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原油安は日本経済復活のチャンス
池田 信夫 アゴラ研究所所長
原油価格は 1 バレル=50 ドル台まで暴落し、半年でほぼ半減した。これによってエネ
ルギー価格が大きく下がることは、原油高・ドル高に加えて原発停止という三重苦に
苦しんできた日本経済にとって「神風」ともいうべき幸運である。このチャンスを生かし
て 供給力を増強する必要がある。
しかし安倍第 3 次内閣は、依然としてアベノミクスと称する景気対策に固執し、「デフレ
脱却」という 無意味な目標を追求している。せっかく原油価格が下がったのに、日銀
は追加緩和を行なってドル高にし、原油安を打ち消してしまった。このように政策の優
先 順位を間違えていると、せっかくのチャンスを逃がしてしまう。
アベノミクスが「神風」を止める
安倍第 3 次内閣の組閣後の記者会見でも、首相は景気対策に執着する一方で、エネ
ルギー政策への言及はまったくなかった。彼の目標は憲法改正なので、増税や原子
力などの厄介な(党内基盤を危うくする)問題も先送りし、安全運転に徹するのだろ
う。
この戦略においては、経済政策は政権維持の手段なので必然的に短期的な「景気対
策」に片寄る。利害の対立する社会保障の削減には手をつけず、労働市場などの改
革も先送りする。財政危機も、2018 年までに何も起こらなければいいと割り切る――
これは政 治的には一貫しているが、経済的にはリスクが大きい。
このように景気政策に特化すると、長期の供給力が軽視される。今年の GDP がマイ
ナス成長になり、貿易赤字が拡大した最大の原因は、安倍政権の発足から 50%近い
円安で交易条件(輸出物価指数/輸入物価指数)が悪化したことだ。図 1 のように
2009 年以降、交易条件はほぼ 2 割悪化した。その最大の原因は、エネルギー価格の
上昇とドル高である。
図 1 交易条件の推移(出所:日本銀行)
ただし直近の交易条件は、やや改善している。これは原油価格が下がるとともに輸出
価格が上がってきたためだ。日銀の黒田総裁は「インフレ期待を定着させる」という理
由で 10 月 31 日に追加緩和を行なったが、コア CPI の下がった最大の原因は原油価
格なので、日銀が国債を買っても意味がない。
結果的には、追加緩和でドル高が急速に進んで、原油安のメリットはほぼ相殺されて
しまった。「デフレ脱却」をかかげて金融政策を偏重するアベノミクスが、神風を止める
結果になっているのだ。物価を上げることに意味はなく、それを日銀が自由自在にあ
やつることもでき ないことは、2 年近い「実験」でわかった。
標準的なマクロ経済学によれば、物価上昇率は GDP ギャップ(実質 GDP-潜在 GDP)
の増加関数である。 2008 年の金融危機以降、日本経済の GDP ギャップがマイナス
で「協調の失敗」に陥っていた時期には、日銀の量的緩和の「偽薬効果」は小さくなか
った が、GDP ギャップがほぼゼロになった現在では、その効果はもうない。
製造業のグローバル化が経済再生の鍵
交易条件が下がっているもう一つの原因は、輸出物価が上がらないことである。これ
は自動車を除く日本の工業製品 の国際競争力が低下し、付加価値の高い製品を輸
出できなくなっているためだ。日本の「ものづくり」からの脱却が叫ばれて久しいが、日
本の GDP の 20%は 製造業が生み出しており、その比率は所得収支(海外収益)を
加算した国民総所得(GNI)ベースでみると 25%を占める。
これに関連産業を加えると、GNI の 3 割以上は製造業関連であり、この比率は今後も
あまり変わらないと予想される。たとえば電機メーカーが国内で製造していた液晶を
台湾で生産し、その配当を所得収支として受け取ると、GDP は下がるが GNI は上がる。
図 2 のように、この 20 年、実質 GNI は一貫して GDP を上回り、その差(海外収益)は
拡大している。
図 2 GDP(国内総生産)と GNI(国民総所得)
この結果、日本は「貿易立国」から海外投資でかせぐ「資産大国」に変わってきた。
2013 年度の実質 GDP 成長 率は 1.8%だが、GNI 成長率は 2.4%である。今年度の
GDP 成長率はマイナスになる見込みだが、GNI 成長率はプラスになると予想される。
これは短期的には、ドル高で円建ての海外収益が上がったためだが、長期的にも製
造業の海外シフトが進んでおり、円安でも変化はみられない。
世界的にも GDP より GNI を重視する傾向が強まっており、話題になっているピケティ
『21 世紀の資本』は、すべての統計を国民所得ベースで集計している。これで考える
と、日本経済の将来はそれほど悲観すべきものでもない。人口減少や高齢化は国内
の現象であり、新興国で生産・販売すれば、グローバルな企業収益は上がるからだ。
この意味でのフロンティアは、まだ大きい。先進国の実質成長率は 1~2%だが、中国
(9%)を中心とする新興国 では、平均 5%前後の成長率が 2050 年ごろまでは続くと
予想される。これが先進国にキャッチアップすると、今世紀中には全世界で 1.5%程度
の成長率に 収斂するだろうとピケティは予想しているが、まだ十分大きな市場であ
る。
グローバル化の主役は、製造業である。むしろ問題は、そのグローバル化が十分進
んでいないことだ。図 3 のように日本の対外直接投資は GDP の 15.2%、対内直接投
資はわずか 3.9%と、主要国できわだって少ない。イギリスはいずれもトップで、国内
市場の衰退を海外投資で補っている。これが成熟した資産大国の姿だろう。
図 3 直接投資比率の国際比較(出所:日本銀行)
生産拠点は海外にあってもいいが、中枢機能は日本にないと収益が還元されない。
生産性の高い製造業が経済の中心であることは今後も変わらないが、それは国内で
生産することを必ずしも意味しない。企業がグローバル化すると、エネルギー価格が
高く供給の不安定な日本に立地する理由はなくなる。
したがってグローバル化が雇用の空洞化を招かないためにも、エネルギー価格を下
げ、交易損失を減らすことが重要 だ。これから高齢化し、労働人口が毎年 1%ずつ
減ってゆくと、労働者の 9 割は国内のサービス業に従事し、労働生産性が低下するこ
とは避けられない。それを補うために、製造業がグローバルに収益を上げる必要があ
る。景気対策にこだわるのをやめ、原発の運転を正常化し、エネルギー価格を下げて
実体経済を改善する政策に転換すべきである。
(2014 年 12 月 29 日掲載)