沖縄トラフ海底熱水域の熱水性鉱石中の重晶石のESR年代測定 - jamstec

沖縄トラフ海底熱水域の熱水性鉱石中の重晶石の
ESR 及び放射非平衡による年代測定
○藤原泰誠・内田乃・豊田新(岡山理科大学)
,
石橋純一郎(九州大学),中井俊一・賞雅朝子(東京大学)
海底熱水域で得られた試料の年代測定を行うことは、その時間変動に伴う熱水活動の変遷史を調べ
るためだけでなく、そこに発生した熱水生物圏の消長、また鉱床の成因を明らかにするためにも重要
である。そのために重晶石(BaSO 4 )を用いたESR(電子スピン共鳴)年代測定 (Fujiwara et al., submitted,
Takamasa et al., 2013)、また226Ra-210Pb法、及び228Ra-228Th法による放射非平衡年代測定 (Uchida et al.,
submitted, Noguchi et al., 2004, 2011) が有用であることが示された。今回、これらの年代測定法を用い
て、海洋研究開発機構による航海(NT11-20、NT12-06、NT12-10)によって採取された硫化物マウン
ドやチムニーの中に晶出する重晶石の年代測定を行った結果について発表する。
ESR年代測定では、鉱物中に自然放射線によって生成する、不対電子をもつラジカルをESRで検出し
て、自然放射線による被曝線量を算出する。この被曝線量をその場所について求めた 1 年あたりの線
量(年間線量率)を別に求め、一般的にはその値で割ることによって年代を求める。重晶石のように
放射線の起源となる核種の壊変によって年間線量率が変化する場合には、
その積分値がESRによって求
めた被曝線量に一致する年代を求める。一方、重晶石はバリウムを置き換えてラジウムを取り込むこ
とから、ラジウムの娘核種の比較的半減期の長い核種との間の放射非平衡を測定することによっ
て、226Ra-210Pb法、及び228Ra-228Th法によって年代を求めることができる。
今回の研究では、沖縄トラフの鳩間海丘、与論海穴、第四与那国海丘、伊平屋北海丘、伊是名海穴
で採取された試料を使用した。ESR年代測定の分析手法については、Okumura et al. (2010) によって初
めて実際に試みられた方法に基本的に従った。硫化物を乳鉢で緩やかに砕いた後、45℃で加熱した塩
酸に 24 時間浸したあと、硝酸によって硫化物を溶解させて除去し、水洗、乾燥後、重液によって比重
図 1 重晶石中に観測された SO3-の ESR 信号
図 2 ガンマ線照射による信号強度の増大
4.5 をもつ重晶石を分離した。
次に、日本原子力研究開発機構
高崎量子応用研究所にてγ線照
射を行い、岡山理科大学総合機
器センターの電子スピン共鳴
測 定 装 置 (JES-PX2300) を 用
いて室温にてESR測定を行っ
た。マイクロ波出力 1mW, 磁場
変調幅 0.1mTとした。ESR測定
により重晶石中に観察される
SO 3 -のスペクトルの例を図 1 に
示す。観測されたESR信号はγ
線照射により図 2 のように増大
した。年間線量率の推定のため
図3
試料採取地点及び得られた ESR 年代
に、同じ試料について、低バッ
クグラウンド半導体検出器による測定によって放射性核種の定量を行った。Raが重晶石にのみ取り込
まれていると仮定し、α線による信号生成効率を 0.043 (Toyoda et al., 2012) を用いて年間線量率を計算
し、年代を算出したのち、ラジウム(Ra)の壊変によるESR年代の補正を考慮し、ウラン系列のラジウム
では、226Ra以下の娘核種からの放射線を考え半減期 1600 年で補正した。また、トリウム系列の228Ra
が検出されたサンプルについては、228Raの半減期 5.75 年で補正した。
228
Ra-228Th法による年代測定では、バルクの試料について、228Acと212Biのガンマ線ピークを低バック
グラウンド半導体検出器で測定し、232Thを含む地質試料を標準試料としてその相対比から年代を求め
た。抽出した重晶石を用いて同様の測定をした結果と、バルクの測定結果とは一致した。226Ra-210Pb法
による年代測定では、抽出した重晶石を粉末にしてNaClと混ぜ合わせ、放射平衡にあるピッチブレン
ドを同様にNaClに混ぜ合わせたものを標準試料として、214Biと210Pbのガンマ線ピークを低バックグラ
ウンド半導体検出器で測定し、そのピークの相対比から年代を求めた。
各熱水域で採取された試料の得られた ESR 年代は、与論海穴で採取されたサンプルでは、約 4~400
年の年代が得られた。鳩間海丘では、約 23 年、約 1000~5700 年、伊平屋北海丘では、約 500~1000
年、約 3000~4300 年、第四与那国海丘では、約 200 年、約 600~1000 年、伊是名海穴では、約 12~15
年、約 10000 年より古いという年代が得られた。それぞれの得られた年代の最も古いものを比較する
と、与論海穴<第四与那国海丘<鳩間海丘≒伊平屋北海丘<伊是名海穴となった。これは、航海にお
いて観察された熱水域生態系の発達や硫化物を覆う堆積物の量と調和的であった。
重晶石の放射非平衡年代と ESR 年代を比較すると、一致するものもあるが、一般に放射非平衡年代
の方が若くなった。これは、硫化物堆積物が複数回の熱水イベントによって生成したため、Takamasa et
al. (2013) で議論されているように、ESR 年代がその平均年代を示すのに対して、放射非平衡年代は、
より若いイベントの年代を示すためであると考えられる。発表では、これら相互の年代の関係、及び、
そこから求められる複数回のイベント年代の年代範囲、また共に産する硫化鉱物の U-Th 非平衡年代と
の関係について議論をする予定である。