懐古の意味はどこにあるか

問題一(一〇〇点)
次の文章を読んで、設問に答えなさい。
懐古の意味はどこにあるか
懐古というのはこの新世紀の冒頭を飾るキーワードのひとつになったようだ。これ
は前世紀末からのことだが、まずは江戸時代ブームというものがあった。二〇年超す
のにまだ衰えぬ。このごろは昭和三〇年代回顧の花盛りである。こういった現象の意
味するところは誰の目にも明らかだと思う。人びとは確かに社会の仕組みから街並み
の様子、自分たちの表情や声音まで激変してしまった現状に、なにか脅かされせき立
てられているのだ。
そういう懐旧の感情はついこのあいだまで、退嬰的かつ反動的として一蹴されるの
日の世相にただごとならぬ感じを抱くのは、人として当然のことではないか。むろ
ん、親殺し子殺しはむかしからあったし、だからこそ江戸時代では、前者は特に重罪
とされていた。だが、昨今の親子の殺し合いの様相は、むかしからあったではすまさ
れぬ異様さを呈していて、そのことに気づかぬふりをしようというのは土台無理な話
なのである。
このごろの社会と人間の変貌には、娑婆はいつも変わっていくものだし、その変化
は多少の弊害は伴うにしても結局は福利をもたらすのだといった、これまでは通用し
たかもしれぬ言説を一切無効にしてしまうような、なにか根本的に怖ろしいところが
ある。そのことに気づいていればこそ、人びとは過去を振り返らずにはおれぬのでは
あるまいか。だとすれば懐古が逃避であるはずはなく、むしろ現代という一種の地獄
からの脱出の第一歩ですらありうるはずなのだ。
だが、何が怖ろしいというのか。おれは一向に怖ろしくはないぞとおっしゃる方に
は申し上げる言葉がないにしても、何をもって現代文明を異常とするかという点で、
私はもう少し具体的な話をしなければならないのだろう。しかし、それは追い追い小
出しにすることにして、いまはふたつの例を挙げておこう。
1
がふつうだったけれど、いまではそうはいかない。親殺し子殺しが続発するような今
ひとつは、あっという間に必要欠くべからざる小道具となったケータイのことだ。
いったいあれは何なのか。便利なことはわかる。写真も撮れれば、インターネットの
機能もあるという。だが、どこに居ても連絡がとれる便利さは公衆電話が街角やオ
フィスや乗りものに完備されればすむことだし、写真はカメラで撮ればよいし、街を
歩きながらネットを検索する必要はない。あんなものがなくても世の中は十分間に
合っていたのだ。それがいまでは、街頭でも電車の中でも、いっせいに顔の前に短冊
みたいなものをおっ立てて、しきりに画面を変換しながらじっと見入っている。実に
異様で実におかしい。だが、笑った次には怖ろしくなる。
電車に乗り込むとすぐにケータイを取り出して、乗っている間ずっとパチパチやっ
ている女子高校生をこないだ見かけた。不幸という名を画に描いたようだった。この
人は家に帰ってもパソコンの画面を見入ったり、それに何か書きこんだりして時を過
ごすのだろうか。つまりこの子はケータイやパソコンの画面とだけつきあって生きて
いく方が楽なのだ。これが怖ろしくないなら、世の中に怖ろしいものはない気がする
あんたはものを知らないので、ケータイやパソコンは若い人には連帯の手段なのだ
よ、たがいに会ったこともない人間とコンタクトして大いに盛り上がったりしている
のだよと教えたい方もいるかもしれぬ。それは私も承知はしているので、こないだテ
レビでケータイによるいじめという話をやっていた。自分の知らぬところでデマに類
する情報が書きこまれ、あっという間に拡大する。そんないじめになぜ加担するのか
と問われた高校生は、盛り上がるのが楽しいし連帯感が生まれると答えていた。
この盛り上がるというのも以前の日本人ならまずは使わない言葉だった。私は近ご
ろの球場風景を思い出した。誰か指揮しているふうでもないのに、いっせいにメガ
フォンみたいなのを振り回しかけ声をそろえて、まるで訓練された応援団である。こ
れが盛り上がりであり連帯なのだろう。アメリカの球場で見られぬところであり、日
本の球場でも高校野球以外はむかしはなかった光景である。操られて共同動作をする
のが楽しいので、戦後日本人が個人になったなどという話が嘘の木葉であることがこ
れでわかる。こんなふうに盛り上がらなくては楽しくなれぬ時代、これは怖い時代で
はないのだろうか。
ふたつ例を挙げただけで私は気分が悪くなった。私にとって現代は実にいやな時代
2
がどうだろう。
だ。だけれども、いやなことをつまみあげて八つ当たりしたって少しも楽しくはな
い。自分が老いぼれて新しい現象についていけないだけじゃないのかという反省もむ
ろんある。だが、このごろの世の中がとても変だというのは、私のような老いぼれだ
けが感じているのではなく、まだ若い人びとがそう言い出しているのだ。肝心なのは
この変な世の中が、近代以来人間が追求し獲得してきた物事の集積の結果だというこ
とである。さらに、その集積の結果が実は人間の解放と福祉を願った一大奮闘努力の
なせるわざなのかもしれぬということなのだ。
われわれは何を願い何を希んだあげく今日のような事態をもたらしたのか。数年前
亡くなったイヴァン・イリイチは最善のものの堕落は最悪であるという警句をあとに
遺した。最もよき意図が最も悪しき結果を生むというこの逆説は、果たして近代の歴
史によって実証されるのだろうか。過去をのぞきこむのはむずかしい。自分の属する
現代の思考枠に従って過去を裁くのなら、むしろのぞきこまぬにしくはない。過去は
なつかしむものとしてあるのではなく、われわれを驚かすものとして存在する。江戸
になったのだ。当然視される現代の価値観を揺るがすものがそこにあった。懐古の意
味はその点にあったのである。
︻出典︼渡辺京二﹃未踏の野を過ぎて﹄︵弦書房、二〇一一年︶
設問一 ﹁懐古﹂が社会的なブームにまでなることの意味を著者はどのように考えて
いるか、三〇〇字以内でまとめなさい。
設問二
著者は﹁私にとって現代は実にいやな時代だ﹂と言う。現代社会に対する著
者のこのような﹁違和感﹂をどう思うか、あなたの考えを五〇〇字以内でま
とめなさい。
3
ブームにしたって昭和三〇年代ブームにしたって、過去の姿に驚いたからこそブーム
問題 2(100 点)
日本の生活保護に関する以下の資料をもとに,次の設問に答えなさい。
設問 1
図 1 − 1 と図 1 − 2 ,図 2 − 1 と図 2 − 2 ,図 3 − 1 と図 3 − 2 から何が読
み取れるか,それぞれ 50 字以内で説明しなさい。
設問 2
全体を通して日本の生活保護の特徴として何がいえるか,高齢社会の問題と
絡めて,450 字以内で論じなさい。
【出典】第一法規『平成 25 年度 保護のてびき』
厚生労働省『福祉行政報告例』
総務省『人口推計年報』
4
0
0
0
0
0.0
0
1980
1981
1982
1983
1984
1985
1986
1987
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
0
1980
1981
1982
1983
1984
1985
1986
1987
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
0
0
図 1 − 1 保護率の推移
0
18.0
‰
0
16.0
0
14.0
0
12.0
0
10.0
8.0
6.0
4.0
0
2.0
1,600,000
1,400,000
200,000
5
年度
0
注)保護率とは,1000 人当たりの被保護人員数。
0
‰は,1000 分の 1 とする単位。
0
0
0
図 1 − 2 市部・郡部別被保護人員の推移
人
2,000,000
1,800,000
市部
1,200,000
1,000,000
800,000
600,000
400,000
郡部
年度
図 2 − 1 世帯類型別被保護世帯数の構成比の推移(単位:%)
7.4
8.1
10.9
17.0
その他世帯
38.7
42.9
46.0
32.8
8.4
傷病・障害者世帯
7.6
11.7
母子世帯
12.8
45.5
42.6
2000 年度
2011 年度
37.2
30.3
1980 年度
1990 年度
高齢者世帯
図 2 − 2 世帯人員別世帯数の構成比の推移(単位:%)
7.2
2.4
3.3
0.9
1.7
4.4
8.9
0.5
0.9
2.6
5.6
11.2
5.1
15.9
16.8
0.4
0.7
2.1
5.7
3.3
6 人以上
15.9
19.3
5人
20.3
19.9
4人
55.7
75.7
73.5
64.7
29.9
2人
25.2
1980 年度
3人
1990 年度
2000 年度
2011 年度
2011 年度
一般世帯
被保護世帯
6
1人
図 3 − 1 年齢階級別被保護人員の構成比(単位:%)
0〜5歳
24.8
1980 年度 5.4
15.2
14.0
12.8
13.0
6 〜 19 歳
14.8
被保護人員
20 〜 39 歳
40 〜 49 歳
50 〜 59 歳
12.1
2011 年度
9.7
10.5
23.0
13.6
28.1
60 〜 69 歳
3.0
70 歳以上
0%
20%
40%
60%
80%
100%
図 3 − 2 年齢階級別一般人口の構成比(単位:%)
0〜5歳
1980 年度
21.7
8.9
14.0
31.5
11.0
7.2 5.7
6 〜 19 歳
一般人口
20 〜 39 歳
40 〜 49 歳
50 〜 59 歳
2011 年度
12.8
13.5
24.6
12.5
14.5
17.1
60 〜 69 歳
5.0
70 歳以上
0%
20%
40%
60%
7
80%
100%