文化遺産国際協力コンソーシアム副会長 前田耕作先生よりメッセージ;pdf

十和田は世界の輝きを曇らせてはならない!
十和田市立新渡戸記念館の突然の休館と、その後の記念館再開について見通しの暗いニュースを聞いて大きな衝撃
を覚えました。十和田に用水路を開鑿して自然と美しさと人間の労苦の営みとを織り成して、比類のない文化的景観
を産み出す糸口となった新渡戸傳の汗と智、その十和田に世界への翼を与えた稲造、わが国だけではなく、世界が敬
してやまない記念館が閉じられようとしていることは、十和田から世界に放たれていた掛け替えのない文化の象徴を
消すことでもあります。
十和田湖から流れ出る緩急詩曲のような奥入瀬のせせらぎは人びとの心をなごませ、甦らせ、再び大地に立つ喜び
を与えますが、小さな新渡戸記念館は人間の精神の広さと深さ、強さと気高さを放ち続けて、十和田の恵まれた自然
にもうひとつの人間的豊かさを加え続けてきたことを忘れてはなりません。
世界遺産を認定する上で大きな役割を果たしている国連科学教育文化機関(ユネスコ)は、新渡戸稲造が産みの親
であることを誰もが知っている。その稲造の世界精神への寄与がどれほどのものであったのか、名著『武士道』
(日本
の魂)
記念館に陳展されている数十ヵ国語におよぶ翻訳本の存在によっても裏付けられています。
戦後 70 周年を迎える被爆の広島は、跡形もなく被爆の傷は消え去っても、あの小さな朽ちたドームの廃墟によって
世界の広島であり続けているのです。太素の杜にたたずむ新渡戸記念館は、どんなに小さくても、その知的光源の鮮
烈において国内はもとより、世界にも匹敵するものはありません。アンネ・フランクの小さな狭い屋根裏部屋を誇り
をもって保存し、その精神の遺産を受け継いで、世界の人びとの尊敬を集めているところがあることはご存知の通り
です。十和田の大いなる自然は、新渡戸記念館という知性と世界的精神を象徴する存在があって、本当に人びとが心
惹かれ、繰り返し訪れるに価する文化の景観となるのだと思います。
いまわが国では、世界遺産と並んで日本遺産の設置が具体的になりつつあります。もし十和田が継承すべき遺産を
まとめ日本遺産に名乗りを上げたにしても、その精神的支柱を欠いては、文化の象徴的支柱を失ったままでは実現す
ることはないでしょう。
また、政府あげて地方創生によるわが国の持続的発展を模索している折、持続性を担保する重要な要素の一つであ
る文化的支柱が掻き消されることがあってはなりません。文化遺産の保存が重要視されるのは、これからの経済発展
にとっても、環境保全にとっても、文化への敬意なくしては世界の評価を得られないからです。
文化遺産の保全と市の発展、この二つを不可分のものとして視野に留められない構想は、いまやいかなる評価を受
けることもないでしょう。新渡戸記念館の将来は、世界が見つめているということに思い至って下さり、英知に溢れ
た対応をして下さることを願ってやみません。
文化遺産国際協力コンソーシアム副会長
前田
耕作