カルテルリスクの現状と対応;pdf

FIDS
カルテルリスクの現状と対応
アカウンティングソリューション事業部 FIDS(不正対策・係争サポート) 弁護士 三宅英貴
• Hidetaka Miyake
弁護士の資格を有し、検事、英国系法律事務所および証券取引等監視委員会を経て、2013年より現職。検察当局や証券規制当局での不
正調査の豊富な経験を生かし、現在は、カルテルをはじめとする不正リスクのコンプライアンスプログラム構築支援業務や、不正調査支
援業務に従事。法的知識に支えられたリスクアプローチ型のソリューションを提供する専門家である。
(Tel:03 3503 3292)
Ⅰ カルテル摘発の影響について
手法が先進的に取り入れられており、違反行為に対し
て競争当局による厳しい制裁や民事責任を科す一方、
1. 競争当局による摘発
企業の自浄作用を促す強烈なインセンティブが付与さ
近年、日本企業が関与するカルテルが各国の競争当
れています。すなわち、多くの国の競争法では、カル
局により摘発され、巨額の罰金や制裁金を科せられる
テルを早期発見して当局に自主申告すれば制裁の減免
事例が頻発しています。しかも、企業自体に対する制
を得られるリニエンシー制度が導入されており、企業
裁金などに加え、役職員が禁錮刑に処され、実際に国
にカルテルの早期発見を促すインセンティブとして機
外の収容施設に収監されるケースも出ています。米国
能しています。カルテルに関与・黙認した役員が株主
司法省による日本企業に対する罰金の最高額は470
代表訴訟などで責任追及される可能性があることはも
百万ドルであり、まさに企業の屋台骨を揺るがしかね
ちろん、リニエンシー申請を視野に入れたコンプライ
ない規模の制裁といえます。
アンスプログラムの構築を怠ったことや、申請の機会
を認識しながら利用しなかったことを理由とする株主
2. 民事訴訟による損害賠償請求
競争当局からカルテルで摘発を受けると、特に米国
では、カルテルにより損害を被ったと主張する取引先
代表訴訟の例も出ており、リニエンシー制度によるイン
センティブの活用を怠ったこと自体で法的責任が問わ
れる可能性があります。
や消費者から民事の損害賠償請求訴訟が提起されるの
企業のリニエンシー申請により、競争当局は調査の
が一般的です。しかも、連邦法に基づく民事訴訟や州
端緒を把握するとともに有力な証拠も入手できること
法に基づく民事訴訟、さらには、一部原告が共通の利
になり、摘発件数は劇的に増加したといえます。
害関係にある他の原告を代理して訴訟遂行するクラス
アクション(集団訴訟)や、集団から除外(オプトア
2. 効果理論による域外適用の定着
ウト)された個別の大口取引先による損害賠償請求訴
元来、国家の管轄権行使の原則として、国家はその
訟など、複雑な各種民事訴訟への対応を迫られます。
領域内の行為や事実に対して管轄権を行使するという
属地主義の原則があります。しかし、競争法の世界で
は、属地主義の原則をさらに進めて、行為がどこで行
Ⅱ リスクが高まっている背景
われても、ある国の競争に影響を及ぼす場合には当該
国が競争法を適用するという「効果理論」による実務
1. リニエンシー制度の導入
競争法の世界では、いわゆる「アメとムチ」の行政
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が、グローバルレベルで定着してきています。
こうした効果理論によると、競合他社とのカルテル
の合意が日本国内で行われたとしても、自社の製品あ
などの形式的な態勢構築にとどまるケースが多かった
るいは自社の製品を組み込んだ最終製品の販売先の競
といえます。しかし、カルテルリスクへの対応として
争に影響を与える場合には、当該販売先の国の競争法
は、いくら形式だけの態勢を整えても、ルールを現場
が適用されることとなります。
まで浸透させ、カルテルが発生した場合には実際に早
近年、同じ製品のカルテルで複数の外国当局から摘
期発見してリニエンシー申請ができなければ、制裁の
発を受けるといった事態が見られるのは、こうした効
減免を受けることはできません。つまり、「仏つくっ
果理論の影響と考えられます。
て魂入れず」では済まされず、経営トップの姿勢を明
確にして実効性のある「魂の入った」コンプライアン
スプログラムを構築する必要があります。
3. 緩やかな認定の傾向
カルテルとして違法とされる行為の構成要件は各国
の競争法で異なります。おおむね共通しているのは、
2. 企業のリスクに応じた対応策
競合事業者間で書面や口頭で価格や生産量などについ
全ての企業にとって実効性のあるコンプライアンス
て明確に合意した場合に限らず、一定の情報交換のレ
プログラムのモデルは存在せず、各企業は、それぞれ
ベルでカルテルと認定される傾向があるという点です。
のリスクに応じた対応策を選択する必要があります。
例えば、日本の独占禁止法では、事前の連絡交渉、
その意味ではリスク評価が極めて重要であり、しか
その内容(将来の価格情報など)、事後の行動の一致
も、その際のリスク評価は可視化して、当局その他の
(値上げなど)があれば、特段の事情が認められない限
ステークホルダーに対して説明可能な状況にしておく
り、意思の連絡が推認されてカルテルが認定されます。
ことが肝要です。
こうした実務の傾向を理解していない役職員による
競合他社との安易な接触が、企業を危険に陥れている
といえます。
3. 早期発見目的の独占禁止法監査
前述のように、カルテルが実際に発生した場合に
は、いち早く発見してリニエンシー申請をしなければ
制裁の減免の恩恵を受けられません。そこで、申請を
4. 新興国の競争法整備と執行の活発化
従来、競争法の執行に積極的だったのは米国をはじ
見据えた早期発見目的の業務監査を、どのように実施
めとする先進国でしたが、近時、中国、インド、東南
するかがよく問題となります。インタビューや証憑レ
アジア諸国連合(ASEAN)加盟国といった新興国で
ビューには相応のコストを要することから、いかにし
競争法の整備が進み、執行が積極化しつつあります。
て監査対象となる高リスクの拠点などを絞り込むかが
特に、中国当局による自動車部品やベアリングのカル
重要なポイントとなります。
しょうひょう
絞り込みの方法としては、従業員サーベイなどによ
テルの摘発は記憶に新しいところです。
また、ASEAN各加盟国は、ASEAN経済共同体を
り現場の実状情報を入手してきめ細かいリスク評価を
2015年に発足させる合意の工程表の中で、競争政
実施すること、あるいは、データ解析などのテクノロ
策・競争法の導入を努力する旨公表しており、今後も
ジーを活用して絞り込むことが考えられます。
競争法の導入・執行が継続する見込みです。
Ⅳ おわりに
Ⅲ 企業に求められる対応
各国競争当局によるカルテルの摘発は、一過性のも
1. 形式だけでは済まされないカルテルリスク対応
独占禁止法コンプライアンスでは、研修等による未
然防止、業務監査等による確認と早期発見、危機管理
のと考えるべきではありません。各企業がカルテルリ
スク対応を検討するに当たって、本稿が参考になれば
幸いです。
を組み込むことが不可欠とされています 。
※
従来、コンプライアンスといえば、社内規程の整備
※ 2012年11月公正取引委員会「企業における独占禁止法コンプライアンスに関する取組状況について」参照
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