不安の自己実現に注意 藤代 宏一

Global Market Outlook
不安の自己実現に注意
2016年2月12日(金)
第一生命経済研究所 経済調査部
藤代 宏一
TEL 03-5221-4523
ECB、日銀のタイムリーな緩和策によって事態が好転したと思ったのも束の間、再びグローバルリス
クオフが進行中。日経平均は遂に15000円台に沈み、USD/JPYは一時110円台に突入した。ここへ来てグロー
バル投資家を恐怖に晒しているのは中国不安、原油安も去ることながら米経済に対する不安。こうした局
面は何度も経験しているが、今回の対象は「減速」ではなく「後退」なので根が深い。米経済に対する見
方は、11-12月雇用統計NFPが異常なほど強かったため、数週間前まではその不安は封じ込められていた。
しかしながら、予想どおりとはいえ、GDP(4Q)が僅か前期比年率+0.7%に落ち込み、1月雇用統計
でNFPが減速したことによって、強気派をサポートするデータがなくなり、不安が一気に表面化してし
まった印象だ。
以下、直近の米指標を整理することで投資家の懸念がどこにあるのか検証する。米指標に目を向けると、
シンボリックなISM製造業指数が悪化基調にあるほか、設備投資の先行指標である耐久財受注が不振を
極めるなど、製造業の苦境を示すデータが相次いでいる。実際、鉱工業生産の弱さは深刻で、3ヶ月前比
年率でみたモメンタムは金融危機後で最も弱い。また、これまでよく持ち堪えてきたサービスセクターも
ISM非製造業指数が3ヶ月連続で低下するなど冴えない。このよう企業部門は厳しい状況に置かれてお
り、SNAベースの企業収益は前年比で2桁の下落が見込まれ、S&P500採用銘柄の4Q決算は現時点で
前年比▲4.1%と2四半期連続で前年比減益となっている(トムソン・ロイター集計)。業種別にみると、
エネルギーセクターのみならず、金融、公益、素材などに弱さが波及している点が気掛かりだ。
ISM製造業景況指数
千
65
コア資本財受注
(10億㌦)
80
60
75
55
70
50
65
45
60
40
55
35
50
45
30
05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15
(備考)Thomson Reutersにより作成 太線:3ヶ月平均
00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16
16
(備考)Thomson Reutersにより作成
(%)
米 鉱工業生産
ISM非製造業
60
10
55
5
50
0
-5
45
-10
40
-15
35
-20
05
06
07
08
09
10
11
(備考)Thomson Reutersにより作成 3ヶ月前比年率
12
13
14
15
07
16
08
09
10
11
12
13
14
15
16
(備考)Thomson Reutersにより作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
1
米 企業利益
(10億㌦)
2300
14 (%)
12
10
8
実績
6
4
2
0
-2
-4
-6
3Q
4Q
2000
1700
1400
1100
800
500
00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15
(備考)Thomson Reutersにより作成 SNAベース
一般消費財
生活必需品
エネルギー
金融
ヘルスケア
一般産業
素材
テクノロジー
通信
公益
S&P500 増益率
1Q
2Q
3Q
4Q
通年 通年
2015
2016
(備考)Thomson Reutersにより作成
2015 4Q 増益率
(%)
Consumer Discretionary
9.6
Consumer Staples
-1.3
Energy
-75.4
Financials
2.2
Health Care
8.5
Industrials
-1.8
Materials
-18
Technology
0.2
Telecom
18.9
Utillities
-9.3
63%の企業が発表を終えた時点
2015 2016
一方、企業部門の苦境をよそに家計部門は健闘している。名目個人消費支出は除く食料・エネルギーベ
ースで前年比+4%超の伸びが確保されており、なかでも自動車販売台数は1758万台(季節調整済年換算)
と景気拡大局面にふさわしい水準にある。とりわけSUVなど高級車が多く含まれるライトトラックは
1015万台とガソリン安を追い風に好調な推移が続いている。なお、筆者は自動車販売統計が、米GDPの
7割を占める個人消費の基調を読むうえで最も重視すべきデータと考えており、その好調持続は消費者が
高額消費に前向きであることの現れだと判断している。消費者は十分な所得と楽観的な将来見通しがなけ
れば、自動車という高額耐久消費財の購入を決断できない。金融市場の混乱をよそに2月以降も順調な販
売台数が維持されれば、景気後退懸念はある程度和らぐだろう。
(前年比、%)
10
名目個人消費支出
(百万台)
米
自動車販売台数
18
8
16
6
14
12
4
10
2
8
0
6
4
-2
2
-4
普通乗用車
ライトトラック
(大型車)
0
00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16
(備考)Thomson Reutersにより作成 除く食料・エネルギー
05 06 07 08 09 10 11 12
(備考)Thomson Reutersにより作成。3MA
13
14
15
16
また、家計の前向きな姿勢は住宅関連指標にも反映されている。過去数ヶ月はローン規制の変更など
幾つかのテクニカル要因で販売統計は攪乱されてきたが、速報性に優れた最新のデータは再加速のシグ
ナルを発しており、住宅市場の回復継続をサポートしている。先行指標のNAHB住宅市場指数は60超
というブーム領域にあり、MBAモーゲージ申請指数は著しい上昇基調にある。それでもなお住宅投資
が歴史的に抑制された水準にあることを踏まえると、住宅セクターの改善余地は大きい。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
2
NAHB住宅市場指数
80
(千件)
9000
NAHB住宅市場指数・住宅販売件数
55
70
8000
60
50
7000
40
6000
30
NAHB購入
見込み客指数(右)
45
35
5000
25
10
4000
0
3000
住宅販売件数 15
(新築+中古)
5
20
00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16
(備考Thomson Reutersにより作成
250
240
230
220
210
200
190
180
170
160
150
00
03
06
(備考Thomson Reutersにより作成
(%)
MBA住宅ローン申請指数(新規購入)
09
12
15
米住宅投資(GDP比)
7
6
5
4
3
2
11
12
13
14
15
(備考Thomson Reutersにより作成 4週移動平均
80 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14
(備考)Thomson Reutersにより作成
16
とはいえ、こうも企業部門の不振が深刻になると、雇用に対する不安が生じてくる。そうしたなかで
注目される新規失業保険申請件数は減少基調が完全に一服しており、最近は増加基調にある。現時点で
は、それが労働市場軟化の始まりなのか、単に過去数ヶ月の反動なのか判然としないが、何れにせよ昨
年央と比較して労働市場の量的改善ペースが緩んでいることは事実。実際、前年比でみた改善ペースは
NFPと失業保険申請件数がともに鈍化しており、ここに注目している投資家は多いだろう。ここから
失業保険申請件数が30万件を突破するような事態となれば景気後退懸念が更に高まるが、反対に25万件
に向けて減少基調を辿るなら悲観論が後退するだろう。筆者は①暖冬による12月までの雇用増に対する
反動②冬のセールの強化とそれに伴う臨時雇用者の解雇が最近の失業保険申請件数を押し上げていると
みており、そうした特殊要因が剥落すれば投資家を安心させる領域に戻ると判断している。もっとも、
そうした一時的要因が剥落するであろう3月頃までに失業保険申請件数が低下基調に回帰しない場合は、
労働市場の回復に疑念を深めるべきだ。
新規失業保険申請件数
(千件)
(前年比、%)
雇用者数・新規失業保険申請件数
6
400
-50
4
370
(前年比、%)
失業保険(右)
-10
2
NFP
340
-30
10
0
30
310
-2
280
-4
250
12
13
14
15
50
R² = 0.64
70
-6
16
80
85
90
95
00
05
10
(備考)Thomson Reutersにより作成 3ヶ月平均の前年比
(備考)Thomson Reutersにより作成。太線:4週移動平均
90
15
以上みてきたように米経済は企業部門の落ち込みが深刻な一方、米経済の根幹となる家計の力強さは
健在なので、リセッション懸念はやや過剰な懸念に思える。好調な家計部門が企業部門の不振を補うこ
とで成長は可能だろう。当然のことながら、企業部門の不振が家計に波及することも考えられるのだが、
家計には原油安によってセーブされたおカネが残されているため、それがバッファーとなり消費は底堅
さを維持するだろう。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
3
米 貯蓄率・消費者マインド
(%)
10
0
マインド悪化
(貯蓄率上昇)
9
20
8
40
7
貯蓄率
マインド改善
(貯蓄率低下)
6
60
5
80
4
消費者信頼感(右)
3ヶ月先行
3
2
100
120
05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16
(備考)Thomson Reutersにより作成 共に3ヶ月平均
最後に何故、投資家が俄かに米経済のリセッションを懸念するようになったのか考えてみると、やはり
今回の景気拡大局面が既に7年程度経過していることが大きい。月次の経済指標が著しく悪化した訳でも
ないのに、米景気の見通しが激変してしまった背景は「過去の経験則に従うと、そろそろピークアウト」
と考え始めた投資家が急増した結果だろう。経済の伸びしろという意味では失業率の低下余地が少ない。
仮に今次サイクルにおける失業率のボトムを4%と想定した場合、現実の失業率は5%程度なので、先行
きをこれまでの低下ペースで延伸すると、残り1年半~2年が“失業率低下を見れる”時間となる。先回
りして下山の準備を急ぐ投資家が殺到したのだろう。年初からの金融市場の波乱に鑑みると、不安が自己
実現してしまうリスクが高まっており、目先的なリスクは下向きに偏っている。
失業率
11(%)
10
9
8
7
6
5
4
3
94
96
98
00
02
04
06
08
10
12
14
16
(備考)Thomson Reutersにより作成
、
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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