第2章

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第2章
効用最大化問題と需要
この章では,予算制約線と無差別曲線を使って,効用を最大にする点の特徴について解
説する。
2.1 最適消費点
ミクロ経済学の講義において,効用を最大にするような消費の組み合わせ(最適消費
点)の典型例は,全ての財の消費量が正となる状況(内点解)である。
定義 1 最適消費点とは,選択可能な消費の組み合わせの中で,最大の効用を与えるもの
である。
定義 2 内点解とは,全ての財の消費量が正となる最適消費点のことである。端点解と
は,少なくとも 1 つの財の消費量がゼロとなる最適消費点のことである。
この内点解と端点解の定義は,あまり正確な表現ではない。本来なら,ある財の消費量
がゼロになるかではなく,最適消費点における偏導関数の値がゼロとなっていないものを
含むかによって,定義されるものである。ただし,この講義では上で紹介した定義を用い
る。その理由は,このような定義であっても,この講義内では深刻な問題は発生しないか
らである。
以下では,最適消費点を与える様々な状況を見ていく。
■内点解
最初に,最適消費点の典型例について考えてみよう。つまり,最適消費点で
は,全ての財の消費量が正となっている状態を考える。これを図示すると,次の図 2.1
になる。この図では,最適消費点は (x, y) = (x∗ , y ∗ ) となっている。その時の効用は
u(x∗ , y ∗ ) = u∗ である。
■端点解 自分で考えている問題が常に内点解となるわけではない。例えば,無差別曲線
が図 2.2 のような形をしていると,最適消費点は (x, y) = (x∗ , 0) となる。この図では無
差別曲線と予算制約線が接する部分があるが,この (x, y) = (x′ , y ′ ) は最適消費点となら
第2章
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効用最大化問題と需要
図 2.1 最適消費点が内点となる場合
u(x, y) = u∗
y
y∗
x∗
O
x
PX x + PY y = m
ない。その理由は,予算制約線上により効用の高い点が存在するからである。点 (x′ , y ′ )
はむしろ,予算制約線上で効用を最小にしている点である。
図 2.2 最適消費点が端点となる場合
y
u(x, y) = u∗
y
y∗ = 0
O
x
x
x∗
PX x + PY y = m
この例から分かることとして,無差別曲線と予算制約線が接した場合,直ちにそこが最
適消費点となるかは分からないということである。
■解が一意でない場合
無差別曲線が図 2.3 のような形の場合,最適消費点が複数ある
ケースも考えられる。この図では,点 (x∗ , y ∗ ) および (x∗∗ , y ∗∗ ) が最適消費点となってい
る。したがって,考えているテーマによっては,最適な点が必ずしも 1 つではないことに
2.2 価格消費曲線
3
注意しなければならない。
図 2.3
最適消費点が 2 つある場合
y
u(x, y) = u∗
y∗
y ∗∗
O
x
x∗∗
PX x + PY y = m
x∗
最適消費点が複数ある場合,その中のどれが実現しそうかという問題を考える必要があ
る。しかしながら,ここではそういった問題について立ち入らないことにする。
■練習:解が無数にある場合
ある条件 a ≤ g1 (x, y) ≤ b を満たす領域があり,そこに含
まれる消費点は全て無差別であるとする。このとき,最適消費点が無数にあり得ることを
図を用いて示しなさい。
2.2 価格消費曲線
価格や所得が変わることによって,予算制約線は変化する。すると,予算制約線と無差
別曲線の接点は,予算制約線の変化後には接点でなくなってしまう。そのため,新たな最
適消費点は,変化の前後によって異なる。ここでは,価格が変化した場合,内点解のケー
スの最適消費点はどのように変わるのかを考えてみよう。
′
まず,財 X の価格が PX から PX
に上昇した 場合 を考え てみよう 。予算制約 線
PX x + PY y = m を変形すると,次式となることを思い出そう。
y=−
m
PX
x+
.
PY
PY
′
ここで,財 X の価格が PX
に上昇すると,この予算制約線の傾きは急になるが,切片
は変化しない。これは,傾きには PX を含むが,切片には含まないからである。財 X の
価格変化の前後における予算制約線は次の図 2.4 となる。
このように価格が上昇すると,予算制約線は変化する。一般に価格が高くなると,消費
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図 2.4
効用最大化問題と需要
財 X の価格上昇と予算制約線の変化
y
m
PY
PX x + PY y = m
PX x + PY y = m
x
O
−
図 2.5
PX
PY
−
PX
PY
財 X の価格上昇と最適消費点の変化
y
m
PY
y ∗∗
y∗
O
x
x
∗∗
x
∗
−
PX
PY
−
PX
PY
量は減少するはずである。このような状況を図示すると,次の図 2.5 のようになる。財 X
の価格上昇によって,最適消費点が (x∗ , y ∗ ) から (x∗∗ , y ∗∗ ) に変化していることが分か
る。この図では,x∗ > x∗∗ かつ y ∗ < y ∗∗ が成立しているので,財 X の価格上昇は,財
X の消費量の減少と財 Y の消費量の増加をもたらしていることが確認できる。
さて,財 X の価格が変化した場合,最適消費点がどのように動くか分かったので,価
格消費曲線を描くことができる。
定義 3
財 X の価格消費曲線とは,財 X の価格が変化した場合,最適消費点がどの様に
2.2 価格消費曲線
5
動くか図示したものである。
財 X の価格消費曲線を図示すると次の図 2.6 となる。この図の特徴は以下の通りであ
る。まず,価格消費曲線上の点は,ある価格での最適消費点となっている。また,財 X
の価格が非常に高い場合,財 X の消費量はゼロになる。したがって,全ての所得を財 Y
の消費に使うので,財 X の価格消費曲線は x = 0 となる予算制約線上の点を通る。この
点は図中の点 D に対応する。価格が上昇するにつれ,最適消費点は価格消費曲線上を左
に移動することになる。
図 2.6 財 X の価格消費曲線
y
D
C
B
A
x
O
−
■練習:予算制約線の変化と最適消費点
PX
PY
−
PX
PY
予算制約線が変化した場合,最適消費点がどの
ように動くか理解するために,次の問題を考えてみよう。
1. 財 Y の価格消費曲線を図示しなさい。
2. 財 X の価格が上昇したにもかかわらず,財 X の消費量が増えるような場合を図示
しなさい。
(ヒント:ギッフェン財)
3. 所得が増加した場合,最適消費点がどのように変化するか図示したものは,所得消
費曲線と呼ばれる。この所得消費曲線を図示しなさい。
4. 所得が増加した場合にもかかわらず,ある財の消費量が減少したとする。この財は
下級財と呼ばれている。財 X と財 Y を消費する場合,両財とも下級財となる状況
は存在するだろうか?図を使って議論しなさい。(厳密な証明は必要ない。)
5. 所得が変化するにつれて,ある財が上級財になったり下級財になったりする状況を
考えることができるだろうか?図を使って議論しなさい。
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効用最大化問題と需要
2.3 需要曲線
経済学では,「需要」と「供給」という概念は非常に重要と考えている。実際,市場で
決まる価格を考える場合,需要と供給が一致するという条件を使う。ここでは,効用最大
化問題の解である最適消費点の図を使って,需要曲線について考えてみよう。
定義 4
需要曲線とは,価格と最適消費量の関係を表す曲線のことである。
価格を縦軸に示し,需要量を横軸に示した平面上において,価格と最適消費量の組を図
示したものが需要曲線であるので,これを描くためには,価格消費曲線の情報が役に立
つ。例えば,財 X の価格消費曲線は既に横軸に財 X の需要量(最適消費量)をとってい
るので,この需要量に対応した価格を図示すれば良いことになる。
図 2.7
財 X の需要曲線
y
D
C
B
A
x
O
PX
−
PY
PX
−
PX
PY
yC
yB
yA
O
x = D(PX )
xC
xB
xA
x
このように財 X の価格消費曲線から,需要曲線を描くと図 2.7 となる。価格消費曲線
を描いた際に,価格が増加するにつれて,財の最適消費量が減少していったことから,需
要曲線は右下がりになっている。多くの財において,需要曲線はこのように右下がりの形
2.4 弾力性
7
状を有しているが,ギッフェン財のケースを考えると,必ずしも右下がりの形状が維持さ
れるわけではないことが分かる*1 。
2.4 弾力性
この節では弾力性の概念について説明する。弾力性とは,基本的にある変数が 1% 増加
したとき,もう一方の変数が何 % 変化するかを表したものである。
定義 5 A の B 弾力性とは,A を表す変数が 1% 増加した時,B を表す変数が何 % 変化
するかを表したものである。
ここで,A を表す変数を a とし,B を表す変数を b とする。このとき,数式を用いて A
の B 弾力性 eAB の概念を表すと次のようになる。
da
b
×
.
a
db
eAB =
ただし,多くの教科書では弾力性の値が正になるように定義されており,この式の右辺
に −1 を掛けたる場合もある。弾力性の概念は抽象的に感じられるだろうから,以下では
具体的な弾力性について考えてみよう。
■需要の価格弾力性
まず,需要の価格弾力性である。先ほどの定義の A に需要,B に
価格を代入して考えると,これは「価格が 1% 増加した場合,需要が何 % 変化するか」を
表すことになる。価格を P ,需要を D で表すと,需要の価格弾力性 eDP は次式となる。
eDP = −
P
dD
×
.
D
dP
この数式による定義は,右辺の前にマイナスが付いている。この理由は,一般に価格が
増加すると,需要は減少するため,dD/dP < 0 となるので,右辺の前にマイナスを付け
なければ,右辺は負になってしまうからである。
■需要の所得弾力性
次に,需要の所得弾力性を考える。先ほどと同様に,定義の A に
需要,B に所得を代入すると,これは「所得が 1% 増加した場合,需要が何 % 変化する
か」を表すことになる。所得を m,需要を D で表すと,需要の所得弾力性 eDm は次式と
なる。
eDm =
m dD
×
.
D
dm
今度の定義は,右辺の前にマイナスが付いていない。この理由は,一般に所得が増加す
ると,需要も増加するので,dD/dm > 0 となるので,右辺の前にマイナスを付けないの
である。
*1
ギッフェン財については,前節の練習問題を参考にされたい。
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効用最大化問題と需要
2.5 発展:弾力性と回帰係数
この節では,対数変換した変数を用いた回帰分析の係数は,弾力性を表していることを
説明する。この節の内容は重要であるが,少し数学を使う。したがって,期末試験の範囲
には入れない。そのため,難しいと感じるようであれば省略しても構わない。
弾力性の概念は幾分か抽象的であり,何のためにこのような定義を紹介しているのか理
解に苦しむかもしれない。しかし,この弾力性の概念は,ミクロ経済学だけでなくデータ
を用いた計量分析の場面においても出会うのである。
計量分析では,しばしば複数の変数間の関係を調べることがある。例えば,窃盗に対す
る懲役の長さの決定要因を調べたい場合,その事件の懲役だけでなく,動機,被害額,被
告人の年齢などを考慮する必要があるかもしれない。ここでは,簡単化のため,窃盗の被
害額と被告人の年齢のみを使って議論してみよう。
懲役の長さを Y懲役 ,被害額を X金額 ,年齢を X年齢 で表すことにしよう。計量分析では,
しばしば次のような線形の関係を想定する。
Y懲役 = b0 + b1 X金額 + b2 X年齢 + e誤差 .
最終項の e誤差 はこのモデルで捉えることのできない部分を表している。計量分析の目的
は,データを使ってこの b0 , b1 , b2 の値を求めることである。この値が求まれば,懲役の
長さの予測値を出すことができる。例えば,被害額の単位が万円であり,懲役の長さの単
位が月であったとしよう。そこで,b1 = 0.1 という計算結果を得たとする。すると,被害
額が 1 万円増加すると,懲役の長さが 0.1 ヶ月長くなるということが分かるのである。
ここで,使用するデータの対数値をとり,次のようなモデルに変形したとしよう。
log Y懲役 = b0 + b1 log X金額 + b2 log X年齢 + e誤差 .
ただし,log は自然対数を表す。
ここで,両辺を X金額 で微分してみよう。対数の微分に関する知識と合成関数の微分に
関する知識を用いると,この式は次のようになる。
dY懲役
1
= b1
.
Y懲役 dX金額
X金額
1
両辺に X金額 を掛けると,b1 は次のようになる。
b1 =
X金額 dY懲役
.
Y懲役 dX金額
この式の右辺は,懲役の長さの被害額弾力性を表していることが分かる。したがって,
データを対数値に変換し回帰分析を行うと,その係数は弾力性を表すことになる。このよ
うな操作は,データを扱う分析においてしばしば用いられている。現時点でこの内容を理
解する必要はないが,論文を読むときまでには理解しておくと便利であろう。