昨年十月七日に発表されたノーベル物理学賞は、 青色LED (発光

●本誌主筆・京都造形芸術大学教授
【 特 集 】 一 〇 〇 年 後 の … ◉ 主 筆 対 談
●カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授・ノーベル物理学賞受賞者
昨年十月七日に発表されたノーベル物理学賞は、
青色LED
(発光ダイオード)の開発に携わった三人の日本人が受賞した。
その一人である中村修二博士は、独自の発光層を開発し、従来の百倍以上明るい、
省エネに有効な高輝度LEDの光を実現させた。
社会のあらゆる場面で、
省エネルギー、長寿命、省コストを実現しただけでなく、
大容量データの超高速での通信も可能にする近未来を支える光革命である。
人類はエネルギーとしての光を手にし、サスティナビリティ(持続可能)な「光文明」を実現しようとしている。
きようじん
その
「光文明」
の先頭を走る中村修二博士は、文字通り〝狂狷の科学者〟であり、
へいそくしき
その
「進取の気性と正義を貫き通してやまない 強 靭な精神力」こそが独創の根源である。
ようてい
大きな風穴を開け得るのはこの狂狷による独創なのではないか。
閉塞頻りのこの日本に、
来日中の中村博士にその要諦を聞く。
青色LEDの解明と高性能化で受賞
指導するんです。すると私たちも怒りが湧いてきます。そこで
中村 ははは、そう言うとメディアの人たちは、私が裁判で闘
った日亜化学工業に対する怒りだと勘違いしたようですが、普
ました。やっぱり「怒り」が原動力ですか(笑)
。
士(同教授)と三者に贈られて日本としては豪華な感じになっ
なったわけですが、青色発光ダイオード(青色LED)の発明
井原 そうですね。ところで十一年前の二〇〇三年五月号で先
生と対談させていただいたとき、私たちはそのときすでに先生
怒りは必要です。
段から誰でも持っている怒りってありますよね? 人間関係へ
の不満だったり、仕事上の小さな怒りだったり、日常の中で「お
たのですが、「高輝度青色LEDの開発」ができたのは中村先
あか さき いさむ
あま の ひろし
に関しては、赤﨑 勇 博士(名古屋大学名誉教授)、天野 浩 博
体)の青色のLEDが開発されました。これによってLEDに
◎月刊 MOKU 2015.1 0 1 6
りようぼう
いう方ですと言えばよかったと教えるんです。これを「 両 忘」
と言いますが、先生の「怒り」もまさにそのことなんですね。
根源にはこの「義憤」がある。だからそれが新しい世界を創造
「憤」にも義憤というものがあります。正義や筋道が通らない
井原 お久しぶりです。十一年前にも対談をさせていただいて
いますが、今回は、ノーベル物理学賞受賞が決まってすぐのタ
するエネルギー源になる、ということでしょうね。
中村 ご存じのように、私は高校時代、バレーボール部だった
すご
のですが、キャプテンがもの凄いスパルタで、ビシビシ厳しく
ことに対する憤りの意味ですが、中村先生のヴァイタリティの
イミングで対談させていただき、本当にありがとうございます。
遅ればせながら、ノーベル物理学賞受賞おめでとうございま
す。
「なにくそ」と思う選手だけが伸びていくんですよ。そういう
わ
中村 いやいや。もう十年になりますかね。
井原 はい。あのときも「怒りが原動力!」とおっしゃってい
ましたが、今回ノーベル賞受賞の記者会見でも「怒りが原動力
かしい」と思うこと、それらに対する怒りのことなんです。そ
生の独創的な功績ですよね?
だ」とおっしゃっていましたので本当に懐かしい思いで見てい
ういうものを忘れてしまうくらい研究に没頭しているという意
を「ノーベル賞に最も近い男」と書いたんですよ。その通りに
味で言ったわけです。
中村 そうです。赤﨑先生と天野先生の研究によって最初の窒
化ガリウム(GaN)のホモ接合(A―A、a―aなどの接合
井原 孔子の弟子の子路がある人に「孔子とはどんな人か」と
問われたときに、子路は何も答えられなかった。それを聞いた
も光の三原色(赤・緑・青)が揃いました。しかし、お二人が
し ろ
孔子は、子路に、孔子という人は「憤を発して食を忘れ、楽し
作られた光は非常に弱くて、例えて言えば蛍の光よりも弱かっ
こう し
んでは以て憂いを忘れ、老いの将に至らんとするを知らず」と
CVD装置で成長すると、GaN結晶膜が成長しないか、成長
そこで私はまず市販のMOCVD装置を一年半ほどかかって
き付けて結晶を成長させるやり方なのですが、一千度の基板の
そろ
たのです。それは、ダブルヘテロ構造(A―B―A、b―a―
しても真っ黒な結晶膜が成長しました。良い膜は透明です。そ
ふん
bなど三層の接合体)の青色LEDではなく、窒化ガリウムの
のために必要なのは、加熱した基板に原料を混合したガスを吹
まさ
単なるホモ接合のLEDだったからです。
上でガスが対流して定着しづらくなるんです。
もつ
私の場合、まず「MOCVD法(有機金属化学気相成長法)」
という装置の改造から始めました。窒化ガリウムという物質を
きれいに結晶化させることは難しく、市販の二億円もするMO
カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授。1954年(昭和29)徳島県生まれ。徳島大学
大学院工学研究科修士課程修了後、日亜化学工業入社。在職中に高輝度青色発光ダイオー
ドを開発。99年に退職し、2000年カリフォルニア大学サンタバーバラ校材料物性工学部
教授に就任。01年、科学技術振興機構「中村不均一結晶プロジェクト」研究統括に就任。
高輝度青色発光ダイオードの開発に関する技術の特許対価をめぐり日亜化学工業を相手に
訴訟を起こし返す。2004年に和解。07年、世界初の無極性青紫半導体レーザーを開発。
仁科記念賞、大河内記念賞、ベンジャミン・フランクリン・メダル工学賞、武田賞、トム
ソン・ロイター引用栄誉賞、フィンランド政府ミレニアム技術賞、アストゥリアス皇太子
賞、エミー賞などを受賞し、昨年、ノーベル物理学賞を受賞、文化勲章受章、文化功労者。
著書に
『ごめん! 青色LED開発者最後の独白』(ダイヤモンド社)、『成果を生み出す非常
識な仕事術』
(メディアファクトリー)、『21世紀の絶対温度 科学者の眼から見た現代の病
巣の構図』
(ホーム社)などがある。
中村 修二 なかむら・しゅうじ