東海・東南海・南海地震への備え - プラント地震防災アソシエイツ

東海・東南海・南海地震への備え
―コンビナートの保安・防災―
(有)プラント地震防災アソシエイツ
稲 葉
千葉県高圧ガス保安協会
会報
第 72 号
忠
2014.8
抜刷
東海・東南海・南海地震への備え
―コンビナートの保安・防災―
有限会社プラント地震防災アソシエイツ
稲葉
忠
(日本機械学会フェロー)
1995 年に兵庫県南部地震が発生し、神戸市東灘区のコンビナートでは強い地震動と大規模な液
状化による被害を受けました。2011 年には東北地方太平洋沖地震が発生し、東北地方から東関東
にわたる広い地域のコンビナートで地震動、液状化、津波による被害を受けました。近い将来に
は首都直下地震や東海・東南海・南海地震が発生するとの予想もされています。私達は来たるべ
き大地震に対し、どのように備えたらよいか考えたいと思います。
1.製品供給と災害防止
都市の機能や市民生活は、電気、ガス、水道、ガソリンなどのエネルギー、ユーティリティが
安定して供給され、また、交通が順調且つ安全に運行され、電話回線が正常に働くことによって
成り立っています。
次の図は、エネルギー、ユーティリティが市民の生活圏に送られてくるまでの一般的な経路を
示したものです。生活用品に多用されている石油化学製品(合成樹脂、合成ゴム、合成繊維)に
ついても示してあります(1)。
水 道
生産施設
(導)
備蓄・製造施設
(送)
中継施設
[取 水 場」
導水管,
導水きょ
[浄 水 場]
送水管,
導水きょ
[配 水 場]
[ダ
ム]
導水鉄管
需要家
配水管
[需 要 家]
(水道管)
[水力発電所]
[原子力発電所]
電 気
(配)
送電線
[変 電 所]
配電線
[需 要 家]
[火力発電所]
導管
(燃料油ガス)
[生産設備]
ガ ス
石油化
学製品
[LNG備蓄基地]
(LNG)
導 管
(重 油)
[生産設備]
石油類
海上輸送・PL
海上輸送・PL
(原油)
[石油精製プラント]
導 管
(ナフサ他)
[石油化学プラント]
高圧ガス導管
(都市ガス)
[地区整圧器]
陸上輸送
(LPGガス)
[LPGガス
貯蔵所]
陸上輸送
(ガソリン等)
[油 槽 所]
陸上輸送
(石油化学製品)
[各種製造
工場]
ガス導管
陸上輸送
陸上輸送
陸上輸送
図1 エネルギー、ユーティリティ、石油化学製品の供給経路(1)
1
[需 要 家]
[小売店]
[給 油 所]
[卸、小売店]
エネルギー、ユーティリティの供給が突然に途絶えますと、都市機能は麻痺し、市民生活は混
乱します。このようなことから、これらの供給経路は鉄道・道路、下水道、電話回線などととも
に、ライフラインあるいはライフラインシステム(システムとして捉えた場合)と呼ばれていま
す。
エネルギー、ユーティリティ、石油化学製品の供給経路の上流にはプラントがあります。これ
らのプラントは大量のエネルギーを保有しているため、地震によって事故を起こすようなことが
あれば、供給源としての機能を失うのみならず、大きな災害を招く可能性を秘めています。この
ため、産官学共同で、地震災害を防止、軽減するための努力が払われてきています。
2.高圧ガス設備・危険物設備等
石油精製、石油化学などのプラントは、大きく分けて、事務管理施設地区、入出荷施設地区、
貯蔵施設地区、製造施設地区、用役施設地区に区分されます。
貯蔵施設地区には、原料、製品を貯蔵する危険物平底円筒形貯槽(特定屋外貯蔵タンク)、低温
二重殻平底円筒形貯槽などの大型貯槽が、製造施設地区には製品を製造する塔、熱交換器、コン
プレッサー等の各種のプロセス機器が配置されています。入出荷施設地区には、桟橋、タンクロ
ーリー積み場、タンク車積み場などがあります。事業所間の連絡導管には、地上配管の他、埋設、
トレンチなどの地下配管があります。これらの設備は大量の高圧ガス、危険物等を保有し、ある
いは輸送、移送しており、地震で損傷するようなことがあれば、災害を招く恐れがあります。
貯槽及び配管
プロセス機器及び配管
熱交換器
危険物平底
円筒形貯槽
球形貯槽
コンプレッサー
ポンプ
パイプラック
加熱炉
低温二重殻平底
円筒形貯槽
塔
横置円筒形貯槽
架構支持塔
エアフィンクーラ
入出荷設備及び配管
地上・地下配管
トレンチ配管
埋設配管
タンク車積み場
ピット配管
護岸
地上配管
桟 橋
護岸沿い
架台上配管
タンクローリー積み場
図2 コンビナートの高圧ガス設備、危険物設備等(2)
2
海、河川
3.コンビナートの保安・防災と安全法規
コンビナートは事故災害を未然に防止し、災害の波及拡大を防ぐため、災害対策基本法の基本
理念のもとに、各種の安全法規によって規制されています。
特に、高圧ガス保安法、消防法、労働安全衛生法、石油コンビナート等災害防止法はコンビナ
ートの保安四法と呼ばれ、それぞれの立場、目的に応じて、保安距離・レイアウトから、圧力容
器・配管の構造、保安設備・防災設備、防災組織・防災資機材、地震対策、そして規程に至るま
で、事業者が最低限守るべき事項を細かく規定しています。
災害対策基本法
高圧ガス保安法
消
防
ガス事業法
法
労働安全衛生法
電気事業法
コンビナートの保安・防災
パイプライン事業法
石油コンビナート等災害防止法
建築基準法
港 湾 法
毒物及び劇物取締法
工場立地法
高圧ガス保安法、消防法、労働安全衛生法、石油コンビナ
ート等災害防止法はコンビナートの保安四法と呼ばれる。
ガス事業法、電気事業法、パイプライン事業法は、それぞれ
LNG プラント、発電プラント、パイプラインに適用される。
図 3 コンビナートの保安・防災に関する安全法規
4.保安設備・防災設備の耐震信頼性の確保
事業者は、プラントの種類、規模、立地条件に応じて、安全法規に従い、また、自社標準、ラ
イセンサー標準、メーカー標準等を採り入れ、保安・防災機能を具備したプラントを建設します。
図4は、そうしたプラントが、地震時の外乱の中で、どのように保安・防災活動が進められて
行くのか、その概略の流れを示したものです(3)。
流れ自体は、平時の場合も地震時の場合も基本的に変わりはありません。根本的に異なるのは、
地震時には保安設備・防災設備も同時に地震の影響を受けており、そうした影響下にあって保安
防災活動を進めていかなければならない点にあります。東海・東南海・南海地震に備えるには、
外乱の地震動、液状化、津波として、相応規模のものを想定することになります。大地震であれ
ば、外部電源、工業用水も停止します。
大津波の場合には、地震動の場合とは違って人は避難しており、避難指示が解除されるまでは
人の手による保安・防災活動はできません。大津波に際して災害を防ぐには、大津波の前に大規
模な漏洩事故を起こさないようにし、また、大津波の影響を受けても大規模な漏洩事故を起こさ
ないようにすることが必要となります。前者は耐震設計、後者は耐津波設計によることとなりま
す。
3
通報設備 / 非常用照明設備
非常用ユーティリティ設備 ( 非常用発電設備、蓄電池、貯水槽、ボイラー設備、不活性ガス供給設備 )
保安 ・
防災設備
・地震計
・安全計装
・緊急遮断システム
・フェイルセーフ
・防止堤、ピット
・除害システム
(アクセスウエイ)
・シェルター
・ガス拡散広域モニタリンク
システム
・地域防災計画
・防爆壁、防火壁
事故災害の局所化
(3)
避 難 誘 導
事故の未然防止
保安 距離による離隔
防消火 ・
希釈中和
構造安全による
破壊漏洩 の防止
保安 ・
防災 の流れ
プロセス安全による
破壊漏洩 の防止
(2)
・レイアウト
(避難空間、避難道路)
着火源風上配置)
・レイアウト
漏洩流出拡大阻止
保安 ・
防災
・緊急冷却システム
(事務所配置)
・防護壁
保有空地、構内道路、
・緊急用資機材
・緊急不活性ガス注入システム
(1)
・消防自動車、泡放射砲
・レイアウト
・保安距離
・レイアウト
(設備間距離、
・除害設備
・緊急移送システム
・
・防消火システム
・格納容器
・防油堤、防液堤、
・フレアーシステム
・フールプルーフ
・火災検知システム
・漏洩検知システム
(多重化、冗長化) ・緊急停止システム
人命保護
成功
外乱
失敗
地震動、液状化、津波 / 外部電源停止、工業用水停止
(1):構造物が地震によって破壊されることなく、内容物の漏洩がない。
(2):地震時及び地震後にあって、構造物の破壊に至るような温度、圧力の上昇がなく、かつ、適切な処置がされないままに内容物が
外部に放出されてしまうようなことがない。
(3):従業員の避難誘導と地域住民の避難誘導の2局面がある。
図4 地震時におけるプラントの保安・防災の流れ(3)
大地震に際して事故を未然に防止するには、高圧ガス、危険物等を保有する設備の破壊を防止
するとともに、プラントを安全に停止し、安全な状態を維持することが必要となります。そのた
めには、高圧ガス設備、危険物タンク等について大地震に対する耐震性を確保するとともに、保
安設備についても大地震に対する耐震信頼性(地震時にあって機能を維持し得ること)を確保す
ることが必要となります。又、事故を生じた場合において事故災害の局所化(局限化ともいう)、
拡大防止を図るには、防災設備についても大地震に対する耐震信頼性を確保しておくことが必要
となります。
少し専門的になりますが、この関係を信頼性ブロック図に表しますと、防護対象が高圧ガス設
備の場合、概念として次のように表されます。三者の関係は耐震信頼性の信頼度の尺度をもって
表されますが、ここでの説明は省略します。
事故の未然防止のシステム
保安システム
高圧ガス設備
防災システム
図5 保安・防災システムの信頼性ブロック図
4
5.耐震性・耐震信頼性確保の手段
プラントに耐震性を付与するのは、新設の場合は耐震設計であり、既設の場合は耐震診断・耐
震性改善によることとなります。ここでは、耐震診断と耐震性改善(広義には耐震診断を含む)
について、その概念を述べます。併せて、防災体制の改善についても触れることにします。耐津
波性確保の考え方も、基本的には同じです。緊急地震速報の活用、地盤/護岸の液状化対策につ
いては、関係方面で努力が続けられているところであり、ここでは触れません。
既設プラントの諸設備の耐震診断は、目視で可能な範囲で、現地で地震時の挙動を想像しなが
ら効率的、効果的に審査を進め、必要と判断された場合には定量的な評価を行います。耐震診断
の内、現場で行う審査、作業を、欧米では耐震ウォークダウンと呼んでいます。耐震ウォークダ
ウンでは周辺構造物との干渉の影響も評価します。入力形態と構造が様々な配管系や、多くのサ
ブシステム、システム構成要素より成る保安設備・防災設備の耐震診断は、この耐震ウォークダ
ウンが中核となります。
構造物には塑性変形によるエネルギー吸収能力があり、地震力が弾性限界を越えてもすぐに壊
れるわけではありません。大地震に対しては破壊(高圧ガス設備などの場合は漏洩)しなければ
よいとし、塑性変形を許容して必要なエネルギー吸収能力を確保する設計を終局強度設計といい
ます。高圧ガス設備、危険物タンク等、及びそれらの支持構造物の耐震診断では、現場の状況(劣
化を含む)を確認した上で、現状の入力エネルギーとエネルギー吸収能力を評価します。エネル
ギー吸収能力の発揮を阻害する要因が潜んでいないか、耐震ウォークダウンで確認することも大
切です。
地震防災ウォークダウン
認識・判断
現状認識
地震被害状況の推測
地震災害シナリオの想定
リスクの把握
改善案の作成
耐震ウォークダウン
知識・経験
認識・判断
地震動・液状化の知識
地震被害・損傷モードの知識
地震災害・災害拡大要因の知識
事故災害・災害拡大要因の知識
津波・津波災害の知識
安全設備・防災設備の知識
防災組織・緊急時対応の知識
安全法規・安全性解析の知識・経験
耐震法規・耐震解析の知識・経験
設計思想・設計経験
改善例の知識
改善経験
地震防災ウォークダウンの経験
現状認識
地震時挙動の想像
弱点の発見
改善案の創造
知識・経験
地震動・液状化の知識
地震被害・損傷モードの知識
地震被害の目視経験
耐震試験の知識・経験
構造の知識
耐震解析の知識・経験
許容限界の知識
耐震設計基準の知識
設計思想の知識と設計経験
改善例の知識
改善経験
耐震ウォークダウンの経験
プロットプラン
P&ID
設計図書
図6 ウォークダウンによる診断と改善案作成(4)
5
防災体制の診断では、現場を見て周り、その場で地震被害状況を推測し、事故が起きた場合の
地震災害のシナリオ(ET)を想定し、設備の損傷し易さと災害への進展し易さから、地震災害の
リスクを感覚的に評価します。必要と判断された場合には定量的評価を行います。リスクが大き
いようであれば、構造の弱点や防災体制の不備を改善し、リスクを軽減することを考えます。こ
のようなウォークダウン審査を、ここでは地震防災ウォークダウンと呼ぶことにします。
地震時挙動の推測では過去の地震被害と損傷モードを想い浮かべ、地震災害シナリオの想定で
は過去の地震災害・事故災害と災害拡大要因を想い浮かべます。ウォークダウン審査の効率、効
果は、審査する人、チームの知識・経験に依存します。その仕組みを確立し、普遍化するには、
データの収集・分析、評価手法の確立、資料・教材の作成、教育・研修など、組織的な対応、取
り組みを必要とします。
6 おわりに
エネルギー保有量の大きなプラントが最大仮想事故(起こり得る最大の事故)を起こしたら、
また、多くの産業にエネルギー、ユーティリティ、石油化学製品を供給するプラントが広域にわ
たって同時に生産機能を喪失したら、社会・経済に及ぼす影響は計り知れないものがあります。
東海・東南海・南海地震が発生した場合において、大規模な事故災害の発生を防止し、また、生
産機能への影響を最小限に抑えることは、企業の存続のみならず、国力維持のためにも大切なこ
ととなります。このことは、コンビナートの地震対策に関し、東北地方太平洋沖地震で得られた
最も大きな教訓でありました。
プラントの地震被害・地震災害を防止、軽減するには、過去の経験、教訓を生かすことが大切
です。設備の被害例は、損傷モードを解明することにより、設計、改善のためのデータとなりま
す。近傍で地震動が記録されていれば、無被害の例と合わせ、耐震設計基準の検証データとなり
ます。地震被害・地震災害のデータを収集、蓄積し、それらを分析し、手段、手法を考え、次代
に伝えていくことは、地震国の日本にあって、現代に生きる我々の責務のように感じるものであ
ります。
なお、東北地方太平洋沖地震によって危険物施設、高圧ガス設備等が受けた被害は関係機関か
ら報告されました。被災した事業所からも、その経験が報告されています。文献(4)は、それらの
報告を基に、得られた教訓をまとめたものです。地震で被災されて後、その経験を公開された事
業所、及び事業所の皆様に、心から敬意を表します。
参考文献
(1) 稲葉、第 5 章序論、日本機械学会編 耐震設計と構造動力学、日本工業出版(昭 60)、149
(2) 稲葉、過去の地震被害から学ぶ配管系の耐震設計、配管技術、増刊号 650、Vol147、No.11 (2005.9)
(3) 稲葉、化学産業における地震災害のリスクマネジメント、化学工学、第 60 巻 7 号 (1996.7)
(4) 稲葉、東北地方太平洋沖地震と兵庫県南部地震の教訓(コンビナートの保安・防災)、東日本大震災における
プラントオペレーションに関するアンケート調査報告書、(公社)化学工学会 システム・情報・シミュレーシ
ョン部会 プラントオペレーション分科会 (2013.2)、(雑誌 計装、Vol.56 No.9、2013.9 に転載 )
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