日英医学教育の違い

日英医学教育の違い
以前オックスフォード大学への入り方をご紹介しましたが、今回はその後の
大学生活及び大学教育について気が付いたことを報告します。幸い、今現在、
基礎配属で来ている二人の医学部の学生さんと常時接することができます。私
が日本から来ている臨床医ということを知るとなんとなくお互いに親近感が発
生し、オックスフォード大学医学部の様子をいろいろうかがうことができまし
た。題名では日英と大きく出ましたが、正確には私の経験した昭和末期から平
成初期おける名市大医学部と現在のオックスフォード大学医学部との比較とい
うことになります。
大まかにイギリスの医学部のシステムを説明しますと、大学医学部は全部で
6年のコースで、高校を卒業してすぐに入るのは日本と同じです。ただし、6
年は前半3年の pre-clinical course と後半3年の clinical course の二つに
別 れ 、 前 半 は学部 教育(undergraduate course) であり、 後半は 大学院教 育
(graduate course)であるところが日本と違います。話を聞いた中でまず三つの
大きな「無い」に気が付きました。まずはそれらから述べます。
1.教養教育がない。
イギリスでは最年少で18歳で医学部に入る(ここは日本と同じ)のですが
入ってすぐに解剖学、生化学、生理学など我々の言う基礎医学が始まります。
そして教養課程というものが全く存在しません。言うなれば高校を卒業したら
直接大学の専門課程に入るというカリキュラムです。もちろん現在では日本の
医学教育は私が受けた15年前とは様変わりしていることは聞き知っています
が、全く教養科目がないというのは驚きです。それらの科目はいつするのかと
聞いたところ「A levels.(How to enter Oxford Univ.参照)」という答えが返
ってきました。私の経験では大学教養課程での数学や物理や化学は高校課程の
はるかに上のレベルをいくものでしたし、選択科目に関しては将来医師となる
者として幅広い文化的背景を身につけるためには非常によいものだったと記憶
しています。イギリスではそういった一般教養は個人の力量で身につけるもの
という位置づけのようです。
2.外国語教育がない。
英語がないのはあたりまえですが、それ以外の外国語教育も大学では必修と
されてはいません。個人的な興味でコースをとることは可能ですが時間的に無
理だという答えでした。私たちが12歳から無尽蔵なエネルギーを注入してき
た英語や、大学に入ってずいぶんと(私は)苦しんだドイツ語がなく、その時
間を他のことに使えるというのは何ともうらやましい話です。イギリス人にと
って第一外国語はフランス語で、フランス語を話せたり読み書きできることは
教養の高い証のようですが、私達にとっての英語のように何が何でもやらなく
てはいけないものという位置づけではないようです。現在世界で一番英語が汎
用されている影響でしょうか。実は外国語が苦手で苦しんでいるのは英国人も
同じで、英語が通じない海外に赴任している英国人ビジネスマンやその家族に
とって最大の悩みは「外国語」だそうです。
3.国家試験がない。
医学教育そのものは日本と大差はないように感じました。解剖実習もBST
も同じようにあります。私達の世代では基礎、臨床がそれぞれ2年であったの
がこちらはそれぞれ3年というところに時間の余裕を感じさせられます。そし
て国家試験がありません。大学の最終試験に合格すると医師としての免許があ
たえられます。ただし卒後は約3年間にわたる一般臨床研修プログラムがあり
ます。1年目は Junior House Officer と呼ばれ教育病院内で行われる半年の内
科系ローテーションと半年の外科系ローテーションよりなる全員必修の研修で
す。最後に試験を受けて資格を取ることにより次のステップへ進めます。その
後主に二つのコースに別れており、一つは GP (General Practitioner)という一
般かかりつけ医になるコースで約2年の研修後 GP の資格を得ます。もう一つは
そのまま病院勤務医になるコースでこれは Senior House Officer (SHO)と呼ば
れ、3から5年のある程度専門の科に別れた研修をし、最後に試験を受けて資
格を得ます。その後は Registor と呼ばれる一人前の病院勤務医となり、その上
の Consultant と呼ばれる指導医のポジションをねらって行くそうです。もし病
院勤務医のコースをとっても途中で GP になりたい場合は、改めて GP の研修コ
ースを取り直して資格を取らなくてはならないということになります。医師国
家試験がないかわりに、その後の研修期間の試験が大変そうです。医師国家試
験に関しては日本でも戦前は存在せず、始まったのは昭和21年の話です。そ
れまでは大学医学部を卒業する事がすなわち医師免許を取得することでした。
当時はドイツから学んだ医学教育だったので国家試験がないというのはヨーロ
ッパ式ということになるのでしょうか。学位に関しては不可能ではないが臨床
医が PhD コースに進むことは極めて困難なことなので、あまり一般的ではない
という回答でした。
次に日本にはあまりなじみがないけれどもイギリスにあっていいなと思うシ
ステムが二つあったのでそれを紹介します。
1.学生寮の存在。
大学には親元を離れて行くことが一般的な認識であるイギリスでは、どこの
大学も学生寮が充実しています。こちらの寮はちょっとしたワンルームマンシ
ョン的で、快適で清潔です。そして新入生は1年目は原則的に全員寮住まいと
なり、また学生達も喜んで寮にはいります。これには目的があります。最初は
みんなそこの土地も知らないし友人もいないので寮生活で慣れてもらい、快適
な学生生活のスタートを平等に切ってもらうという大学側の計らいです。この
平等という概念(英国では equal opportunity という言葉をよく耳にします。)
はイギリスにおいては建前として大変大事なことです。2年目以降は各人の裁
量に任されており、寮に住み続けたい人はできるだけ希望に添うし、外で自分
で住みたい人はそうしてかまいません。ただし、夏休みや冬休みは必ず寮は空
っぽにしなくてはならず、その間はサマースクールの人のための宿になったり、
学会参加者の宿舎になたりと寮は大活躍です。一般的に大学生が夏休みの間大
学に残るという習慣がイギリスにはありません。ただし、大学院生は寮に住み
続けることができ研究を続けます。大学院生の場合はいわゆる学生寮といった
イメージではなく、一般のフラットのようなものを外部に別館として作ったり、
一般の家を借り上げて中の部屋をそれぞれの個室にしたりなど、かなりプライ
バシーの守られたものです。寮をでた学生達はたいていシェアリングといって
一つの家に5〜6人の学生が共同生活します。ベットルームはプライベートな
空間で、キッチン、バス・トイレ、リビングルームは共通のスペースになり、
だいたい月200ポンドぐらいの家賃になります。ちょっと驚くのは男女区別
なくすむことです。イギリスでは男女の区別が日本ほど厳密ではありません。
リビングルームでテレビを見ながらくつろぐ男子学生の前をお風呂から上がっ
たばかりの女子学生がバスタオル1枚体にまいて「Sorry〜」と言いながら通り
抜ける風景もイギリスではありです。
2.Tutorial system
オックスフォードではすべての学部の学生が教官一人に対して学生二人の組
み合わせで週一回1〜1.5時間の個人授業があります。教官は学生が所属す
るカレッジの教官が行います。この tutorial system こそがオックスブリッジ
の神髄ともいえます。学生たった二人に教官一人とはなんとも贅沢な授業シス
テムということになります。名市大では生化学や生理学などで5〜6人を一グ
ループとしたセミナー形式の授業を経験しましたが、それらが Tutorial に最も
近いイメージです。学生が比較的自分と近い目線で教官から授業してもらえる
メリットは大きいと思います。
ごくごく一部をご報告したにすぎませんが日英にはいくらかの違いがありま
した。しかし、話を聞きながら感じたのは、山を登るのにいろんなルートがあ
ってもたどり着く山頂は同じであるように、お互いに方法は違っていても「よ
い医師になる」という目標に向かっていることには違いないのだなということ
です。二人の医学生が将来立派な医師になる姿を思い浮かべることができまし
た。