影響力を増す中国独禁当局の動向と独禁法対策;pdf

影響力を増す中国独禁当局の動向と独禁法対策
アンダーソン・毛利・友常法律事務所 弁護士 中川 裕茂氏
2014年は中国でカルテルや再
上の適用対象に含めていること、
リーニエンシーの報告期間に制限
販売価格の拘束等の理由で多くの
がなく明文上も調査開始前と調査着手後の報告に特段差が設け
日系を含む外資系企業が処罰を受
られていないこと、
執行当局の裁量の余地が大きいことの3点が挙
けた年であった。特にカルテルの調
げられる。
査事例では、外国企業が国家発展
執行を担当する政府機関については、国家発展改革委員会
改革委員会に対してリーニエンシー
(NDRC)
が価格に関する独占規制の執行を、国家工商行政管
(自白による制裁金の減免申請)
を
理総局
(SAIC)
が価格以外の独占規制の執行を担当している。
申請したことがきっかけとなり、調査
罰に至った件もあった。独禁法の問題は中国現地の問題である
処罰の事例①
~価格カルテル、再販価格拘束案件~
と同時に、
その影響の大きさや国際的性質から本社自身がグリッ
この数年で10件以上の処罰事例が公表されているが
(表1参
プするべき重要問題である。
これまで欧米や日本・韓国等の独禁
照)
、
ここでは直近の代表的な事例を2件紹介したい。
当局が主導的な役割を果たしてきた世界で、昨年を境にして中国
(1)
日系自動車部品メーカーのカルテルに関する案件
中川弁護士
が開始された事例が多く、中には処
当局もその仲間に入り、影響力を格段に強めた。本稿ではかかる
NDRCは、
2014年8月20日、
日系の自動車部品メーカー12社
現状をふまえ執行の現状を紹介のうえ、本社および現地法人とし
に対して、総額200億円強の制裁金を課したと発表した。
リーニエ
ての留意事項を解説する。
ンシーの申請を行ったとされる2社については処罰が完全に免除
され、
その他の事業者については調査に対する協力の程度に応じ
違法とされる行為と処罰
て、
前年売上高
(中国国内のカルテルに関係する売り上げ)
の4~
独禁法で禁止される独占的協定の類型は、
競争業者間の水平
8%の制裁金が課された。
的協定と、川上・川下の事業者間の垂直的協定とに分かれる。水
本件はその制裁金の金額もさることながら、
同類事案に対して与
平的協定については、
価格、
数量制限、
市場分割等に関する協定
えた影響が注目される。本件のように、他国
(例:欧米日)
での調査
等が規制の対象とされている。他方、
川上・川下の事業者間におけ
が完了または進行中で、
中国ではリーニエンシーの申請を躊躇また
る垂直的協定については、再販売価格の維持、再販売価格の最
は様子見していた事例は今でも多く存在するものと思われるが、
本
低価格の設定等が対象とされている。
また、
これとは別に市場シェア
件の公表によりこれまで中国でリーニエンシーの申請を様子見して
が高い事業者による反競争的行為
(抱き合わせ販売、
不合理な拘
いた事例の対処法の流れが変わり、中国のリーニエンシーの申請
束条件付取引、
不当廉売等)
を違法とする市場支配的地位の乱用
が活発化することとなった。
という類型の行為も存在する。
表1. 価格カルテルおよび再販価格拘束等の近時の
代表的事例
金銭的処罰としては、独禁法に基づくものでは、①違法所得の
没収、
②前年度の売上額
(運用上は独占的協定に関連する中国
ちゅうちょ
処罰時期
執行機関
概要
制裁金
国内売り上げ)
の1~10%の制裁金が課せられる。これまでの運
2013年1月
NDRC
液晶パネルに関する価格
カルテル
用上は、
カルテルの場合は①は課されていない
(表1の液晶パネル
2013年2月
NDRC
中国白酒メーカー2社の再
販価格拘束案件
合計約4.5億元
2013年7月
NDRC
粉ミルクメーカー等による
再販価格拘束案件
合計約6.7億元
(前年
売上高の3~6%)
いる点と、
「売上額の1%」
という下限が設定されているところが法
2014年5月
NDRC
眼鏡用レンズ・コンタクトレ
ンズの再販価格拘束案件
総額約2,000万元
(前
年売上高の1~2%)
制度としては特徴的である。
2014年8月
NDRC
日系自動車部品メーカー
12社の価格カルテル案件
総額約1.75億元
(前年
売上高の4~8%)
2014年9月
湖北省物価
局、上海市
発改委
外資自動車販売会社およ
びディーラーのカルテルお
よび再販価格拘束
湖北省案件:合計約
2.8億元
上海市案件:合計約
3,400万元
案件では違法所得の没収が行われたが、
価格法に基づく処罰であ
ふ か
る)
。制裁金の賦課において執行機関に幅広い裁量が与えられて
自主的に違反行為の報告および証拠提出を行った事業者に対
しては制裁の減免が認められている
(リーニエンシー制度)
。中国の
制度上の特徴としては、
水平的協定のみならず垂直的協定も運用
18 mizuho global news | 2015 MAR&APR vol.78
合計約3.5億元
(制裁
金+違法所得没収)
(2)
外資・内資の眼鏡用レンズ・コンタクトレンズの再販価格拘束に
企業間の談合など当たり前だなどと考える人もいるのではなかろう
関する案件
か。
しかし、
中国の指導部が唱道する法治国家体制のもと、
贈収賄
NDRCは、
2014年5月29日、
外資・内資の眼鏡用レンズ・コンタク
の摘発のみならず独禁法の執行の分野でも流れは数年前と大きく
トレンズの中国の内外資販売会社7社に対して、総額約3億円強
変わり、
意識の変革が正に必要な時期となったことを意識すべきで
の制裁金を課したと発表した。NDRCの認定によれば、
これらの会
ある。巨額の制裁金を課されてからではもう遅い。
また、怪しい事実
社は代理店との契約で
「希望小売価格」
を下回る価格の販売を制
関係を察知した場合、
社内で十分に調査をすることが必要である。
限し、
これに違反した販売店に対して保証金の没収、
販売リベート
特に経営陣自身が関わっている場合は本社の独立した組織や法
の取り消し、
供給停止、
ペナルティー等の罰則を課したという事実を
務部がイニシアチブをとり、
厳格な調査をしなければならない。
そのう
認定している。
えで、
不正行為の事実が確認されたら、
国際的な感覚にしたがって
本件では、
重要な証拠提供をともなった自主的な報告を行った企
リーニエンシーの申請を、中国を含む適切な国において行うべきで
業に対して処罰を免除し、
その他の事業者に対しては前年売上高
ある。
の1~2%の制裁金を課している。再販価格の拘束案件でも、
自主
的な報告や重要な証拠の提供等によって処罰の免除を受けうるこ
企業の留意点② ~調査対応~
とが運用上も確立されたと言える。
独禁当局による調査が始まった場合に、
まず行ってはならない行
為の第一は証拠隠滅行為である。証拠の隠滅はそれ自体が犯罪
処罰の事例②
~市場分割、抱き合わせ販売、拘束条件付取引案件等~
り調査開始後は本社の専門部署が弁護士と緊急に相談のうえ、
NDRCと同様、
SAICも近時執行を強化している
(表2)
。SAICの
証拠隠滅、事実関係確認のための社内調査、当局とのとりあえず
管轄する非価格案件はバラエティに富んでおり、
実際にはたとえば
の対応等を検討し、
指揮系統を確立することが重要である。中国で
代理店契約、
販売契約等の契約実務上示唆に富む案件が多い。
はまだまだこの手の調査に手慣れた弁護士は少なく、手慣れた弁
案件数からすると外資系企業に対する処罰事例よりも、
中国系企
護士でも欧米日の対応を十分視野に入れて対応できる弁護士は限
業に対する処罰事例が圧倒的に多いが、
SAICがマイクロソフトや
られている。弁護士の人選も重要な要素であり、
特にカルテル案件
クアルコムに対する調査を行っていると報道されており、
外資系企
では利益相反により弁護士は2社以上代理できないのが通常であ
業に対する動きも活発である。
るため、
日常的にそのような弁護士とコンタクトをしておくことも重要
処罰事例の中で特に注目に値する案件として、
次の例がある。
である。
①市場分割協定
セメント販売、高速道路用砂利販売や爆竹等の分野で市場
分割協定が認定され処罰が課されている。一般的には比較的
狭い地理的範囲において事実上数社にてシェアを分け合ってい
るようなケースで、
相互の商圏を尊重するような合意を明示的に
行っているような事案で処罰が行われている。
行為になる場合もあり、
また制裁金が加重される要素となる。立ち入
表2. 市場分割、抱き合わせ販売、拘束条件付取引等の
代表的事例
処罰時期
根拠
概要
制裁金
江蘇省
2014年9月
工商局
市場支配的
地位乱用
たばこ卸売における
差別的取り扱い
前年売上高の1%
2014年9月
江蘇省
工商局
独占的協定
セメント販売における
各当事者に50万
市場分割協定
(未実
元以下の制裁金
行)
2014年8月
重慶市
工商局
独占的協定
高速道路用砂利の
個人に対する処罰
販売における市場分
(4万~20万元)
割協定
2014年7月
内モンゴ 市場支配的
ル工商局 地位乱用
たばこ販売での不人
気のたばこの抱き合
わせ販売
2014年6月
工商行政 市場支配的
管理総局 地位乱用
サッカーワールドカッ
是正措置の約束
プチケット販売での
により調査中止
抱き合わせ販売
②拘束条件付取引
天然ガス販売におけるサプライヤー側からの一方的な価格修
正条項や、
水道用水供給取引における特定の不動産会社によ
る施工義務を課す取引について、不合理な拘束条件であるとし
て処罰した事例がある。
企業の留意点① ~日常的なチェック~
執行機関
直近年度の売上
高の1%
中国では独禁法施行後まだ6年であることもあり、
独禁法に対す
中川 裕茂氏プロフィール
る意識がまだ低い人も多い。世界の動向を報道ベースで多少知っ
日本および米国ニューヨーク州弁護士。アンダーソン・毛利・友常法律事
務所パートナー・北京オフィス首席代表。
日本企業の中国および台湾への
直接投資、独禁法、労働法、
アンチダンピング等の通商法等を取り扱う。
ている人も多いと思うが、中国では法律を細かく気にしていたら商
売にならない、違法・グレーなことでも皆がやっている社会だ、中国
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