「病院経営と組織文化の醸成」 田中将之 日本医療経営機構 研究員 医療機関を取り巻く環境 近年、少子高齢社会の進行、低成長経済、社会保障財政の悪化、規制改革や格差社会の進行、サービスの 要求水準の高度化、医療訴訟の増加などの中で、医療機関を取り巻く環境は、複雑にかつ急速に変化して いる。このような環境のもと、最近の診療報酬制度の動向をみると、 「充実が求められる領域を適切に評価 していく視点」 、 「医療と介護の機能分化と連携の推進等を通じて、質が高く効率的な医療を実現する視点」 、 「効率化余地があると思われる領域を適正化する視点」 、 「患者から分かりやすく納得でき、安心・安全で、 生活の質にも配慮した医療を実現する視点」が重視されており、これらは、平成 18 年から今年度の改定ま で、ほぼ共通の視点がおかれている。これは、つまり、選択して資源を投入し、一方で連携を強めていこ うということである。そして、この背景には、いかに資源を有効に活用するかという点に尽きるであろう。 その一方で、医療の質と公正性は、担保しないといけない。これが今後さらに、医療機関に求められてい くことになる。 ‘組織文化’の醸成 医療機関は、効率的に資源を活用し、連携しながら運営を進める一方で、医療の質を確保するため、安全 管理や医療事故の防止に努めなければならない 1)。2003 年のコロンビア号事故の調査報告によると、NASA の‘組織文化’が、事故に大きく関わったとの見解が示された 2) 。その具体的な内容は、プログラム全体 について統合された管理が実施されていないこと、組織のルール以外で実施される非公式な支持系統や意 思決定のプロセスが発展してしまっていたこと、組織の中に障壁が存在し、重要な安全性に関する効率的 な情報伝達が妨げられ、職種による意見や考えの違いが揉み消されていること等があげられた。この‘組 織文化’は、個々人及び集団としての行動、認識方法、思考パターン、価値観を決定する潜在的でしばし ば意識されない一連の力、また、無意識の当り前の信念、認識、思考及び感情(価値観及び行動の源泉) 等といわれている。そして、これらは、普段見えていないが、職員の価値観・行動の源泉を確認すること は、組織管理上重要とされている。 この‘組織文化’は、多職種が関わり協働でサービスが提供される医療機関においても近年ますます重 視されている。さらに、医療機関では、この‘組織文化’と合わせて、サービスの受療側である患者から の評価を合わせて可視化することも必要になる。この患者満足度と組織文化は、かねてから密に関連して おり、患者満足度を高めるにも、職員のモチベーションや意識を高める必要があり、高いチームワークや 速やかな情報伝達がなさせる望ましい‘組織文化’を醸成することが強く求められるだろう。 ‘組織文化’の可視化 組織文化’を多角的かつ定量的に把握するため、日本医療経営機構*)では医療機関の職員を対象とした組 織文化多施設調査を実施している。この調査では、これまで、部署・職種間でうまく連携されているか、 またミスや事故が起きないようお互いに助け合っているか等を示す‘チームワーク’、 必要な情報を職場 共有されているか、また必要な情報がすべての部署に行き渡っているか等を示す‘情報共有’ 、職場で医療 事故防止に意欲的に取り組んでいるか等を示す‘士気・やる気’、 プロとしての技能を高めることができ るか、また周囲から良い刺激を受けられるかを示す‘プロフェッショナルとしての成長’などについての 病院職員への調査を通じて、 ‘組織文化’を可視化している。 図 1.組織文化の病院間比較 結果を見ると、改革の必要な病院(病院X)と大改革に成功した病院(病院Y)とでは、違いが明らに 顕著である(図 1 参照) 。この調査では、職種別・診療科別・部署別にも、 ‘組織文化’を定量的に可視化 することができ、図 2 のように、医師、看護師ごとに、病院間で経年的に比較することも可能である。 (職 種別の例 図 2 参照) 。 図 2. 組織文化の職種別病院間比較 望ましい‘組織文化’を醸成するためには、自ら課題を見出し、継続的に成長し、変革する力を持つ 必要がある。そのためには、可視化された定量的なデータをもとに、日々改善するシステムを自らが有 し、日々活用する必要がある。本調査を実施した多くの病院では、院内で構成された委員会等のチーム や、全職種の管理職研修等を通じて、組織文化調査で得られた結果から、具体的な課題や問題点を見出し、 次年度の目標設定を行っている。実際に、目標を達成し、チームワークや情報共有を含む‘組織文化’の スコアが改善されている病院も多い。このような、自律的な行動が継続的な組織の成長につながり、望ま しい‘組織文化’の醸成につながるといえよう。 “学習する組織” というものがある。 これは、Peter M. Senge によって提唱され、 最強組織の法則 The Fifth Discipline として、次の要素が示されている 3)。それは、将来の姿(ビジョン)を共有する‘共有ビジョ ン’ 、状況をシステムとして捉える‘システム思考’ 、固定概念を克服する‘メンタルモデルの克服’ 、対話 を行うスキルと場を養う‘チーム学習’ 、一人一人が継続的に自己の能力向上に取り組む‘自己マスタリー’ 。 そして、これらの要素を持ち合わせ、変化・複雑化が加速する環境下で、成功している組織は、 「管理する 組織」ではなく、‘問題を自ら発見し解決する力’と‘継続的に成長し、変革する力を持つ’“学習する組 織”であると示されている。急速に変化・複雑化する医療を取り巻く環境下で、医療機関は、この“学習 する組織”を形成することが必要不可欠であり、そのためには、 ‘組織文化’を可視化し、改善のためのサ イクルを持続していくことが求められているだろう。 *)日本医療経営機構(内閣府認証 特定非営利活動法人)は、安心で安全な質の高い医療を持続的に確保できるよう に、全国レベルでの医療の経営力を養成するために設立され、医療を向上さえるためのマネジメント力を養成するプロ グラムを全国に展開しています。病院組織文化・患者満足度調査は随時参加可能なもので多施設での実績があります。 【参考文献】 1)今中雄一編著.「病院」の教科書:医療の質と経営の向上のために.医学書院,東京, 2010 年. 2)Columbia Accident Investigation Board. NASA, Arlington, 2003. 3)Peter M. Senge. The Fifth Discipline: The Art & Practice of the Learning Organization. Doubleday, New York, 1990.
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