リ ス ク マ ネ ジ メ ント Risk Management 心理的過誤対策ワークショップにおける フィードバック 株式会社ヒーリングサポート はるかぜ薬局 堤 俊也 先生 た状態(ブロッキング現象)では、エラーが生じやすくな エラーの一次的要因 ります。 調剤におけるエラー要因では、 さまざまな分析が行 2 0 0 7 年 から2 0 0 9 年にかけて、S 県 病 院 薬 剤 師 会 われていますが、一 次 的 要 因はほぼ全てが『 確 認 不 (講演会にて計2回)および調剤薬局チェーン (2社)の 足』 といえます。 約350名を対象に、調剤ミスの心理的背景について調 以前は販売名に規格が入っておらず、例えば「『 A 査したところ、確認不足を発生させた二次的要因とし 錠 』であ れ ば『 2 0 m g 』で『 A 錠 1 0 m g 』であ れ ば て、1)業務過多、多忙、2)職場の人間関係、医師対応、 『 10mg 』」 というケースもありました。現在は、単一規格 3)個人の内面的な問題などが検出されました(図1)。 の承認申請であっても規格を販売名に入れるよう承認 その後に開催したワークショップでも同様の二次的要因 審査段階で指導がなされています。 したがって、規格 が確認されています。 また、その背景にある感情では、 ミスでよくいわれる「2規格あるのを知らなかった」から 不安・焦り系、悲しさ系、怒り系、喜び系などが検出され、 間違えたのではなく、 「規格を確認しなかった」から、 も 先述の二次的要因1)∼3)において、その割合に特異 しくは「規格が書かれていなかったのに問い合わせを 性が見られました (図2)。 しなかった」から、すなわち確認不足がエラーの本質 焦りが招いたエラーに対するフィードバック事例 といえます。 エラーが起こったときは、原因を探り、適切なフィード エラーの二次的要因 バックを行うことが重要ですが、それは心理的要因に 『 確 認 不 足 』を引き起こす 要 因としては、別の考え ついても同様です。本稿では、業務多忙時の『 焦り』に 事 、急ぎ・複 数の仕 事の並 行 処 理などが 挙 げられま ついてのフィードバックを2例紹介します。用いたワーク す。脳は、注意のフォーカスを1ヵ所にしか当てることが シートは、 『 ヘルスカウンセリング事典 』1)より抜粋・一部 できず、並行する二つの作業では、 フォーカスの合った 改変しました。 作業が優先的に処理されます。すなわち、調剤中に考 焦りは不安系の感情に属し、その定義は『 期待通り え事など業務以外の作業に注意のフォーカスが当たっ にいく見通しが立たないときに起こる感情 』 とされてい 図1. 調剤ミスを招く心理的背景:349のエラー事例から 図2. エラーの背景にある感情 その他 (ミステイクを含む) (27) 個人の 内面的な問題 (91) 業務過多、 多忙など 83 職場の人間関係、 医師対応 業務過多、多忙 など (99) 31 個人の 内面的な問題 医師対応 (9) 職場の人間関係 (91) 患者 (家族を含む) との関係 (32) 0 61 45 0 ■ 不安・焦り系 10 1 51 9 20 ■ 悲しさ系 10 30 40 ■ 怒り系 50 17 15 60 ■ 喜び系 6 70 22 80 90 100 (%) ■ 未記入・その他 ※「個人の内面的な問題」のうち、3例は分類不能で除外 5 ます。 「急いで調剤しなければ!」という焦り・不安の背 分を複数のメーカーで揃えなければならない場合も多 景には、個々によって異なる期待が存在します。その期 くあります。そこで、引き出しに箱のまま保管することに 待を明確化することで、有効なフィードバックを行うこと なりますが、箱を立てて保管する場合にフタが半開き ができます。 また、 フィードバックは『 今 』 『ここで』 『自分 だったり文字が小さかったりすると、識別に難がありま に』できる方法を選択することが重要です。 す。彼の場合も、焦っているときに目的とする薬品が見 つけ難く、 「あった!」と規格を確認せずに調剤してしま 〈ケース1〉 いました。 1例目は、全体的には忙しくはなかったものの、患者 焦る背景にあった期待は、 自分に対しては「クレーム さんの視線に焦ってしまい、監査ミスを起こした20歳代 が出る前に薬を出したい」、 メーカーに対しては「薬品 女性薬剤師のケースです。 名が分かりやすい箱を作ってほしい」 というものでした。 彼女は、患者さんからずっと見られているのを感じる 自分に対する期待は高過ぎると気付きましたが、 メー と 「急かされている」 と認知してしまい、焦りの気持ちが カーに対する期 待は『 適 正 』 との認識でした。確かに 湧き上がってしまいました。では、 どのような期待を持っ 「薬品名が分かりやすい箱を作ってほしい」 という要望 ていたのでしょうか。それは、患者さんに対しては「急き には私自身も同意です。 しかし、それは『いつか』 『どこ 立てるような目で見ないでほしい」、自分に対しては か』で『 誰か』に該当する期待です。 また、 『 誰か』がや 「もっと早く監査するべき」 という期待でした。 るべきだと思っている間は、 自ら解決に動くことがありま 期待が適正であれば、 ストレスもプラスの方向に働き せん。 しかし、薬品名が分かりやすい箱に切り替わるま ます。 しかし、過剰な期待はマイナスの方向にしか働き で、今の状態のまま調剤を続けるわけにもいきません。 ません。先述の二つの期待は、彼女にとって過剰な期 メーカーに対する期待は、 『 今』 『ここ』で実現するに 待でした。他者に対し、 自分の期待通りであってほしい は過剰であると認識を改め、彼が取った対策は、引き出 と願っても無理な話です。 また、 自分の能力以上のこと し内の整理と収納方法の検討でした。当たり前といえ を自らに期待しても、 自身を苦しめるだけです。頑張れ ば当たり前の対策ですが、 「心から納得して取り組む」 ば何とかなるのはマンガやドラマの中だけであり、急い という認識の変化がありました。 で処 理しようとしたところで本 来 必 要な作 業( 確 認な 自身に対する「クレームが出る前に薬を出したい」 と ど) を省略することでしか処理速度を上げることはでき いう期待に対しては、 「待たせて出るクレーム」 と 「薬を ません。過剰な期待は、諦めるか、期待値を適正化す 間違えて出るクレーム」のどちらの対策が重要か、冷静 る必要があるのです。 に判断してもらいました。 もちろん後者が重要なのは、 彼女はこの二つの期待を諦めることにしました。そし 言うまでもありません。 て、 『 今』 『ここ』で、 『自分』にできる対策を練りました。そ の結論は、 「調剤室で監査を終えて窓口に移動する」 と ほかのケースでの焦りの背景には、 「手早く調剤(監 いうものです。視線さえ感じなければ焦ることもありませ 査) して上司に認められたい」、 「世間話をしていない ん。 「患者さんの視線を気にしない自分になる」 という手 段もありますが、それは彼女にとって『今』 『ここ』で、 『自 で、早く次の患 者さんの調 剤( 監 査 )をしてほしい」、 「早く薬を渡して子どもを迎えに行かなくては」など、多 分』にできることではありませんでした。勤務先のマニュ 様な『期待』がありました。 アルには「監査は窓口で行う」 との規定がありましたが、 「焦らないようにする」という漠然とした対策ではな その変更は上司に相談できるとのことでした。 く、 どのような心理的背景があって焦っているのか、そ れを明確にした上での対策ならびにストレス・マネジメン 〈ケース2〉 トが必要とされます。 2例目は、患者さんが待合室に溢れており、 「早く調 剤しなければ」と焦り、規格を間違えた30代男性薬剤 師のケースです。 昨今、保険薬局の在庫品目は増える一方で、同一成 参考文献 1) ヘルスカウンセリング学会 (編),宗像恒次 (監). ヘルスカウンセリング事典. 日総研出版. 1999. 6
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