平成25年12月 成長するタイ小売市場と企業動向 [PDFファイル

成長するタイ小売市場と企業動向
バンコク事務所
川越
信一郎
国内消費が堅調に伸び続けるタイでは、今年、小売市場規模が初めて 500 億
ドル(約5兆円)を超えると見込まれている。日本を含む外国企業の参入には、
出資規制などの制約はあるものの、市場は引き続き拡大すると予測され魅力的
な市場であることに疑いの余地はない。日系企業のタイ小売市場参入の動きも
活発化しており、進出にあたっては、価格、嗜好など、タイ人の文化や生活を
理解した展開を図るなど差別化を図ることも大切である。
1.小売業、2013 年の成長率は9%
一人あたりの GDP(名目)が 2011 年に初めて 5,000 ドル(約 50 万円)を超え
たタイでは、スーパーマーケットやコンビニエンスストアの新店舗進出が勢い
を増し、国内消費の堅調な伸びが続いている。タイ小売業者協会は、昨年実施
された最低賃金引上げの影響もあって市場はさらに拡大を続けると見込み、今
年通期の成長率を9%と予想している。前年の 12.4%と比べると成長率にやや
陰りが見えるものの、依然として高い数字を持続しており、政府予測では、市
場規模が初めて 500 億ドル(約5兆円)を超えてくると見られている。
(表1)
タイ小売市場規模の推移
単位:百万ドル
(出典:National Economic and Social Development Board)
このような背景もあり、最近では当事務所に寄せられる進出相談においても、
タイ国内消費市場に着目した案件が多くなってきている。
そのため、これから進出を検討しようという企業にとって少しでも参考にな
ればと思い、タイ小売市場と最近の企業動向をレポートしたい。
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2.タイ小売業のいま
タイ小売業者協会の統計によると、スーパーセンター、スーパーマーケット、
コンビニエンスストア、ドラッグストアの小売業態が、増加率5%以上の勢いで
新店舗のオープンを加速させている。2013 年上半期はこの4カテゴリーだけで、
1,265 の新店舗が誕生した。タイ小売業者協会のチャトルチャイ・エクゼクティ
ブディレクターは、
「2013 年下半期もこの傾向は続いており、今年新規参入した
ローソンなど、コンビニエンスストアを中心に 2014 年も新しい店舗は拡大して
いくだろう」とのことである。
(表2)
小売店舗数比較
店舗総数
カテゴリー
増加率
2012年
主な小売店
2013年上半期
百貨店
53
55
スーパーセンター
338
370
スーパーマーケット
267
382
12,861
13,911
ドラッグストア
578
646
スポーツショップ
242
243
4,229
4,334
2.48% ブックスマイル、SE-EDなど
ホームセンター・DIY
629
645
2.54% ホームプロ、WATSADUなど
事務用品・文具・IT
499
515
3.21% オフィスデポ、BaNANAなど
家電
354
354
0.00% Power Buyなど
コンビニエンスストア
書店
3.77% ロビンソン、セントラル、サイアムパラゴンなど
9.47% Big Cエクストラ、TESCOエクストラ、マクロなど
43.07% Tops、TESCO Lotus-Talad、ヴィラマーケットなど
8.16% セブンイレブン、TESCOエクスプレス、ファミリーマートなど
11.76% ワトソン、ブーツなど
0.41% スーパースポーツ、スポーツワールドなど
(出典:タイ小売業者協会)
また、同氏からは、バンコク中心部に建設中のセントラル・エンバシーやエ
ンカルティエ(通称エンポリアム2)といった大型商業施設が 2014 年開業を予
定していることや、小売業の IT 化が進むことによるオンラインでの売上げ増加
も含めて、タイ小売市場はさらに拡大するであろうとのことであった。
3.勢いづく日系小売店舗の進出事例
3年間で 50 店舗達成。イオンタイランドが
運営する Maxvalue Tanjai の現店舗数である。
イオンタイランドは 1984 年に創業。当初は、
総合スーパーの出店も進めてきたが、2010 年
12 月、新たな成長戦略としてコンパクトサイ
ズ の ス ー パ ー を オ ー プ ン し た 。 Maxvalue
Tanjai と名付けられたお店は、売場面積を
300 ㎡前後とコンパクトにすることで、短時
間で買物できる利便性を高めた。1号店は、
日本人も多く住むバンコク・トンロー地区。
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Maxvalue Tanjai の1号店
「Tanjai(タンジャイ)」というのは、タイ語で「思い通りに、すばやく」とい
う意味で、都心のコンドミニアムやオフィスビルの多い地域をメインエリアと
する。各店舗では、他との差別化を図るためにキッチンを備えつけ、調理済み
食品「Ready-to-eat(RTE)」を特徴とした商品を充実させている。RTE 食品では、
タイローカル食品以外にも、タイ人に好まれる日本食の寿司、刺身、おにぎり、
焼きそば、お好み焼きなど、鮮度あるもの、温かいものを提供している。最も
よく売れている商品は、20 バーツ(約 62 円)のカイジャオ(タイ風オムレツ)。
価格も屋台で売られているものとほぼ同額である。
来店客の多くはタイ人で、認知度やブランド力の浸透とともに業績も伸び続
けている。九州大学留学生 OB でイオンタイランドの社長室長を務めるソムサッ
ク氏によると、
「特徴である RTE の売上構成比を高めていくとともに、2014 年は
店舗数もさらに拡大する予定」とのこと。さらに、イオングループではアジア
シフトによって、日本、中国、アセアンの3本社体制が確立されており、マレ
ーシアに拠点を置くアセアン本社においては、カンボジア、ベトナム、インド
ネシアでのショッピングセンターの新規開業も計画しているとのことである。
4.小売業の参入は条件付き
ただし、タイでは外国との競争力がまだついていない事業を保護する観点か
ら、外国人事業法によって小売業に対する外資規制が依然としてあり、市場へ
の参入は条件付きとなっている。
具体的には、資本金1億バーツ (表3)規制等の内容
(約3億円)未満または1店舗あ ■外国資本 50%以上の参入を禁止
たり資本金 2,000 万バーツ(約
・資本金1億バーツ未満または一店舗あたり
6,000 万円)未満の場合、外国資
資本金 2,000 万バーツ未満の小売業
本 50%以上の参入を認めていない。 ・飲食物の販売
加えて、飲食物の販売は、品目規
■外国人の土地取得
制により外国資本 50%以上での参
・原則不可(BOI 奨励企業、IEAT 認定企業を除く)
入が原則禁止となっている。この
結果、タイで小売業に参入するた ■バンコク都市部における出店
・エリア別にフロア面積の上限を設定
めには、事実上、現地企業等タイ
パートナーとの合弁が必要となる。
さらにタイでは外国人の土地所有制限があり、タイ投資委員会(BOI)奨励企
業や工業団地公社(IEAT)認定企業として特別な優遇策を受けない限り、土地を
原則取得することは出来ない。そのためタイ側合弁企業が用地を用意しない場
合は、土地の賃貸やテナントリースという形で事業を行わざるを得ない。
また、バンコク都市部においては、2005 年に制定された中小小売店を保護す
るための条例によって、大規模小売店の出店規制も敷かれている。条例では、
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食品雑貨を扱う場合において面積 300 ㎡以上の店舗が規制対象となり、エリア
によって出店できる面積の上限が定められているほか、公道の幅や教育施設、
病院から一定距離離れていることなど、細かな規程に従わなければ出店できな
いようになっている。そのため、小売業が売場面積 300 ㎡以上の店舗をバンコ
ク内に出店することは事実上難しくなっている。
このように小売業の参入には多くの条件が付されるものの、バンコク都市部
は小売業が参入する際の主要エリアであり、小型店舗を展開する際には、その
規模に適した内容やアイデアで出店を考えることが大切である。
5.タイ進出のポイント
福岡県企業の中で、飲食を除く小売業でタイに進出している企業は未だない。
生活雑貨、ドラッグ・化粧品、自転車等、タイ人購買力の向上とともに伸びし
ろのある有望分野も見受けられる。無論、既に進出している北海道のツルハド
ラッグや、最近報道されたマツモトキヨシのセントラルグループとの共同事業
展開など、小売業の市場参入は続いており熾烈な競争も待ち受けている。
タイ小売業者協会のチャトルチャイ・エクゼクティブディレクターは、小売
業参入のポイントとして、
「日系企業は自分たちが一番だと思い込みすぎて、タ
イ人の文化や生活に合わせようとしないことがある。価格、嗜好など、タイ人
に合わせていくことが成功の秘訣」とアドバイスをくれた。また、イオンタイ
ランドのソムサック社長室長は、
「タイ人は日本に親近感を持っている。またタ
イは日本人にとっても住みやすく、働きやすい国。マーケットはあるので、福
岡の企業にも大いにチャンスはある」とエールを送ってくれた。
今夏、ふくおかフィナンシャルグループは、タイ財閥大手・サハグループと
の連携を発表した。このことによって、グループ企業 300 社以上、従業員約8
万人というサハグループの地域に密着したチャンネル網やブランド力を活用し
て、タイへの販路拡大などを提案することが可能となっている。
小売業進出のための参入障壁があるものの、インフラが整い、市場が成長し
ているタイにおいて、タイ人の文化や生活を理解した展開ができれば、県内企
業にも成功の可能性がある。県内初となる小売業の誕生を心待ちにしながら、
さらなる有益なアドバイスができるよう進出相談に取り組んでいきたい。
※ 為替レート
1バーツ=3.19 円
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