2014年度数学IB演習第1回

2014 年度数学 IB 演習第 1 回
理 I 24, 29, 30, 31, 35, 36 組
4 月 22 日 清野和彦
数理科学研究科棟 5 階 524 号室 (03-5465-7040)
[email protected]
http://lecture.ecc.u-tokyo.ac.jp/~nkiyono/index.html
問題 1. 0 < a1 < 1 とし、数列 {an }∞
n=1 を
an+1 =
an (3 − an )
2
によって定義する。{an }∞
n=1 は収束することを示し、極限値を求めよ。
∞
問題 2. 0 < a1 < b1 とし、数列 {an }∞
n=1 と数列 {bn }n=1 を
an =
√
an−1 bn−1
bn =
an−1 + bn−1
2
∞
によって定義する。{an }∞
n=1 と {bn }n=1 は収束し、しかもその極限値は等しいこ
とを証明せよ。
問題 3. 0 に収束する単調減少数列 {an }∞
n=0 に対し無限級数
a0 − a1 + a2 − a3 + · · · + (−1) an + · · · =
n
∞
∑
(−1)n an
n=0
は収束することを証明せよ。
問題 4. 各項の絶対値をとった無限級数
もとの無限級数
∞
∑
n=0
∞
∑
|an | が収束するなら絶対値をとらない
n=0
an も収束することを証明せよ。
ヒント
問題 1
数列 {an }∞
n=1 が上に有界で単調増加であること示しましょう。
問題 2
∞
相加相乗平均の関係を使って、数列 {an }∞
n=1 は上に有界で単調増加、数列 {bn }n=1
は下に有界で単調減少であることを示しましょう。
問題 3
部分和を Sn とし、すなわち、
Sn = a0 − a1 + a2 − a3 + · · · + (−1)n an
∞
とし、二つの数列 {bn }∞
n=0 と {cn }n=0 を、それぞれ
bn = S2n
cn = S2n+1
と定義して、この二つの数列がどのような性質を持つかということと、二つの数
列の極限値の間の関係を考えてみましょう。
問題 4
∞
− ∞
二つの数列 {a+
n }n=0 と {an }n=0 を、それぞれ
a+
n =
|an | + an
2
a−
n =
|an | − an
2
と定義します。すなわち
−
+
−
an ≥ 0 のとき a+
n = an , an = 0、an ≤ 0 のとき an = 0, an = |an |
とします。すると、|an | =
から、二つの無限級数
∞
∑
n=0
あと an =
a+
n
−
a−
n
a+
n
+
a+
n,
a−
n
∞
∑
であることと
∞
∑
|an | が収束するという仮定
n=0
a−
n はどちらも収束することが示せます。その
n=0
であることを使って
∞
∑
n=0
an も収束することを示します。
2014 年度数学 IB 演習第 1 回解答
理 I 24, 29, 30, 31, 35, 36 組
4 月 25 日 清野和彦
数理科学研究科棟 5 階 524 号室 (03-5465-7040)
[email protected]
http://lecture.ecc.u-tokyo.ac.jp/~nkiyono/index.html
問題 1 の解答
まず {an }∞
n=1 が上に有界であることを示しましょう。漸化式は
an+1 = −
1
2
(
an −
3
2
)2
+
9
8
と変形できます。よって、 0 < an < 1 なら an+1 も同じ不等式 0 < an+1 < 1 を満たします。実際、
3
3
1
9
0 < an < 1 ⇔ − < an − < − ⇒ >
2
2
2
4
(
3
an −
2
)2
1
1
> ⇔0<−
4
2
(
)2
3
9
an −
+ <1
2
8
となっています。0 < a1 < 1 と仮定されていましたので、すべての an がこの不等式を満たすこと
になります。よって、特に数列 {an }∞
n=1 は有界です。
次に {an }∞
n=1 が単調増加であることを示しましょう。
an+1 − an =
an (3 − an )
an (1 − an )
− an =
2
2
なので、0 ≤ an ≤ 1 ならば an+1 − an ≥ 0 となり、an+1 ≥ an が成り立ちます。すべての an が
(図 1。)
0 < an < 1 を満たすことを上で示してありますので、{an }∞
n=1 は単調増加です。
y
O
1
x
a1 a2 a3 a4 a5
図 1: 問題 1 の数列の様子。
以上より {an }∞
n=1 は上に有界な単調増加数列なので収束します。
2
第 1 回解答
最後に極限値を求めましょう。 lim an = a とおくと lim an+1 = a であり、収束する数列にお
n→∞
n→∞
いては極限を取る操作と四則演算を施す操作を入れ替えられるので 1 、
(
)
an (3 − an )
3
1
a = lim an+1 = lim
= a − a2
n→∞
n→∞
2
2
2
すなわち a2 − a = 0 が得られます。これを満たす a の値は 0 と 1 です。すべての an が 0 < an < 1
を満たすことと {an }∞
n=1 が単調増加であることから 0 < a ≤ 1 でなければなりません。よって
a = 1 です。 □
講義でも強調されたように、「収束すること」と「極限値」は別に議論しなければなりません。
{an }∞
n=1 の収束を示す前に漸化式の両辺の極限を取って、
{an }∞
n=1 は収束するとすれば極限値は 0 か 1 である。
とするのは正しいですが、たとえ極限値は 1 だと正しく予想できたとしても、「有界な単調増加数
列は収束する」ということを使わずに直接 lim an = 1 を {an }∞
n=1 の定義式から示すのは結構面倒
なのではないかと思います。(興味のある人は是非考えてみてください。)
また、解答の途中で初項が 0 < a1 < 1 を満たしていることを使っていることからも想像できる
ように、初項の値によっては収束しないこともあります。例えば a1 = −1 としてみると、
a2 = −2
a3 = −5
a4 = −20
a5 = −230
...
というように負の無限大に発散してしまいます。このことからも「収束することを証明する」とい
うステップは省くことが出来ないということがわかると思います。図 1 で a1 の値をいろいろ変え
てみるとどのような「階段」が描かれるか考えてみてください。
問題 2 の解答
相加相乗平均の関係から、0 < an < bn ならば
0 < an <
が成り立ちます。an+1 =
√
an + bn
an bn <
< bn
2
√
an + bn
an bn , bn+1 =
ですので、
2
0 < an < an+1 < bn+1 < bn
が成り立つことになります。初項について 0 < a1 < b1 と仮定していましたので、帰納的にこの不
∞
等式はすべての n で成り立ちます。よって、数列 {an }∞
n=1 は単調増加、数列 {bn }n=1 は単調減少
です。さらに、任意の n について an < bn < b1 と a1 < an < bn が成り立つので、{an }∞
n=1 はす
べての項が b1 より小さく上に有界、{bn }∞
n=1 はすべの項が a1 より大きく下に有界です。これで
どちらの数列も収束することが分かりました。
収束先をそれぞれ a, b とすると、
b = lim bn = lim bn+1 = lim
n→∞
1 分母の極限が
n→∞
n→∞
a+b
an + bn
=
2
2
0 になってしまうような場合はその限りではありませんが、今はそういうことはないので大丈夫です。
3
第 1 回解答
となりなますので、a = b です。 □
極限値が気になるかも知れません。実は、極限値は
π
∫
π
2
2
0
√
1
dθ
a21 cos2 θ + b21 sin2 θ
であることが知られており、「a1 と b1 の算術幾何平均」という名前がついています。有理数だけ
では満たされない実数特有の性質である「上に有界な単調増加数列は必ず収束する」のすごいとこ
ろは、この例のように極限値を求めるのが難しい場合や極限値が求められない場合でも収束すると
いうことだけはわかってしまうことがあるという点にあるのです。
問題 3 の解答
Sn を部分和とします。
Sn = a0 − a1 + a2 − a3 + · · · + (−1)n an =
n
∑
(−1)k ak
k=0
∞
です。そして、二つの数列 {bn }∞
n=0 , {cn }n=1 を
bn = S2n
cn = S2n+1
で定義します。
すると、
bn − bn−1 =
2n
∑
(−1)k ak −
k=0
となります。なぜなら、{an }∞
n=0
cn − cn−1 =
2n−2
∑
(−1)k ak = −a2n−1 + a2n ≤ 0
k=0
は単調減少だからです。同様に、
2n+1
∑
(−1)k ak −
k=0
2n−1
∑
(−1)k ak = a2n − a2n+1 ≥ 0
k=0
です。
一方、
bn − cn =
2n
∑
(−1)k ak −
k=0
となっています。なぜなら、数列
{an }∞
n=0
2n+1
∑
(−1)k ak = a2n+1 ≥ 0
k=0
は単調減少で 0 に収束するので、すべての an は 0 以
上だからです。
∞
以上より、二つの数列 {bn }∞
n=0 , {cn }n=0 は
c1 ≤ c2 ≤ c3 ≤ · · · ≤ b3 ≤ b2 ≤ b1
という不等式を満たしていることがわかりました。このことから {bn }∞
n=0 は単調減少で下に有界、
{cn }∞
n=0 は単調増加で上に有界です。よって、どちらの数列も収束します。
さて、数列 {an }∞
n=0 は 0 に収束しているのでした。今 bn − cn = a2n+1 で、これが 0 に収束し
ているのですから、lim bn = lim cn です。bn = S2n , cn = S2n+1 と定義したのですから、このこ
とは数列 {Sn }∞
n=0 が収束することを意味します。これで示せました。 □
4
第 1 回解答
最後のところで、
偶数番目の項だけ取り出した数列 {S2m }∞
m=0 と 奇数版目の項だけ取り出した数列
∞
{S2m+1 }∞
m=0 が同じ値 S に収束しているなら、元の数列 {Sn }n=0 も S に収束して
いる
ということを使っています。これは直感的には当たり前に思えますが、本当に正しいのでしょうか。
これが本当に正しいということを証明するには「数列が収束すること」の定義が必要になります。
数学 IB では数列が収束することの定義はしないので、この部分は「直感的に正しい」で済まさざ
るを得ません。このことの証明、すなわち数列が収束することの定義に興味のある人は、数学 IA
の参考書を図書館や本屋で見てみるとよいでしょう。また、私が数学 IA の演習のために書いたプ
リントもあります。このプリントのはじめに書いた URL ページ(QR コードの表しているページ
も同じものです)からたどれますので、興味のある人は覗いてみてください。
ところで、単調に減少して 0 に収束する数列として一番に思い浮かぶのは
1
2
1
1
3
1
4
···
でしょう。この場合は
1 1 1
+ − + · · · = log 2
2 3 4
となることが、高校で学んだ積分の知識を利用して証明できます。やってみましょう。
1−
まず、
1 − rn = (1 − r)(1 + r + r2 + r3 + · · · + rn−1 )
という因数分解から
1 + r + r2 + r3 + · · · + rn−1 =
1 − rn
1−r
という式が得られます。(もちろん r ̸= 1 としています。)これに r = −x を代入して整理すると
1
xn
= 1 − x + x2 − x3 + · · · + (−1)n−1 xn−1 + (−1)n
1+x
1+x
となります。ここで両辺を 0 から 1 まで積分すると、左辺は
∫ 1
[
]1
1
dx = log(1 + x) = log 2
0
0 1+x
となり、右辺は
(
)
xn
1 − x + x − x + · · · + (−1)
x
+ (−1)
dx
1+x
0
]1
[
∫ 1 n
x3
x4
xn
x
x2
+
−
+ · · · + (−1)n−1
+ (−1)n
dx
= x−
2
3
4
n 0
1
+x
0
∫ 1 n
x
1 1 1
n−1 1
n
= 1 − + − + · · · + (−1)
+ (−1)
dx
2 3 4
n
1
+x
0
∫
1
2
3
となります。0 ≤ x ≤ 1 において 0 ≤
∫
0≤
0
1
n−1 n−1
n
xn
≤ xn が成り立つので、
1+x
∫ 1
xn
1
dx ≤
xn dx =
1+x
n
+
1
0
5
第 1 回解答
が成り立ちます。n → ∞ とすると
1
→ 0 となりますので、
n+1
∫ 1 n
x
lim
dx = 0
n→∞ 0 1 + x
です。
以上より、
1−
1 1 1
1
+ − + · · · + (−1)n−1 = log 2 − (−1)n
2 3 4
n
∫
1
0
xn
dx
1+x
の両辺で n → ∞ とすることにより
1−
1 1 1
+ − + · · · = log 2
2 3 4
が示せました。
なお、数列 {an }∞
n=0 のすべての項が正のとき、
a0 − a1 + a2 − a3 + · · · + (−1)n an + · · · =
∞
∑
(−1)n an
n=0
という無限級数を交代級数と言います。このような無限級数の一般論は冬学期にまとめて扱われる
はずですので、ここでは「上に有界な単調増加数列は収束する」ということの応用例として紹介す
るだけにして、詳細には踏み込まないことにします。
問題 4 の解答
− ∞
∞
二つの数列 {a+
n }n=0 と {an }n=0 を、
a+
n =
|an | + an
2
a−
n =
|an | − an
2
+
−
によって定義します。すなわち、an ≥ 0 のときは a+
n = an , an = 0 とし、an ≤ 0 のときは an = 0,
a−
n = −an とするということです。
∞
∞
∑
∑
まず
a+
と
a−
n
n がどちらも収束することを示しましょう。そのために、それぞれの部分
n=0
n=0
和を Sn+ , Sn− と書くことにします。
Sn+ =
n
∑
a+
k
Sn− =
k=0
n
∑
a−
k
k=0
−
+ ∞
− ∞
です。a+
n と an はどちらも 0 以上なので、数列 {Sn }n=0 と {Sn }n=0 はどちらも単調増加ですか
ら、これらの数列が上に有界でもあることを示せば収束することが示せます。
∞
∑
−
|an | = a+
+
a
なので、
|an | の部分和は Sn+ + Sn− です。すなわち
n
n
n=0
Sn+ + Sn− =
n
∑
k=0
|ak |
6
第 1 回解答
です。今
∞
∑
|an | は収束すると仮定しているので、その和(極限値)を M と書くことにします。
n=0
すると、すべての |an | が 0 以上であることから、
Sn+ + Sn− ≤ M
が分かります。一方、すべての n について Sn+ も Sn− も 0 以上ですので、
Sn+ ≤ Sn+ + Sn−
Sn− ≤ Sn+ + Sn−
が成り立っています。これらを合わせて、すべての n について
Sn− ≤ M
Sn+ ≤ M
− ∞
であること、特に数列 {Sn+ }∞
n=0 と {Sn }n=0 が上に有界であることが分かりました。
− ∞
以上で数列 {Sn+ }∞
n=0 と {Sn }n=0 が収束することが証明できました。以下、これらの極限値を
それぞれ S + , S − と置きます。
S+ =
∞
∑
S− =
a+
n
n=0
です。
最後に、元の無限級数
分和を Sn と置きます。
∞
∑
∞
∑
a−
n
n=0
an が S + − S − に収束することを示しましょう。元の無限級数の部
n=0
Sn =
n
∑
ak
k=0
−
です。すると、an = a+
n − an であることから
Sn = Sn+ − Sn−
− ∞
+ ∞
となっています。つまり、数列 {Sn }∞
n=0 は数列 {Sn }n=0 と {Sn }n=0 の差です。二つの数列
− ∞
{Sn+ }∞
n=0 と {Sn }n=0 が収束することは証明済みなのですから、極限をとることと引き算の順序
を入れ替えられます。すなわち
lim Sn = lim (Sn+ − Sn− ) = lim Sn+ − lim Sn− = S + − S −
n→∞
と計算できます。これは
ます。 □
n→∞
∞
∑
n→∞
n→∞
an の和が S + − S − であるということなので、特に
n=0
絶対値をとった無限級数
∞
∑
∞
∑
n=0
|an | が収束することを
n=0
∞
∑
an は絶対収束する
n=0
といいます。この問題で証明したことは
絶対収束する無限級数は収束する
an は収束し
7
第 1 回解答
と言い表すことができます。これらのことは交代級数と同様に冬学期に無限級数の一般論として学
ぶはずですので、ここでは「逆は成立しない」ということ、つまり「絶対収束はしないが収束する
無限級数が存在する」という例を一つ紹介するに留めます。
問題 3 の解答のあとに紹介したように
1−
1 1 1 1 1
+ − + − + ···
2 3 4 5 6
は log 2 に収束します。しかし、これの各項の絶対値をとった無限級数
1+
1 1 1 1 1
+ + + + + ···
2 3 4 5 6
は発散します。ただし、これを証明することは講義のレポート問題として出題される可能性がある
そうなのでここでは証明は紹介しないことにします。ぜひ自分で考えてみてください。
直線と数直線:有界単調数列が収束することの意味
今回の問題はすべて「上に有界な単調増加数列は収束する」ということが決め手になるものばか
りでした。一見当たり前にも見えるこの性質をなぜこうも強調するのか、以下でその理由の説明を
試みます。
自然数から始まって有理数までをどのように身につけたかはここでは振り返りません。問題は無
理数です。私の記憶では、分数と有限小数は小学校の授業ではっきりと導入されましたが、無限小
数はいつの間にか忍び込んできたので、誰かに教えられてはいません。(中学か高校で習ったのに
私が忘れているだけかもしれませんが。)有限小数と循環する無限小数は分数で表すことができ有
理数です。ですから、循環しない無限小数が無理数なわけですが、循環しない無限小数といっても
√
2 とか π とかのように具体的な意味を持つ無理数しか出会ったことがなく、「勝手な」無理数と
いうものを意識したことはこれまでなかっただろうと思います。一方、有理数と無理数をすべて集
めた実数の集合、すなわち、すべての小数を集めた集合が、上に書いたようにその中身をよく知ら
ないにもかかわらず、ある「期待される性質」を持つに決まっていると思い込んで数学を学んでき
たはずです。今回の 4 問でしつこく取り上げた「上に有界な単調増加数列は収束する」という実数
列の性質は、この「期待される性質」をはっきり表現したものなのです。
ここに言う「期待される性質」とは数としての性質と図形としての性質を併せ持つということ、
詳しく言うと、四則演算と大小関係があり、その大小関係に従ってすべての実数を並べてできる
「数直線」が図形としての直線と同じものになっているということです。四則演算と大小関係だけ
なら有理数だけを集めた集合でも持っているのですが、有理数だけを並べた「有理数直線」は図
形としての直線の持つべき性質を持っていない、具体的には「点(数)が足りない」のです。そし
て、実数の持つ「上に有界な単調増加数列は収束する」という性質は、実数直線が図形としての直
線にふさわしいものであること、言い換えると、無理数の全体が有理数直線では図形としての直線
に足りなかった点たちをちょうど過不足なく埋めているということをあらわす性質なのです。
√
講義で黄金比が無理数であることが詳しく説明されました。もっと身近には 2 が無理数です。
√
一辺の長さが 1 の正方形の対角線の長さがこの 2 なので、有理数直線で正方形を作ると対角線
√
は存在しないことになってしまいます。なぜなら 2 が無理数であることから一辺の長さが 1 の正
方形の隣合わない二頂点が一本の有理数直線に同時に乗ることはないからです。この例は有理数直
線が「平行でない二直線は一点で交わる」という図形としての直線の持つべき性質を持っていない
ということを意味しています。
8
第 1 回解答
では、
「上に有界な単調増加数列は収束する」という性質は「平行でない二直線は一点で交わる」
という性質と同じなのでしょうか。そもそも数だけの世界には「直線」とか「平行」とかという概
念がないので、まったく同じというわけにはいきません。ただし、次のように「二直線は交わる」
と解釈することができます。
直線を一本横たえて、それにいつものように右向きに値が大きくなる数直線を重ねます。(重ね
たのが有理数直線なら、数の乗らない点がたくさんあることになります。)それにもう一本別の直
線を縦に交わらせましょう。すると、横たわっている直線の交点以外の点は縦の直線によって左右
に分けられます。横たわっている直線は数直線とみなしていたのですから、その左右わけによって
値の小さい数と大きい数の二つの集合に分けられます。このとき、交点にあたる数があるかないか
はこの時点ではわかりません。たとえば重ねたのが有理数直線なら、交点にあたる数がないとい
うことが本当にあることは上に注意した通りです。これから説明するのは、直線に重ねた数直線が
「上に有界な単調増加数列は収束する」という性質を満たすなら、交点に必ず数が重なっていると
いうことです。
そのために、交点より左側の部分に乗っている数の集合を「左集合」、右側の部分に乗っている
数の集合を「右集合」と呼ぶことにします。整数で左集合に属する一番大きいものを a1 とし、右
集合に属する一番小さいものを b1 とします。次に、小数点第 2 位以降はすべて 0 であるような数
で左集合に属する一番大きいものを a2 とし、右集合に属するいちばん小さいものを b2 とします。
このように、小数点第 n 位以降がすべて 0 であるような数で左集合に属する一番大きいものを an
∞
とし、右集合に属する一番小さいものを bn とすることによって二つの数列 {an }∞
n=1 と {bn }n=1
∞
を作ります。お分かりのように数列 {an }∞
n=1 は上に有界で単調増加、数列 {bn }n=1 は下に有界で
単調減少です。ですので、
「上に有界な単調増加数列は収束する」という性質が満たされているとす
∞
ると、数列 {an }∞
n=1 の極限 a と数列 {bn }n=1 の極限 b が存在します。一方、 bn − an は n → ∞
とすると 0 になりますので、a = b でなければなりません。ということは、この a(= b) という数
は左集合にも右集合にも属していないことになります。すなわち交点にあたる数です。
以上の説明はいわゆる「厳密な証明」ではないので、疑問に思う部分があってもあまり悩まない
で読み流してください。言いたかったことは「上に有界な単調増加数列は収束する」という性質は
この言い方とは結びつかないような「平行でない二直線は交わる」という性質の数列による表現な
のであって、数の全体(数直線)が満たすように要求すべき自然な性質だということです。
ところで、上の説明は「数直線上のすべての点は小数で表される」ということの説明にもなって
いることにお気を付けください。数列 {an }∞
n=1 がその極限値である a の小数による表現になって
いるからです。
なお、
「二直線の交点」という視点で有理数から実数を作る方法は 19 世紀のドイツの数学者デデ
キントが編み出しました。その原論文の日本語訳が
ちくま学芸文庫「数とは何か そして何であるべきか」
に収められていますので、興味のある方は覗いてみてはいかがでしょうか。