『野良猫の首輪』 客席はまだ明るい。 字幕: 『野良猫の首輪』 「あたらしい人間による演劇あそび。」 「第一部:明日に架ける橋」 女登場。舞台上を走り回る。 それは退屈な反復運動であり、何にも進行しない。 ゆっくりと客席暗くなる。しかし、完全に暗くはならない。 しばらく走り回ったのち、立ち止まる。 女: わたしの、目覚まし時計、いつ買ってもらったんだろう。けろっぴの。いつも、鳴る前に起きちゃう、こんなこ と、なかったのに。 あれを買ってもらった日から、今日まで、いったいなにがあったんだろう。わたしは年をとっているのかな、年 をとっているって、どうしたら、わかるんだろう。私の部屋は、いつでも変わんないし、3階の、生まれたときから 3階にいたし、あの町では、自転車ばっかり走っていたな、いまの町と、同じだなあ。 なんというか、こうやって、一日のはじまる、瞬間にも、いったいなにがはじまるんだか、知れやしないな。 私は仕事に行きます、私は生きているのです。 字幕: 「彼女がその町に来てから、じっしつ8ねんが過ぎていた。」 上司登場。 上司: 今日からあなたはわたしの下で働くことになります。 女: あなた、ちょうど1ねん前にも同じことを言ったきがする。そのまえも、そのまえの年にも。 上司: あなたはわたしを侮辱するのですか。 女: もう聞きあきちゃった、その言いかた。 上司: わたしのために牛乳を買ってくるがいいわ。 女は買い物に行く。 女: 橋をわたって、仕事場から、いちばんちかいコンビニやさんに行くのに、なんどもまどろみそうになる、日陰の ない道を、わたしのスニーカー、最後に洗ったの、いつだったんだろう。靴あらいは、好きだな。好きだけれど、 べつにやらないってことも、あるんだなあと、思って、コンビニやさんは、青白い看板をしている。 店員登場。 店員: こんにちは。はじめまして。今日から、あたらしいコンビニやさんを始めました。洗濯と、写真の現像ができま す。機械と、よのなかのことは、よくわかりません。 女: あなた、8ねん前にもおんなじことを言っていた。 店員: 何が欲しいんですか。 女: なつかしいなあ。 店員: お客さん、ここはコンビニやさんです、欲しいものを、言ってください。 女: 欲しいもの? 欲しいものなんて、何にもないんだけど、あ、そうだ、昔すんでた町の絵はがきと、あそこで 売ってたおいしいもの。 店員: どこですか、それは。 女: どこだったかなあ。私は8ねんまえから、この町で働いています。その前に住んでいた町が、あって、なつかし いなあ。自転車ばっかりで、おいしいお菓子があって、他のことは、知らないけど。 店員: お客さん、困ってしまいます。ここはコンビニやさんです。 女: 牛乳はどこに行ったら買えますか。 店員: うちでしたら、いい牛乳と、安い牛乳があります。 女: 赤いやつをください。 店員: それならここにあります。お金をください。(やりとりをして)ありがとうございました。 女は再び仕事場に向かう。 予言者登場。 女: こんにちは。あなたは誰ですか。 予言者: 私は予言者です。 女: 予言者なのですね。予言をしてください。 予言者: あなたは今日、この街を去ることになります。そして、あなたが人間である限り、帰ってくることはできないで しょう。 女: そうですか。ありがとうございます。 予言者、去る。 女はまた仕事場に向かう。 女: 今は、4月で、いつもどおりなら、明日はちょっと寒い日ね。いったい、あの雲をみるのも、なんどめだろう。 あの雲が、明日のような気がするわ。雲が流れるから、明日が来るのであって、たまたま風向きが違えば、昨日に なっているのかもしれないな。あの雲が、ずっとずっと逆の方向に流れていったら、私もあの町に帰れるのかな。 あの、名前もわからない、どこにあるだかも知らない、でも天気はずっとよくって、影が濃くって、私の3階の部 屋。いつも、寝て起きたら、3階だものね。きっと私は、3階で目がさめて、さめ続けて、いつだか、ふいに突然 に、さめなくなるんだろうなあ。いつかは終わるから、終わるまで、同じことなんだろうなあ。 私は、年をとるのかな。とったとしても、誰も教えてくれないから、わかんないわ。 女は歩き続ける。 字幕: 「彼女は違う星にたどり着いた。」 女: (空を見上げて)あら、月かと思ったら地球。 ……おかしいな、こんなことは、初めてだな。もうすっかり真っ暗。ううん。きっと星の夜の側に来ちゃったん だな。どうしよう。どっちから来たのか、わかんなくなっちゃった。 女はまたしばらく歩く。 女: (再び空を見て)あ、変だとおもったら、月がふたつあるのね。変わった星だな。なにか光った。花火かしら。 どこかでお祭りでもやっているんでしょうか。でも、なんでこんなに静かなんだろう、不思議だな。 街人A、B、C登場。 女: あ、人がいた。(街人Aに)あの、宇宙人でしょうか。それとも宇宙人は、わたしなのですか。 街人A、逃げる。 女: 嫌われました。(街人Bに)あの、地球人なんですけど、どうしたらいいでしょうか。 街人B、逃げる。 女: ああ。こんな気持ちは、むかし、みんなに懐いていた犬が、わたしだけに吠えてきた、あのできたての家のこと を思い出すなあ。つらいなあ。(街人Cに)あのすいません 街人C: ぼく関係ないから!(逃げる) 女: せつないなあ。こんな、違う星にきても、わたしは一人で、生きていかなくてはいけないのでしょうか。 字幕: 「女は風のふく、高い場所にこしかけて、夜の港街をみおろしている」 女: よのなかを、みおろす、幽霊の、ことなんて、だんれも気にしない。わたしはこんなときにサンドイッチがたべ たい。コンビニやさんに戻りたいな。あれ、わたし、何か買ったんじゃなかったっけ。ああ、お財布も何も、みん なすっかり落としちゃった。まったく、残念だな。おや、またなにか光った。きれい。今地球は何年なんだろう。 わたし、あんまり歩きすぎたな。こまったこまった。わたしは孤独に慣れすぎたあまり、こんな、暗い街に飛び降 りて、幽霊になったって、わたしすら気づかないわ。あまりに街が見えすぎて、わたしの存在なんて、きっと誰も わからない。遠い空とおなじ。だって、ひこうき雲とか、それくらいの怪奇現象じゃない、生きていることなん て。 活動家A(斥候)、登場。 活動家A: そこは危険です。あなたは地球から来たんですね。こっちへ来てください。助けてあげます。 【つづく】
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