軽減税率「1 兆円財源問題」を巡る 政府答弁の怪しすぎる論拠

このページを印刷する
【第 107 回】 2016 年 1 月 22 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員]
軽減税率「1 兆円財源問題」を巡る
政府答弁の怪しすぎる論拠
国民にもバレ始めた
軽減税率「1 兆円財源」の怪しさ
軽減税率導入によって空く「1 兆円の大穴」をどう考え
るべきか。政府答弁の論拠はあまりにも怪しい
予 算 委 員 会 で、軽 減 税 率 導 入 にまつわる議 論 がこれから本 格 化 する。NHK
が 1 月 上 旬 に行 った世 論 調 査 では、軽 減 税 率 について「評 価 する」と答 えた人
はおおよそ 40%、「評 価 しない」は 50%あまりであった。次 第 に、国 民 の軽 減
税 率 に対 する支 持 率 が落 ちてきている。
背 景 には、1 兆 円 の財 源 を「選 挙 後 に検 討 する」「自 然 増 収 で(つまり特 別 な
手 当 てをせず)手 当 てする」という、安 易 な政 権 の考 え方 が国 民 にも見 え始 め
た、という理 由 があると思 われる。
これから本 格 化 する論 戦 について、1 兆 円 の財 源 問 題 を中 心 に筆 者 の問 題
意 識 を改 めて整 理 してみたい。
まず、財 源 について安 倍 総 理 は「社 会 保 障 費 は削 減 しない」(1 月 8 日 衆 議
院 予 算 委 員 会 など)という趣 旨 の答 弁 を繰 り返 している。一 方 「税 ・社 会 保 障
一 体 改 革 に含 まれていた総 合 合 算 制 度 の取 りやめによる 4000 億 円 は、1 兆
円 財 源 としてカウントする」と自 公 でも合 意 されており、政 府 部 内 でも「新 たな
財 源 確 保 は 6000 億 円 」と当 然 のように認 識 されている。
しかし、総 合 合 算 制 度 というのは低 所 得 者 の医 療 ・介 護 などの負 担 に上 限 を
設 けるという低 所 得 者 対 策 (社 会 保 障 制 度 )なので、それをとりやめるというこ
とは、予 定 していた社 会 保 障 を削 減 する、ということである。したがってこれは、
前 述 の総 理 の答 弁 と矛 盾 する。
つまり、総 合 合 算 制 度 を取 りやめることによる金 額 (4000 億 円 )は、1 兆 円 の
財 源 にはならないのである。
次 に、自 然 増 収 論 である。総 理 は 12 日 の予 算 委 員 会 で、「3 年 連 続 で税 収
増 が出 ている。税 収 増 分 をどう考 えるか、経 済 財 政 諮 問 会 議 でも議 論 してい
る」という趣 旨 の答 弁 をしている。
続 く 13 日 の予 算 委 員 会 では、「税 収 の上 振 れについては経 済 状 況 によって
下 振 れすることもあり、基 本 的 には安 定 的 な恒 久 財 源 とは言 えない」との政 府
統 一 見 解 を示 した。ただ「税 収 増 をどう考 えていくかについては、経 済 財 政 諮
問 会 議 で議 論 していく」とも指 摘 した。
「上振れ」に加えて「底上げ」も
政府答弁の限りなく怪しい論拠
一 方 、甘 利 明 経 済 財 政 ・再 生 相 は 15 日 、「税 収 の『底 上 げ』と『上 振 れ』を議
論 する」と述 べた。「個 人 的 な見 解 」と断 った上 で「『底 上 げ』とは毎 年 の当 初 予
算 の税 収 見 積 もりの変 化 。『上 振 れ』は当 初 予 算 の税 収 見 込 みから、決 算 時
にプラスに出 た部 分 」と、税 収 増 に 2 種 類 あると説 明 した。
政 府 はこれまで「安 定 的 で恒 久 的 」を財 源 の条 件 としており「上 振 れ」は条 件
を満 たさない、と説 明 してきた。新 たに「底 上 げ」との定 義 を持 ち出 したのは、税
収 増 を軽 減 税 率 の財 源 に充 てる思 惑 があると見 られる。(上 記 二 段 落 の内 容
は日 経 デジタル版 から引 用 )
今 後 経 済 財 政 諮 問 会 議 でこの問 題 を議 論 することになるが、諮 問 会 議 は今
や総 理 の政 策 を追 随 するだけの応 援 団 であり、政 権 の経 済 政 策 のお目 付 、と
いう役 割 は完 全 に放 棄 している。
昨 年 6 月 、歳 出 削 減 策 について議 論 した際 、具 体 的 な目 標 設 定 に消 極 的 な
諮 問 会 議 に対 して、自 民 党 財 政 再 建 特 別 委 員 会 の稲 田 会 長 が、「雨 乞 いをし
て PB 黒 字 を達 成 させる話 ではない」と、諮 問 会 議 にくぎを刺 したというのは、
あまりにもシンボリックな事 件 である。
つまり、今 後 諮 問 会 議 で議 論 するというのは、結 論 ありきで、税 収 の「底 上
げ」部 分 は軽 減 税 率 に伴 う減 収 の財 源 にカウントすることになる可 能 性 が高
い。しかし、「底 上 げ部 分 」とは何 を指 すのか、改 めてこの連 載 で議 論 したい。
そして、「益 税 論 」である。インボイス導 入 により益 税 が少 なくなるので、その
分 を恒 久 財 源 にカウントしようという考 え方 がある。日 経 新 聞 1 月 14 日 朝 刊
に出 ていた。
まず、その点 に関 する正 確 な理 解 が必 要 だ。現 行 消 費 税 制 度 のもとでは、免
税 事 業 者 からの仕 入 れについても仕 入 税 額 控 除 ができる。これは、免 税 事 業
者 が取 引 から排 除 されないことへ配 慮 した制 度 である。
インボイスが導 入 されると、免 税 事 業 者 からの仕 入 税 額 控 除 ができなくなる
ことと、免 税 事 業 者 が(取 引 からの排 除 を避 けるため)課 税 選 択 することが予
想 されるので、免 税 事 業 者 との取 引 (BtoB)の「一 部 」が課 税 されることにな
る。これによる増 収 は、経 過 措 置 の切 れる 2027 年 に、最 大 限 5000 億 円 程 度
と筆 者 は試 算 している。
その根 拠 は次 の通 り。免 税 事 業 者 500 万 者 、免 税 事 業 者 の平 均 的 売 り上
げを 500 万 円 と仮 定 すると、免 税 事 業 者 の総 売 り上 げは 25 兆 円 。平 均 的 な
マージンを 20%とすると、免 税 事 業 者 のマージン(粗 利 、売 上 から仕 入 を引 い
たもの)は 5 兆 円 。これが免 税 事 業 者 の消 費 税 課 税 ベース。これに消 費 税 率
10%を乗 じると 5000 億 円 となる。
これは「益 税 」というより、「インボイス導 入 に伴 う免 税 事 業 者 取 引 からの増 収
額 」という表 現 が正 確 である。問 題 はそのタイミングである。当 面 は経 過 措 置
が続 くので、前 述 のような財 源 が出 るのは 2027 年 から(!)である。また、どの
程 度 の免 税 事 業 者 が課 税 選 択 するのか、定 かではない。
恒 久 財 源 としたいなら、インボイスの導 入 を、2021 年 からにそろえて、経 過 措
置 は廃 止 するくらいの対 応 が必 要 だ。そうでない限 り、軽 減 税 率 の財 源 にはな
らない。
軽減税率の適用をバーターにした
新聞報道に公平・中立は期待できるか?
最 後 に、一 連 の報 道 について、問 題 意 識 を述 べておきたい。
これから民 主 党 ・維 新 の党 は、軽 減 税 率 に代 わる代 替 案 を国 会 で提 言 する
と言 われている。その際 、代 替 案 の取 り扱 いも含 めて、軽 減 税 率 議 論 について
公 平 な報 道 がなされるのかどうか。
今 回 の軽 減 税 率 の新 聞 への適 用 は、読 売 新 聞 社 の最 高 権 力 者 の強 い要
請 に応 えたものと言 われている。「軽 減 税 率 の導 入 」と「安 倍 政 権 への配 慮 」
は、いわばバーターである。筆 者 はこの件 について一 部 新 聞 の世 論 操 作 的 な
報 道 に強 い警 鐘 を鳴 らしてきた(連 載 第 100 回 、105 回 参 照 )。
いずれにしても、読 売 新 聞 をはじめとする新 聞 は、安 倍 政 権 に大 きな借 りを
つくった。この問 題 に関 しての新 聞 報 道 が公 平 ・中 立 なものであるかどうか、新
聞 報 道 の存 在 意 義 が問 われている。