円偏波用電波吸収体の性能評価技術の開発
吉村慶之*
橘泰至*
西 田 斉 **
八 木 谷 聡 ***
長 野 勇 ***
電波を用いたデータ通信技術の開発,利用が盛んに行われている一方で,電波の混信や不要波による周
辺機器の誤動作などの問題が発生している。この対策法として電波吸収体による不要波の抑制があり,こ
の開発を支援するため,吸収体の性能評価測定システムを構築してきた。本研究では電波吸収性能評価の
精度向上手法の検討を行った。また,円偏波の吸収性能を専用アンテナ無しで評価するため,直線偏波に
よる吸収性能から円偏波の吸収性能を理論的に合成する換算式を提示し,換算結果と円偏波用アンテナ
による評価結果を比較することで有用性を示した。
キーワード:電波吸収体,円偏波,反射係数
Development of an Evaluation Technique for Wave Absorbers for Circularly Polarized Electromagnetic Waves
Yoshiyuki YOSHIMURA, Yasushi TACHIBANA, Hitoshi NISHIDA, Satoshi YAGITANI and Isamu NAGANO
With electron ic data co mmunication techno logy beco ming widely developed and utilized , electro magneti c
interferen ce and malfunctio n o f electro nic equ ip men t hav e become serious problems. An electromagnetic wave
ab so rb er is con sid ered to b e on e o f th e solution s to th ese p ro blems. We have b een develop in g an ev alu ation
sy stem to supp ort d evelop men t of th e ab so rb er. In this stu d y, we ex amin ed the method for imp rov ing th e
precision o f th e sy stem, in ord er to ev aluate th e wav e ab sorp tion p erfo rman ce of th e abso rb er. We also presen ted
a formu la for con v erting th e ab sorption p erforman ce o f lin early polarized wav es to that of circularly polarized
waves by co mb in ing vectors of lin early polarized waves fo r th e pu rp ose of ex amination withou t using a
circu larly polarized wav e anten na. We th en co mp ared the result of the conversion with the result obtained through
the use of a circularly polarized wav e antenna, thus verifying the validity of the evaluation method.
Keywords:electromagnetic wave absorber, circularly polarized wave, reflection coefficient
1.緒
言
料内部で熱に変換され,反射波がなく,また透過波
高度情報化社会における電子技術の発展とともに,
もない材料であり,セラミックス,ゴム,樹脂,抵
無線を用いたデータ通信技術の開発,利用が盛んに
抗 紙 な ど で 製 作 さ れ て い る 1) 。 こ の よ う に , 電 波 の
行われている。無線には電波,赤外線などが挙げら
有効利用の拡大とともに電波吸収体のニーズは高ま
れ,通信距離が長い,障害物があっても回折により
っており,吸収体メーカでは,低コスト化,薄型化,
通信ができる等の利点により電波による通信が多く
広帯域化などを目指して電波吸収体の開発に取り組
用いられている。電波通信には,テレビ,ラジオ,
んでいる。
携 帯 電 話 , 無 線 LAN(Local Area Network :構 内 通 信
工業試験場では,開発を支援するため,これまで
網 ) , GPS(Global Positioning System:全地球測位システ
に材料の試作段階で幅広い周波数帯域で電波吸収性
ム), ETC(Electronic Toll Collection System:自動料金収受
能を評価できるシステムを構築してきた。しかし,
システム)な ど が あ り , あ ら ゆ る と こ ろ で 利 用 さ れ て
こ れ ら の 評 価 は 直 線 偏 波 に よ る も の で , ETC や 駐 車
いる。反面,電波の混信や不要波による周辺機器の
場などの料金収受でこれからの普及が大いに期待さ
誤動作などの問題が発生しており,有効な対策手法
れ る DSRC(Dedicated Short Range Communication:専用狭
として電波吸収体による不要波,反射波の抑制があ
域通信)は 円 偏 波 に よ る 通 信 を 行 っ て い る た め , 対 応
る。電波吸収体とは,これに電波が入射すると,材
ができていなかった。
*
電子情報部
**
ニ ッ コ ー (株 )
***
そこで,本研究では電波吸収性能の評価時の誤差
金沢大学
要因と精度向上手法の検討を行い,次に,直線偏波
による性能評価結果を利用して円偏波による性能評
価へ換算する方法を検証したので報告する。
いことが分かる。
なお,誘電体の場合は磁気ダイポール,磁性体の
場合は電気ダイポールのそれぞれアンテナの近傍に
おける R が低く電波吸収性能が発現しているように
2.電波吸収性能評価法の検討
2.1
試料とアンテナ間との距離
見受けられるが,これは試料表面から内部にまで電
波が入り込むことによる距離減衰に起因するもので
一般に電波吸収体は,電波源から十分に離れた地
点 (遠 方 界 と い う )で 使 用 さ れ る 。 し た が っ て , そ の
評価も遠方界で評価する必要があるが,電波源であ
あり,電波吸収による減衰ではないものと考えられ
る。
以上は観測点を図 1 の原点として検討してきたが,
るアンテナと吸収体である試料との距離をどの程度
実測定においての観測点は,アンテナと同じ位置に
まで離せば良いかが明確になっていない。距離をお
存 在 す る 。 図 2(b)よ り , 磁 性 体 を 電 気 ダ イ ポ ー ル ア
くことによって遠方界条件は満足されるが,測定器
ンテナで評価する際,遠方界での性能に収束しにく
のダイナミックレンジが小さくなるため,評価法と
いことが分かった。そこで,この場合において観測
しては十分とは言えない。そこで,微小ダイポール
点とアンテナが同じ位置にあり,吸収性能がそれぞ
アンテナを仮定し,試料とアンテナとの距離,吸収
れ -20dB, -30dB, -40dB, -50dB で あ る 磁 性 体 試 料 を
性 能 と の 関 係 を 理 論 計 算 に よ り 検 証 し た 2),3)。
仮 定 し , h を 遠 方 よ り 近 づ け , 誤 差 err が ±0.5dB,
計算には,図 1 に示すように水平に試料が設置さ
±1dB と な る 点 を プ ロ ッ ト し た 結 果 を 図 3 に 示 す 。
れたモデルを用いて検討した。なお,試料として,
こ れ に よ る と , 吸 収 性 能 が -50dB と い う 非 常 に 優 れ
① 誘 電 体 (比 誘 電 率 ε r =25-j6, 比 透 磁 率 μ r =1), ② 磁 性
体 (ε r =1 , μ r =100-j6) を 仮 定 し , こ れ ら の 電 気 的 材 料
0
fr =10GHz fr =1GHz fr =0.1GHz
定数は,周波数特性がないものとした。また,試料
-10
① , ② と も に , 材 料 厚 さ d=1.5mm( 共 振 周 波 数
3 種類を仮定し,各試料には電波吸収体として成立
させるため金属箔を裏打ちし,電波は透過しないも
R (dB)
fr=10GHz) , 15mm(fr=1GHz) , 150mm(fr=0.1GHz) の
-20
遠方界での性能
-30
の と す る 。 な お , 吸 収 性 能 と し て 試 料 表 面 (図 1 の
-40
原 点 )で の 反 射 係 数 Rを 評 価 し た 。
各試料の共振周波数において,アンテナとの距離
-50
10-3
h を変更した場合の R を求めた計算結果を図 2 に示
d =150mm E
d =150mm H
d =15mm E
d =15mm H
d =1.5mm E
d =1.5mm H
10-2
10-1
100
(a) 吸 収 体 ①
ダイポール,あるいは磁気ダイポールアンテナによ
0
るものである。これによると,h を大きくすること
により,遠方界の R に収束していくことが確認でき
-10
は,遠方界としての吸収性能を全く評価できていな
z
R (dB)
る。しかし,一般論として遠方界と見なせる
fr=1GHz で 約 47.7mm, fr=0.1GHz で 約 477.5mm)で
102
h (m)
す 。 図 中 の 凡 例 に お け る 表 記 E, H は そ れ ぞ れ 電 気
λ/(2π)(λ は 波 長 )程 度 の 距 離 (fr=10GHz で 約 4.8mm,
101
-20
fr =10GHz
-30
遠方界での性能
fr =1GHz
d =150mm E
d =150mm H
d =15mm E
d =15mm H
d =1.5mm E
d =1.5mm H
fr =0.1GHz
-40
微 小 ダイポールアンテナ
h
試料
x
0
-50
10-3
計算モデル
10-1
100
101
102
h (m)
d
図1
10-2
(b) 吸 収 体 ②
図2
波源と吸収体との距離による反射係数
I
I
I
E I = ETMx
i + ETEy
j + ETMz
k
-10
π
j(ωt − )
⎞
⎛
= ⎜⎜ e jωt j + e 2 (cosθ 0 i + sin θ 0 k )⎟⎟ F0 e −jk0 ( x sin θ0 − z cosθ0 )
⎠
⎝
(1)
err=±0.5dB
err=±1dB
-20
R (dB)
-30
こ こ で , ω は 角 周 波 数 , t は 時 間 , θ0 は 入 射
-40
角 , F0 は 入 射 波 の 振 幅 , k0 は 自 由 空 間 に お
け る 波 数 , x, zは 座 標 , 上 付 添 字 Iは 入 射 波
-50
で あ る こ と を 表 し , 下 付 添 字 TE , TM は モ
ー ド , x, y, zは 方 向 を 表 す 。
-60
0
10
20
30
40
50
h/λ
図3
試料とアンテナ間距離との関係
次に,反射係数 R を用いて反射波の電界強度を表
す と 式 (2)と な る 。
R
R
R
E R = ETMx
i + ETEy
j + ETMz
k
た 電 波 吸 収 体 以 外 で あ れ ば , -30dB の 場 合 で 4.3λ,
あ る い は 8.3λ の 距 離 を お く こ と で , そ れ ぞ れ , 誤 差
π
j(ωt − )
⎛
⎞
2
(cos θ 0 i + sin θ 0k )⎟⎟
= ⎜⎜ RTE e jωt j + RTM e
⎝
⎠
× F0 e −jk0 ( x sin θ0 + z cosθ0 )
が ±1dB, ±0.5dB 以 内 で 測 定 で き る こ と が 分 か る 。
(2)
設 計 , 製 造 時 の 品 質 管 理 等 の 点 か ら -50dB と い う 吸
こ こ で , θ 0 は 反 射 角 (= 入 射 角 ) , 上 付 添 字 R
収 性 能 を 維 持 す る こ と は 困 難 で あ り , -40dB あ れ ば
は反射波を表す。
十分であることと,性能評価時の試料位置決め精度
式 (2)の 右 辺 第 1 項 , 及 び 第 2 項 は そ れ ぞ れ 位 相 が
等 の 点 か ら 測 定 誤 差 は ±1dB あ れ ば 実 用 に 供 す る こ
異なる直線偏波であり,これらはさらに円偏波の合成
と等を考慮すると,ダイポールアンテナを波源とし
として下のように変形できる。
た 場 合 の 性 能 評 価 時 に は , 試 料 と の 距 離 を 5λ と る
ことにより,十分満足できる性能評価ができると言
ER =
える。
2.2
π
j(ωt − )
⎛ jωt
⎞
2
⎜e j + e
(cos θ 0 i + sin θ 0k )⎟⎟
⎜
⎝
⎠
RTE + RTM
2
× F0 e −jk0 ( x sin θ0 + z cosθ0 )
円偏波による性能評価
R − RTM
+ TE
2
ETCや DSRCは 円 偏 波 に よ る 無 線 通 信 技 術 を 用 い て
おり,これらに用いる電波吸収体は円偏波による性
能 評 価 を 行 う 必 要 が あ る 。 円 偏 波 は , 電 界 強 度 Eが
一定の強度で回転しながら伝搬し,通常の直線偏波
に比べ偏波に方向性がないため,移動体通信によく
用いられている。円偏波の測定には専用のアンテナ
が必要であるが,円偏波自体は理論上直線偏波の合
π
j(ωt + )
⎛ jωt
⎞
2
⎜e j + e
⎟
(
)
i
k
cos
+
sin
θ
θ
0
0
⎜
⎟
⎝
⎠
× F0 e −jk0 ( x sin θ0 + z cosθ0 )
式 (1), (3)よ り , 円 偏 波 の 反 射 係 数 は , TEモ ー ド ,
TMモ ー ド そ れ ぞ れ の 反 射 係 数 を 合 成 す る こ と に よ っ
て求めることができる。すなわち,吸収体に右旋円
偏波で入射した電波は,左旋円偏波と右旋円偏波が
反 射 さ れ , そ れ ぞ れ の 反 射 係 数 を RL , RR と す る と ,
z
成によっても実現できる。そこで,直線偏波による
ETM
反 射 係 数 を 合 成 し て 4) , 円 偏 波 の 反 射 係 数 を 電 磁 場
ETE
論的な導出を試みた。
y
具体的には,図 4 に示す右旋円偏波の入射モデル
に お い て , TEモ ー ド (Eが y軸 方 向 : E T E )と TMモ ー ド
(3)
入射波
電波吸収体
(E T M ) の 入 射 波 に π/2 rad の 時 間 的 位 相 差 を 与 え , そ
θ0
θ0
反射波
0
れぞれモードごとに理論展開し,最終的にベクトル
合成することによって円偏波の反射係数を求めるこ
x
5)
とができる 。電界強度について式で表現すると,
TE モ ー ド で の 入 射 波 , 及 び TM モ ー ド で の 入 射 波 を
ベ ク ト ル 合 成 し た も の は 式 (1)の よ う に な る 。
図4
電 波 吸 収 体 へ の TE, TM入 射 モ デ ル
謝
式 (4)よ り TE, TM波 の 直 線 偏 波 に よ る 反 射 係 数 の 合
本研究を遂行するに当たり,円偏波による性能評
成として求めることができる。
RL =
RR =
RTE + RTM
2
RTE − RTM
2
辞
価 の 際 に 測 定 設 備 の ご 提 供 を 頂 い た 鈴 木 洋 介 氏 (キ ー
⎫
⎪
⎪
⎬
⎪
⎪⎭
(4)
コ ム 株 式 会 社 代 表 取 締 役 )に 感 謝 し ま す 。
参考文献
実際の測定では,図 5 のような直線偏波用ダブル
リ ジ ッ ド ガ イ ド ア ン テ ナ (EMCO 社 製 3115)を 用 い ,
ネ ッ ト ワ ー ク ア ナ ラ イ ザ ー (ア ン リ ツ (株 )社 製
ME7808A)に よ る S21(複 素 伝 送 係 数 )を 測 定 す る こ と
1) 橋 本 修 . 電 波 吸 収 体 入 門 . 森 北 出 版 , 1997, p.
26-65.
2) Stratton,J.A. Electromagnetic Theory. McGraw-Hill,
Inc. 1941, p. 573-582.
で円偏波での吸収性能を求めた。比較のために他の
3) 吉 村 慶 之 , 長 野 勇 , 八 木 谷 聡 , 鈴 木 洋 介 , 南 川 俊
測 定 機 関 (キ ー コ ム (株 ))で 円 偏 波 用 ア ン テ ナ と 直 線
治. ダイポール波源を考慮した電波吸収体の性能
偏波用アンテナによる合成したものを参照値として
に 関 す る 検 討 . 信 学 ソ 大 . 2006, p. 288.
比較した結果を図 6 に示す。図より,当場で測定し
4) 畠 山 賢 一 , 細 川 幹 夫 , 坂 井 康 彦 , 戸 川 斉 , 山 内 健
た 結 果 は , 円 偏 波 用 ア ン テ ナ で 測 定 し た 結 果 と 2dB
次. 円偏波入射における反射係数について. 信学
以内で一致しており,本測定法の有用性が確認でき
技 報 . EMCJ2001-12, p. 85-90.
た。以上から当場の測定システムを用いて円偏波に
対応した電波吸収体の評価が可能であることが示さ
5) 最 新 電 波 吸 収 材 料 の 開 発 [事 例 集 ]. 技 術 情 報 協
会 . 2006, p. 264-267.
れた。
3.結
言
本研究では円偏波用電波吸収体の性能評価法につ
0
いて検討した。その結果,微小ダイポールアンテナ
る λ/(2π)の 距 離 で は , 吸 収 性 能 を 測 定 す る こ と は で
き ず , 試 料 と ア ン テ ナ と の 距 離 を 5λ 程 度 と る こ と に
よ っ て , ±1dB の 誤 差 内 で 吸 収 性 能 を 測 定 で き る こ と
-10
吸収量 (dB)
を送信源とした場合,通常の遠方界条件とされてい
が分かった。また,直線偏波による吸収性能から円
-20
-30
直線偏波用アンテナ(参照値)
円偏波用アンテナ(参照値)
直線偏波用アンテナ(当場)
-40
偏波の吸収性能を理論的に合成することによって評
-50
5.0
価する換算式を提示した。また,この評価結果と円
5.5
6.0
6.5
7.0
周波数 (GHz)
偏波用アンテナによる評価結果を比較検討した結果,
(a) 入 射 角 15°
2dB 以 内 で 一 致 し て お り そ の 有 用 性 が 検 証 で き た 。
0
吸収量 (dB)
-10
-20
-30
直線偏波用アンテナ(参照値)
円偏波用アンテナ(参照値)
直線偏波用アンテナ(当場)
-40
-50
5.0
5.5
6.0
6.5
7.0
周波数 (GHz)
(b) 入 射 角 30°
図5
斜入射による電波吸収測定
図6
円偏波による電波吸収測定結果の比較