不動産業の 夜明け - 不動産証券化協会

岡野先生の不動産歴史探訪 不動産業の
夜明け
江戸時代の武家地は幕府のものでしたが、町方地
の一部は売買の対象となっていたこともあり、江戸時
代の後半には既に豪商による実質的な不動産の所有
が始まっており、
「 町屋敷経営 」と呼ばれる賃貸事業
が成立していました。これは、町方の地主が所有する
土地や 、土地建物を地借あるいは店借に貸し付けし、
その対価として地代や店賃を得るというものなので、
現在の不動産賃貸業と変わるところはなさそうです。
しかしながら、例えば大火災後の不当な店賃の値上げ
や 、類焼地以外の場所の便乗値上げを禁止するため 、
幕府の命により「地代店賃値上げ禁止令 」が出され 、
一定の制限がかけられることもあり、現在のような需
要供給バランスによって賃料水準が決定される自由競
岡野 淳
青山リアルティー・アドバイザーズ株式会社顧問
早稲田大学大学院ファイナンス研究科・
中央大学商学部 非常勤講師
早稲田大学国際不動産研究所 招聘研究員
(ARES マスター M0600008)
争とは程遠い状況でした。また、町屋敷には武士・浪
人・切支丹・遊女・同居人等を置くことは許されないな
ど、職業や身分によって居住の制限を受けるなど、賃
貸業ではあるものの 、徳川幕府の行政機能の一部を
代行しているともいえる状況だったわけです( 当時の
町方の支配構造は、町奉行→町年寄→名主→五人組・
月行事→家守となっていました)。
そういった意味で、明治時代というのは、単に不動
産の私的所有権が認められただけではなく、名実とも
に私的な不動産賃貸経営が解禁されたという意味で、
不動産業界にとっての新たな夜明けの時代と言うこと
ができます。
これによって、現代的な不動産経営が始まりますが、
明治初年度から明治 31 年 (1898 年 ) の民法施行まで
の間は、所有権の移転に関しては地租改正などの問題
おかの じゅん
早稲田大学商学部卒業、三井信託銀行(現三井住友信
託銀行)勤務後、株式会社スペースデザイン社長など
を経て、青山リアルティー・アドバイザーズ株式会社顧問。
早稲田大学大学院ファイナンス研究科及び中央大学商
学部 非常勤講師
早稲田大学国際不動産研究所 招聘研究員
不動産証券化マスターで、マスター養成実務講座 202
「不動産ファイナンス」の講師でもある。
もありかなり厳密に決められたようですが、土地建物
の賃貸借については、最低限の規則しか決められてい
なかったようです。それほど多くはありませんが、そ
の中で面白そうなのが、明治 9 年 1 月に東京府が布達
した 「町規 」の中にあります。
それによると、当事者間の話合いによるとされては
いるものの 、立退きに関する規定があり、借家は3か
January-February 2016
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図1
月、借地は6か月間を立退き
猶予期間とすることや 、敷金
を概ね店賃の 3 倍と規定する
条項があることなどは注目に
値します。 明治時代になって、
経営・契約・移動の自由が求め
られる一方 、特に不動産賃貸
に関しては、行政の要請とい
うよりも、賃借人側からの要
請によってこうした内容が盛
出典:平成 23 年 2 月 21 日 国土交通省国土計画局「国土の長期展望」中間取り纏め資料
り込まれたと言われており、
図2
当時から借地借家に関しては
賃借人を保護する流れがあっ
たのでしょうね。 因みに、こ
の町規はその他の内容も含め
評判が悪かったようで、翌年
出典:統計局 HP 資料より筆者編集
には取り消されてしまいました。不動産の賃借に関し
ては、民法施行まで、実際に行われていた慣習などに
また、昔は家長相続が一般的で、兄弟が多い場合に
よる解決方法に委ねられることになりましたが、当時
は、長男以外は実家を継ぐことができず、実家に住む
の考え方を知る上では興味深い話かと思います。
ことができませんから、居住の場所と生活の糧を得る
ところで、こうした制度面の改正は順次行われてい
ための職業を探すために、大都市圏へ人口が移動する
きましたが、不動産業が発達していくためには、それ
ことになります。大都市に職を求めて人口が移動する
を利用する人たちの存在が無ければなりません。昨今
のは今でも同じかと思いますが、特に明治時代になっ
は少子高齢化の影響から、居住人口の減少や労働力
て、移動の自由が保障されたこともあり、大都市への
人口の減少など不動産賃貸には逆風が吹いています
人口流入が急速に進んだことは想像に難くありません。
が、不動産業の発達のためには人口動態の問題は避
図 2 は明治時代初期のころに100 万人以上の人口が
けて通れないことは皆さんご承知のことと思います。
あった都道府県の人口推移を表にしたものですが、現
勿論 、人口減少化の国では不動産業が発達しないと
在の大都市圏である、東京・名古屋・大阪・福岡等の人
言っているわけではありませんので、その点は誤解な
口が伸びていってる様子が分かると思います( 熊本は
きようにお願いします。
以前は行政機関が多く設置されていた場所で、新潟は
さて、図1は日本の人口推移を表したものですが、
港町として栄えていました)。
明治時代以降の人口の爆発的な伸びを見て取ること
明治時代に入り、現在の不動産業の基礎となる動き
ができます。正直 、時代が変わっただけで何故こんな
が急速に始まりました。次回もこうした動きを追って
にも人口が急増することになったのかは良く知りませ
みたいと思います。
んが 、こうした人口の伸びが不動産業発達の支えに
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なったことは確かだと思います。
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29