タンパク質間相互作用の見つけ方 京都大学低温物質科学研究センター 佐藤 智 タンパク質の機能を解明する上でタンパク質間相互作用に関する必要不可欠である。細胞内では、 活動状況に応じて多種多様なタンパク質複合体形成がおこっている。細胞固有の大規模なタンパク質 間相互作用情報全体をネットワークとして捉えることができ、このもとになる細胞あるいは個体が備 えるタンパク質の 1 セットをプロテオーム proteome という。プロテオミクス proteomics はこれを 解析する研究であり、タンパク質の結合関係を網羅的に検出することが汎用され、また、間接的に細 胞内動態を制御するタンパク質の探索法も開発され適用されている。その一部を解説する。 ① Microarray マイクロアレイ法 1) タンパク質や生理活性分子を結合できるパ ターンを作成した基板(マイクロチップ)を作る。 2) パターンの上に色々なタンパク質あるいは 生理活性分子を結合固定させる。 3) 結合するかどうか知りたいタンパク質をの せる(overlay)。 4) 結合したタンパク質を、検出する。 というスッテプで成り立っている(右図)。 マイクロアレイ法では、様々なタンパク質/リガン ドの結合のさせ方、検出方法がある。 左図は上から順に、 (ア)興味のある抗体(特定のタンパク質とつく、ある いは特定のタンパク質の特定の構造につく)につく タンパク質があるか (イ)興味ある抗原に対して検体が抗体を持つか (ウ)未知/既知のタンパク質に対し既知/未知の(i)タン パク質、(ii)脂質膜、(iii)薬剤、(iv)基質が結合するか (エ)薬剤や生理活性分子にタンパク質が結合するか (オ)糖にタンパク質が結合するか ということを検出しようとする原理である。 結合の検出は (イ)蛍光法、(ロ)水晶振動、(ハ)表面プラズモン共鳴 156 などがある。 左図は蛍光法によった検出例。蛍光強度を黒→青→ 緑→黄→赤の順で大きくなるよう表わしている。 ② 組み換えタンパク質を使った in vitro 検出 (1) pull-down assay (プルダウンアッセイ) タグ Tag 付きタンパク質 (ベイト bait)と、それと の相互作用が期待できる細胞質タンパク質など、任 意のサンプル溶液をインキュベーする。タグに結合 するアガロースビーズや磁性粒子を用いて結合物 をあつめ、洗浄後、分離/分析する。この方法は、 細胞内で形成されたタンパク質複合体を検出/分離 できる。 タグとしては、His タグ(Ni イオンと配 位結合するポリヒスチジン配列)、GST(Glutathione S-transferase)融合タンパク質(下左),FLAG(N-DYKDDDDK-C )、HA(influenza virus hemagglutinin) 融合タンパク質,myc-融合タンパク質 (抗体による濃縮) (2) ビオチンリガーゼ法 上述のタグを用いるア ッセイ法は、短時間結合したもの、あるいは結合後離 れていく性質のものを検出するのは困難である。そこ で、大腸菌由来 biotin protein ligase 遺伝子を用い、融 合タンパク質を発現させる方法がある(右図)。この方 法では当該タンパク質に結合/近づけるタンパク質が 157 が最もよく使われる。 ビオチン化される。これを、ビオチン結合タンパク質であるストレプトアビジン streptavidin などに よって回収する。ストレプトアビジンとビオチンとの結合は非常に強く、他のタンパク質間相互作用 が起きない条件やあるいは膜を完全に可溶化したミセル存在下でも起きるので、他の非特異的な相互 作用が起きない条件下で回収できる。 ③ 遺伝子組み換えを使った検出 two-hybrid 法: 転写活性化因子である GAL4 タンパク質を構成する DNA 結合ドメイン(GAL4DBD; GAL4 DNA Binding Domain)と調べた いタンパク質 A との組み換え融合タン パク質をコードする DNA を調製し細胞 (酵母)に発現させる(ベイトとみなせ る)。一方、GAL4 のアクティベータドメ インと調べたいタンパク質 B の融合タ ンパク質遺伝子(prey=獲物とみなせる) を調製し、同じ細胞に発現させる。ホスト細胞は UASG を持つレポーター遺伝子を組み込んでおく。 この細胞では、タンパク質 A-GAL4DBD が UASG に結合する。もし、タンパク質 B が A と相互作用 すれば、GAL4DBA に結合した UASG もつ配列が、GAL4 アクティベータドメインの作用で転写され る。これを検出する(活性化によって色が出る基質分子がある)。 この方は、(i)相互作用が細胞内の 環境で起こる。(ii)任意のタンパク質遺伝子を無作為につけたアクティベータドメインとの融合遺伝子 ライブラリ(library)をスクリーニングできる利点がある。 ④ その他の方法 (1) Far-western 法 は特定のタンパク質間の 相互作用の検出/確認のためにタンパク質を電気 泳動して分離したものをニトロセルロースや PVDF のシートに写す(western blotting)。これ に興味のあるタンパク質を結合させ、そのタン パク質を抗体によって検出する。 (2) 化学架橋法 タンパク質複合体を(還元剤などで)開裂可能な架橋試薬で処理し、免疫沈降 後に開裂処理し電気泳動する。あるいはそのまま非開裂条件で電気泳動し、これをさらに開裂条 件下で電気泳動し(二次元電気泳動)、結合したタンパク質を同定する。 158 ⑤ タンデム蛍光タンパク質タイマー tandem fluorescent protein timers タンパク質が細胞内で時間経過ともにどのように分布を変えるか、あるいは分解除去されるか を解析する方法である。あるタンパク質の構造機能を損なわずに細胞内における運命を追跡する ことができるよう、それをコードする cDNA に蛍光を発するタンパク質配列を融合させて発現 させる。よく使われる蛍光性タンパク質は、super folder GFP (sfGFP)といわれる緑色蛍光タン パク質 green fluorescent protein を改変したものや、mCherry とよばれる赤色蛍光タンパク質で ある。sfGFP は速く(数分で)フォールディングし蛍光を発するのに対し、mCherry の完成は遅い (約 40 分で 1/2 量)。右図では、フォールディング途中 にあって黒と灰色で示した sfGFP と mCherry がそれぞれ 固有の速度 m1 と m2 とで蛍光性となる様子をイラストし ている。m1>m2 なので、最初は緑の蛍光しかなく、追っ て赤の蛍光が現れる。したがって、あるタンパク質をこ の 2 種の蛍光タンパク質で縦 tandem に標識し、赤/緑 の蛍光強度比を計測すると、できたてのタンパク質は 緑の蛍光を発し、遅くできたタンパク質は赤も緑も発 する。また、このタンパク質の分解が(合成されて数 十分以降で)起こると、寿命の長いタンパク質の相対 量が下がるので、赤/緑比は減少する。この方法によっ て、出芽酵母では芽(娘)のほうに古い染色体が移り母細胞には新しい染色体が残るのに対し、 細胞内小胞のタンパク質は新しいのが娘細胞に移り古いのが母細胞に残るのが確認されている。 また、このようなタンパク質の寿命をどのような遺伝子が支配するかを、網羅的にスクリーニン グすることもできる(Kmenlinski ら、nature biotechnology 30:708 2012)。 タンパク質の同定法の一例 ペプチドマスフィンガープリンティング peptide mass fingerprinting 1) 2 次元ゲル電気泳動*などにあ る未知のタンパク質を小さなペプ チド断片に分解する。 2) その質量を MALDI-TOF** や ESI-TOF といった質量分析法によ って正確に計測する。 3) 測定された質量を計算機によ って既知のタンパク質データベー スやゲノムデータ内の配列と比較 する。 4) 次にアミノ酸配列は論理的に 断片化されその質量が計算される。 159 こうして算出されたデータベース内のタンパク質の断片の理論値と、質量分析装置から得られた未知 のタンパク質の断片の実測値とを照合し、統計的に最も有意なものを選び出す。 *2 次元ゲル電気泳動では、1 次元目をタンパク質が持ってい る電荷の差で分離し、2 次元目を SDS-PAGE によって分子量 を目安に分ける。これを解析する。 **MALDI-TOF Matrix Assisted Laser Desorption / Ionization- Time Of Flight(モールディ(マルディ)-トフ)は質量分析法の一つ。試 料を matrix とよぶ試薬と混ぜ、レーザー光をあてて飛ばし、 質量差を反映する飛行時間を測定する。水素原子 1 個の識別 が可能でペプチド鎖の分子量を正確に出せる。 160
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