JFRL ニュース Vol.5 No.12 Aug. 2015

ISSN 2186-9138
リステリア・モノサイトゲネス~規格基準設定の経緯と試験法について~ 1/4
JFRL ニ ュ ー ス
Vol.5
No.12
Aug.
2015
リステリア・モノサイトゲネス
~規格基準設定の経緯と試験法について~
はじめに
リステリア・モノサイトゲネスという細菌をご存知ですか?
日本では厚生労働省の食中毒統計においてリステリア・モノサイトゲネスによる食中毒
は記録されていません。それ故にあまり注意が向けられてこなかったかもしれませんが,
海 外 で は 以 前 よ り し ば し ば 食 中 毒 事 例 が 報 告 さ れ て い ま す 。米 国 で は 2011 年 に こ の リ ス テ
リ ア ・ モ ノ サ イ ト ゲ ネ ス に 汚 染 さ れ た カ ン タ ロ ー プ メ ロ ン を 原 因 食 品 と し て 147 人 の 患 者
を 出 し ,う ち 33 人 が 死 亡 す る と い う 大 規 模 食 中 毒 が 起 こ り ま し た 。ま た ,リ ス テ リ ア・モ
ノサイトゲネスによる食品汚染率は日本国内でも諸外国と大差がないことが分かってきて
おり,本菌による食中毒事件はいつ日本で起きてもおかしくない状況です。
2014 年 12 月 に は 非 加 熱 食 肉 製 品 及 び ナ チ ュ ラ ル チ ー ズ の 成 分 規 格 に リ ス テ リ ア ・ モ ノ
サ イ ト ゲ ネ ス が 追 加 さ れ , 国 際 的 な 標 準 検 査 法 で あ る ISO 法 に 準 拠 し た 試 験 法 が 通 知 さ れ
ま し た ( 食 安 発 1128 第 2 号 )。 今 回 は , お そ ら く あ ま り 知 ら れ て い な い で あ ろ う リ ス テ リ
ア・モノサイトゲネスについて紹介するとともに,規格基準設定の経緯と試験法について
ご紹介します。
リステリア・モノサイトゲネスとは
リ ス テ リ ア ・ モ ノ サ イ ト ゲ ネ ス ( Listeria monocytogenes , 以 下 「 LM」 と 略 す 。) を 含
むリステリア属菌は家畜,魚類,河川,野生動物など自然界に広く分布する細菌で,多く
の 食 中 毒 菌 が 増 殖 で き な い 4℃ 以 下 の 低 温 条 件 や 食 塩 濃 度 12%中 で も 増 殖 し ま す 。現 在 ,15
菌 種 が 存 在 し ,そ の う ち ヒ ト に 対 し て 病 原 性 を 示 す も の は LM の み で あ り ,多 く は 本 菌 に 高
濃度汚染された食品を喫食することにより食中毒が引き起こされます。通常,健康な成人
が発症することはまれですが,妊婦,高齢者,免疫機能の低下した人では,発症すると症
状も重篤化する可能性があります。
欧 米 で は チ ー ズ を は じ め と す る 乳 製 品 ,食 肉 加 工 品 ,野 菜 サ ラ ダ ,魚 介 類 な ど 冷 蔵 庫 に
比 較 的 長 期 間 保 存 さ れ ,加 熱 せ ず に そ の ま ま 食 べ ら れ る 食 品( Ready-to-eat 食 品 ,以 下「 RTE
食 品 」 と 略 す 。) に 由 来 す る 食 中 毒 が 多 く 報 告 さ れ て い ま す 。 ま た , 日 本 国 内 に お い て も
2001 年 3 月 に 北 海 道 で ナ チ ュ ラ ル チ ー ズ が 原 因 食 品 と 推 定 さ れ た 集 団 食 中 毒 ( 患 者 数 38
名)が報告されています。海外では以前から食中毒事例が報告されていましたが,国内に
おいても食中毒事例が報告されたことによりその危険性が浮き彫りになってきました。
リステリア・モノサイトゲネスに関わるこれまでの各国の規制状況
海 外 で は RTE 食 品 全 般 が 規 制 の 対 象 に な っ て お り ,国 に よ り 基 準 が 異 な り ま す 。米 国 の
FDA( 食 品 医 薬 品 局 )は RTE 食 品 に つ い て 食 品 中 か ら 検 出 し て は な ら な い( zero tolerance)
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リステリア・モノサイトゲネス~規格基準設定の経緯と試験法について~
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と し て い ま す 。一 方 ,EU 諸 国 や カ ナ ダ な ど で は ,保 存 中 に 菌 の 増 殖 の 可 能 性 が な い 食 品 群
で は 一 定 量 ( 100 cfu/g) の 存 在 を 認 め る 基 準 を 設 定 し て い ま す 。
日 本 で は ,1993 年 8 月「 乳 及 び 乳 製 品 の リ ス テ リ ア の 汚 染 防 止 等 に つ い て 」
( 衛 乳 第 169
号 )の 通 知 に お い て ,海 外 で し ば し ば LM 食 中 毒 の 原 因 食 品 と し て 報 告 が あ っ た ソ フ ト 及 び
セ ミ ソ フ ト タ イ プ の ナ チ ュ ラ ル チ ー ズ は LM を 検 出 し て は な ら な い と し , IDF( 国 際 酪 農 連
盟 )の 試 験 法 に 準 拠 し た 方 法 を LM 検 出 の 公 定 法 と 定 め ま し た 。ま た ,一 部 の 国 の 製 造 者 か
ら輸入される非加熱食肉製品も輸入の都度検査が必要な検査命令の対象となり,同通知に
定められた試験法で検査されてきました。
今回の規格基準設定の経緯
2007 年 7 月 , コ ー デ ッ ク ス 委 員 会 ( FAO/WHO 合 同 食 品 規 格 委 員 会 :消 費 者 の 健 康 の 保 護
と 食 品 の 公 正 な 貿 易 の 確 保 な ど を 目 的 と し て 設 立 さ れ た 政 府 間 組 織 ) は 「食 品 中 の LM の 制
御 に 食 品 衛 生 の 一 般 原 則 を 適 用 す る ガ イ ド ラ イ ン 」を 策 定 し , 2009 年 7 月 に は 附 属 文 書 Ⅱ
と し て 製 造 終 了( 輸 入 )時 か ら 販 売 時 点 ま で を 対 象 と し た 「調 理 済 み 食 品( RTE 食 品 )に 係
る 微 生 物 規 格 」を 策 定 し ま し た 。
日 本 で は こ の 規 格 が 策 定 さ れ た こ と や 国 際 的 整 合 性 を 図 る た め ,薬 事・食 品 衛 生 審 議 会
食 品 衛 生 分 科 会 乳 肉 水 産 食 品 部 会 に お い て LM に 係 る 規 制 に つ い て 見 直 さ れ ,規 格 基 準 及 び
試験法が設定されました。
米 国 に お け る RTE 食 品 の LM 汚 染 状 況 及 び 国 内 流 通 食 品 の LM 汚 染 実 態
あ ら た め て RTE 食 品 の LM 汚 染 状 況 を 見 て み ま し ょ う 。2003 年 米 国 FDA/USDA/CDC が 各 種
RTE 食 品 の LM 汚 染 状 況 を 文 献 調 査 し た と こ ろ , 汚 染 率 は 食 肉 加 工 品 3.0%, 魚 介 類 加 工 品
9.5%, 殺 菌 乳 0.4%, チ ー ズ 2.5%, 乳 製 品 ( チ ー ズ 以 外 ) 0.3%, 野 菜 ・ 果 物 3.8%, デ リ タ
イ プ サ ラ ダ 3.8%で あ り , LM 汚 染 菌 数 は ほ と ん ど が 10 cfu/g 未 満 で あ っ た と 報 告 し て い ま
す。
一 方 , 日 本 国 内 で の LM 汚 染 実 態 と し て , 2013 年 5 月 に 食 品 安 全 委 員 会 か ら 報 告 が あ っ
た国内流通食品の汚染実態調査(文献調査)結果をまとめたものを表-1 に示しました。
さ ら に ,RTE 食 品 の 汚 染 菌 数 は ほ と ん ど が 10 cfu/g 未 満 で あ っ た と 報 告 し て い ま す 。ま た ,
同 委 員 会 が 行 っ た LM の リ ス ク プ ロ フ ァ イ リ ン グ に 基 づ い た 食 品 健 康 影 響 評 価 結 果 で は ,喫
食 時 の 汚 染 菌 数 が 10,000 cfu/g 以 下 で あ れ ば ,健 常 者 集 団 に 限 定 す れ ば 食 中 毒 の 発 症 リ ス
クは極めて低いレベルであるとしています。
表-1
食品名
乳製品
非加熱喫食食肉製品
魚介類加工品
野菜
国 内 流 通 食 品 の LM 汚 染 実 態 調 査 結 果 の ま と め
検体数
陽性数
分 離 率 (%)
2863
35
1.22
360
14
3.89
2349
169
7.19
844
6
0.71
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以 上 の 様 に ,“ RTE 食 品 の LM 汚 染 菌 数 は 少 な い ”と の 国 内 外 の 調 査 結 果 が あ る 一 方 ,海
外 で は し ば し ば 高 濃 度 の LM 汚 染 に よ り 食 中 毒 と な っ て い る の で す 。汚 染 状 況 に 差 が な い の
であれば,いつ日本で同様の食中毒が起こってもおかしくありません。
リ ス ク プ ロ フ ァ イ ル に 裏 付 け さ れ た LM の 成 分 規 格
RTE 食 品 に 係 る 汚 染 実 態 調 査 か ら LM の 汚 染 率 は 極 め て 低 く ,食 品 健 康 影 響 評 価 結 果 よ り
喫 食 時 の 菌 数 が 10,000 cfu/g 以 下 で あ れ ば 食 中 毒 発 症 リ ス ク は 低 い と さ れ て い る こ と を 踏
ま え , 日 本 で は RTE 食 品 全 般 の LM の 規 格 基 準 の 設 定 は 見 送 ら れ ま し た 。
一 方 で ,以 前 か ら 規 制 の 対 象 と な っ て い る 非 加 熱 食 肉 製 品 及 び ナ チ ュ ラ ル チ ー ズ は ,こ
れまでにも輸入時の検査で違反品が発見されていることから,非加熱食肉製品及びナチュ
ラ ル チ ー ズ( ソ フ ト 及 び セ ミ ハ ー ド に 限 る )の 成 分 規 格 に コ ー デ ッ ク ス の 国 際 基 準 と 同 じ
100 cfu/g が 定 め ら れ ま し た ( 平 成 26 年 厚 生 労 働 省 令 第 142 号 及 び 平 成 26 年 厚 生 労 働 省
告 示 第 496 号 )。
低 濃 度 汚 染 食 品 に つ い て も LM を 検 出 す る た め の 試 験 法 と サ ン プ リ ン グ プ ラ ン
試 験 法 に 関 し て も ,国 際 協 調 の 観 点 か ら ,コ ー デ ッ ク ス 委 員 会 の 求 め る 食 品 の 微 生 物 基
準 策 定 に 採 用 可 能 な も の へ と 見 直 さ れ , コ ー デ ッ ク ス が 採 用 し て い る ISO 11290-1( 定 性
試 験 法 ) 及 び 2( 定 量 試 験 法 ) に 準 拠 し た 方 法 と さ れ ま し た 。 こ の 方 法 は 損 傷 菌 の 存 在 を
考慮し,蘇生培養を行ったのち,酵素基質培地を用いて分離する検出精度の高いものとな
っています。また,試験は検体の汚染頻度のばらつきが考慮され,サンプリングプランと
し て n=5 で 10 g ず つ 採 取 し 定 量 試 験 を 行 う 本 試 験 ( 図 - 1 の ① ) と , 始 め か ら n=5 で の 試
験は負担が大きいため,スクリーニングとしての予備試験(図-1 の②)が設けられまし
た。予備試験を行う場合は汚染頻度のばらつきを低減するために検体の 3 箇所以上から計
25 g を 採 取 し て 試 験 を 実 施 す る と と も に , 検 体 は 200 g 以 上 を 確 保 し , 定 性 試 験 の 結 果 が
出 る ま で は LM の 増 殖 を 抑 え る た め に 4℃ 以 下 で 保 存 す る よ う 定 め ら れ て い ま す 。
① 本試験のみの場合
② 予備試験を行う場合
定量試験
定性試験
定量試験
定量試験
図-1
試験の流れ
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冷蔵庫を過信してはいけない
食 中 毒 予 防 に お い て 食 中 毒 予 防 3 原 則 「つ け な い・増 や さ な い・や っ つ け る 」は 有 効 で す 。
し か し , LM の 場 合 , 「増 や さ な い 」対 策 と し て 一 般 的 に 行 わ れ る 冷 蔵 温 度 帯 で の 食 品 の 保
存 が 有 効 と は 言 い 切 れ な い の で 注 意 が 必 要 で す 。LM は -0.4℃ か ら 増 殖 で き る と さ れ て お り ,
冷 蔵 温 度 帯 は LM に と っ て 増 殖 可 能 な 温 度 域 で す 。 た だ し , 増 殖 の た め の 至 適 温 度 は 37℃
で あ り , 温 度 が 低 け れ ば 低 い ほ ど 増 殖 速 度 は 遅 く な り ま す 。 LM が 増 殖 可 能 な 食 品 で は 4℃
で 保 存 し た 場 合 , お よ そ 2 週 間 程 度 で 健 康 な 成 人 の 感 染 に 十 分 な 菌 数 ( 1,000,000 cfu/g)
に 達 し ま す 。ま た ,コ ー デ ッ ク ス の ガ イ ド ラ イ ン で も RTE 食 品 に お け る LM の 制 御 に は 徹 底
し た コ ー ル ド チ ェ ー ン( 低 温 流 通 )管 理 が 必 要 で あ り ,そ の 温 度 は 6℃ ,で き れ ば 2℃ か ら
4℃ が 望 ま し い と し て い ま す 。冷 蔵 庫 を 過 信 せ ず ,先 入 れ ,先 出 し を 厳 守 し ,過 剰 在 庫 を 持
たないよう発注量には気をつけましょう。また,一般的な家庭用冷蔵庫は扉の開閉により
庫 内 温 度 が 設 定 温 度 に 対 し て 高 く な り が ち で す 。 RTE 食 品 の 保 存 の 際 に は 冷 凍 庫 や チ ル ド
室の活用も有効です。
一 方 で , LM の 増 殖 は 食 品 の 特 性 , 特 に 水 分 活 性 と pH を 管 理 す る こ と で 抑 制 で き る と さ
れ て い ま す 。 EU の 食 品 微 生 物 基 準 の 中 で は LM の 増 殖 が 不 可 能 と 考 え ら れ る 食 品 と し て ①
pH4.4 以 下 ,② 水 分 活 性 0.92 以 下 ,③ pH5.0 以 下 か つ 水 分 活 性 0.94 以 下 と 例 示 さ れ て い ま
す。その他,安息香酸ナトリウム,プロピオン酸ナトリウム,ソルビン酸カリウム等の保
存 料 の 使 用 で も LM の 増 殖 を 抑 え る こ と が で き る と さ れ て い ま す 。た だ し ,添 加 物 に よ る 制
御については保存試験でその効果を確認する必要があります。
健康な成人は大丈夫でも…
免疫機能が低下している人(妊婦,高齢者,がん患者,糖尿病患者,腎臓病患者など)
は 健 常 者 に 比 べ て , LM に 汚 染 さ れ た 食 品 を 喫 食 し て 食 中 毒 を 発 症 す る 可 能 性 が よ り 高 く ,
ま た , 重 篤 に な り や す い た め , 特 に 注 意 が 必 要 で す 。 食 中 毒 予 防 の た め に , RTE 食 品 の 喫
食 を 避 け る ,食 べ る 前 に 十 分 加 熱 す る ,野 菜 や 果 物 な ど は よ く 洗 う な ど を 心 が け ま し ょ う 。
おわりに
食 生 活 の 変 化 に よ り RTE 食 品 の 国 内 流 通 量 は 増 え る 傾 向 に あ り ま す 。 今 回 , RTE 食 品 に
関してリステリア・モノサイトゲネスの成分規格設定は見送られましたが,食中毒予防の
た め , 食 品 事 業 者 に は 製 造 工 程 に お け る HACCP シ ス テ ム の 導 入 や 製 造 環 境 の 衛 生 管 理 が 求
められています。弊財団では,リステリア・モノサイトゲネスについて今回通知された規
格 試 験 を 始 め ,標 準 試 験 法( NIHSJ-08-ST:2014 及 び NIHSJ-09-ST:2014),ISO11290-1 及 び
2 など各種試験法での検出試験を受託しております。また,製造環境の衛生管理として拭
き取り検査による検出試験も受託しております。どうぞお気軽にお問合せ下さい。
参考資料
・ 日 本 食 品 衛 生 協 会 :“ 食 品 衛 生 検 査 指 針
- 微 生 物 編 2015- ”
・ 食 品 安 全 委 員 会:
“ 微 生 物・ウ イ ル ス 評 価 書
食 品 中 の リ ス テ リ ア・モ ノ サ イ ト ゲ ネ ス ”
・ 仲 真 晶 子:
“ 食 品 の 微 生 物 検 査 法 と 食 中 毒 発 生 時 の 疫 学 調 査 法 [11]リ ス テ リ ア ”,防 菌 防
黴 36, 3, 173-181( 2008)
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