(1月15日)「医療過誤事件(患者側代理人の立場から)」

2014 年 1 月 15 日 ロイヤリング講義
講師:弁護士 加藤昌利先生
議事録作成者:池田弘樹
「医療過誤事件(患者側代理人の立場から)」
Ⅰ.自己紹介
平成 12 年に本学に入学し、民法ゼミに所属していた。卒業後は弁護士となり、58 期で
ある。現在、弁護士 10 年目であり、22 年に現在の事務所を立ち上げた。
医療事件に関わることになった経緯をお話ししたい。当初所属した事務所が、医療事件
を取り扱っており、患者側から依頼される医療事件に関する研究会にも所属することに
なった。登録替え後も、何件か医療事件に関する案件を抱えているという状況である。
私は患者側からの話をするが、機会があれば、病院側の視点から医療事件を学んでみる
とよい。
Ⅱ.医療事件の難しさ
医療事件は難しい事件分野とされている。その理由は、専門性、封建制、密室性であ
る。法律知識ではなく、医療知識を求められる専門性、医者同士のかばい合いが実際問
題あるという封建制、そして手術室で何が起きたか患者側からは分かりにくいという密
室性である。
Ⅲ.医療過誤被害者の願い
被害者が弁護士に相談に来た際、背景にどういった気持ちをいだいているか理解する
ことが必要である。原状回復、医療事件で家族を無くせば、家族を返してほしいと思う
のは当たり前である。真相究明、せめて何が起きたのか明らかにしてほしい、反省謝罪、
被害者は病院に謝罪してほしいという気持ちを抱いている。再発防止、同じような被害
に苦しむ人はもう出て欲しくないという気持ちがある。そして損害賠償、自己に対する
償いをしてほしいという気持ちである。法律上責任追及するとなるとどうしても損害賠
償の形を取らざるを得ないが、相談に来ている人は必ずしも金銭が欲しいわけではない。
その背景には、先の気持ちがあるということを理解し、事件処理に当たらねばならない。
Ⅳ.実際の取組
過去に自分が扱った事件を事例として挙げている。事案が単純なので、説明するのに
適している。
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~事例~
X は糖尿病・アルコール性肝硬変にて A 病院に通院していたところ、A 病院が廃院とな
ったので、H16 年 1 月に、Y 病院に転院することとなった。その際の、A 病院からの紹
介状には「アルコール性肝硬変寛解」、主として糖尿病のフォロー実施」との記載があっ
た。それを受けて Y 病院のカルテにも、アルコール性肝硬変、断酒にて寛解との記載が
ある。ただし、Y 病院では、寛解を判断するための検査などは実施していない。Y 病院の
カルテ上の診断名には、糖尿病とともにアルコール性肝硬変の記載がある。
その後、X は Y 病院に、月 1~2 回のペースで通院していた。
この間、主として糖尿病の経過観察(血圧や血糖値の測定等)に重点が置かれ、平成 16
年 11 月に腹部超音波検査を行った以外は、肝臓に対する画像検査は行われず、腫瘍マー
カー測定の測定に至っては全く行われていない。
平成 20 年 4 月になって、GOT・GPT の値の異常に気付いた主治医が、画像検査を行い、
その結果、肝右葉に 15 ㎝大の巨大な肝臓癌が発見された。
その後入院となり、肝動脈塞栓術が行われたが、既に手遅れの状態であり、平成 20 年 7
月●日に突如心停止となり、死去した。
1.依頼者との事前相談
こうした事例があり、遺族の方が相談に来た。我々は、相談を受ける前に、スムーズ
に案件を進めるため、事件の概要をメモ書きにて提出してもらう。研究会で相談を受け
る際には、用意されたフォーマットに記載してもらう。相談することで事態の把握にか
かる時間を省くことが出来る。
肝臓ガンの際、どういった処置をするかなどは、医学文献やインターネットを用いて、
事前に情報収集する。最近は、依頼者側が情報収集し、相談に来ることもある。話が専
門的、事実経過が複雑であるため、その整理のため 1~2 時間かかることが多い。そして
民事訴訟の限界を示す必要があり、甘い見通しを話さないようにしなければならない。
甘い見通しをすれば、あとあと問題になることもある。そして普通の事件と違い、いき
なり訴訟まで受任しない。調査を行う必要があるからである。
2.カルテ
医療事件では必ずカルテを入手する。薬の投与、患者に対する処置、患者の様態が全
てカルテに記載しているからである。
入手の際、カルテ開示の手続き、民事手続の証拠保全というふたつの方法がとれる。最
近は前者の手続で開示してもらうことが多い。大きな病院であれば、抵抗なく開示して
くれる。前者のメリットは費用が安く済む、遺族本人が直接できるという点である。デ
メリットはカルテを改竄される危険性がある、拒否される可能性がある、開示された情
報に漏れがあるかもしれないという点である。
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後者は民訴 234 条に規定されている。具体的には、病院に裁判官と共に向かい、カルテ
を取ってくるということである。いきなり向かうので、改竄する間を与えないというメ
リットがある。そして訴訟前にカルテを見ることが出来るというメリットがある。そし
て裁判所を通じているので拒否されない。デメリットは、弁護士を通じて行うので費用
がかさむという点である。民訴の授業で証拠保全ということを学ぶかもしれないが、具
体的内容まで習うか分からない。折角なので具体的内容を見ていきたい。
資料 1 を見て欲しい。申立の趣旨を説明する。相手方の Y 病院に臨み、検証物目録の提
示を申し立てる。提示命令に関しては、病院が素直に証拠提示を行えば、取り下げる。
病院側が提示を渋った際に、裁判官が提示命令を出す旨を伝え、説得材料にする。検証
物目録に記載する事項をみていくが、検証物目録には病院にある証拠を網羅的に記載し
ている。産婦人科の事件であれば、分娩監視記録などを目録に付す。資料 2 にある A 病
院はすでに潰れており、もう証拠は手に入らないが、診療情報提供書すなわち紹介状を Y
病院に書いているので証拠となる。
そして、事実経過を調べ、陳述書を提出する。一般的な医学文献に掲載されているレベ
ルのことを証拠保全の段階では記載する。
なぜこのような手続を踏まねばならないのかというと、病院に対する理由付けが必要だ
からである。医療事件の場合は改竄の恐れがあり、証拠保全を行わねばならないという
のが典型的な記載内容である。しかし、具体的、説得的な事実を裁判官に主張すること
が必要である。隠ぺいを行いそうな態度を取っているということを申立書に書けば裁判
所も納得してくれる。
3.裁判官面談
4 頁目。裁判官面談。証拠保全の必要性について議論し、補正に関する話し合いを行う。
そして証拠保全当日の流れについても話したりする。カメラマンの手配などもこちらで
やらねばならないので、その相談もする。
4.送達
証拠保全の決定が出ると、病院に対し、送達をしなければならない。改竄させないため
に病院に向かう一時間前に送達を行う。
5.証拠保全の方法
裁判官がカルテをみて、検証調書を作成する。色々な方法があるが、裁判所の書記官が
ビデオで 1 枚 1 枚撮影することもあれば、コピー業者に取ってもらったコピーを提出し
調書に添付してもらうこともある。カルテにおかしなところがないか、代理人もともに
確認する。そして修正後に気付けば、裁判官に指摘する。検証物目録に上げたが、実際
病院にないこともある。そしてそのことを記録に残す。
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6.調査手続
証拠の入手後は、様々な調査を行うため、調査手続を行う。貸金請求事件の場合、重
要な事実や借用書などの証拠書類は、依頼者が把握しているため、すぐに提訴できる。
しかし医療事件の場合はそうではないため、提訴前に入念な調査が必要となる。そもそ
も責任追及が出来るのかを検討する必要がある。相談者に話を聞いても精密な分析は出
来ないため、カルテを入念に調査する。その際、医学知識がなければ病院の処置が適切
であったかなどの判断はできない。医療水準に照らして、処置の適切さを判断せねばな
らない。そういった調査をせずに、病院に過失があると決めつけ、訴訟を起こせば、医
療知識を有している病院には勝てない。
調査とは、具体的に、入手したカルテを読む。カルテは英語で書いてあったり、字が
汚かったりするので読みづらいこともある。最近は電子カルテが普及しており、プリン
トアウトできるが、パソコンで見ることを前提に作成されているので、プリントアウト
すれば読みにくい。これは慣れの問題である。医学事典、英和辞典を引きながら読んで
いく。そして時系列表にまとめたり、検査結果から問題点をあぶり出したりすることで
事件が分かってくるようになる。自分なりにカルテを分析するのである。やはり、その
際医学的知識の入手は必須である。教科書レベルの文献は本屋、ネット、医学部付属図
書館、文献検索サービスにて入手する。薬品が関係する事件では、注意書きなどが記載
されている医薬品の添付文書を、インターネット等で入手し、調査する。記載している
判例は、添付文書の調査の大切さを表している。
・協力医
弁護士がカルテ、医学文献をいくらよんでも素人であるため限界がある。そうした理由
から指導援助してくれる医者を確保する必要がある。確保の方法として、個人的な人脈、
患者代理人の団体を通じた紹介、
「いきなり型」がある。いきなり型とは、特に伝手はな
いものの、当該案件に関連した内容の研究をしている医者に手紙などを差し上げて、当
該事案についてご意見を聞きたいとお願いして、話しをしてもらうという方法である。
私は使わない手法ではあるが、医療事件を多く取り扱う弁護士の先輩がよく使うと言っ
ていた。
その後、協力医と面会する。事前の予習・検討、問題点の列挙が必要である。面会にて
意見を貰い、検討を行う。そうするうちに、法的にどう組み立てていけばよいのか見え
てくる。それと並行して、自分でも調査を行い、浮き上がってきた問題点を基にして、
訴訟や賠償責任追及を問う。逆に、この調査追求時点で責任追及が望めないことが判明
する場合もある。先ほど事例で挙げた肝臓の件は、この時点で責任追及できそうだと協
力医の方がいったので訴訟に持ち込んだ。
7.交渉
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交渉は訴訟とは異なり、病院側と話し合い、賠償を認めるというのであるならば手続
が終わる。しかし病院側もなかなか非があることは認めない。
8.訴訟
民事訴訟法や民放の不法行為について学んでいると思う。ここでは、過失の内容、因
果関係、損害額を立証せねばならない。誰が、何を、いつ行うべきであったか、行うべ
きではなかったか立証しなければならない。医学文献を用い、診療当時の医療水準と比
較して立証する。医療技術は日々進歩するため、事件当時の医療水準で判断しなければ
ならない。
・過失の証明
カルテから推測される事実を提示し、行為義務の不履行を論証していく。その際、協
力医の意見書を利用することが多い。
先の方は、アルコール性肝硬変であった。肝硬変の患者は肝臓がんになる可能性が高い。
一般的な文献によると。それだけリスクが高いので、肝硬変の患者に対しては、定期的な
肝臓がんの検査を行わねばならないとされている。これが当時の一般的な医学的知見であ
った。しかし、そうした検査が行われておらず、これは義務の不履行、過失ではないかと
主張した。そしてこの過失行為と損害の因果関係のメカニズムを明らかにしなければなら
ない。
・因果関係の証明
因果関係に関する重要な判例が 2 つある。ひとつは「ルンバール事件」である。高度の
蓋然性は一般的に 8 割、9 割ぐらいであると言われている。この事件は、作為型の事件、あ
る行為をしてその結果その結果が生まれたという事件を取り扱っている。
一方、この肝がんの事件は不作為の事件であり、作為の事件に比べ、複雑である。
事実を積み重ねていく作為の因果関係の証明に比べると、仮定を積み重ねる不作為の因果
関係の証明は困難である。
平成 11 年 2 月 25 日に最高裁で判決が下された「肝癌見落とし事件」は有名な判例である。
見落とし行為があり、本来行うべき処置がなされなかった。因果関係を示すのに、何を立
証すればよいのか。2 つ考え方がある。ひとつは、正規の処置、検査を行えば死なず、~年
生存できることを立証しなければならないというものである。もうひとつは正しい処置を
行えば、実際に患者が亡くなった時点においては生存していたであろうということを立証
するというものである。最高裁は、患者に有利な後者の考えを採用している。
因果関係の立証は、今現在の医学的な統計や知見を用いてもよい。この事件では肝臓がん
についての統計を用いた。検査を行い早期発見がなされていれば、死亡した時点において
生存していたということを生存率のデータを用いて証明したのである。
・損害論
損害賠償額の基準に関して言えば、交通事故は件数がおおいため基準がしっかりしてい
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る。このため、医療事件でも交通事故の基準を用いているが、果たしてこの基準が適して
いるのかという点に疑問があり、議論がなされている。
因果関係の立証が出来なかった場合はどうなるのか。5 割の因果関係が認められた場合、全
く何の請求もできないのかといえばそうではない。過失がなければ生存していたであろう
相当程度の可能性が認められれば、慰謝料の請求が認められる。しかし相当程度の可能性
に基づいた慰謝料請求だと数百万の請求しかできない。
・訴訟の構成例
資料 3 は私が作成したものであるので参考程度に目を通して欲しい。
・審理手続
資料 4、フローチャートである。裁判所が実際に出しているものである。医療事件特有の
ものとして、資料 5、診療経過一覧表というものがある。医療事件は事実経過が複雑なので、
この診療経過一覧表がある。この表で診療経過が一覧にできる。証人尋問の対象になるの
は担当医師や協力医である。患者が様々な病院を回っているという場合もあるので、ミス
をした医者の前にかかっていた医者を証人として呼ぶこともある。証人尋問には事前準備
が不可欠であり、時間がかかり大変である。
証人尋問で画像を示すこともある。法廷で画像を示す場合、その場で見ている者は画像
の内容を確認できるが、尋問調書等の記録には残らない。そこで、プリントアウトした画
像に色鉛筆で印をつけてもらって、どの画像のどの部分を示して供述しているのかを特定
して記録に残すなどの工夫をすることもある。
医療事件は専門的な事件ゆえ、鑑定人を呼び鑑定をおこなう。かつて裁判所は、安易に
鑑定人に判断を頼り過ぎではないかという批判を受けていた。現在は、医学文献、協力医
の意見書、尋問を行い、どうしてもわからない際に鑑定を行うという運用になっている。
私も鑑定まで行ったことはない。鑑定は患者側に不意な証拠が出ることもあるので、でき
るだけ鑑定に持ち込まない。鑑定以前で立証できるように心がける。
訴訟の終結は、判決という終結のみではなく、和解という終結もある。医療事件の場合
も、和解で終結することが多い。モデルにした案件も和解という結果で終結している。訴
訟の初期段階での和解は殆どなく、争点整理後くらいに和解が行われる場合が多い。和解
の場合、謝罪条項をつけてもらうこともあり、肝臓がんの事件でもこの謝罪条項をいれて
もらった。
9.訴訟後
賠償金の支払いを行う場合、賠償金の額が大きく、病院のみで支払うのは困難である。
よって病院は賠償責任保険に入っていることが多い。
10.最後に
弁護士の業務というのは、様々あるが、こうした医療事件に興味を持ってもらいたい。
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そして医療事件に関する活動に参加してもらえれば良いと思う。
以上
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