱 ンを行った。これにより、 多くの人々が医療機関を受診し、 点は問題にならない。そして、軽度〜中等度の虚血肢に フランス全土の医療機関から多数の ABI データが集積さ 関しては、オシロメトリック法はドプラ法に遜色ない精 れたが、その値には施設間で大きなばらつきがあり、施 度を発揮する。AHA ステートメント発表から 2 年後の 設ごとの平均測定値が中央値より高いほうの半分の施設 2014 年に報告された奈良県立医科大学の Ichihashi ら 10) と低いほうの半分の施設では、平均測定値に実に 0 .15 以 の検討では、PAD の疑いで同大学のバスキュラーラボで 上の違いがみられた。当然ながら、この測定値に基づい 検査を受けた連続症例 108 例・216 肢のうち、CLI 9 肢を て診断された PAD の有病率はまちまちであり、最も多い 除外した 207 肢の ABI 測定結果を CTA 画像と照合した結 ところで約 16%、最も少ないところで約 6%という開き 果、75% 超の狭窄病変を検出する ROC は 0 .918 であり、 があった。 50% 超の狭窄病変の場合は ROC 0 .919、感度 90%、特 この結果に危機感を覚えたわれわれは、2009 年に欧米 異度 85%というすばらしいものであった(図 2)10)。また、 各国を代表する十数人のエキスパートに呼びかけ、ABI 測 ドプラ法では両上腕・両足首の SBP を順次手動で測定し 定の標準化のためのコンセンサスミーティングを開催し ていかなければならないが、両上腕・両足首の SBP を同 た。以後 3 年に及ぶ研究と議論を重ねた結果、2012 年に 時かつ自動的に測定できるオシロメトリック法は、多数 AHA ステートメントを発表するに至った 8)。 の人々を対象とするスクリーニング手段として効率的で あることはもちろん、測定者の習熟レベルを問わないた 現在のゴールドスタンダードのドプラ法と多くの 可能性をもつオシロメトリック法の特徴 め、ドプラ法に比べて施設間のばらつきが少ないことが フランスの Vierron ら 11)によって報告されている。 本ステートメントの目的は、ABI 測定に関する論文をレ こうしたことから、オシロメトリック法による ABI 測 ビューした結果に基づき、標準的な ABI 測定法として推 定は、無症候例でのスクリーニングや軽度〜中等度の間 奨される方法を明記するとともに、測定データを解釈す 欠性跛行を呈する患者の虚血肢の評価における有用な手 る際の指標を提示すること、そして、ABI を用いた研究結 段と考えられ、次回のガイドライン改訂ではその位置づ 果を発表する際の標準的な記載法を提案すること、方法 けや評価について何らかの変更があるのではないかと思 論に関してさらなる検討を要する事項を確認することで われる。ただし、足首血圧の低い患者層でのオシロメト ある。 リック法による ABI 測定値はドプラ法より高めになるた 標準的な測定法に関しては、2012 年時点で最も推奨さ め、PAD 診断の基準値は< 0 .90 ではなく< 1 .00 とすべ れる非侵襲的な ABI 測定法はドプラ法だということでわ きだと考えられている。なお、文字通り四肢の同時測定 れわれの意見は一致した。その主な理由は、正しい手順 値であるオシロメトリック法による測定値と時間差測定 で測定された場合の再現性の高さと、長い歴史に裏打ち 値であるドプラ法の測定値のもつ臨床的な意味の違いに されたエビデンスの豊富さである。これに対し、オシロ ついては多方面から関心が寄せられており、その検討が メトリック法を用いた疫学研究はARIC研究 9)のみであり、 今後の課題である(表 2)。 4 この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles. 特別講演 図 2 ● オシロメトリック法 ABI 測定による PAD 診断精度(文献 10 より引用) (%) 100 80 AUC >50%狭窄検出:0.919 >75%狭窄検出:0.918 ● ● 感度 >50%狭窄を検出するための至適 ABI カットオフ値:0.99 感度:90% 特異度:85% ● AUC=0.918 60 40 糖尿病患者における>75%狭窄検出の AUC:0.888 20 0 0 20 40 60 80 100(%) 1- 特異度 注釈:連続症例 108 例・216 肢のうち、重症虚血肢 9 肢(4%)を除外した 207 肢(無症候 45 肢、 中等度間欠性跛行 153 肢)における解析 表 2 ● オシロメトリック法 ABI 測定の現在の位置づけと測定上の注意点、今後の検討課題 ● 重症 PAD 患者については明らかではない(CLI、全 PAD 患者の 5%未満) ● 臨床におけるスクリーニング法として、強い関心がもたれている ・ドプラ法は広く利用することが可能ではないため ● 無症候例での PAD スクリーニングや間欠性跛行の患者において ・足首関節 SBP 測定不能例では PAD 疑い例とみなし、ドプラ法または他の検査を行う。 ・オシロメトリック法の PAD 診断のカットオフ値は 1.00 付近となり、< 1.0 で PAD と診断される可能性がある。ドプラ法より高い。 ・PAD の可能性の低い対象でのオシロメトリック法での> 1.0 は PAD を除外できる。 ● 四肢の SBP を同時に計測するオシロメトリック法 ABI の意義を追跡調査によって実証すべきである。 ・もう 1 つの関心:四肢同時血圧測定をするオシロメトリック法は変動性、再現性に影響する短時間の血圧変動の影響を避けることができる。 文献 1) Winsor T. 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Progression of peripheral arterial disease predicts cardiovascular disease morbidity and mortality. J Am Coll Cardiol 2008 ; 52 : 1736 -42 . 8) Aboyans V, et al. Measurement and interpretation of the ankle-brachial index: a scientific statement from the American Heart Association. Circulation 2012 ; 126 : 2890 -909 . 9) Murphy TP, et al. Ankle-brachial index and cardiovascular risk prediction: an analysis of 11 ,594 individuals with 10 -year follow-up. Atherosclerosis 2012 ; 220 : 160 -7 . 10)Ichihashi S, et al. Validation study of automated oscillometric measurement of the ankle-brachial index for lower arterial occlusive disease by comparison with computed tomography angiography. Hypertens Res 2014 ; 37 : 591 -4 . 11)Vierron E, et al. Center effect on ankle-brachial index measurement when using the reference method(Doppler and manometer): results from a large cohort study. Am J Hypertens 2009 ; 22 : 718 -22 . 5
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