全文 ゼンブン

受賞報告
杏林医学会研究奨励賞を受賞して
高 橋 和 人
杏林大学医学部第三内科学教室
今 回 の 研 究 奨 励 賞 受 賞 論 文:Endogenous oxidative
における低酸素非依存的 VEGF 発現と分泌の制御機構は
stress, but not ER stress, induces hypoxia-independent
全くといっていいほど解明されていなかった。
VEGF120 release through PI3K―dependent pathways in
こ の た め 我 々 は, 以 前 の Am J Physiol Endocrinol
3T3―L1 adipocytes. Takahashi K, et al. Obesity 21: 1625―
Metab の研究を基に,非低酸素状態下で 3T3―L1 脂肪細胞
1634, 2013 に関し,この研究は,我々が以前報告した:
にパルミチン酸を負荷して人為的に肥大化を誘導し,
JNK― and IB―dependent pathways regulate MCP―1, but
VEGF の遺伝子発現と分泌動態の変化,ならびにこれらに
not adiponectin, release from artificially hypertrophied
関連する制御機構の解明を目標に研究を邁進し,その結果
3T3―L1 adipocytes preloaded with palmitate in vitro.
を今回の受賞論文(Obesity)で報告した。この論文の大
Takahashi K, et al. Am J Physiol Endocrinol Metab 294:
きな特質としては,ヘパリン結合ドメインをもつ VEGF
E898―E909, 2008 を基盤として,その実験が順次遂行され
(VEGF188,VEGF164 など)は,細胞外マトリックス及び細
ている。
胞表面に結合することより培養液中の濃度がその分泌能を
この Am J Physiol Endocrinol Metab の論文は,2 型糖
正確には反映していないため,ヘパリン結合ドメインをも
尿病の根幹病態であるインスリン抵抗性発症の基盤となっ
た ず 局 所 か ら 速 や か に 拡 散 す る 主 要 な VEGF の ア イ ソ
ている脂肪組織の慢性炎症において,脂肪組織へのマクロ
フ ォ ー ム の VEGF120 に 的 を 絞 り 検 討 し た こ と で あ る。
ファージ動員など慢性炎症誘導のイニシエーションとなる
VEGF 分泌に関しての以前の研究では,ほとんど全てがヘ
役割を担っている肥大化脂肪細胞からの MCP―1 分泌増大
パリン結合ドメインを有する VEGF164 単独の検討,もしく
に関し,その制御機構を解明した研究である。我々は,肥
はヘパリン結合ドメインを有する VEGF と欠如した VEGF
大化にともない増大した内因性の酸化ストレスが,JNK―
両者を含めての解析であり,我々の実験系とは異なり不満
NF―B 経路を活性化させることにより MCP―1 分泌を増大
の残る結果となっていた。そして,この VEGF120 は,非低
させることを見出した。
酸素状態下において肥大化脂肪細胞で増大した内因性酸化
一方,脂肪細胞の肥大化にともない血管新生因子の
ストレスにより,その遺伝子発現ならびに分泌が正に制御
VEGF の遺伝子発現及び分泌が増大することが報告され
されていた。加えて,我々はこれに PI3K 経路の活性化が
た。そして,低酸素状態が VEGF 遺伝子発現及び分泌の
密接に関与することも実証した。
増大に関与することが知られているが,肥大化脂肪細胞に
おいては VEGF を増大させる機序としては低酸素非依存
さらに,我々は mitochondrial uncoupling が 3T3―L1 脂
的な制御機構も存在し,さらにこの制御機構が肥大化脂肪
肪細胞において AMPK の活性化を介して VEGF120 分泌を
細胞における VEGF 増大の中心的役割を担っていること
増大させること,ならびに AMPK の活性化による JNK 経
も示された。また,db/db マウスに抗 VEGF 抗体を投与す
路の抑制と小胞体ストレスの誘導を介して MCP―1 分泌を
ることにより脂肪組織へのマクロファージ浸潤が抑制され
減 弱 さ せ こ と を 確 認 し,mitochondrial uncoupling が
慢性炎症が惹起されないことも実証された。したがって,
VEGF120 ならびに MCP―1 分泌の調節を介しインスリン抵
肥大化脂肪細胞よりの低酸素非依存的な VEGF 分泌増大
抗 性 を 制 御 し て い る こ と を 報 告 し た(Induction of
が脂肪組織の慢性炎症のトリガーとなりうることが考えら
enhances VEGF120 but reduces MCP―1 release in mature
れ,VEGF も MCP―1 と並び最も重要な炎症性アディポカ
3T3―L1 adipocytes: possible regulatory mechanism
インであると推測されたが,しかしながら肥大化脂肪細胞
through endogenous ER stress and AMPK―related
平成 26 年度 第 3 回研究奨励賞 受賞報告
s54
高 橋 和 人
pathways. K. Miyokawa-Gorin*, K. Takahashi*, et al.
*
杏林医会誌 45 巻 4 号
PI3K 経路の活性化を介して破骨細胞活性化因子である
( equally contributed) Biochem Biophys Res Commun
VEGF120 の分泌を増大させることを確認し,2 型糖尿病で
419: 200―205, 2012)。また,同じく 3T3―L1 脂肪細胞にお
の骨代謝異常の発症には,2 型糖尿病に高頻度に合併する
いて ghrelin が PI3K の活性化を介して VEGF120 分泌を増大
脂質異常症(高脂血症)により骨芽細胞からの VEGF120 分
させること,AMPK 活性の抑制による JNK 経路の活性化
泌の増大が誘導され,これが破骨細胞を異常活性化させる
を介して MCP―1 分泌を増大させることも確認し,ghrelin
こ と が 鍵 と な っ て い る こ と を 報 告している(Possible
が末梢組織においてはインスリン抵抗性誘導因子としての
involvement of PI3K―dependent pathways in the
役 割 を 担 っ て い る こ と を 初 め て 実 証 し た(Ghrelin
increased VEGF120 release from osteoblastic cells
augments the expressions and secretions of
preloaded with palmitate in vitro.
proinflammatory adipokines, VEGF 120 and MCP―1, in
。
現在,
Biochem Biophys Res Commun 445: 275―281, 2014)
differentiated 3T3―L1 adipocytes. Kitahara A, et al. J
脂肪細胞や骨芽細胞に加え,膵β細胞を使用した研究も進
Cell Physiol 230: 199―209, 2015)。加えて我々は,パルミ
行中であり,今後もさらなる新知見を報告していきたいと
チ ン 酸 が 骨 芽 細 胞 に お い て TLR4 及 び そ の 下 流 で 働 く
考えている。
Moriya R, et al.