13.1 複素数, オイラーの公式, 複素線形空間 応用数学総合 13.1 (第 13 回) 71 複素フーリエ級数と フーリエ積分 複素数, オイラーの公式, 複素線形空間 フーリエ級数(三角級数)は,サイン (正弦) 級数とコサイン (余弦) 級数の和から成り立っている.これを指数関 数に関するオイラーの公式を利用して統一した形式にする.この形を土台にしてフーリエ変換をはじめとして様々な 応用が生まれる.三角関数の指数関数化において複素数が果たす不思議な役割に瞠目する必要がある. 1. 複素数 複素数 a は二つの実数 α, β を用いて √ a = α + iβ, i = −1 √ と表される. i = −1 は虚数単位と呼ばれ,i2 = −1 である. 以下で R は実数の集合,C は複素数の集合を表す. ◦ 実数の集合 R は数直線で,複素数の集合 C は複素平面でもって図示化される.( R には,大小関係が定義され るが,C には大小関係が定義されない.) ◦ R と C はともに,四則演算 (+, −, ×, ÷) で閉じた数の体系であり,さらに数列の極限に関しても閉じた数の体 系である.(注意: 整数の集合 Z は割り算で閉じていない.割り算で閉じるようにして Z を拡張した有理数の 集合 Q は,四則演算で閉じていても,極限に関しては閉じていない.) ◦ a = α + iβ ∈ C の複素共役 a は, a = α − iβ で定義される.複素共役は四則演算と可換である. (b) b a ± b = a ± b, a · b = a · b, = a a ◦ a = α + iβ ∈ C の絶対値は,a a = α2 + β 2 に基づいて, √ |a| = aa で定義する. 2. オイラーの公式 (指数関数に関する) オイラーの公式は, eix = cos x + i sin x この公式の厳密な証明は,指数関数のベキ級数展開 ex = eix = (13.1) ∞ ∑ 1 n x を利用してなされる. n! n=0 ∞ ∞ ∞ ∑ ∑ 1 i2m 2m ∑ i2m+1 (ix)n = x + x2m+1 n! (2m)! (2m + 1)! n=0 m=0 m=0 ∞ ∞ ∑ ∑ (−1)m 2m (−1)m = x +i x2m+1 (2m)! (2m + 1)! m=0 m=0 = cos x + i sin x (参考) オイラー (Euler) は次のような発想をして公式 (13.1) を発見したといわれている. 自然対数の底 e から導かれる極限とド・モアブルの公式 ( x )n lim 1 + = ex , (cos θ + i sin θ)n = cos(nθ) + i sin(nθ) n→∞ n を組み合わせる.さらに,θ が十分小さいとき cos θ ≃ 1, sin θ ≃ θ と近似されることに注意する. ( x x )n ( ix )n cos x + i sin x = cos + i sin ≃ 1+ → eix ( n → ∞ ) n n n 72 さて,オイラーの公式より, cos x = eix + e−ix , 2 sin x = eix − e−ix 2i (13.2) を得る.これより::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 三角関数は全て指数関数から派生する関数であると見なすことができる.三角関数に関する諸公式 は指数関数の性質 ex ey = ex+y から出発して導びくことができる. 問1 ei(θ+ϕ) = eiθ eiϕ を使って次の式を導け. cos(θ + ϕ) = cos θ cos ϕ − sin θ sin ϕ, 問2 sin(θ + ϕ) = sin θ cos ϕ + cos θ sin ϕ, 複素数 a = α + iβ と実変数 x に対して指数関数 ea x を { } ea x = e(α+iβ) x = eα x eiβ x = eα x cos(β x) + i sin(β x) (13.3) で定義する. また,複素数値関数 f (x) が二つの実関数 p(x), q(x) を用いて f (x) = p(x) + iq(x) と表されるとき,f (x) の導関 数を df (x) dp(x) dq(x) = +i dx dx dx で定義する.(注意: p は f の実部 (real part),q は f の虚部 (imaginary part) と呼ばれ,p = Re f , q = Im f と書かれる.) このとき, d ax e = a ea x dx (13.4) が成り立ち,a が複素数であっても実数の場合と同じ形の式が成り立つことを示せ. 積分は微分の逆演算であるから,上の公式より不定積分の公式 ∫ ea x dx = 1 ax e + C ( 積分定数 ) a (13.5) が成り立つ. 3. 複素線形空間 (複素ベクトル空間) 集合 V が複素線形空間または 複素ベクトル空間 であるとは,V の元の間に加法 (+) が定義され,さらに複素数による元のスカラー倍が定義されることである. 丁寧に言うと,任意の x, y ∈ V と任意の a ∈ C に対して, x + y ∈ V, ax ∈ V となり,この加法とスカラー倍の演算が線形空間となるための公理を満たすことである. 基本的な概念である 1 次独立,部分空間の定義は,スカラー(係数体) と関係なくいつも同じである. (例 1) n 次元複素数ベクトル空間 Cn . n 個の複素数の組 a1 , a2 , . . . , an が作る行(または行) ベクトルの全体. (例 2) 実ベクトル空間 V の複素化 V C = V ⊕ i V V は実ベクトル空間とする.x ∈ V と複素数 a = α + iβ に対して ax = αx + i β x ∈ V ⊕ i V と定義することによって得られる複素ベクトル空間を V の複素化と呼ばれる. V が n 次元ベクトル空間ならば, V C も n 次元の複素ベクトル空間になる. (具体例) 13.1 複素数, オイラーの公式, 複素線形空間 73 ・ n 次元 (実) 数ベクトル空間 Rn の複素化は Cn になる. ・ 不定文字 x に関する実数係数の多項式が成す実ベクトル空間を,複素係数の多項式が成す複素ベクトル空間に する. ・ 変数 x の動く範囲を実数軸に制限すれば関数 eix は実数を変域とする複素数値関数である.一般に,区間 [α, β] で定義された連続な (実数値) 関数のなす実線形空間を複素数値をとる連続関数のなす複素線形空間に 拡張する. 4. 複素内積 V が複素線形空間であるとき,V の内積 ⟨ · , · ⟩ とは,V の二つの元に対して定義される次のような性質を持つ複 素数値の関数である.以下で x, y, z ∈ V , a ∈ C は任意の元とする. (i) 加法に関して双線形: ⟨x + y, z⟩ = ⟨x, z⟩ + ⟨y, z⟩, (ii) ⟨x, y⟩ = ⟨y, x⟩ (iii) ⟨a x, y⟩ = a ⟨x, y⟩, ⟨x, y + z⟩ = ⟨x, y⟩ + ⟨x, z⟩, ⟨x, a y⟩ = a ⟨x, y⟩, (iv) 非負 ⟨x, x⟩ ≥ 0 であり, ⟨x, x⟩ = 0 ならば x = 0 (零元) 上の内積の公理で (ii) と (iii) が実数の場合と異なることに注意する.公理 (iv) より任意の元 x ∈ V のノルムを ∥x∥ = √ ⟨x, x⟩ で定義される. ( ) ( ) (例 3) Cn の元を x = x1 , x2 , . . . , xn , y = y1 , y2 , . . . , yn に対して, ⟨x, y⟩ = n ∑ xk y k = x1 y 1 + x2 y 2 + · · · + xn y n k=1 と定義すると ⟨ · , · ⟩ は複素内積の公理を満たし内積と呼べる. (例 4) 区間 [α, β] で定義された複素数値を取る連続関数の全体を V とするとき, f, g ∈ V に対して ∫ β ⟨f, g⟩ = f (x)g(x) dx α は V の内積となる. ● 複素内積に関する直交展開は,内積の性質 (iii) より内積をとる位置に注意しなければならない.V は内積 ⟨ · , · ⟩ を持つ n 次元線形空間とし,{e1 , e2 , . . . , en } は V の直交基底とする.すなわち, ⟨ej , ek ⟩ = 0 ( j ̸= k のとき ) とする.与えられた元 x ∈ V の {ej } に関する直交展開を x= n ∑ cj ej = c1 e1 + c2 e2 + · · · + cn en j=1 とする.cj はこれから求める未知の複素数である.内積の性質 (iii) に注意して ek との内積を求める. ⟨x, ek ⟩ = n ⟨∑ n ⟩ ∑ cj ej , ek = cj ⟨ej , ek ⟩ = ck ⟨ek , ek ⟩ j=1 j=1 よって,x の直交展開に関する公式 x= を得る. n ∑ ⟨x, ej ⟩ ej ⟨e j , ej ⟩ j=1 (13.6) 74 13.2 複素フーリエ級数 周期 2 π の周期関数に限らず,一般的に,ある周期 T > 0 を持つ周期関数の複素フーリエ級数を求める公式を 導く. C 周期 T の複素数に値をもつ周期関数が成す複素線形空間 PC T と表す.PT の内積を ∫ −T /2 ⟨f, g⟩ = f (x) g(x) dx (13.7) T /2 で定義する.ここで g は g の複素共役を表す. ei x は周期 2 π の周期関数であるから e(2 π i) x/T は周期 T の周期関数になる. これから周期 T の指数関数族は e(2 π i) n x/T = cos 2πnx 2πnx + i sin T T ( n = 0, ±1, ±2, ±3, . . . ) である.これらの指数関数は完全直交系をなす. 実際に直交性は, n ̸= m のとき, ⟨ (2 π i) n x/T (2 π i) m x/T ⟩ e ,e = ∫ ∫ −T /2 e (2 π i) n x/T e(2 π i) m x/T T /2 ∫ −T /2 dx = e(2 π i) n x/T e−(2 π i) m x/T dx T /2 −T /2 = [ e(2 π i) (n−m) x/T dx = T /2 T e(2 π i) (n−m) x/T (2 π i) (n − m) ]T /2 −T /2 { π i (n−m) } T = e − e−π i (n−m) = 0 (2 π i) (n − m) となるからである.また, ⟨ (2 π i) n x/T (2 π i) n x/T ⟩ e ,e = ∫ −T /2 e(2 π i) n x/T e−(2 π i) n x/T dx = T /2 ∫ −T /2 1 dx = T T /2 となる. これから { } 1 √ e(2 π i) n x/T n∈Z T は正規直交系をなす.ここで Z は整数の集合を表す. 周期 T の周期関数 f ∈ PC T の複素フーリエ級数を f (x) ∼ ∞ ∑ cn e(2 π i) n x/T (13.8) n=−∞ とすると,複素フーリエ係数 cn は, cn = ⟩ 1 1 ⟨ f , e(2 π i) n x/T = T T ∫ −T /2 f (x) e−(2 π i) n x/T dx T /2 で計算される. 特に,f が実数値の周期関数ならば, f = f であるから, cn = 1 T ∫ −T /2 f (x) e−(2 π i) n x/T dx = T /2 1 T ∫ −T /2 f (x) e(2 π i) n x/T dx = c−n T /2 である.これから,n ≥ 1 に対して 2πnx 2πnx + bn sin T T であるから,an , bn は実数になる. cn e(2 π i) n x/T + c−n e−(2 π i) n x/T = an cos とおくと cn e(2 π i) n x/T = c−n e−(2 π i) n x/T (13.9) 13.3 非周期関数に対するフーリエ積分 75 非周期関数に対するフーリエ積分 13.3 複素フーリエ級数の応用として非周期関数に対するフーリエ積分表示を導く. いま,関数 f (x) は全区間で定義された関数であって,周期性を持たない関数とする.しかし, f (x) は |x| が大 きくなるとその値が急速に 0 になり,値の変化する範囲が比較的狭い区間であるような関数とする.このような関数 をフーリエ級数の手法で解析する.周期性がないということを,実は −∞ から +∞ までが一周期だという見方を推 し進めるのである. 上の見方を以下のように数学的に具体化していく.十分大きな正数 T をとれば,区間 (−T /2, T /2] だけで f (x) の変化の様子が十分捉えられると見なしてよい. そこで周期 T の周期関数 fT (x) であって,区間 (−T /2, T /2] では f (x) と一致するような周期関数を考える.し たがって, x ∈ (−T /2, T /2] fT (x) = f (x) である.簡単に言えば f (x) の区間 (−T /2, T /2] における関数形を切り取り,それを周期関数になるように繰り返し 接続して作った関数が fT (x) である. この周期関数 fT (x) の複素フーリエ級数を求め,得られた級数の T → ∞ における極限が f (x) のフーリエ級数に 相当すると考える.極限は級数でなくフーリエ積分と呼ばれる積分の形になることが以下の議論でわかる. fT (x) の複素フーリエ級数展開は (13.8) と (13.9) より ∫ T /2 ∞ { } ∑ 1 fT (x) ∼ fT (y) e−(2 π i) n y/T dy e(2 π i) n x/T T −T /2 n=−∞ である.fT は f と区間 (−T /2, T /2] で一致するから, 1 T fT (x) ∼ ∞ {∫ ∑ n=−∞ T /2 } f (y) e−(2 π i) n y/T dy e(2 π i) n x/T (13.10) −T /2 と書ける. 式 (13.10) において T → ∞ としたときの極限を考える.x を固定して考えるとき左辺は T → ∞ で fT (x) → f (x) である. 次に (13.10) の右辺を考える.発見的にまず右辺の積分範囲無限にして 1 T ∞ {∫ ∑ n=−∞ } 1 f (y) e−(2 π i) n y/T dy e(2 π i) n x/T → T −T /2 ∞ {∫ ∑ T /2 ∞ } f (y) e−(2 π i) n y/T dy e(2 π i) n x/T −∞ n=−∞ を考える. この右辺の形から関数 F (ξ) を ∫ ∞ f (y) e−(2 π i) ξ y dy F (ξ) = −∞ を導入すると,右辺は, 1 T ∞ {∫ ∑ n=−∞ } 1 f (y) e−(2 π i) n y/T dy e(2 π i) n x/T = T −∞ ∞ = ∆ ∞ ∑ n=−∞ ∞ ∑ n=−∞ と表される.ここで ∆ = 1 とおいた. T T → ∞ のとき ∆ → 0 であるから,定積分の考えより ∫ ∞ ∞ ∑ (2 π i) n ∆ x F (n∆) e = F (ξ) e(2 π i) ξ x dξ lim ∆ ∆→0 n=−∞ −∞ F (n) T e(2 π i) n x/T F (n∆) e(2 π i) n ∆ x 76 となることが期待される. 以上をまとめると,適切な条件の下で T → ∞ の極限は, ∫ f (x) ∼ ∞ F (ξ) e−(2 π i) ξ x −∞ ∫ ∼ ∞ {∫ ∞ f (y) e −∞ ∫ ∼ ∞ −(2 π i) ξ y } e(2 π i) ξ x dξ dy −∞ {∫ } ∞ f (y) e (2 π i) ξ (x−y) dy dξ −∞ −∞ となると推測される.具体的に次の定理が成り立つことが証明される. [フーリエ積分の定理] f (x) が全区間 −∞ < x < ∞ でなめらかな ( C1 級 ) 関数で,かつ絶対積分可能 ∫ ∞ |f (x)| dx < ∞ (13.11) −∞ な関数ならば, ∫ ∞ {∫ } ∞ f (x) = f (y) e −∞ (2 π i) ξ (x−y) dy dξ (13.12) −∞ である.この式を f (x) のフーリエ積分 (表示) と呼ばれる. (13.12) の指数関数の指数部に現れる 2π は,実際の計算では取り扱いが面倒なので w = 2π ξ と変数変換して 1 f (x) = 2π ∫ ∞ {∫ } ∞ f (y) e −∞ として扱われる場合が多い. −∞ i w (x−y) 1 dy dw = 2π ∫ ∞ {∫ ∞ f (y) e −∞ −∞ −i w y } dy ei w x dw (13.13)
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