マイナス金利政策のマネーフローへの影響-欧州の事例から

Research Focus
http://www.jri.co.jp
2016 年 2 月 26 日
No.2015-052
マイナス金利政策のマネーフローへの影響
~欧州の事例から得られる日本への示唆~
調査部 研究員 井上肇
《要 点》

日銀のマイナス金利政策導入を受け、金融機関が日銀に預ける当座預金の一部にマイ
ナス金利が課されたほか、わが国債券市場や金融市場においてマイナス金利での取引
が広がるなか、銀行やその他投資家の資金がどこに向かうのかが大きな注目点となっ
ている。

マイナス金利政策を先行して導入している欧州の事例を踏まえると、日本のマイナス
金利政策は、住宅など不動産向け融資を中心に銀行貸出の増加を後押ししたり、不動
産価格を押し上げたりする可能性がある。株式市場では、長期金利の低下による借入
コストの低下期待などから、不動産株が株式市場全体に対してアウトパフォームする
可能性がある。

もっとも、異次元の金融緩和を続けてきたわが国では、既に不動産市場に過熱化の兆
候がみられる。また、住宅ローン金利は過去最低を更新しているものの、家計の所得
の伸びが限られるなか、金利低下による住宅需要の増加、ひいては住宅価格の上昇余
地は限られる可能性がある。

為替市場への影響については、日本と共通点の多いユーロ圏の事例が参考となる。日
銀のマイナス金利政策は、金利面では内外金利差の拡大、資金フロー面では国内投資
家による国外資産へのポートフォリオ・リバランスの動きを促すことを通じて、円安
に作用する可能性がある。
 もっとも、世界的なリスクオフの市場環境が続く限り、国内投資家が積極的に対外投
資を増加させることは想定し難い。米中をはじめとした世界景気の先行き懸念の緩和
や、金融市場の安定化がなければ、日銀のマイナス金利政策が持続的な円安効果を発
揮することはないだろう。今後、日銀のマイナス金利による円安効果が発現した場合
でも、他国も自国通貨高を避けようとする結果、金融緩和による通貨安競争を加速さ
せ、リスクオフのトリガーとなる可能性には注意が必要であろう。
本件に関するご照会は、調査部・研究員・井上肇宛にお願いいたします。
Tel:03-6833-0920、Mail:[email protected]
1
日本総研
Research Focus
1.はじめに
日本銀行は、1月 29 日の金融政策決定会合で、
「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入
を決定した。既存の「量的・質的金融緩和」を継続しつつ、マイナス金利政策を新たに導入するも
のである。金融機関が日銀に預ける当座預金の一部にマイナス金利が課されたほか、わが国債券市
場や金融市場においてマイナス金利での取引が広がるなか、銀行やその他投資家の資金がどこに向
かうのかが大きな注目点となっている。
日銀は、マイナス金利政策(量的緩和政策を含む)が経済に影響を与える経路として、①名目金
利を引き下げる一方、予想物価上昇率を引き上げることによって、実質金利を引き下げ、消費や投
資を刺激すること、②金利の引き下げにより、運用主体のポートフォリオ・リバランスを促すこと、
の2つを主に想定している。後者は、日銀が金融機関の日銀当座預金の一部にマイナス金利を課す
ことや、国債などの資産買い入れを行うことを通じて、銀行やその他投資家が資金を国債などのリ
スクの低い資産から貸出や株式などの相対的にリスクの高い資産に振り向けることを期待したもの
である。投資家の資金が為替ヘッジなしで外債などの海外資産に向かえば、通貨安に作用する可能
性もある。マイナス金利政策がマネーフローに与える影響を考えるうえでは、とりわけ後者の「ポ
ートフォリオ・リバランス」効果が発現するかが注目される。
欧州では、日銀に先行してマイナス金利政策を導入している。まず、デンマーク国立銀行が 2012
年7月に1週間物 CD 預金金利をマイナス化した(図表1)。2014 年4月に一時プラスに引き上げ
たものの、同年9月からマイナスに戻し、以後段階的にマイナス幅を拡大した。ユーロ圏の中央銀
行である ECB は 14 年6月に預金ファシリティ金利をマイナス化した(図表2)。その後、スイス
国立銀行は 14 年 12 月にスイスフラン Libor3ヵ月物誘導目標と通知預金金利、スウェーデン中央
銀行(リクスバンク)は 15 年2月にレポ金利をそれぞれマイナス化した(図表3、4)。
本稿では、欧州のマイナス金利政策のマネーフローへの影響を考察し、日本へのインプリケーシ
ョンを探りたい。
(%)
2.0
貸出金利
1.5
当座預金付利金利
1.0
(図表2)ECBの政策金利
(%)
(図表1)デンマーク国立銀行の政策金利
1週間物CD預金金利
3.0
限界貸出ファシリティ金利
2.5
リファイナンス金利
2.0
預金ファシリティ金利
1.5
0.5
1.0
0.0
0.5
▲ 0.5
0.0
▲ 1.0
▲ 0.5
10
11
12
13
14
15
(資料)Bloomberg L.P.
16
(年/月)
10
▲ 0.5
▲ 1.0
▲ 1.5
11
12
13
14
15
15
16
(年/月)
限界ファシリティ金利
レポ金利
預金ファシリティ金利
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
▲ 0.5
▲ 1.0
▲ 1.5
0.0
10
14
(図表4)スウェーデン中央銀行の政策金利
0.5
(資料)Bloomberg L.P.
13
(%)
スイスフランLibor3ヵ月物誘導目標:上限
通知預金金利
スイスフランLibor3ヵ月物誘導目標:下限
1.0
12
(資料)Bloomberg L.P.
(図表3)スイス国立銀行の政策金利
(%)
11
16
(年/月)
10
11
12
13
14
(資料)Bloomberg L.P.
2
日本総研
15
16
(年/月)
Research Focus
2.銀行貸出への影響
ECB は、マイナス金利政策をはじめとした一連の金融緩和策の効果として、民間向け信用の拡大
(貸出の増加)を指摘している。ユーロ圏では金融機関の民間向け貸出残高が 2012 年5月以降、
前年割れの状況が続いていたものの、15 年初めにかけて前年比プラスに転換した(図表5)
。ECB
による 14 年6月のマイナス金利導入や 15 年3月の国債購入開始等の金融緩和策に一定の効果があ
ったとみなすことができるだろう。もっとも、15 年春以降、民間向け貸出が伸び悩んでおり、EC
Bの想定通りには緩和効果が浸透していないのが実情である。貸出の内訳をみると、貸出で伸びて
いるのは家計向け(大半が住宅ローン)であり、非金融企業向けは低迷が続いている。
ユーロ圏以外のマイナス金利政策導入国では、マイナス金利政策の銀行貸出への影響は不明瞭で
ある。12 年7月に導入したデンマークでは、12 年半ば以降、国内向け貸出の伸びが鈍化し、13 年
は前年割れが続いた(図表6)。スイスでは、14 年 12 月に導入後、国内向け貸出の伸びが鈍化した
(図表7)。スウェーデンでは、15 年2月に導入する以前から、銀行貸出の堅調な伸びが続いてい
た(図表8)
。ただし、ユーロ圏と共通するのは、これらの国でも住宅ローン(ないしは不動産)向
け融資が総じて堅調であることである。
(図表5)ユーロ圏の民間向け貸出残高(前年比)
(図表6)デンマークの国内向け貸出残高(前年比)
(%)
3
その他
家計
非金融企業
国内向け合計
(%)
3
2
2
マイナス金利導入
(2014/6)
1
1
0
0
▲1
▲1
その他金融
家計
非金融企業
民間向け合計
▲2
▲2
▲3
10
11
12
13
14
15
(資料)ECB
16
(年/月)
(図表7)スイスの国内向け貸出残高(前年比)
(%)
6
5
不動産
不動産以外
国内向け合計
マイナス金利導入
(2012/7)
▲3
10
11
12
13
14
15
16
(年/月)
(資料)Danmarks Nationalbank
(図表8)スウェーデンの企業・家計向け貸出残高(前年比)
非金融企業
家計:住宅ローン
家計:住宅ローン以外
企業・家計向け合計
(%)
マイナス金利導入
(2014/12)
7
6
4
5
3
4
2
3
2
1
1
0
0
▲1
▲1
▲2
▲2
マイナス金利導入
(2015/2)
▲3
▲3
10
11
12
(資料)Swiss National Bank
13
14
15
10
16
(年/月)
11
12
13
14
(資料) Statistics Sweden/Sveriges Riksbank
3
日本総研
15
16
(年/月)
Research Focus
3.不動産市場・株式市場への影響
ユーロ圏以外でマイナス金利を導入している3ヵ国では、住宅ローン(不動産向け融資)の増加
と符合して、いずれの国でも住宅価格の上昇傾向が鮮明となっている(図表9)。ユーロ圏の住宅価
格は、加盟国ごとのばらつきが大きいものの、ドイツの上昇傾向が目立つ格好となっている。マイ
ナス金利政策は、住宅ローン金利を引き下げ、住宅需要を刺激することなどを通じて、住宅価格の
押し上げに作用している可能性がある。加えて、ユーロ圏では、ECB が全加盟国に対して単一の金
融政策を運営するなか、相対的に景気が堅調なドイツにとって現行の金融政策が過度に緩和的にな
っている可能性もある。実際、ユーロ圏主要国の適正と考えられる政策金利の水準を潜在成長率や
インフレ率などを基に算出すると、ドイツにとって適正と考えられる政策金利水準よりも実際の政
策金利が低くなっていることを示唆している(図表 10)。
なお、スイスとデンマークの用途別の不動産価格の推移をみると、商業用不動産価格なども上昇
傾向にあるものの、住宅価格に比べると上昇ペースは緩やかにとどまっている(図表 11、12)。
(図表9)欧州の住宅価格
(2010年
=100)
ユーロ圏
ドイツ
フランス
スウェーデン
140
130
(図表10)ユーロ圏主要国の適正政策金利水準
デンマーク
スペイン
イタリア
スイス
ドイツ
フランス
イタリア
スペイン
実際の政策金利
(%)
6
4
120
2
110
0
100
90
▲2
80
▲4
70
▲6
60
10
11
12
13
14
99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 (年)
15
(年/期)
(資料)Eurostat、Wuest & Partner AG, Switzerlandを基に
日本総研作成
(注)出所はスイスがWuest & Partner AG, Switzerland、
それ以外の国(EU諸国)がEurostat。
(資料)DG ECFIN、ECBを基に日本総研作成
(注1)適正政策金利はテイラールールに基づいて算出。
適正政策金利=潜在成長率+0.5×(実際のインフレ率
-目標インフレ率2%)+0.5×GDPギャップ
(注2)政策金利は、リファイナンス金利。
(図表11)スイスの用途別不動産価格指数
(2010年
=100)
一戸建て住宅
賃貸マンション
持家共同住宅
オフィス不動産
工業用不動産
120
115
(図表12)デンマークの用途別不動産価格指数
一戸建住宅
店舗兼用住宅
商業用不動産
工業用不動産・倉庫
農業用不動産
休日用別荘
保有者占有アパート
(2010年
=100)
130
120
110
110
100
105
90
80
100
70
95
10
11
12
13
14
60
15
(年/期)
(資料)Wuest & Partner AG, Switzerlandを基に日本総研作成
10
11
12
13
14
(資料)STATISTICS DENMARKを基に日本総研作成
(注)4四半期移動平均。
4
日本総研
15
(年/期)
Research Focus
次に、ユーロ圏の株価指数を用いて、株式市場全体の指数の動きと不動産市場の動向を反映しや
すい不動産株指数を比較してみると、ECB が 14 年6月にマイナス金利政策導入後、不動産株指数
が株式市場全体の指数をアウトパフォームする傾向がみられる(図表 13)。もっとも、ECB がマイ
ナス金利を導入して以降の不動産株指数の相対パフォーマンスは、マイナス金利政策を導入してい
ない英国の方がユーロ圏よりも高くなっている。この間、ユーロ圏だけでなく、英国でも長期金利
が低下しており、マイナス金利政策の導入そのものではなく、長期金利が低下したことが借入コス
トの低下期待などを高め、不動産株の上昇につながった公算が大きい(図表 14)。
(図表13)不動産株の相対パフォーマンス
ECBの預金ファシリティ金利(左)
(%)
ユーロ圏不動産株の相対パフォーマンス(右)
6
英国不動産株の相対パフォーマンス(右)
5
4
3
2
1
0
▲1
08
09
10
11
12
13
14
6
(2014/6
=100)
イングランド銀行の政策金利(左)
15
(図表14)ユーロ圏、英国の長期金利とECB
の預金ファシリティ金利
(%)
ドイツ10年国債利回り
5
160
150
140
130
120
110
100
90
80
70
60
ECBの預金ファシリティ金利
4
3
2
1
16
(年/月)
(資料)BOE、ECB、Bloomberg L.P.を基に日本総研作成
(注)相対パフォーマンスは、不動産株指数を株式市場全体の
指数で除し、ECBがマイナス金利を導入した2014年6月
を100として指数化。株価指数は、英国が FTSE350指数、
ユーロ圏がストックス600指数。
英国10年国債利回り
0
▲1
08
09
10
11
12
13
14
15
16
(年/月)
(資料)ECB、Bloomberg L.P.
4.為替相場への影響
(1)ユーロ
ECB は為替相場が金融政策の目標ではないとの見解を折に触れて示しているものの、ECB がマ
イナス金利を導入した 2014 年半ば以降、結果的に為替市場ではユーロ安が進行した。ユーロの対
ドル相場は、歴史的にみて政策金利見通しを反映しやすい独米2年債利回り格差と高い連動性があ
る(図表 15)。ECB が 14 年6月以降マイナス金利の導入を含め金融緩和の強化に動く一方、米 FRB
が金融政策の正常化を進めたことから、独米金利差のマイナス幅が拡大した。こうした米欧の金融
政策のかい離がユーロ安に作用した公算が大きい。
もっとも、15 年春から秋にかけては、断続的にリ
スクオフの市場環境となるなか、ユーロ売り持ち
(図表15)ユーロドル相場と独米2年債利回り格差の推移
(%)
0.2
(ドル)
1.45
↑ユーロ高
ポジションの巻き戻しが進み、ユーロ反発地合い
0.0
1.40
となるなど、金融緩和による通貨安効果には限界
▲ 0.2
1.35
▲ 0.4
1.30
▲ 0.6
1.25
もみえる。
14 年半ば以降のユーロ安は、ユーロの基礎的な
需給(経常収支+証券投資+直接投資)の動向か
▲ 0.8
▲ 1.2
らも説明できる。ユーロ圏では、経常黒字に伴う
▲ 1.4
ユーロ高圧力を証券投資、直接投資を通じた資金
▲ 1.6
流出に伴うユーロ安圧力が打ち消す構図となって
(資料)Bloomberg L.P.
5
1.20
独米金利差(左)
(独-米)
ユーロドル相場(右)
▲ 1.0
1.15
1.10
1.05
↓ユーロ安
12
13
14
日本総研
15
1.00
16
(年/月)
Research Focus
いる(図表 16)。基礎的な需給のうち、ECB がマイナス金利を導入した 14 年半ば以降、証券投資、
なかでも債券投資で資金の流れが大きく変化した。ユーロ圏の証券投資を対外・対内に分けてみる
と、対外証券投資は、中長期債を中心に買い越され、ユーロ圏からの資金流出超が続いている(図
表 17)。マイナス金利の環境下に置かれた域内の投資家が少しでも高い運用収益を求めて域外へ資
金を振り向けている可能性が大きい。もっとも、15 年夏から秋にかけては、リスクオフの市場環境
となるなか、対外証券投資の買い越し幅が縮小する場面があった。このことは、対外証券投資が増
加するには、投資家がリスクを取りやすい市場環境が必要なことを示している。
一方、対内証券投資は、ECB が量的緩和に動いた 14 年末から 15 年春にかけて盛り上がる場面
があったものの、ユーロ圏債券市場にマイナス金利が広がった 14 年後半やマイナス金利が定着し
た 15 年夏場以降は、中長期債を中心に売り越され、ユーロ圏からの資金流出超となった(図表 18)。
この結果、対外・対内証券投資をネットした額は、ユーロ圏からの資金流出超となる傾向が続いて
おり、こうした資金フローがユーロ安に作用してきた公算が大きい(図表 19)。
以上のように、ECB のマイナス金利政策をはじめとした一連の緩和策は、金利面では内外金利差
の拡大、資金フロー面では域内外の投資家に域外資産へのポートフォリオ・リバランスを促すこと
などにより、ユーロ安に作用したとみられる。ただし、ユーロの事例は、リスクオフの市場環境下
では、金融緩和による通貨安効果が限られることを示している。
(億ユーロ)
5000
4000
3000
2000
1000
0
▲ 1000
▲ 2000
▲ 3000
▲ 4000
(図表16)ユーロの基礎的な需給
(ドル)
1.6
1.5
1.4
1.3
1.2
1.1
1.0
0.9
0.8
↑ユーロ圏への資金流入
↓ユーロ安
↓ユーロ圏からの資金流出
09
10
11
12
13
14
15
(年/月)
証券投資
経常収支
直接投資
計
ユーロドル相場(右)
(資料)ECB、Bloomberg L.P.
(注)いずれも12ヵ月累計。証券投資、直接投資は、対内、対外
をネットしたもの。
(億ユーロ) (図表18)域外からの対ユーロ圏証券投資
1000
↑ユーロ圏への資金流入超
(買い越し)
800
↑ユーロ圏への資金流入超
(売り越し)
0
▲200
▲400
↓ユーロ圏からの資金流出超
(買い越し)
▲600
12
13
14
15
(年/月)
中長期債
短期債
(資料)ECB
(注)いずれも3ヵ月移動平均値。
(億ユーロ)
600
株式
計
(図表19)ユーロ圏の対内・対外証券投資
↑ユーロ圏への資金流入超
400
600
400
200
200
0
0
(図表17)ユーロ圏からの対外証券投資
(億ユーロ)
200
▲200
▲200
↓ユーロ圏からの資金流出超
(売り越し)
▲400
▲600
12
中長期債
13
14
短期債
(資料)ECB
(注)いずれも3ヵ月移動平均値。
ネット債券投資
ネット株式投資
ネット証券投資
▲400
15
株式
▲600
(年/月)
計
↓ユーロ圏からの資金流出超
▲800
12
13
14
(資料)ECB
(注)いずれも3ヵ月移動平均値。
6
日本総研
15
(年/月)
Research Focus
(2)ユーロ以外
ユーロ圏以外のマイナス金利導入国では、マイナス金利政策をはじめとした金融緩和策が為替市
場での自国通貨売り介入との「合わせ技」により、通貨高の抑制に一定の効果を上げていると推察
される。ただし、これらの国では、金融政策が対ユーロでの為替相場安定に割り当てられている側
面が強いことには留意する必要がある。
デンマークは、為替相場メカニズム(ERM2)に参加し、自国通貨の対ユーロ相場の許容変動幅
を±2.25%に設定しており、為替相場の安定が金融政策の最大の目標である。デンマーク国立銀行
は、基本的に金融政策を ECB に追随させ、状況によっては為替市場に介入することで目標を達成
している。このため、同中銀は、ECB が 2012 年7月に預金ファシリティ金利を0%に引き下げた
翌日に、1週間物 CD 預金金利をマイナスに引き下げた(図表 20)。その後、同金利を 14 年4月か
ら一時プラス化したものの、同年9月に再びマイナス化し、その後段階的にマイナス幅を拡大した。
デンマーククローネの対ユーロ相場は、ECB がマイナス金利を導入した 14 年半ばから量的緩和導
入に動いた 15 年初にかけて上昇したものの、同期間を除けば概ね横這いで推移している。
スイス国立銀行は、14 年 12 月にスイスフラン Libor3ヵ月物の誘導目標をマイナスに引き下げ
た(図表 21)。この背景には、ECB の量的緩和導入観測が高まるなか、当時通貨防衛水準に設定し
ていた対ユーロでのスイスフランの上限(1ユーロ=1.20 スイスフラン)を維持できなくなるとの
懸念があったとみられる。スイス国立銀行は、15 年 1 月にスイスフランの上限を突然撤廃すると同
時に、マイナス金利幅を拡大させる措置をとった。スイスフランは上限撤廃直後こそ急騰したもの
の、その後は緩やかながらもフラン安基調となっている。
スウェーデン中銀は 15 年2月にレポ金利をマイナスに引き下げた(図表 22)。同中銀は、マイナ
ス金利とともに量的緩和政策も導入し、その後
(図表20)デンマークの金融政策と為替相場
数次にわたってマイナス金利幅と資産買い入れ
規模を拡大している。この背景には、同中銀は
インフレ目標政策を採用しており、ECB の一連
の金融緩和策により、対ユーロでスウェーデン
クローナが上昇し、国内のディスインフレ圧力
が強まることに対する懸念があったと推測され
▲
▲
▲
▲
る。スウェーデンクローナの対ユーロ相場は、
1.4
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
7.44
7.45
7.46
(図表21)スイスの金融政策と為替相場
7.47
↓自国通貨安
12
13
14
(資料)Bloomberg L.P.
で、概ね横這い圏内での推移が続いている。
(フラン/ユーロ)
中銀通知預金金利(左)
0.90
0.4
スイスフランの対ユーロ相場(右)
0.95
0.2
1.00
0.0
1.05
1.10
▲ 0.2
1.15
▲ 0.4
1.20
1.25
▲ 0.6
1.30
↓自国通貨安
▲ 0.8
1.35
11
12
13
14
15
16
(年/月)
(資料)Bloomberg L.P.
7.43
11
中銀が数次にわたって金融緩和を強化するなか
(%)
(クローネ/ユーロ)
1週間物CD預金金利(左)
デンマーククローネの対ユーロ相場(右) 7.42
(%)
15
7.48
16
(年/月)
(図表22)スウェーデンの金融政策と為替相場
(クローナ/ユーロ)
レポ金利(政策金利、左)
スウェーデンクローナの対ユーロ相場(右) 8.0
8.2
8.4
8.6
8.8
9.0
9.2
9.4
9.6
↓自国通貨安
9.8
11
12
13
14
15
16
(年/月)
(資料)Bloomberg L.P.
(%)
2.2
2.0
1.8
1.6
1.4
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
▲ 0.2
▲ 0.4
7
日本総研
Research Focus
5.まとめ
欧州の事例を踏まえると、日本のマイナス金利政策は、住宅など不動産向け融資を中心に銀行貸
出の増加を後押ししたり、不動産価格を押し上げたりする可能性がある。株式市場では、長期金利
の低下による借入コストの低下期待などから、不動産株が株式市場全体に対してアウトパフォーム
する可能性がある。
もっとも、異次元の金融緩和を続けてきたわが国では、銀行による不動産向けの新規貸出が 2015
年にバブル期を超え、26 年ぶりに過去最高となるなど、既に不動産市場に過熱化の兆候がみられる。
また、日銀のマイナス金利導入を受け、住宅ローン金利は過去最低を更新しているものの、家計の
所得の伸びが限られるなか、住宅取得能力はさほど改善しておらず、金利低下による住宅需要の増
加、ひいては住宅価格の上昇余地は限られる可能性がある。
為替市場への影響については、日本が経常黒字国であることや、円がドルやユーロに次ぐ主要通
貨であり、日本は為替介入を極力すべきではない立場にあること等を踏まえると、日本と共通点の
多いユーロ圏の事例が参考となるだろう。日銀のマイナス金利政策は、金利面では内外金利差の拡
大、資金フロー面では国内投資家による国外資産へのポートフォリオ・リバランスの動きを促すこ
とを通じて、円安に作用する可能性がある。
もっとも、世界的なリスクオフの市場環境が続く限り、国内投資家が積極的に対外投資を増加さ
せることは想定し難い。米中をはじめとした世界景気の先行き懸念の緩和や、株価・原油など金融
市場の安定化がなければ、日銀のマイナス金利政策が持続的な円安効果を発揮することはないだろ
う。また、ユーロ圏の周辺国が ECB の金融緩和による自国通貨高圧力を緩和するためにマイナス
金利政策の導入を余儀なくされたことが示すように、今後、日銀のマイナス金利による円安効果が
発現した場合でも、他国も自国通貨高を避けようとする結果、金融緩和による通貨安競争を加速さ
せ、リスクオフのトリガーとなる可能性には注意が必要であろう。
以上
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日本総研
Research Focus