ニッセイ基礎研究所 (資産運用):通貨スワップの市場環境とヘッジコストに与える影響について 米ドルと円を交換する通貨スワップ市場において、スワップ・スプレッドがマイナスの状況が 恒常的に続いている。スワップ・スプレッドがマイナスの場合、米ドル調達サイドが円調達サ イドよりも調達コストが相対的に大きくなることを示しており、米ドルの資金調達や米ドル/ 円のリスクヘッジを行う投資家にとって運用利回り低下の要因となりうる。 通貨スワップとは、米ドルや円といった異なる通貨のキャッシュフローを交換する取引のこと である。通貨スワップは1年以上の比較的長期で取り組まれることが通例であり、外貨投資の ための資金調達、外貨建債権・債務の為替リスクのヘッジなどを主な取引目的として利用され る。通貨スワップでは取引開始時と取引終了時に元本を交換し、期中と取引終了時に調達した 資金に関する金利をお互いに支払う(図表1)。 図表1:通貨スワップ取引の例(米ドルと円の交換) 円元本 取引開始時 米ドル元本 米ドル調達 期中&取引終了時 サイド 米ドル LIBOR(3ヶ月) 円 LIBOR(3ヶ月)+β 円調達 サイド 米ドル元本 取引終了時 円元本 β:スワップ・スプレッド 米ドルと円の通貨スワップを例にすると、最も一般的な通貨スワップは、「米ドル LIBOR(3 ヶ月)」と「円 LIBOR(3ヶ月)+クロスカレンシー・ベーシス・スプレッド(以下、本稿で は「スワップ・スプレッド」と呼ぶ)」 の形式で変動金利を交換する取引 である。スワップ・スプレッドは、 図表2:スワップ・スプレッド(1年)の推移(bp) リーマンショック発生時 「各通貨の LIBOR 市場間の流動性の 違い」、「各通貨の LIBOR 市場間の 銀行システムの信用力の違い」、 「各通貨の資本市場間の調達ニー ズの偏り」などを要因として生じる ものと考えられており、米ドルの調 達コストや米ドル/円のヘッジコ ストを知るための指標として利用 (資料:Bloomberg データより著者にて作成) することができる。 年金ストラテジー (Vol.226) April 2015 4 ニッセイ基礎研究所 2008 年後半に起きたリーマンショック以降、米ドルと円を交換する通貨スワップ市場におい て、スワップ・スプレッドがマイナスの状況が恒常的に続いている(図表2)。言い換えると、 通貨スワップ市場では、米ドル調達サイドは円調達サイドよりも資金調達やリスクヘッジの為 に年あたり「35bp 程度(2015 年2月末時点)+ビッド・オファー」も追加コストを払わねば ならない環境下にあるということである。よって、通貨スワップを用いて米ドルの資金調達や 米ドル/円のリスクヘッジを行う投資家から見ると、内外金利差によるヘッジコスト分だけで はなく、スワップ・スプレッド分についても運用利回りが低下してしまうことになる(図表3)。 図表3:通貨スワップを活用したときの運用利回りへの影響 ②:円調達 (米ドル運用) 通貨スワップ 市場 ②:米ドル調達 (円運用) ④:無リスク金利+β (円) ファンド ④:無リスク金利 (米ドル) ③:資金(米ドル) 米ドル建て 市場 ③:無リスク金利+α (米ドル) ①:資金(円) ⑤:無リスク金利+(α+β) (円) 投資家 (円保有) β:通貨スワップのスワップ・スプレッド (リーマンショック後、マイナスが続く) ①:円保有の投資家が、ファンドに円資金を投資する ②:ファンドが、通貨スワップ市場で通貨スワップを取組み、円資金を運用し、米ドル資金を調達する ③:ファンドが、通貨スワップ市場で調達した米ドル資金を米ドル建て市場で運用し、「無リスク金利+α」(運用益) を得る ④:ファンドが、通貨スワップ市場に「無リスク金利(米ドル)」を支払い、「無リスク金利+β(円)」を受け取る ⑤:ファンドが、投資家に対して「無リスク金利+(α+β)(円)」を支払う また、外貨資金の調達や為替リスクのヘッジに直物為替取引と先物為替取引の売り買いを組み 合わせた為替スワップ取引が利用されることもあるが、通貨スワップと為替スワップとの間で 裁定が働くことにより、通貨スワップでの議論と同様に追加的なコストを払うことになるⅰ。 以上の議論から、外貨建資産への投資を行う際に外貨資金の調達や為替リスクのヘッジを検討 する場合は、投資対象の運用利回りや内外金利差だけではなく、通貨スワップ市場におけるス ワップ・スプレッドを参考指標として、為替リスクにかかる追加的なヘッジコストについても モニタリングすることをお勧めしたい。 (福本 勇樹) ⅰ 通貨スワップではスワップ・スプレッドが利払額に影響するが、為替スワップではスワップ・スプレッド が直先スプレッド(先物為替レートと直物為替レートの差)に織り込まれることにより元本額に影響するこ とになる。通貨スワップと為替スワップの裁定関係については「通貨スワップと為替スワップの裁定関係と 価格発見力」(日本銀行 2007 年 11 月)等を参照されたい。 年金ストラテジー (Vol.226) April 2015 5
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