新しい高大接続と大学経営のポイント

ECO-FORUM Vol. 31 No. 2
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巻頭言
新しい高大接続と大学経営のポイント
鈴 木
寛
東京大学教授・慶應義塾大学教授
文部科学大臣補佐官
本年9月に高大接続システム改革会議から「中間まとめ」が公表された。今回は高校の次
期学習指導要領の改訂と、大学のアドミッションポリシー、カリキュラムポリシー、ディプ
ロマポリシーの改革を同時にやるところに特徴がある。これからの高校生・大学生を貫く教
育方針は、知識・技能に加えて思考力・判断力・表現力、主体性・協働性・多様性というも
のを大事にするという方向性を打ち出した。
20世紀の工業社会における教育は、暗記力とその再現力を磨くことを主眼にしてきたが、
これからは人工知能に代表されるデジタル技術の時代だ。今後、人工知能が多くの職業に
とってかわっていくのであれば、最後に人間に問われるのは機械や人工知能に置き換えるこ
とができない主体性、多様性となる。日本の教育の一番の問題点は若者が受け身になってい
ることだ。それを、どうやってアクティブラーナーにしていくか。そして、グローバル化の
中で、同質な集団の中でのチームワークではなく、異文化を超えたコラボレーションを重要
視していく必要がある。
そうしたなか高大接続改革のポイントは3つある。まず1つは技能・知識の定着だ。いま一般
入試を受けずに大学に進学する高校生は27万人程度いる。この層は必ずしも知識・技能の定着
が十分でない。そこで「高等学校基礎学力テスト」を導入して高校段階における PDCA を回
し、学力修得重視の方向へ変えていく。一方、大学はそれぞれの学部学科で欲しい人材像を、
アドミッションポリシーに明記する。学力も大事だが、介護・看護などのソーシャル・ヒュー
マン・サービスにおいては無断欠勤・遅刻をしない、人への思いやりという人間力も大事。一
方で、グローバル人材を育てる学科であれば、メンタルなタフネスが要求される。同じ学力水
準であっても学部学科によって要求する人材像は異なるはずで、入試もそれに対応していく。
2つ目は、知識・技能の定着は十分だが、それを使った深い思考や表現、判断が十分でな
い層への対応だ。知識を問うマークシート中心の入試で大学に進学している33万人の大層が
そうだ。高校3年間で論述や記述、長文読解、議論などの深い思考や豊かな表現力を問うこ
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Institute of Statistical Research
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とによって、単に暗記するのではなく、しっかりと考えられるようにする。それを「大学入
学希望者学力評価テスト」などで評価する。
3つ目は東大、京大、慶應のように論述や記述式の数学といった思考力・表現力を問う入
試を突破して入学してくる学生であっても、十分に身に着けているとはいえない主体性・協
働性・多様性を、いかに磨いていくかだ。そのポイントは高校3年間にプロジェクトベースド
ラーニング(PBL)と呼ばれる、実際の社会と関わって多様な人と多様な現場で何かのプロジ
ェクトを実現する学習をすることだ。一発試験でこうした能力を評価することは難しいので、
慶應 SFC が始めた AO・推薦入試を有力大学でも充実し、高校3年間の活動を評価していく必
要がある。この9月に国立大学は入学定員の3割を AO・推薦枠にしていく方針を決めた。
要は「書を読み、友や師と語り、仲間と何かを為す」
。こうした高校3年間を送ってきた高
校生たちが、評価され、大学に選抜されるという流れをつくっていきたい。
日本の大学生は勉強していないという言説があるが、実技・実習・実験・実演をやる学部
学科については授業外の学習をしている。いま日本で一番学習時間が長いのは芸術系の学部
だ。福祉・看護系の学部でも実習となれば、偏差値のいかんにかかわらず準備をしている。
理工系の実験でもそう。一方、文系学部では勉強しない学生が多い。これらの学生を学ぶよ
うにするためには、実社会との接点を持たせるPBLが重要になる。
しかし、さらに多くの大学生に実技・実習となるといまの学生・教員数比率
(Student-Teacher Ratio: ST比)では全然追いつかない。教員人件費を大幅に増額し、従来
型の教員だけではなく、学問と実社会を繋ぐ実務家教員、実社会での協力人材を確保するこ
とではじめて、意味のあるPBLが可能になる。最大の問題は、日本は高等教育に対して年間
GDPの1.5%しか投資していないことだ。しかも、教育投資は理系中心。理系のST比は欧米
と大差ないが、文系にそのしわ寄せがきている。国にお金がない、授業料も上げられない、
社会からの寄付も少ない。GDP比1.5%の内訳は税金投入が0.5%、授業料負担が0.75%、社
会からの寄付が0.25%である。一方、アメリカはGDPの3%が高等教育に投資されている。税
金から1%、授業料で1%、寄付は1%。アカデミックは社会に対して高度人材の育成にはお金
がかかるということを発信し啓発する努力をしないといけない。
20年前は企業が若手への人材投資をしっかりやっていたからよかったが、いまは3分の1しか
正規社員がおらず、終身雇用も崩れた。20代の育成、負担を誰がするのかという問題が残され
たままだ。各大学が単独でできる努力は相当にしている。これからは社会の様々な人を巻き込
み、大学同士は競争よりも協力すべきだ。加えて、教育と研究とは、そもそも不確実性と情報
の非対称性が避けられないソーシャル・ヒューマン・サービスであり、市場原理がなじむとこ
ろと、なじまないところがあることも世間に周知していく必要がある。ガバメント、マーケッ
ト、コミュニティという3つのソリューションを活かした大学経営が重要だ。
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