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プレスリリース
2016 年 1 月 25 日
報道関係者各位
慶應義塾大学医学部
ヒト iPS 細胞由来の神経幹細胞の凍結保存法を確立
−脊髄損傷に対する iPS 細胞由来神経幹細胞移植の臨床応用に向けて一歩前進−
慶應義塾大学医学部生理学教室(岡野栄之教授)と同整形外科学教室(中村雅也教授)は、株式会
社アビー、日本ユニシス株式会社との共同研究により、ヒトiPS細胞由来の神経幹細胞(注1)の安全
かつ効率的な凍結保存技術を開発し、従来の緩慢凍結法(注2)と比較し、凍結融解後の細胞生存率
を向上させることに成功しました。
患者さん自身の細胞からiPS細胞を樹立し、現行の培養法で神経幹細胞へ誘導して移植する自家移
植では、脊髄損傷に対する最適な細胞移植時期に細胞の生成が間に合いません。そこで本研究チーム
は、京都大学iPS細胞研究所のiPS細胞バンク構想(注3)に基づいた他家移植(注4)を計画していま
す。これを実現するためには、iPS細胞バンクから譲渡を受けたiPS細胞を神経幹細胞へ誘導し、凍結
保存しておく必要があり、細胞生存率の高い保存方法が求められていました。
本研究成果は、2016年1月22日に「Neuroscience Research」オンライン版に公開されます。
1.研究の背景
脊髄損傷は、損傷部以下の知覚・運動・自律神経系の麻痺を呈する中枢神経系の損傷であり、医療
の発達した現代においても脊髄損傷の有効な治療法は確立されていません。以前の京都大学との共同
研究で、マウスおよびコモンマーモセット脊髄損傷に対するヒトiPS細胞由来の神経幹細胞移植の有
効性を報告していますが、臨床応用に向けて解決すべき問題の1つに、細胞の凍結保存の問題があり
ました。患者さん自身の細胞からiPS細胞を樹立し、現行の培養法で神経幹細胞へ誘導して移植する
自家移植では、脊髄損傷に対するヒトiPS細胞由来の神経幹細胞移植に最適な時期である亜急性期(受
傷後2∼4週)に間に合いません。さらに、自家移植では、移植する細胞の品質管理も困難で、実際の
医療としては費用がかかりすぎます。そこで本研究チームは、京都大学iPS細胞研究所のiPS細胞バン
ク構想に基づいた他家移植へ方向転換をしました。この他家移植においては、iPS細胞バンクから譲
渡を受けたiPS細胞を神経幹細胞へ誘導し、凍結保存しておく必要があります(下図参照)。しかし、
従来の緩慢凍結法では凍結融解後の細胞生存率は低く、臨床応用の障壁となっていました。そこで本
研究では、磁場下プログラムフリーザー(Cells Alive System;CAS)(注5)を用いて、ヒトiPS細胞
由来の神経幹細胞の最適な凍結保存法と、凍結融解が細胞に与える影響を検討しました。
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2.主要な研究成果
CASを用いて、ヒトiPS細胞由来の神経幹細胞を凍結保存すると、従来の緩慢凍結法と比べ、融解直
後の細胞生存率が著明に向上しました。CASの磁場を0.22∼0.29mT、0.30∼0.40mT、0.37∼0.50mTの
各条件で比較検討すると、0.22∼0.29mT、0.30∼0.40mTの磁場下で凍結させた場合、従来の緩慢凍結
法での生存率(約34%)と比較し、凍結融解後の細胞生存率は著明に向上し、最も高い生存率は約70%
でした。また、CASを用いた凍結保存後、融解したヒトiPS細胞由来の神経幹細胞は、従来の緩慢凍結
法で凍結した場合と比較し、ニューロスフェア(注6)径も保たれており、細胞増殖能や分化能も凍
結前と同等であり、凍結融解の与える影響も少ないと考えられました。さらに凍結融解したヒトiPS
細胞由来の神経幹細胞は、遺伝子発現解析においても凍結前と同等であり、凍結融解が遺伝子発現に
与える影響も少ないと考えられました。
3.研究の意義・今後の展望
本研究により新たに開発したCASによるヒトiPS細胞由来の神経幹細胞の凍結保存法は、融解後の細
胞生存率を向上させ、増殖能、分化能、遺伝子発現にも大きな影響を与えなかったことから、ヒトiPS
細胞由来神経幹細胞の凍結保存およびバンク化に極めて有用であると考えられます。この成果によっ
て、脊髄損傷に対する細胞移植による再生医療の臨床応用が大きく前進することが期待されます。
4.特記事項
本研究は、文部科学省・科学技術試験研究委託事業 再生医療の実現化プロジェクト「再生医療の
実現化を目指したヒトiPS細胞・ES細胞・体性幹細胞研究拠点」、および国立研究開発法人科学技術
振興機構(JST)および国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)・再生医療実現拠点ネット
ワークプログラム 疾患・組織別実用化研究拠点(拠点A)「iPS細胞由来神経前駆細胞を用いた脊髄
損傷・脳梗塞の再生医療」によりサポートされたものです。
5.論文について
タイトル(和訳): Safe and efficient method for cryopreservation of human induced pluripotent
stem cell-derived neural stem and progenitor cells by a programmed freezer
with a magnetic field
(磁場下プログラムフリーザーによる安全かつ効率的なヒト人工多能性幹細胞
由来神経幹/前駆細胞の凍結保存)
著者名:西山雄一郎、岩波明生、神山淳、板倉剛、川端走野、菅井桂子、西村空也、柏木玲、
安武かおり、磯田美帆、松本守雄、中村雅也**、岡野栄之*(* and ** Corresponding authors)
掲載誌:「Neuroscience Research」オンライン版
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【補足、用語の解説】
(注1)神経幹細胞
増殖し、継代を繰り返すことができる自己複製能と、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロ
サイトという中枢神経系の3種類の細胞を作り出すことができる多分化能を有する細胞。
(注2)緩慢凍結法
細胞の凍結法には大きく分けて、ガラス化凍結法と緩慢凍結法がある。ガラス化凍結法は、高濃度の
凍結保護剤を含む凍結保存液に細胞を浸漬し、液体窒素で迅速に凍結させる。細胞毒性が強く、高度
な技術を要する。緩慢凍結法は、低濃度の凍結保護剤を含む凍結保存液に細胞を浸漬し、徐々に冷却
し細胞を凍結する方法で、比較的簡便な方法であるが、細胞によっては生存率が低くなってしまう場
合がある。
(注3)iPS細胞バンク構想
免疫拒絶反応が低い型を持つ人から樹立したiPS細胞を用いて、細胞移植治療に用いるための細胞バ
ンクの構築を目指している。京都大学iPS細胞研究所で行われている。
(注4)他家移植
他人の細胞を移植すること。
(注5)磁場下プログラムフリーザー(Cells Alive System;CAS)
株式会社アビーが開発した凍結技術。特殊なCAS発生装置を使って細胞組織に8つの組み合わせのCAS
エネルギーを均一に与えることで、細胞組織の中にある水分子を振動させ、生成される氷晶を微細化
し、細胞壁や細胞膜を壊しにくくする。CAS機能は世界初の技術として、現在では食品から医療・応
用物理まで、幅広い分野に用いられている。
(注6)ニューロスフェア
神経幹細胞を含む球状の神経系細胞の塊。神経幹細胞の培養法の一つである浮遊培養で培養を繰り返
す際に用いられる。
※ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。
※本リリースは文部科学記者会、科学記者会、厚生労働記者会、厚生日比谷クラブ、各社科学部等に
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【本発表資料のお問い合わせ先】
【本リリースの発信元】
慶應義塾大学医学部 生理学教室
慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課
教授 岡野 栄之(おかの ひでゆき)
(担当:吉岡、三舩)
TEL:03-5363-3747 FAX 03-3357-5445
〒160-8582 東京都新宿区信濃町35
E-mail: [email protected]
TEL 03-5363-3611 , FAX 03-5363-3612
http://www.okano-lab.com/
E-mail: [email protected]
http://www.med.keio.ac.jp/
慶應義塾大学医学部 整形外科学教室
教授 中村 雅也(なかむら まさや)
TEL: 03-5363-3812 FAX: 03-3353-6597
E-mail: [email protected]
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