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プレスリリース
2016 年 4 月 29 日
報道関係者各位
慶應義塾大学医学部
神経ネットワーク活動を統合するメカニズムの解明
−てんかんや自閉症の解明と治療法に道−
慶應義塾大学医学部 生理学教室の柚 通介教授と松田恵子講師らは、神経ネットワーク活動
の統合に必須であり、てんかんや自閉症を引き起こす原因のひとつと考えられるカイニン酸受容
体(注 1)が、シナプスに組み込まれるメカニズムを解明しました。
私たちの脳では、無数の神経細胞が「シナプス」を介して互いに結合し、神経ネットワークを
形成しています。シナプスではグルタミン酸が放出され、その次の神経細胞のグルタミン酸受容
体に結合することによって興奮が伝達されます。このグルタミン酸受容体のうちカイニン酸受容
体は、記憶・学習に重要な脳部位である海馬の特定のシナプスに特に多く存在し、他の受容体に
は無いゆっくりとした伝達速度によって、海馬の神経ネットワーク活動の統合に必須の働きをし
ます。しかし、カイニン酸受容体がどのような機構で特定のシナプスにのみ組み込まれるのか、
そのメカニズムは良く分かっていませんでした。
本研究グループは、神経細胞が C1ql2 および C1ql3(注 2)と呼ぶたんぱく質を分泌することに
よって、カイニン酸受容体を直接集めてくることを発見しました。さらに、C1ql2 と C1ql3 を
欠損したマウスの海馬では、カイニン酸受容体がシナプスに組み込まれず、てんかんを人工的に
誘導する刺激を与えてもてんかん発作が起きにくくなることが分かりました。C1ql2、C1ql3 は
さまざまな脳部位にも存在し、それぞれの神経回路のシナプスへのカイニン酸受容体の組み込み
と機能を制御することで適切な神経ネットワーク活動を作り上げると考えられます。本研究の成
果は、てんかんや自閉症の原因解明と治療法開発に役立つことが期待されます。
本研究は、新潟大学の崎村健司教授、東京大学の狩野方伸教授、北海道大学の渡辺雅彦教授、
英国オックスフォード大学のラドゥ・アリセスク博士と共同で行ったものです。
本研究成果は、2016 年 4 月 28 日(米国東部時間)に米国科学誌「Neuron」のオンライン速
報版で公開されました。
1.研究の背景と概要
学習や記憶といった脳の高次機能は、神経細胞同士がつなぎ合わさって出来上がる神経回路に
よって担われています。神経細胞がつなぎ合わさる場所はシナプスと呼ばれており、脊椎動物の
中枢神経系では、シナプスの前側に存在する神経細胞が放出するグルタミン酸を、この次の神経
細胞に存在するグルタミン酸受容体が受け取ることによって神経興奮の伝達が起きます(図1)。
現在、多くの精神疾患や発達障害は、シナプス形成や機能の異常である「シナプス病」であると
考えられつつあります。
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図 1
神経細胞の繋ぎ目にあたるシナプスではグルタミン酸とその受容体を介して興奮性
信号が伝達される。
カイニン酸型グルタミン酸受容体(カイニン酸受容体)は、記憶・学習に重要な働きをする海
馬の中で、歯状回顆粒細胞の軸索(苔状線維)と CA3 錐体細胞が形成するシナプスに特に多く集
積しています(図2)
。カイニン酸受容体は神経ネットワークにおける活動を時間的あるいは空間
的に統合する役割をすることがこれまでに知られていました。また側頭葉てんかんでは苔状線維
が異常なシナプスを新たに形成し、カイニン酸受容体の活動を介しててんかんの発生源となるこ
とも分かっています。しかし、正常状態および病的状態において、苔状線維が形成するシナプス
にのみカイニン酸受容体が集積する仕組みについては良くわかっていませんでした。この仕組み
が分かることによって、海馬神経回路の正常な働きやてんかんなどにおける病態の解明に繋がる
ことが期待されていました。
図 2
カイニン酸型グルタミン酸受容体(カイニン酸受容体)は、歯状回顆粒細胞の軸索(苔
状線維)と CA3 錐体細胞が形成するシナプス部位に集積する。
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2.研究の成果と意義
本研究グループはこれまでに、自然免疫系の古典的補体経路の標的認識タンパク質である補体
C1q と似た構造を持つ C1q ファミリー分子が、中枢神経系のさまざまなシナプスにおいてシナプ
ス 形 成を 制御 す るこ とを 明ら か にし てき まし た。 今 回、 海馬 歯 状回 顆粒 細胞 に 発現 する
C1q-like(C1ql1)2 と C1ql3 という C1q ファミリー分子に注目しました。まず、C1ql2 と C1ql3
は、海馬の歯状回顆粒細胞で合成され、苔状線維から分泌されて苔状線維−CA3 錐体細胞シナプ
スに限定して存在することが分かりました(図 2)。C1ql2 および C1ql3 遺伝子を欠損するマウス
では、苔状線維−CA3 錐体細胞シナプスそのものは正常に形成されましたが、驚くべきことに、
このシナプスに多量に存在するはずのカイニン酸受容体がほぼ消失しました(図 3)
。
図 3
C1ql2 と C1ql3 を両方欠損するマウスでは、苔状線維−CA3 錐体細胞シナプスにてカイ
ニン酸受容体がほぼ消失する。
これまで、カイニン酸受容体はシナプス後部の神経細胞において足場となるタンパク質と結合
することによってシナプスに局在すると考えられてきました。しかし本研究グループは、シナプ
ス前部の苔状線維が分泌する C1ql2 と C1ql3 が、シナプス後部の CA3 錐体細胞に存在するカイ
ニン酸受容体に直接働きかけて集積させる、という全く新しい機構を発見しました。
また、分泌された C1ql2 や C1ql3 は、苔状線維に存在する Neurexin3 というタンパク質にも
同時に結合することを本研究グループは明らかにしました。つまり、C1ql2 および C1ql3 はシナ
プス前部では Neurexin3 に結合し、シナプス後部ではカイニン酸型グルタミン酸受容体に直接結
合します。これによって、シナプスを挟んだ形で Neurexin3-C1ql2/3-カイニン酸受容体という三
者複合体を形成することによってシナプスの機能を制御すると考えられます(図4)。
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図 4
シナプス前部から分泌された C1ql2 と C1ql3 は Neurexin3-C1ql2/3-カイニン酸受容体
という三者複合体を形成して、神経ネットワーク活動の統合を制御する。
側頭葉てんかん患者やそのモデル動物では、苔状線維が異常に伸び、通常は観察されないシナ
プスが歯状回顆粒細胞自身の上に作られます。このシナプスにカイニン酸受容体が動員されるこ
とが神経ネットワーク活動の異常を引き起こし、てんかんを発症すしやすくさせると考えられま
す。C1ql2 と C1ql3 を欠損したマウスにてんかんを人工的に誘導する刺激を与えると、苔状線維
の異常シナプスは歯状回顆粒細胞上に形成されるものの、カイニン酸受容体がこのシナプスに動
員されないこと、そしててんかん発作が起こしにくくなることが分かりました(図 5)。
図 5
C1ql2/3 欠損マウスにおいててんかんを人工的に誘導する刺激を与えると、苔状線維は
歯状回顆粒細胞自身の上に異常シナプスを形成するものの、このシナプスにカイニン酸受容体
3.今後の展開
カイニン酸受容体は、神経ネットワーク活動の統合によってさまざまな脳機能を制御している
と考えられています。カイニン酸受容体や Neurexin3 遺伝子の変異は、一部の自閉症や知的障害
患者においても報告されています。C1ql2 と C1ql3 によるシナプスへのカイニン酸受容体の動員
と機能制御機構の解明は、これらの病態の究明にもつながる可能性があります。また、C1ql2 や
C1ql3 は分泌型タンパク質であることから、C1ql2 や C1ql3 とカイニン酸受容体との結合を直接
に阻害させることができる可能性があり、てんかんや自閉症の新しい治療法の開発に繋がること
が期待されます。
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3.特記事項
本研究は JST 戦略的創造研究推進事業(CREST)
、JSPS 科研費 15H05772 の支援によって行
われました。
4.論文名
Transsynaptic Modulation of Kainate Receptor Functions by C1q-like Proteins”
(シナプスを越えて作用する「C1q 様タンパク質」によってカイニン酸受容体の機能は制御される)
【用語解説】
(注 1) グルタミン酸受容体:ほ乳類の脳における興奮性神経伝達はグルタミン酸によって行われ
る。グルタミン酸は、シナプス後部に存在するグルタミン酸受容体と結合することによってイオ
ンチャネルが開口して次の神経細胞を興奮させる。グルタミン酸受容体には AMPA、NMDA、カ
イニン酸、
デルタの 4 種類がある。
AMPA 型グルタミン酸受容体は速い神経伝達そのものを担い、
NMDA 受容体はカルシウム透過性によって記憶・学習を引き起こす役割を担う。カイニン酸型グ
ルタミン酸受容体は、イオンチャネルが開いた後閉じるまでの時間経過が長いことから、神経ネ
ットワーク活動の時間的・空間的な統合に関与する。
(注 2)C1ql2 と C1ql3(シーワンキューエル 2 と 3):免疫系補体 C1q の機能部位である球状 C1q
ドメインを持つたんぱく質群は C1q ファミリーと呼ばれている。C1q ファミリーの中には、補体
C1q に加え、脂質代謝にかかわるアディポネクチンや冬眠時に脳内で濃度上昇する冬眠特異的た
んぱく質などが含まれる。また、本研究グループが以前に報告した中枢シナプス形成を促す Cbln1
もこのファミリーに属する。C1ql2 と C1ql3 が属する C1q-like ファミリーたんぱく質には C1ql1
―4 の同族分子が存在する。C1ql1 は登上線維の起始核である延髄下オリーブ核にほぼ選択的に
発現し、登上線維―プルキンエ細胞シナプス形成と成熟を制御する。
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【本発表資料のお問い合わせ先】
【本リリースの発信元】
慶應義塾大学医学部 生理学教室 教授
慶應義塾大学
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