2016年2月 第282号 今、民商では、集まって話し合う、班会が開かれています。 自主計算パンフレットをもとに、税金のあり方、使い道を学び合い、 る。 経 営 の 実 情 は 本 当 で個人情報も丸裸にな 継者問題で花が咲きま と、 悩 み が 出 さ れ、 後 「相続税のこと心配」 動 産 経 営 の 男 性 か ら、 が話され いる様子 け あって て声をか さ れ ま し た。 ま す。 先 月の ▼或る種の類人猿が 40 0 万 年。 人 間 を 救 2 足 歩 行 を 始 め て う 科 学 者 が い る 反 面、 年が経過し 人間を大量に殺戮した 戦いから た。 あ の 頃、 人 相 骨 柄 の異なっていた日韓中 る ね」 「民 に人が入 たらすぐ ンができ マ ン ショ こ と で す。 商にとってありがたい 役 員 が い る こ と は、 民 り 尽 く し て い る 会 員・ 班 会 で し た。 地 域 を 知 うかべながらの楽しい 一人ひとりの顔を思い らに飛躍したよ▼変化 ソコン利用の印刷がさ 式 不 要 で、 革 命 的 な パ だ っ た。 処 が 今 や、 様 孔版から平版まで多様 だ▼ だ が、 区 別 し が た い 今 商 に 入っ 年 前、 印 刷 業 は た 頃、 『年 はすべての業種に及 年 前、 町 で は 働 き手は軍需工場に取ら ぶ。 程 も 確 認 し 、「 励 ま し れ、 老 人 と 女 房 で 細 々 金 を 粗 2月の申告班会の日 末にする 合って作成しましょ と 営 ん で い た。 そ れ は で、 マ イ な』 っ て う」 と、 終 え ま し た。 ナンバー わ」 と、 話 が 民 商 会 員 先輩の役員に教わった の 学 習 も し、 地 域 に 号 外 と ビ 【垂水民商】 集 ま り (神 戸 北・川 口 通 信 員) し た。 に 厳 し い」 と 悩 み が 出 消費税再増税は一体のもの、怒りをもって署名運動に取り組もう」と、 「 軍 備 増 強 の 次 に は、 必 ず 重 税 が 待 っ て い る 」「 戦 争 す る 国 づ く り と、 話し合っています。 仲間だから話し合える 【神戸北民商】 1月 ラをまこうということ 集まれば話はずむ班会 会 (写 真 上) で は、 不 うしたらい ひよどり台支部の班 い の ?』 と 聞 か れ 、『 民 よ』 と す す 商 は い い め た ら、 後 に な り、 持 ち 帰 り ま し 仲間としっかり学び対策 【明石民商】 養控除の学習を行いま せ、 全 商 連 総 会 に 向 け る。 (I) 発展させる任務を感じ た 民 商 運 動。 革 新 的 に に、 全 国 に 響 き わ た っ の 農 業 者 が 唱 え、 県 下 ▼ 全 国 に 先 が け、 但 馬 きくなろうとしている は 今 も 存 在 し、 更 に 大 科学に背を向ける世界 盛 大 さ を 増 し て い る。 を 続 け る 東 京。 そ れ は 架空の論理で社会支配 相 だ ▼ 実 業 面 に 反 し、 わせて革新を続ける世 見 つ め、 社 会 変 化 に 合 らの商工業をじっくり 加 わ る 時 代。 し か も 自 種多様な業種が民商に ン ビ ニ に 集 約 さ れ、 多 更 に 変 化 し、 販 売 は コ 読 者 を 増 やそうとの話 た 。「 私 ね 、 誰 か 入 っ (垂 水・山 口 通 信 員) に、「 毎 日 近 所 の 新 し 春 の 運 動 で、 会 員・ い店に声かけているの 日、 西 舞 子 班 の 班 会 を、 支 部 役 員 日入会して く れ た」 と である平岡酒店で開 望海南支部藤江 長 の、 ヘ ア ー ハ ウ ス 班は小 寺フヂエ会 ま し た。 「も う す ぐ 行 1005で班 会をし く わ」と お 菓 子 を もっ て 参 加 の 朝 倉 さ ん(プ ロ パ ン 販 売 ) は、 「寒 く なって き ま し た ね 」 と い う と、 「 ちょ う ど し た。 い い く ら い や。 部 屋 わ」と 元 気 で す。 に入ると汗が出てくる たこの 春 の 支 部 の 目 標 商 工新 聞 を読 み 合 わ が 、「 確 定 申 告 も 近 づ な ど も 確 認 し、 が ん ば 芝本泰文事務局長 い て い る の で、 帳 面 の ろ う と 話 し 合 い ま し た。 (明 石・芝 本 通 信 員 ) どもきちっと準備をし ま し ょ う」 と 話 し、 扶 整理や控除の証明書な なる」と参加者に呼びかけました。 き ま し た。 会 員 は 国民共同のたたかいのなかで歴史が変わる時に うれしい報 した年になる。民商運動の真価を発揮する時だ。 て欲しいと願ってビラ を広げ、安倍政権に鉄槌を」とあいさつ。 告 も 。「 鈴 70 よ、 な か な か 成 果 に な れても国民の怒りは止まらない。署名と拡大運動 人、 共 済 会 配 偶 者 加 入 兵商連磯谷吉夫会長は、 「戦争法が強行採決さ 東 支 部 は、 70 70 をまいたんよ」の話 下25民商から175人が参加しました。 10 0 % の 班 で す。 班 県憲法共同センターの街頭宣伝 に 、「 私 も よ 」 の 声 。 各地で、 怒りの19日行動 街 が な く なって、 大 変 」 街頭で、 お店で集めよう らないけれど」 「商店 1月14日開いた兵商連新春決起集会には、県 会 に は、 6 人 が 集 ま り 兵商連新春決起集会 最大支部な 戦争法廃止2000万人署名 と、 日 常 的 に 地 域 を み 「 空 地 に 家 が 建 つ。 戦争させない 私たちがくい止めよう ので引き続 果 を 出 し た い」 と 柴 田 て と ん で も な い」 と 怒 は、 「今年は安倍政権と憲法の対決軸を中心と 第282号 ま し た。 和重支部長から決意が り の 声 。「 記 帳 の こ と 11 明石 総ががり行動の街頭宣伝 記念講演に立った二宮厚美神戸大学名誉教授 2016年2月 19 き、 拡 大 で 新 年 会 で、 確 定 申 告 の 神戸北民商は班会や 語 ら れ ま し た。 見るべき成 準 備 を 始 め て い ま す。 ま た、 有 野 台 支 部 の 申 告 準 備 の 班 会 は、 人が の 新 年 会 に は、 新 年 早 々、 鈴 東 支 部 め に、 2 0 0 0 万 署 名 に 取 り 組 も う」 と 議 論 「戦争法を廃止するた も 白 熱。 有 馬 温 泉 で 飲 参 加 し ま し た。 参 加 者 配 も あ る が、 民 商 の 確 食店を経営する女性経 か ら は 、「 税 金 で は 心 ないことを勉強しあっ 営 者 は 、「 1 0 0 0 万 円の売上超えたら消費 ㌫なん 員 さ ん は 、「 知 人 に 『 申 税 申 告 必 要、 告 に つ い て、 わ か ら な が 心 配。 マ イ ナ ン バ ー ま た、 船 舶 修 理 の 会 い こ と が 多 々 あ る。 ど 10 発 言 が。 て、 た め に な る」 と の 定 申 告 は 安 心。 わ か ら 16 2016年2月 第282号 年 を 迎 え ま し た。 阪神・淡路大震災か 連帯保証人も同じ措置 出 さ れ ま し た。 ま た、 ば、 返 済 免 除 の 方 向 が 資 力 状 態と判 断されれ き ず、 や む を 得 しさから返済で す。 経 営 の き び にのぼっていま ら 町並みはきれいに な っ た も の の、 被 災 で 切 り 開いてきました。 が と ら れ る な ど、 運 動 たるという事例 ず代位弁済にい くらしの再建は道半ば 者・被災業者の経営と 金 と 同 様 に、 県 ん。 災 害 援 護 資 も後をたちませ や 市 は、 免 除 の 年契約を迎えよう 住 宅。 西 宮 市 ・ 神 戸 市 としている借上げ公営 方向を打ち出す では契約満了を逆手に で す。 退 去 を 迫 る と い う、 被 震 災 直 後、 生 活 再 災 害 援 護 資 金( 最 高 べ き で す。 建として借り入れた 3 5 0 万 円 ) は、 神 戸 災者に冷たい政治に 市では少 額 返 済でも無 日 午 前 中 に は、 な が た 冬 空 の も と、 1 月 晴れ渡った す。 年 齢 ・ ウ ォ ー ク が 行 わ れ、 午 アナウンサーにな ろうと決心したのは 1 9 8 5 年( 昭 和 年 )、 私 が 中 3 の 時 。 阪神タイガースが日本 一 に な っ た 瞬 間 、「 こ 学生時代は小型の れ だ」 と 思 い ま し た。 原 発は事 故 を起こさな た。 そ の 後、 巡 り 巡 っ 習ばかりしていまし 持って現場で実況練 テープレコーダーを こ と が 悔 や ま れ る」 「原 災救援・復興兵庫県民 後から阪神・淡路大震 灘 民 商は1月 日夜 事を止め い」 と 訴 え な が ら、 工 せ 」、「 新 基 地 は い ら な り な が ら「 沖 縄 を 返 張 り、 機 動 隊 と ぶ つ か 行 っ た 6 日 間 で し た。 あっという間に過ぎて の か、 考 え る 間 も な く なにを期待されている 月の灘民商常任 し た。 属していた1995年 (平成7年) から2年 をしましたが、 もっ と 地 域 に ア ピー ル 員 を先 頭に近 辺の し よ う と、 実 行 委 お 店 を 訪 問。 参 加 店 舗の半 数 以 上 が 会 員 外の 方 です。 チ ケット 販 売 や ポ ス タ ー 貼 り だ し、 チラシ配 布 などで も、 実 行 委 員 を 先 頭 に 奮 闘。 予 想 を 超 えた参 加 店の広 がり 題 で し た。 当 初 は 会 員 加 店の確 保 が最 初の課 たたない」と、つな がり は、 参 加 店 に 申 し 訳 が に、 「参 加 者 が 少 なくて もスタンプラリーを行 当 日 は、 こ の 冬 一 番 の 厳 し い 冷 え 込 み。 いただきました。 にもさらなるご尽 力 を ある団 体や近隣の民 商 い、 ま ち の 活 性 化 と 初 め て の 試 み で、 参 を 中 心に 協 力 依 頼 熱い思いをマイクに乗せて 地域に根差す民商をア 初スタンプラリー ●地域を元気に ● ま ち を つ くって い き た てタレント事務所に所 い と 信 じ て い た。 そ の ず、 全 員 継 会議主催のメモリアル ん中に広大な土地を有 さ せ る、 で、 機 動 100人以上の参加者 に、 マ ッ プ と ス タ ン プ 宮原 英治 さん (フリーアナウンサー ) と ん ど あ り ま せ ん。 細 かい模写・表現など課 る し、 や り 甲 斐 も あ り な仕事だから耐えられ き は あ り ま す が、 好 き 題 ば か り で、 苦 し い と ある園田・姫 間、 兵 庫 県 に ま す。 須磨民商 路競馬で実況 聴 き 易 い 実 況 を 目 指 し、 よ り わ か り 易 く、 よ り こ れ か ら の 目 標 は、 ていたのをス 皆 さんの思いをマイ クに の見習いをし 年から平 タ ー ト に、 平 宮・甲子園競 年まで西 り上げな ントの盛 に、 イ ベ す。 (ス ポ ー ツ 実 況 の 他 乗せて伝えていくことで 成 輪 場、 そ し て 成 月 年 平成 で実況を担当していま す。 今までのレースの中 で満足のいく実況はほ 六 甲 道 を 中 心 に、 北 は 阪急六甲から南は阪神 いさせて いた だき ます) 3・ 重税反対統一 行 動 を、 地 域 の 諸 団 体 と も 連 携 し、 戦 争 法 廃 止・立憲主義を取り戻 ない一大共同行動とし す、 消 費 税 増 税 を 許 さ て 発 展 さ せ ま し ょ う。 法人申告の会員も含 め全会員に参加を呼び 務行政の実現をめざし 掛 け、 民 主 的 税 制 ・ 税 ま し ょ う。 編集後記 際 も あ り ま し た が、 参 急 事 態 条 項」 を 持 ち 出 もとに自由に作ること を 「緊 急 事 態」 の 名 の を 目 論 ん で い る。 ヒ ト し、 首 相 が ほ し い 法 律 く る」 の 声、 参 加 店 の は も っ と、 人 を 連 れ て ラー同様の独裁政治そ 加 者 か ら の 「寒 か っ た 「次回も出店するよ」 せ よ う。 (Y) を、 多 く の 仲 間 に 知 ら の も の 。「 戦 争 法 廃 止 」 い た と こ ろ で す。 の 声 に、 ほ っ と 一 息 つ け ど 楽 し か っ た 」「 次 た め 、 車 も 運 行 。 不 手 安 倍 首 相 は 、突 然「 緊 新在家とエリアが広い どお手 伝 から岡山県玉野競輪場 1411 ロ を プ レ ゼ ン ト。 J R (灘 ・ 福 田 通 信 員) カ ー ド と と も に、 カ イ 〒 654-0162 神戸市須磨区神の谷 7-7-100-403 ☎ 078-791-5587 なっていま に 関 わ ら 要介護など 続入居を認 加 者 に 訴 え ら れ ま し た。 い 」 と、 3 0 0 人 の 参 発にたよらない再 生可 めさせるこ 講 演 は、 浪 江 町 の 馬 集 会 が 開 か れ ま し た。 能 エネ ル ギ ー で 自 立 の と こ そ、 今 場 有 町 長。 馬 場 町 長 求められて い ま す。 え よ う と し て い る 今、 は「 震 災 か ら 5 年 を 迎 たもつ 向けの緊急 中小企業 活。 す べて の 方 が 浪 江 直 人 青 年 部 長 が 提 案。 町民は離れ離れの生 に、 「六甲スタンプラ 翌 日 に、 灘 民 商 大 森 延 災害復旧資 リー」を催 しました。 幸会長を実行委員長に し、 沖 縄 が 日 本 に 復 帰 一分一秒 隊とそし 年経つ今 ピ ー ル し よ う」 と 荒 木 町からさらなければな 発端は昨年の9月の 金 融 資 は、 代位弁済が ら な かった」 「震 災 直 後、 スタンプリーの実行委 % 青 年 部 役 員 会 で 、「 地 件数で 域 活 性 化 へ、 灘 区 で も 会議で活発な意見交換 員 会 を 発 足 し、 5 回 の 当 た り に し ま し た。 う」 と 話 し 合 わ れ た こ スタンプラリーを行お い ま し た。 に な に が で き る の か、 縄 へ 支 援 に 行 き、 自 分 してから でも遅ら 支援活動期間中に辺 兵庫県を代表して沖 野古の座り込みにも行 くなるのなら私の命一 「沖縄から基地が無 も、 沖 縄 の 海 も 空 も 大 シムラ市長候補と市 て安倍内 を し て、 当 日 を 迎 え ま き ま し た。 本 当 に 体 を つ 喜 ん で 差 し 出 す」 ― 地も米軍基地に奪われ 民は普天間基地の無条 閣と戦う と で し た。 宜野湾市長選挙の支援 せる思い 件 撤 去 を 掲 げ て、 翁 長 理 事 会 で は 、「 灘 区 で へ 行 き、 現 地 の 方 が 言 た ま ま で す。 宜野湾市には世界一 知 事、 稲 嶺 名 護 市 長 と NO.159 12 15 60 【灘民商】 多数のご応 募とメッ セージ、ありがとうござ いました。 正解者の中から、抽 選で5人の方に図書カー ドをお送りしました。 相生民商事務局員 嶋津 大地 さん われたとても印象に 危険といわれる普天間 姿を目の 残 っ た 言 葉 で す。 基 地 が あ り ま す。 普 天 ともに日米両政府と闘 * * * * 13 17 キャンプ・シュワブゲート前の 座り込み抗議 42 福島の現状を訴える馬場町長 ながたウォーク ①せっさたくま②うこさ べん③ぼうじゃくぶじん ④ きよこうへ ん ⑤ がっ しょうれ んこう⑥ が い しゅういっしょく⑦ふぐ たいてん⑧ちょうりょう ばっこ 宜野湾市長選挙支援に参加して 15 19 20 間基地は住宅地のど真 43 10 21
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