Ⅶ-21:各種分光法による 金属元素の価数分析

●Ⅶ-21:各種分光法による金属元素の価数分析
[特集]TRCポスターセッション2014
Ⅶ-21:各種分光法による
金属元素の価数分析
表面解析研究部 八尋 惇平
る充放電のin situ測定をはじめ、特殊な条件での測定も
可能である。
2.2 ESR
ESR(Electron Spin Resonance)は磁場中でのマイク
ロ波の吸収量を計測し、不対電子の準位間の遷移を観測
することで、金属元素の価数やラジカルなどに関する情
1.はじめに
報を得ることができる。
今回紹介する5手法の中で最も感度が高く、ppmオー
遷移金属元素や貴金属元素の価数分析は、各種材料に
ダーの微量成分の評価も可能である。ESRは緩和時間や
おける特性発現のメカニズム解明や、劣化原因調査を行
ゼロ磁場分裂の影響により、同じ元素でも測定可能な価
う上で重要となる。価数分析には様々な手法があり、そ
数や結晶構造が限られる。鉄を例に取ると、ESRでは3
れぞれに得意とする対象がある一方、手法によって、測
価は観測できるが、2価は観測できない。
定可能な元素、試料形態、測定環境に制限がある。その
ESRの測定例として、図2にMgO単結晶中の金属不純
ため、価数分析を検討する場合、目的や試料との相性を
物評価の結果を示す。ESRはスペクトルの位置、
分裂数、
照らし合わせて、適切な手法を選択する必要がある。
分裂幅で元素や価数などを判別する。図2より、この試
本稿では、金属元素の価数評価が可能であるXAFS、
料には、V2+、Cr3+、Mn2+が金属不純物として含まれて
ESR、XPS、メスバウアー、TEM-EELSについて、そ
いることが分かる。また、検出された成分はスペクトル
の特徴と分析例を紹介する。
強度を標準試料と比較することで、その濃度を求めるこ
とができる。このように絶対的な濃度を導出できる点も
ESRの大きな特徴の一つといえる。
2.手法紹介
2.1 XAFS
XAFS(X-ray Absorption Fine Structure)は各元素
の吸収端近傍のエネルギーでのX線の吸収量を計測する
ことで、特定元素の化学状態や配位環境の情報を得るこ
とができる。
XAFSの測定例として、図1にMn酸化物のMn K端の測
定結果を示す。Mn K端では、価数が大きいほどスペク
トルの立ち上がりは高エネルギー側となるため、立ち上
がり位置でMn2+、Mn3+、Mn4+の判別が可能となる。
硬X線のXAFS測定は基本的に大気中で行うため、他
の手法に比べ、固体や液体など、様々な形態の試料に対
図2 ESRによるMgO単結晶中の金属不純物の評価
応できる。試料によっては、加工することなく測定する
ことも可能である。また、XAFSは多くの金属元素につ
2.3 XPS(ESCA)
いてサブ%と低濃度でも評価可能なため、適用範囲の広
XPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy) は 一 定 エ
い手法と言える。他にも、XAFSは測定環境の制限が少
ネルギーのX線を入射し、放出された光電子の強度と運
ないことから、触媒におけるガス流通や電池材料におけ
動エネルギーを計測することで、試料表面の元素組成や
化学状態を評価する手法である。
光電子を計測することから、XPSは真空中での測定
となる。放出される光電子は脱出深さが浅いため、表面
10nm以下での価数評価が可能となる。加えて、角度分解
法を用いれば、深さ方向の化学状態分布の情報取得も可
能である。
XPSの測定例として、図3に酸処理を施したステンレ
ス鋼の表面分析の結果(Fe2p)を示す。XPSでは、ピー
ク位置は主に価数に依存し、高価数ほど高結合エネル
ギー側へシフトする。分析の結果、酸処理後は未処理と
図1 XAFSによるMn酸化物の評価
比較し、Fe酸化物成分の割合が低く、Fe金属成分の割
・33
東レリサーチセンター The TRC News No.120(Feb. 2015)
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TEM-EELSはナノメートルオーダーの空間分解能で
評価ができる唯一の手法であり、TEM観察と並行して
測定を行うため、材料の特定箇所、界面などをピンポイ
ントで評価することができる。一方、測定は真空中で行
い、電子を透過させるために試料をFIB(Focused Ion
Beam)法などを用いて薄膜化する必要がある。
TEM-EELSの 測 定 例 と し て、 図5にMgO/CoFe界 面
に お け るFeの 評 価 の 結 果 を 示 す。 左 図 がFe L2,3 端 の
EELSの結果であり、右図が測定点のTEM像である。
1がCoFe、2がMgO/CoFe界面の結果となる。この測定
図3 XPSによる酸処理を施したステンレス鋼の表面分析
では、Fe L3端とL2端の強度比から鉄の酸化具合を評価
合が高いことが分かる。これは酸処理による表面酸化膜
ことから、界面では鉄が酸化していることが分かる。
している。左図より、2は1よりもFe L3/ L2比が大きい
の減少に起因すると考えられる。
2.4 メスバウアー分光法
メスバウアーは線源から放出されたγ線を試料に照射
し、吸収体であるメスバウアー核によって共鳴吸収され
た量のエネルギー依存性を計測することで、主に鉄やス
ズの化学状態や構造に関する知見を得る手法である。
線源の制約により分析可能な元素は限られるが、メス
バウアーで評価可能であれば、目的元素について選択的
に価数、構造の詳細な情報を得ることができる。メスバ
ウアーはスペクトルの重心位置、分裂数、分裂幅で価数、
図5 TEM-EELSによるMgO/CoFe界面のFeの評価
試料提供:東北大学 安藤研究室
構造を評価する。
メスバウアーの測定例として、図4にLiイオン電池正
3.おわりに
極活物質(LiFePO 4)の充電過程におけるFeの評価を
示す。未充電状態ではFe2+成分が主であるが、充電によ
各手法の特徴をまとめると、以下の通りとなる。
り、Fe 成分が減少し、Fe 成分が増加することが分
・適用範囲の広いバルク評価:XAFS
2+
3+
かる。Fe 成分はスペクトルの分裂幅からヘテロサイト
・微量成分の評価:ESR
(FePO4)に帰属できる。
・最表面の評価:XPS
3+
・鉄およびスズの評価:メスバウアー
・微小領域の評価:TEM-EELS
実際に価数評価を行う場合、上記以外に、手法間での
特徴の違いや、注目元素および試料との相性を考慮し、
目的や試料に応じて最適な手法を選択する必要がある。
それには各手法における知見の蓄積が不可欠であるた
め、価数評価を検討される際は、ぜひ弊社にご相談いた
だきたい。
■八尋 惇平(やひろ じゅんぺい)
表面解析研究部 表面解析第1研究室
図4 メスバウアーによるLiFePO4の充電時のFeの評価
2.5 TEM-EELS
EELS(Electron Energy Loss Spectroscopy)は試料
に入射した電子が、試料を構成する原子の軌道電子を非
占有軌道に励起する際に失ったエネルギーを計測するこ
とで、電子を照射した領域での化学状態評価が可能であ
る。
34・東レリサーチセンター The TRC News No.120(Feb. 2015)
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