基礎研レポート 通貨スワップ市場がもたらす外貨投資インセンティブの非対称性 外貨を保有する投資家にとって円建て資産への投資が魅力的な理由 金融研究部 研究員 福本 勇樹 [email protected] 1― はじめに LIBOR(3ヶ月)+クロスカレンシー・ベー シス・スプレッド(以降、 「スワップ・スプレッ 日本の金利市場において金利低下が進 ド」呼ぶ) 」の形で 3ヶ月ごとに無リスク金 んでいることから、 「本邦投資家が利回り 利を交換し、他通貨 (米ドル以外)の無リス 確保のために外国債券へのアロケーショ ク金利に追加的な調達コスト(スワップ・ ンを増やす」といった外貨投資に関する話 スプレッド)を上乗せするのが一般的であ 題を聞くことが多くなっている。一方で、海 る。スワップ・スプレッドが生じる要因とし 外投資家による日本国債の保有残高がこ ては、 「各通貨のLIBOR市場間の流動性の こ数年増加傾向にある [図表1] 。本邦投資 違い」 「 、各 通 貨のLIBOR市場間の 銀 行シ 家が利回り確保の観点で円建て資産への ステムの信用力の違い」 「 、各通貨の資本市 投資に対して悲観的になっている中で、海 場間の資金調達ニーズの偏り」といった点 外投資家は日本国債に対してどのような が考えられる。 インセンティブを感じ、その保有額を増加 米ドルと円のスワップ・スプレッドがマイ させているのであろうか。本稿では、ここ ナスの場合、米ドル調達サイドは円調達サ 数年の通貨スワップ市場の環境から、外貨 イドよりも相対的に調達コストがかさむこ を保有する投資家にとって円建て資産に とになる。スワップ・スプレッドがプラスの 投資するインセンティブが相対的に高まっ 場合はその関係は逆になり、米ドル調達サ ている点について紹介する。 イドの調達コストが相対的に低減すること になる。つまり、この通貨スワップ市場にお ける追加的な調達コスト(スワップ・スプ 2― 通貨スワップ取引の レッド)のプラス・マイナスが外貨調達コス 一般的なスキーム トの相対的な差異となり、最終的には外貨 投資の運用利回りに対して非対称な影響 通貨スワップとは、米ドルや円といった をもたらすことにつながるのである。 異なる通貨のキャッシュフローを交換す る取引のことである。通貨スワップは 1 年 3― 通貨スワップ取引市場の環境 以上の比較的長期で取り組まれることが 通例であり、外貨投資のための資 金調達、 [図表3] は、他通貨 (米ドル、ユーロ、英ポ 外貨建て債権・債務の為替リスクのヘッ ンド、豪ドル)と円を交換する通貨スワップ ジなどを主な取引目的として利用される。 について、円調達サイドの追加的な調達コ 通貨スワップでは取引開始時と取引終了 スト(スワップ・スプレッド)を計算したも 時に異通貨の元 本を交換し、期中と取引 のである。リーマンショックまではゼロ近 終了時に調達した資金に関する金利をお 辺を推移していたものの、それ以降はすべ 互いに支払う [図表 2]。 て通貨に対してスワップ・スプレッドがマ 例えば、円と米ドル交換の通貨スワップ イナスの状況が恒常的に続いていること の場合は 「米ド ルLIBOR(3ヶ月 ) 」と 「円 が分かる。逆に、円を保有していた他通貨 06 | NLI Research Institute REPORT April 2015 ふくもと・ゆうき 05年住友信託銀行(現 三井住友信託銀行)入社。 14年ニッセイ基礎研究所(現職)。 主な発行レポートに 「円安になりやすい時間帯は存在するか?」 日本証券アナリスト協会検定会員。 調達サイドの投資家から見ると、どの通貨 的な調達コスト(スワップ・スプレッド)が 5―まとめ で資金調達したとしても相対的に調達コ マイナスになっている点について指摘した。 ストがかさむ環境にあることになる。ミッ 同様に、円以外の他通貨資金を保有してい 本稿では、ここ数年における通貨スワッ ドレートで、米ドルと円のスワップ・スプレッ る投資家から見ると、円と交換する通貨ス プ市場のスワップ・スプレッドの状況に注 ド(5 年)が▲65bp、ユーロと円のスワップ・ ワップを取り組んで円建て資産に投資を行 目することで、どの通貨を保有しているか スプレッド(5 年)が▲30bp、英ポンドと うことでさらにスワップ・スプレッド分に によって取引者間の調達コストが相対的に 円のスワップ・スプレッド(5 年)が▲55bp、 ついても運用利回りを向上できることにな 異なってしまうために、外貨投資を行う投 る。つまり、外貨を保有している投資家か 資家のインセンティブに非対称な影響が生 1 が▲90bpである(2015 年2 月末時点)* 。 ら見て、日本国債等の円建て資産に投資す じてしまう点について紹介した。世界的に るインセンティブが相対的に高い状況が 金利低下が進んでおり、運用利回りの確保 ここ数年続いているということである。 という観点で通貨スワップ市場が示唆して 豪ドルと円のスワップ・スプレッド(5 年) 4― 通貨スワップ取引を活用した (スワップ・スプレッ 逆に、円を保有する投 資家から見ると、 いる追加的な調達コスト 運用利回り向上策 外貨投資を行う際に他通貨資金の調達や ド)の水準はもはや投資家にとって運用利 為替リスクをヘッジする目的で [図表4]と 回り対比で些細なものではなくなってきて 図表4 は、 SPCスキームを例* として、米 同様のスキームを活用した場合、他通貨調 いる。本稿で紹介したスキームに限らず、他 ドルを保有する投資家による米ドルと円 達サイドの追加的なコスト(スワップ・ス にも通貨スワップを用いた様々な利回り向 を交換する通貨スワップを用いた運用利 プレッド)がプラスのため、内外金利差に 上策が利用されているものと思われる。 2 回り向上策について説明したものである。 よるヘッジコストだけではなく、スワップ・ 通貨スワップを活用して外貨資金の調達 スプレッド分についても運用利回りが低下 を行うことで、同時に投資資金 (米ドル)の してしまうことになる。 為替リスクに対するヘッジ効果も有して [*1]実際に通貨スワップを取り組む際には、さらに ビッド・オファーのコストが上乗せされる。 [*2]SPCに限らず、ファンドや自己勘定等を活用した スキームであっても同様の議論は可能である。 いることに注意されたい。米ドル資金を持 つ投資家は、このスキームを活用すること で、最終的に 「米ドル建て市場の無リスク 金利」に 「円建て市場の無リスク金利に対 する超過収益 (α>0)」を加えた利回りに 対して、さらに 「スワップ・スプレッド(β< 0)」分だけ向上した運用利回りを享受でき ることになる。 よって、米ドルと円のスワップ・スプレッ ドがマイナスでありさえすれば、米ドルを 保有する投資家は米ドル建て市場で享受 できる無リスク金利よりも運用利回りを 向上できることになる。 先ほどリーマンショック以降の通貨ス ワップ 市場において円調達サイドの追 加 NLI Research Institute REPORT April 2015 | 07
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