平成25年(ワ)第38号等「生業を返せ,地域を返せ!」福島原発事故原状回復等請求事件等 原 告 中島 孝 外 被 告 国 外1名 意 見 陳 述 書 2014(平成26)年11月18日 福島地方裁判所 第1民事部 御中 原告ら訴訟代理人 弁護士 中 野 直 樹 原告らは、本日、シビアアクシデント対策に関し国の講じた措置の実効性につ いて取り上げた準備書面(28) 、及び、いわゆる「吉田調書」と非常用電源設備 の「独立性」をテーマとした準備書面(29)を提出しました。 第1 準備書面(28)について 1 シビアアクシデント対策における日米の大きな差 1976年スリーマイル島原発、1986年チェルノブイリ原発の2つの原 子力発電所の重大事故を経験し、海外では1980年代から1990年代にシ ビアアクシデント対策が講じられました。我が国の軽水炉型原子炉の輸入元で ある米国では、原子力規制委員会・NRCが、事業者に対し、1991(平成 3)年より外部事象を含めた確率論的安全評価の実施を要求し、地震、内部火 災、強風・トルネード、外部洪水、輸送及び付近施設での事故という外部事象 について評価手法を開発して評価を行い、1996(平成8)年にはこの評価 を完了しました。我が国では、被告国はシビアアクシデント対策の必要性を十 分に認識しながら、1992(平成4)年に、これを法規制化せず、事業者ま 1 かせとすることを決めました。そして以後本件事故までの約20年間これを見 直すことがありませんでした。 その結果、我が国では、1990年代に被告国がとった措置の実効性がなか ったから、2000年代になっても、いまだ外部事象の確率論的安全評価の方 法論の研究段階、手順書の整備開始段階という極めて遅れた状態でした。 2 なぜこのような違いがでたのか 我が国の行政指導方式のシビアアクシデント対策の制度設計にかかわった 近藤駿介元原子力安全委員会専門委員が、政府事故調査委員会でのヒヤリング において、この行政指導方式が失敗していたことを認めています。 被告国は、米国においても、すでに稼働中の原子力発電所に対するシビアア クシデント対策は行政指導によってなされたことを強調し、我が国において法 規制しなかったことは怠りでなかったと言います。しかし、米国の対策と我が 国の対策は、似て非なるものでした。 米国のNRCは、スリーマイル島原発事故の反省に立って、抜本的な組織改 革がなされ、原発推進行政と事業者からの独立性が徹底されました。NRC検 査官による検査業務を義務化するとともに、事業者の違反に対して刑事罰を科 すことにし、逮捕権をもつ捜査局がNRC内に設置されました。米国において は、運転開始後の原子力発電所のシビアアクシデント対策自体を法規制しなか ったものの、監督行政庁であるNRCが、監督権限を背景に、先導して新しい 知見に基づく安全目標を定め、安全評価手法を開発・整備し、明確な期限を定 めて対策の実行を事業者に対して求め、実施させ、報告結果の評価をすること により、10年以内に、外部事象についても個別プラントの安全評価を完了し ました。 近藤氏は、この米国のやり方を我が国において実施しよう考えたようです。 しかし、我が国の現実は、通商産業省が1992(平成4)年に事業者に対し、 アクシデントマネジメントを皆で考え持ち寄りましょうとの呼びかけをしただ 2 けで、国としての安全目標を定めることもしないし、期限などのスケジュール を決めることもしませんでした。後に事業者が自主的に検討して報告をしてき たことを評価する手続きは、近藤氏の言葉で表現をすれば、従前に決めたこと を追認するだけの「よかろうとスタンプを押す会合」に過ぎませんでした。被 告国がシビアアクシデント対策として行っていた行政指導は、いわば古い知見 に基づきなされた行政指導に基づき、これが行われたかを確認することだけに 拘泥し、新しい知見を反映して、より安全性を高めていくことができる仕組み になっていませんでした。制度設計者である近藤氏からみても、被告国の主張 するような「その後の知見の集積に応じて適宜適切に変更する」目的実現とは およそほど遠い実態にありました。 3 2002年 行政指導方式の破綻が明白に 近藤氏の制度設計の構想は、国と事業者が最新の知見を共有しながら原子力 発電所の安全性を強化することを電気事業者の誠実性・自発性に依拠しながら 進めようとしたものでした。ところが、2000(平成12)年7月に、被告 東京電力が、福島第一原発、福島第二原発及び柏崎刈羽原発の計13基におい て、1980年代から1990年代にかけて、燃料体を囲む炉心隔壁(シュラ ウド)のひび割れ等を隠すため自主点検記録を改ざんしていたことが発覚しま した。これは、米国人技術者から原子力安全・保安院への内部告発によって明 らかになったもので、被告東京電力が隠蔽の事実を認めたのは、内部告発から 2年が経った2002(平成14)年8月のことでした。近藤氏は、この不正 の発覚で、事業者の自主的取組みで進めてきたシビアアクシデント対策はぐち ゃぐちゃになってしまったと述懐しています。およそ行政指導という手法で実 効性あるシビアアクシデント対策を進める基礎がなかったことが明白になった のです。 4 行政指導としてのシビアアクシデント対策自体も放棄 我が国において、法規制という規制方式を採用しなかったために、一方で規 3 制行政庁である経済産業省は、自らの責任と組織的体制にシビアアクシデント 対策を位置づけることなく、全く事業者任せとして、近藤氏に言わせれば「ス タンプを押す」だけのことしかしませんでした。他方で、電気事業者は、対策 の怠慢が何の不利益もないことから、安全よりも経済的利益の追求を優先し、 規律面での破綻まできたしていました。2000年代になり、この実態が明ら かになったのですから、被告国は、シビアアクシデント対策を含めた安全規制 を法規制によって確保することに舵を切るべきでした。 ところが、この段階で被告国がとった対応は、そもそもシビアアクシデント 対策を実施していくこと自体まで放棄してしまったことです。近藤氏は、 「最後、 挙げ句の果てには、定期安全レビューの中での確立論的安全評価は、どこかに 持っていかれてしまった。2巡目は、そもそも、そんなものがあるかどうかも 分からなくなり、私が、その評価をする役ではなくなってしまったので、確立 論的安全評価の結果すらほとんど見たこともない。 」と嘆くような有様でした。 5 被告国の講じた措置に規制の実効性がなかったこと 経済産業大臣が実際に講じた措置の具体的内容が規制権限不行使の違法性 判断に当たって考慮要素の一つになることは当然です。この具体的内容を考慮 するに当たっては、国のとった措置の実効性、すなわち、当該措置の内容やそ の手法が万が一にも原子炉災害を防止するために十分な規制効果を上げ得る ものであるか、また、実際に十分な規制効果を上げたかも考慮されなければな らないのです。 被告国は、米国も法規制ではなく行政指導であったとか、適切な行政指導を 行ってきたとか、言っていますが、国の講じた措置を主導してきた近藤氏自身 が、モデルとした米国とはほど遠い、実効性があったとは到底言えない実態で あったことを認めているのです。 4 第2 準備書面(29)について 1 平成3年溢水事故の経験から得られた知見は何か 本件事故当時の福島第一原子力発電所長であった吉田氏に対して実施され た政府事故調査委員会によるヒヤリング記録のなかに、1991(平成3)年 に福島第一原子力発電所1号機で発生した、海水系配管からの海水漏れで建屋 地下に配置されていた非常用ディーゼル発電機が水を被り、機能喪失した事故 のことが取り上げられています。当時、被告東京電力の本店にいた吉田氏は、 この事故を「日本のトラブルの1、2位を争う危険なトラブルだと思う」と指 摘しています。これは、技術者として、外部電源の喪失と非常用電源設備及び その附属設備が水をかぶって機能喪失することが同時発生したときには、原子 炉の冷却機能の喪失から炉心損傷に至り得る重大な事故であることを十分に 認識していたからです。 平成3年溢水事故の場合は、地下の地中の管からの海水の漏えいであったの で、地中から湧き出た海水は床上に浸水し、次第に建屋地下内にたまっていっ たという経過でした。内部溢水は、配管の設置場所、配管の損傷場所によって 水の漏えいと浸水の場所と浸水の経路が様々になります。建屋の下部から、あ るいは途中の壁から、あるいは上部からと、あらゆる方向から水を被ることの 可能性を想定して非常用電源設備及びその附属設備を水による機能喪失から防 護する措置をとらなければならないのです。 津波が到来したときに、原子炉施設の様々な隙間を通じて非常用電源設備及 びその附属設備が設置されている場所に海水が浸水するという点では、 「内部溢 水」と本質的な違いはありません。吉田所長も、両者は共通問題であるとの認 識を表明しています。 2 2006年技術基準省令62号33条4項に「独立性」を明記した法の趣旨 外部電源が失われた場合の炉心の冷却のための命綱ともいうべき非常用ディ ーゼル発電機・配電盤等に関し、1990(平成2)年に改訂された安全設計 5 審査指針において、万が一の原子炉による災害を防止するために、 「非常用所内 電源系」については、 「多重性又は多様性及び独立性」を備えるべきことが規定 されました(指針48.3項) 。 経済産業大臣は、2006(平成18)年に技術基準省令62号を改正し、 33条4項に、非常用電源設備及びその附属設備の「多重性又は多様性及び独 立性」を明記し、稼働中の原子力発電所の法規制要件として明文化しました。 この独立性とは、共通の原因によって、2つの非常用電源設備等が壊れないこ とを求めるものです。被告国がこの法規制をしたことはあまりに遅いものでし たが、この省令改正の趣旨・目的の中に、平成3年溢水事故の教訓からくる知 見、すなわち、非常用電源設備及びその附属設備が原子炉施設の敷地・建屋内 に溢れた水を被ると機能喪失に陥る現実的な危険性があるので、この溢水から 非常用電源設備等を防護することが必要である、ことも当然考慮すべき事項と なっていると解すべきは当然です。そして、この趣旨・目的からは、 「内部溢水」 のみならず、 「津波(外部溢水) 」に対する独立性を除外する合理性はないので す。 3 福島第一原子力発電所では、不十分な溢水対策が放置されたこと 福島第一原子力発電所では、平成3年溢水事故の2年後に、1つの原子炉に 2つの専用の非常用ディーゼル発電機を設置する措置がとられることになりま した。ところが、2台の非常用ディーゼル発電機が同じタービン建屋地下1階 に設置されていたこと、非常用高圧電源盤も地下1階に設置されていたことが そのまま放置され、被告国もそのことについて何の指導もしませんでした。そ のため、津波という共通原因によって、全部の機能が失われてしまう現実的危 険性のある状態のまま、本件事故を迎えたのでした。これは33条4項に「独 立性」を明記した法の趣旨、そこの考慮事項となったはずの平成3年溢水事故 の教訓を、いかさなかったことの結末でした。 以上 6
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