2015年9月 国産飼料のみの畜産に挑む、天童市の和農産・矢野社長 山形県天童市の畜産企業、 株式会社和 (なごみ) 農産は飼料の完全国産化に挑戦し、成功した。日 本の畜産農家や畜産企業は長年、ほぼ100%近 く海外からの輸入飼料に頼ってきただけに、画期 的だ。 和農産を率いる矢野仁さん(写真)は現在53 歳。山形県立村山農業高校を経て実家が取り組む 和牛肥育経営を継ぐため、県立上山高校畜産専工 科に入学して専門的に学んだユニークな経歴だ。 2008年に株式会社和農産を立ち上げ、企業手 法の畜産経営に取り組んだ。 現在、和牛肥育が800頭、そして仔牛を受精 して出産させる繁殖牛が300頭で、大規模経営 の部類に入る。国内飼料のプロジェクトに加え、肉質のいい和牛の仔牛確保のために東 北の他地域の繁殖牛経営現場との連携も積極的に進める。畜産経営を川に例えるならば 川下の食肉販売までかかわる6次産業化で、和牛一貫経営をめざしている。 日本の畜産は、飼料用のトウモロコシ、大豆、大麦に関して、ほとんど輸入原材料に 依存してきた。理由は、いずれも日本国内での生産力が弱く、価格面でも国産品は割高 のため、圧倒的な生産力を背景にコスト競争力で強みを発揮する米国産、モノによって は中国産に依存している。それらが輸入されて、国内飼料メーカーで混ぜ合わせた配合 飼料となり、農協系統あるいは専門商社の流通ルートを経て、畜産農家や畜産企業に供 給されている。 問題は、経済安全保障がらみだ。国内の畜産農家は、生産の生命線とも言える飼料を すべて海外に抑えられている。しかも生産コストに占める輸入飼料のエサ代比率が圧倒 的に大きいため、海外で大豆やトウモロコシ生産が天候異変で不作になると、国際商品 市況の高騰という形で影響をもろに受ける。それだけでない。運悪く為替のドル・円レ ートが円安に大きく振れると、輸入価格高という形で跳ね返ってしまう。あおりで畜産 農家によっては経営採算がとれず、廃業を余儀なくされるケースが過去に続出した。輸 入大豆には遺伝子組み換えたものもあり、安全性の問題もつきまとう。 矢野さんは、その呪縛ともいえる輸入飼料を断ち切って、全量、飼料の国産化にチャ レンジした。国内畜産農家にしてみれば、飼料は、海外に100%依存せざるを得ない と思い込んでいた。ところが、供給不安定、割高価格といったことで敬遠していた飼料 を国産ですべてまかなえるとしたら、為替変動ももちろん心配する必要がない。 なぜそれが可能なのだろうか。結論から先に申し上げれば、国内で主食用のコメのだ ぶつきを背景に、政府が水田の新たな活用策として稲作農家に飼料用のコメ生産を行う ように政策誘導し、飼料用米に助成金をつけた。矢野さんは、この制度的な枠組みを活 用して飼料国産化に取り組めば、国内飼料も高くないと踏んでチャレンジを決断した。 矢野さんが飼料の完全国産化を思い立ったのは、2013年に輸入穀物値上がりによ るエサ代高騰で、経営的に苦しんだころだ。 「当時、日本国内で主食用のコメが、在庫 増加を背景にかなり値下がりしました。このため、国は2014年に入って過剰米対策 の一環として、稲作農家に飼料用米生産への政策誘導を行ったのです。そこで、飼料用 米の生産量が増えると、国はその飼料用米の普及消化のために政策的に助成金でバック アップするはず。うまく活用すれば飼料コストの削減チャンスと考えたのです」と述べ ている。 飼料用米に関しては、矢野さんは、山形県内の庄内こめ工房という、専業農家や若手 農業後継者ら120人の大きな生産グループから大量に調達した。山形県庁が当時、飼 料用米を買ってくれるところはないかと販売先を探していた庄内こめ工房を矢野さん につないでくれたのだ。 2014年は飼料用米180㌧を購入することにした。刈り取ったもみ米を乾燥して から飼料工場に搬入し、加熱プレス加工してエサにするやり方をとった。この買い取り 分は田んぼの面積にして25㌶分というから、中途半端な量ではなかった。 問題は、 輸入配合飼料から国産飼料に代替して、 コスト削減効果が出たのかどうかだ。 矢野さんによると、想定どおり、飼料用米には戦略作物助成金があり、それら助成金の 活用で割安になった。しかしコスト的にまだ高かったので、別の対策も講じた。 それは、ソフト・グレーン・サイレージ(SGS)と言って、生のもみ米を乾燥させず に粉砕、そして水を加え水分調整して乳酸菌を吹きかけ発酵させて密封、1か月以上寝 かせ熟成するやり方だ。もみ米の乾燥やもみすり作業が不要になるので、生産コストを かなり抑え込めた。SGS導入によって、輸入穀物の配合飼料に比べ十分に採算がとれ た、という。 矢野さんの心配はむしろ肥育する和牛が、食べなれた輸入配合飼料に代わる国産飼料 用米主体のエサにどう反応するかだったが、慣れてくると、もみ米はほとんど問題なか った。その後、SGS手法による国産飼料にシフトしたら乳酸発酵させたことで牛の健 康にいいオレイン酸が生じて、牛の食欲も増すプラス効果があった。牛肉自体の肉質も よくなった。矢野さんは、これらで飼料国産化の経営判断が正しかったことを実感した という。 (NewsSocra www.socra.net ライターは経済ジャーナリスト・牧野義司)
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